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第八話

 獣人の国、ルスルトに辿り着くまで朝から晩まで殆ど歩き通しても、十日は掛かった。その間、人間の街に降りることが出来なかったので、全て野宿。体力に自信がある方ではなかった――とはいえ、年齢平均程度の体力は持っていたのだけれども――八重の疲労感は凄まじい。

 眠っているとはいえ、野宿では十分に疲れが取れないのだ。目の下には隈が出来、心のなしか顔色が悪い。けれどルスルトは目前だ。そう思えば八重はすこしだけ身体も気持ちも軽くなった気がした。


「っはー……つかれた……」


 ばふんと音を立てながら、勢い良く布団に身体を預ける。この際ベッドが汚れる事なんておかまいなしだ。決して柔らかいとは言い難かったが、それでもベッドに横たわれる、というだけで今の八重には十分過ぎる。何せ十日も座ってか、或いは硬い地面に寝転ぶしか出来なかったのだから。

 日が落ちきる前にルスルトに辿り着けた一行は、何とか宿を確保する。個室ではなく大部屋で、全員同じ部屋であったけれど。然しそんなことは誰も気にしていなかった。十日も一緒に野宿していた仲である。ある意味当然とも言えよう。


「うむ。皆大義であった。さぞや疲れたことだろう。暫しのんびりとせよ」

「……なんでこいつ、こんなに元気で偉そうなの」

「偉そうなのではなく偉いのだぞ。何せ神だからな」


 クロエでさえも些かぐったりしている中。マアトだけは少しも疲れた様子は見せず、元気そうだった。リリィは凄いと言わんばかりの尊敬の眼差しを向けていたが、八重はじっとりとした視線を投げ付ける。その元気の半分で良いから分けて欲しいと言わんばかりに。


「然し案の定というべきか、活気がなかったな。あの町よりは随分と人がいたが」

「此処は各地に住まう獣人たちの、最後の砦のような場所ですからね。……まあ、それでも劣悪な環境であることには、違いありませんが」


 暗い声色でルードはいう。けれどそうなってしまうのも仕方がない、と八重は思った。ルスルトという国は、人口密度の割にマアトの言う通り活気がない。そして全体的に重苦しい雰囲気なのだ。まるでこの世の終わりを迎えたばかりといった具合である。


「劣悪って、具体的にはどんな?」


 気になったので、八重は身体を起こしてルードの方に顔を向けて問い掛けた。多少身体がだるくても、今八重が座るのはベッド。寝ようと思えばすぐさま横になる事が出来る。なにより今は休む事より少しでも情報を手にいれることが先決なのだから。


「ヤエもみただろう。あの町で。あれが個人ではなく国に課せられてる。働いた三分の二は国に持って行かれ、そのうちの八割が帝国に流れる。そうじゃなきゃあっという間にこの国は攻め滅ぼされるんだ。だというのに、入ってくるものは殆どなく物価は跳ね上がるわ、若い働き手は奪われるわ……もう、国として殆ど機能してないな」

「……予想していた以上に説破詰まってるみたいですね。ちなみに、他の国は?」

「他って事は、魔族とかエルフとかか? 魔族はもう殆ど存在してないだろう。多分あの、魔の森に逃げ込めた奴くらいしか生きてないんじゃないか。エルフは元々、隠れ里だ。大した被害は受けていない……と思う。それ以外は、分からんな。この二つに関しても、私の推測でしかない」


 成る程、と頷きながらルードに礼を伝えた。やはり狭い世界では見えるものも少ない。世界を正すためには、地道な情報収集が必要だろう。幸いにも八重は人間だ。人が住まう国に赴いて話を聞く事も出来るに違いない――疑われないかどうかは、別として――

 さて、如何するかなと八重は頭を悩ませる。その身体はすでにベッドに逆戻りしていた。

 世界を正すには、やはり人間がつけた、圧倒的な力を削ぐ他ない。かといって、八重一人ではそれは到底出来ないだろう。何せただの高校生なのだ。出来ていれば本当に苦労なんて、しないのだけれども。

 一瞬、このルスルトに住まう人を先導して反乱でも起こすか、と考えた。しかしそれはあまりにも現実的ではない。八重に戦術の知識があれば話は別だったかもしれないが。残念な事に、八重にはそういった知識は一切なかった。

 何より、皇国と帝国という二大国家に加え、他の小国も合わせて、この世界の半分以上を占める人間相手に、獣人達だけで如何にか出来ると楽観視が出来なかったというのも大きい。獣人達にそういった気概が見えれば、或いは話は変わったかもしれないけれども。

 先程外を少し歩いただけでもわかる、ルスルトに住まうものの生気のなさ。これは、反乱を起こす場合において、最も致命的な部分だと言えるだろう。

 火薬を無効化する方法なら思いついたんだけどなあ、と八重はぼやく。それにすかさず食いついたのはルードだ。


「火薬とは、あの人間達が使うもののことですか?」

「んーと、正確には多分ちょっと違う……んじゃないかなと思うんですけど。俺も詳しくはないんですが、ライフルとかだとそもそも、弾に限りがあると思うんですよ。相手に味方した神はもういないっていうし。まあどれくらい残したかは知りませんが。もし在庫がかなりあるなら、それを強奪するかなにかしてしまえば、ライフル自体は無効化出来ます。あとは、ライフル本体にちょっと細工しときゃ暴発させられると思うんですよね」


 頭の中から搾り出しながら、話す。かといって八重も専門的に学んでいた訳ではない。あくまでライフル本体云々はドラマや映画の知識だ。実際にやって、出来ない可能性だってあるだろう。だから、確証はないと付け足す。

 それから、暴発なら大砲でも主砲がついている戦車も同じ事で、火薬――これの詳しい説明は残念な事に、八重は出来なかった――を使っているだろう代物であれば、水にある程度浸しておけば、発火せずに使い物にならないだろうという事を伝える。地雷については何の対策も浮かんでこなかった。

 素直にそこまで言えば、ルードはしきりに頷いている。とはいえ、正直やっぱり何の役にも立たないなこれはと八重は小さく唸った。ルードが何か思い浮かぶなら任せておいても良いかもしれない、と思ったのだけれども。然しルードとて何か思いついた訳ではないようだった。多分自分が知らぬことを八重が知っている、という事に感心していただけに違いない。


「まあなるようにしかならんさ。そう焦らずとも良いではないか」

「……本来ならやなきゃらなん奴の言う台詞じゃないからな? それ。俺に全部ぶん投げてる、全ての元凶がそうまったり事を構えてるってのは、すげー腹立たしいんですが」

「細かい事は気にするな。私はヤエなら何の問題もなく、解決出来てしまえると思っているから、身構えずにいれるのだよ」

「ぜんっぜん嬉しくない。その信頼が薄っぺらいっていうのもあるけど、ならなんか解決策出せよっていう苛立ちが一番だ」


 優雅に足を組み、ベッドに座りマアトをじろりと睨む。けれどそんなものは一切の効果を持っていないというのはよくよく知っている。無意味だと分かっていてもやらずにはいられなかったのだろう。クロエが何やら喚いていたが、正直今付き合うだけの体力はないのであえて無視。


「まあヤエの事はおいておくとして。お前たちは如何するんだ? ルスルトには無事辿り着けた。私たちと同じ宿に泊まってはいるが、このままずっと一緒に行動する訳ではないのだろう?」


 マアトの言い草におい、と突っ込みたかったがそれは無駄以外の何物でもない。分かっていたので態とらしく溜息をついておいた。それも結構大きめの。とはいえ、確かにそれは八重も気になる事であったので、視線はルードに向けて、耳も傾けている。

 問い掛けられたルードは、何故か逡巡した後。口を開いた。


「いえ……出来れば、ご一緒させて頂きたいなと思っているのですが。ご迷惑でしょうか」

「ふむ。別に迷惑ではないが、そう思った理由を聞いても構わんか?」

「大した力にはなれませんが……ヤエやマアト様のお力になれれば、と思いまして。その、あの時助けていただいたでしょう。そのお返しをしたいのです」


 真剣味を帯びたその口調に、思わず八重はマアトと顔を見合わせる。確かに独断で八重が飛び出し、クロエがその補佐をする形で親子を助けはした。けれども、それだけ。正直言って、世界を正すとか云々を手伝おう、と思える程の何かをルードたちにした訳ではない。

 八重は不思議でたまらなかった。たったそれだけのことで、今の世界の殆どを占める人間を敵に回そうと考えることが。――否、八重のことは或いはきっかけに過ぎなかったのかもしれない。元々圧政に苦しみ、今の境遇を嘆いていた。改善されるかもしれない、という希望の光を八重に見て、何かしたいと思ったのだと思えば。

 少し分かるような気がした。同時に、希望を与えれば如何にかなるかもしれない、と少し前に考えて捨ててしまった反乱案を思い起こす。戦術には明るくないが、別にそれは必ずしも八重がやらねばならないことではない。そういうのが得意な人間に任せればいいのだ。適材適所ともいうだろう。

 では八重が行うことは何か。希望の光、象徴になることだ。八重に人々を惹きつけられるだけの魅力があるとは、八重自身も全く思っていなかったけれど。希望をぶら下げれば、それは可能かもしれないと考える。

 問題は八重が人間であること。獣人たちだけでは圧倒的に数が足りない、ということだろう。

 人数はともかくとして。八重が人間であり、それが障害となり得るならばマアトを象徴にしてもいいかもしれない。否、其方の方が話しが早く進む。であれば八重はマアトがそうあれるように、マネージメントするのが仕事か。

 此処まで考えて、先ほどは捨ててしまったが、反乱が一番現実的であるような気がした。少しだけ活路が開けたような気がする。


「……お前たち親子がそれを望むなら止めんよ。ヤエもどうやら、道が見えてきたようであるしな?」


 にやりとマアトが笑った。如何にも掌で踊らされている感が否めない。きっとマアトは八重が今考えていることすら、手にとるように分かっているのだろう。それが妙に癪で仕方がなく、盛大に一つ、舌打ちをしてやった。マアトは更に笑う。


「そうですか、有難う御座います。出来ることは限られていますが、お二人の力になれるよう、尽力する所存です」

「うむ。では頼んだぞ、私たちの大切な初めての協力者だ。期待している」


 如何すればそんな尊大な態度を取れるのかと思った。けれど八重はそこでマアトが神であるということを思い出す。ある意味態度としては間違っていないのだろう。それに謙虚なマアトなど、全くもって想像出来なかった。

 八重は体制を変える為にごろりとベッドの上を転がり、横を向く。窓の外は妙に晴れていて、少しだけ気分が良くなる。幸先がいい気がして。




 たっぷりと二日、休息の日とした。疲れたまま動いたのでは効率が悪い。とはいえ八重はそれでも少し疲労が身体に残っていたが。まあなんとかなるだろう、と楽観視して全員で街へと繰り出す。

 マアト――念の為上から羽織を着て、その目立つ出で立ちを隠す努力をした。意味があったかはわからない――とクロエは一人ずつ。八重とルードとリリィは、三人で固まって。それぞれ手始めに、ルスルド国内で情報集めに奔走した。三人組になったのは八重が人間であったこと、リリィはまだ子供であったが為である。

 ルードと一緒にいて、マアトから授かったピアスがあっても。八重は人間というだけで獣人たちから嫌悪の目線を向けられた。これは宿に泊まる際もそうだったので、今更もう気になどしてはいない。少しばかり挫けそうになったけれど。


「やっぱり、この国だけじゃ集められる情報は限られてるな。それにいまひとつ、反乱しようにも決め手に欠ける。……あの武器の恐怖が根付いてしまってて、如何にもならなさそうだ」


 肩を落としながらルードは話し終わった獣人の背を見送る。そうしてぽつりと、溜息と共に言葉を吐き出した。

 この国に到着して既に八日経過している。着いた日と休息日を抜いても五日。決して大きい国とは言い難いルスルトを、二人と一組で一日掛けて聞き回ったお陰か。今日はもうどこかで聞いたような話しか聞くことが出来なかったのだ。おまけに、何処で、誰が相手でも決起する、という類の話をすれば怯えたように立ち去ってしまう。

 正直八方塞がりとしか言えなかった。八重はがしがしと頭を掻く。自分の読みの甘さが露呈したからか、少し苛立っているようにも見える。


「いい案だと思ったんですけどね、……ていうか、クソガミの反応的に、多分方向性は間違っちゃいないんでしょうけど。あー……くそっ!」


 如何にもこうにも上手く進んでいる気がしなかった。果たしてこれに意味があったのだろうか、と思えば一層苛立ちは増す。かといってそれを発散する手立てもなく、ストレスは溜まる一方だ。このままでは短絡的にしか物事を考えられなくなってしまう気がする。八重は休息を挟むべきか、と悩む。


「とりあえず、今日はもう戻ろう? おにーちゃんもおとーさんも、ちょっと疲れた顔、してる」


 心配そうに見上げるリリィの顔を見て、少しだけ癒された気がした。こういうときに妹がいれば、八重のストレスなど一気に吹き飛んでしまうというのに。なんて、此処にはいない人物を思い浮かべ、嗚呼会いたいなと思いながら頷く。

 リリィの提案をのんで、のろのろと三人は拠点にしている宿に向かって歩を進めた。

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