表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/10

第九話

 八重達が街に戻ってくると、異様な雰囲気に包まれていた。三人は顔を見合わせて、原因となっているだろう中心地に行く。人垣が出来ており、その先では見せしめのように、幾人かの獣人達が丸太に張り付けられていた。男も女も子供も大人も、関係なく。

 そのうちの一人、一番左端にいる獣人は既に事切れてしまっているのだろう。足元には多量の血が溜まっている。頭は重力に逆らうことなく垂れ下がっていて、ぴくりとも動かない。髪が長い事から、女だろうと予想出来た。

 隣にいる若い男は狂ったように誰かの名前を叫んでいる。左横を向いていたことから、きっと事切れてしまった獣人の夫か友人か。あるいは家族なのかもしれない。

 はっきりといえば、とても気分が悪い光景だった。胸糞が悪くなる、というのはきっとこういうことだろう。八重は思いっきり眉間に皺を寄せる。ルードはリリィの目を覆い、耳を塞ぐようにいっていた。沈痛な面持ちであったが、それは仕方がないことなもかもしれないと八重は思う。

 下卑た笑い声がその場に響く。今も叫んでいる男の周りを取り囲っている人間達の声だ。五人ほどいて、全員が纏っている服装は、軍属のように見える。多分この帝国に所属する軍人なのだろう。その証拠に、その手には皆ライフルを持っている。

 ヤエ、と小さくルードが八重の名を呼ぶ。何処か期待が入り混じった声だった。きっとリリィを助けたときのように、助けてはくれないだろうかと思っているのに違いない。けれど、八重はそれが出来るとは思えなかった。

 何故なら、相手はライフルを持っているのだから、生身の八重が無謀に突っ込んでいったところで、蜂の巣になってお仕舞いである。そんな未来はとても簡単に想像出来た。かといって、見捨てるのは如何かと悩んでしまう八重がいる。

 決して正義感からではない。何度も言うように、八重はそんな高尚な気持ちなど持ち合わせていないのだから。今回悩んでいるのだって、此処で助けることが出来れば何かの助けになるのでは、と考えて。

――そう。例えば否定的であった、反乱を起こすための起爆剤と出来そうな、何か。

 少しでも間違えれば、獣人達は八重を自分たちに厄災をもたらすものとして認識するだろう。この街でルードたちを救った時のような事で、助けに入れば。間違いなく彼らは八重を敵と見做す。けれど、今はどうだ。

 一方的な虐殺。それを止めた英雄と、希望の光となれるのではないか、と。誰だって死ぬのは嫌だ。むざむざと彼らのおもちゃのように、殺されてしまうくらいなら、民衆はきっと立ち上がる。それは予感ではなく、確信。

 此処にクロエがいれば。一瞬も迷う事なく彼女の出せる縄を利用して、助けに入っていたに違いない。そうしてクロエを反乱の旗頭として担ぎ出すのだ。きっと文句を言われるだろうが。それはマアトになんとかさせればいい。

 けれど今はクロエはいないのだ。非力な八重とルード、リリィの三人だけ。

 知らず識らずのうちに歯軋りしてしまっていた。此処で手を出せば、八重の成そうとしている事に一歩近付くというのに。手も足も出せないのだから。

 そうして八重が悩んでいるうちに、一発の銃声が響く。男たちがライフルを撃った音だ。同時に、つんざくような悲鳴が上がる。幸い撃たれたのは致命傷になるような場所ではなく、片腕のようだった。けれど、痛くない筈がない。八重はライフルの弾を受けた事はないが、然しそれでも十分に想像出来る。

 ルードが縋るような声でもう一度八重を呼んだ。分かっている。分かっていた。然し八重にはあれに対抗する手段は、ない。

 暴発させようにも、その前にライフルが火を噴き、八重の身体を貫くだろう。水を持って無効化しようにも、そちらも様々な要因が重なって、十分に効果を発揮出来ない。

 かといって見捨てるという選択肢を取れば、ルードの気持ちすら八重から離れてしまうだろう。そうなれば、八重が企てた計画は一層遠ざかる。八方塞がりとはまさにこの事だ。

 声を上げられぬ代わりに、頭を掻き毟る。決断の時はもう来ていた。二発目の銃声が響き渡る。次は先程撃たれた方とは反対側の腕。また悲鳴が上がる。多分軍属の男たちは、一瞬で殺してしまわず、嬲り殺して楽しんでいるのだろう。なんとも酷い話である。

 深く息を吐いた。クロエを待ちたかったが、何時来るかも分からない。多分、このままでは八重が介入する前に全員殺されてしまう。介入するなら、今しかなかった。ルードに、クロエたちを探してくるように言う。それから八重は、大きく息を吸い込んだ。

 人垣を掻き分けて、先頭に躍り出る。軍属の男たちは気付いていない。痛みで言葉にならない声を出している男を見て、楽しそうに笑っていた。気分が悪い。同じ人間だと思いたくなかった。

 一気に走り出す。何故だか、以前同じことをした時よりも早くなっている気がした。あっという間に男たちの元に辿り着き、勢いそのままリーダー格っぽい男に体当たりをかます。思っていたよりあっけなく男の体は傾く。同時にライフルが男の手から離れ、八重や男と共に地面に転がる。

 突然のことに男たちは一瞬動揺していたが、然し腐っていても軍人といったところか。あっという間に八重に四つの銃口が向けられた。けれどそんなものは八重の想定通り。何の問題もない。


「っ一体どういう了見だ? 自殺志願者ではあるまいな?」

「……まあ。自殺するんならひっそり誰もいないところで死ぬよ。魔の森っていう、御誂え向きのところがあるわけなんだし」

「そうか。見たところ我らと同じ人間と見える。何を思って、このような行動を取ったのか説明願おう。場合によっては、栄えある帝国軍人に逆らったのだ。人間といえど射殺されると思え」


 セーフティが外される音がする。八重がリーダー格を下敷きにしたままであるというのは、特に気にしていないらしい。或いは、この男がリーダー格などではなかったということか。そうなれば少し計画に狂いが生じるが、まあ大丈夫だろうと八重は判断する。


「普通に、お前たちがやってることがかなり胸糞悪かったから、如何にかしようと思っただけ。まあ、案の定上手くはいかなかったけどな」

「……そうか。どうやらお前と俺たちでは感覚が違うらしい。こんな国にいる時点で、それは分かっていることか。……哀れだな。折角人間に生まれてこれたというのに」

「本当それ。お前たち哀れだよ。こんなことでしか自尊心満たせないなんて。心底、可哀想だなって思うわ。同情はしないけど」

「お前のそれは遺言ととって良さそうだな。ならば、安心して死ねっ!」


 全員その額に青筋を浮かべ、口元を戦慄かせていた。相当腹立たしかったのだろう。言うが早いか、ライフルを撃とうとして――四人いるうちの一人、男が倒れる。残りの三人は驚き、目を瞬かせながら倒れた男をじっと見つめた。


「ははっ、死ぬのはお前らーって、ね。……まあ、急所は外れてるだろうけど」


 八重が下敷きにした男のライフルを奪い、撃ったのだ。とはいえ、男は痛みで路面をのたうち回っているだけで、死んではいない。しっかりと生きている。命を奪う覚悟かなかったのもあるが、反動が凄まじかったせいで外れてしまった、というのが最もな原因だろう。

 小さく呟く。然し強がっていても、その脚は震えていた。それもそうだろう。なんといっても平和な時代に生まれ、そういったものとは無縁の世界で暮していたのだから。

 人を撃つのに一切の抵抗がない訳ではなかった。当たるのか、という不安もあったけれど。無事撃つことが出来、かつ当てる事に成功。

 下敷きにしている男のライフルはセーフティが外れていたのが、幸いした。まあ先程まで使っていたので外れていて、当たり前なのだろうけれど。

 男たちが驚きで固まっている間に、八重はさっと身体を起こす。そして下敷きにしていた男を今度は思い切り足蹴にして、手にしたライフルを男に向ける。


「……こいつ、あんたらの中で一番偉いんだろ? まあ違っても良いんだけど。なんにせよ、今からあんたらは俺の言うこと聞け。じゃなきゃ、こいつから一発ずつ撃って、今度は殺していく。そこに転がってる男みたいに、手加減はしない」


 余裕綽々、と言わんばかりの笑みを浮かべながら八重は言い放った。内心では恐々としているけれど。それは悟られるべきではないことなのだから。必死に、心の奥底に押し隠す。


「お前が撃つ前に、俺たちがお前を撃つ時間はたっぷりあると思わないか?」


 漸く驚きから我を取り戻したのか、男たちは照準を八重に合わせる。確かに男の言う通りだった。というよりも、それ以前の問題で、八重が撃つ前にきっと八重は蜂の巣にされてしまう。分かっていても、此処ではいそうですか、といったり引き下がる様子を見せたり、少しでも弱気な態度は見せるべきではない。

 あくまでも、自信たっぷりに。虚勢を虚勢と見抜かれずに、いることが大事なのだ。


「逆に聞くけど。あんたらが撃つ前に民衆が暴動を起こすとは思わなのか?」

「っは! こんな腰抜けどもに何ができるっていうんだ。人間に逆らうことのできない家畜以下の存在だぞ? 暴動なんて――」

「そういうの、命取りだぜ。おっさん。確かにあんたの言う通りかもしれないが……ずっと、何時までも永遠に怯えてるとは思わない方が身の為だぜ。見てみろよ。今の民衆の目。俺が殺されても、あんたらだってすぐその後を追うことになるだろうさ。……そうは思わないか?」


 その口元を厭らしく持ち上げながら、あくまでも八重の方が上だと言わんばかりの態度で。

 実際先程まで死んだ魚のような目をしていた見物人たちであるが、然し今はどうだ。全員が全員ではないが、一部はその目に生気を宿している。今にも男たちに飛びかからんばかりの勢いがあった。

 ぐっと男たちは八重の言葉と、民衆の態度に言葉を詰まらせる。その顔にはありありと、屈辱的と書いてあるのだけれども。それはある意味同然だろう。今の今まで見下し、弄ぶ側に立っていたというのにそれが逆転してしまったのだから。

 流石に三対多数は分が悪いと判断したらしい。八重の言葉が真実でもあると思ったのだろう、男たちはライフルを地面に投げ捨て、両手を上げる。潔さは好ましい。とりあえず乗り切れたことに安堵の溜息をつきそうになったが、慌てて気を引き締めた。今此処で気を抜けば、あっという間に形勢逆転されかねないからだ。

 八重は民衆に声を掛けて、ライフルの回収と張り付けにされた人たちの解放。それと撃たれていた若い男の手当て、男たちの拘束を共同して行う。その間もずっと八重は男を足蹴にして、ライフルを向けたまま。


「……っと、これで最後だな」


 男たちを拘束し終えた後。最後に仕上げとして八重が踏んでいた男も一緒に縛り上げる。そうして漸く、八重は肩の力を抜くことが出来た。とはいえ、これで終わりではないのだけれども。とりあえず、ルードたちが到着するのを待とうかと思った、その時。


「派手にやらかしたようだが……うむ。傷はないようだな。それにお手柄だ。流石だ」

「……っ! おい、お前は――」

「なんだ知っているのか。まあ知らぬ方が少数だろうなとは思うが、念の為に改めて自己紹介しておこう。私はお前たちが嵌めた神、マアト。先程までお前たち相手に大立ち回りしていたのは、ヤエ・ユキシロ。私の代理人だ」


 マアトが人垣の中から姿を表す。その後ろにはクロエたちの姿も見受けられる。その顔は楽しげに歪んでいた。男たちはマアトの奇妙な出で立ちで気付いたのか、驚きの声を上げようとしたのだけれども。それはマアトによって遮られてしまう。


「そして、お前たちを粛清し、この世に秩序をもたらす存在だ」


 ざわり、とマアトの言葉で騒がしくなる。実質的な宣戦布告。勝手にやってくれたな、と八重は頭を抱えそうになったけれども、それより気になったことがある。男たちが八重の名前を聞いて、一瞬驚いた表情を浮かべた事だ。

 民衆のざわめきに紛れて「ユキシロって、あのユキシロ……か?」なんて男たちがボソボソと話している声も聞こえる。正直ユキシロなんて名字、この世界にある訳がないと思っていた。だから八重は眉間に皺を寄せる。何故男たちが知っているのか、と。


「……おい。ユキシロがどうしたよ。なんかあるなら言ってみろ、今すぐに」


 不機嫌を少しも押し隠す事のない声色。ライフルの先端で男の頬を突っつきながら、問い掛ける。マアトや民衆はこの際無視だ。どうせマアトの事。八重のやろうとしていた事などお見通しで、勝手にやってくれるだろうと思っていたのもある。


「いや、なにも――わか、わかった。話す! 話すから! モンチュ様がこの世界を去る前に一人の人間を召喚したんだよ! サエ・ユキシロっていう少女だ! あんたと同じ、黒髪黒目でこの世界では珍しい人間だし、帝国と皇国がその子供巡って今にも戦争おっ始めようとしてたから、よく覚えてたんだよ!」


 誤魔化そうとして口を噤もうとした男は、八重がセーフティを外したことで怯えたようにいう。言い終われば、だからそのライフルを早く他所へ向けてくれ、と叫ぶ。けれど八重にはそんな事、全く聞こえてなかった。


「……紗依が、この世界に……いる……?」


 男の話に、八重は驚愕の色でその顔を染める。

 サエ・ユキシロ。黒髪黒目。少女、子供。情報は圧倒的に足りなかったが、然し八重の愛しい妹、雪城紗依と同一人物のように思えてならなかった。勿論確証なんて何処にもないけれど。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ