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第六話

 男たちの処遇は話し合って、適当なところで野に放つ、ということになった。その役割はクロエに与えられる。かなり嫌そうな顔をしていたが、マアトがクロエにしか出来ないとおだてればあっという間にその気になったのだから、その狂信振りは流石としか言えない。親子が若干引いていたのはまた別の話。


「そういえばこの町は人気がないな。お前たち以外も住んでいるのか?」

「……いいえ。もうここには私たちばかりです。他のものは皆、ルスルトの方に。辿り着けたかまでは、分かりませんが」

「ふむ、ルスルトといえば、獣人の国か。あそこはまだ健在なんだな?」

「はい。とはいえ、帝国の属国になってしまっていますが……すくなくとも、此処よりはマシだと聞いています。皆それを頼りに」

「ではお前たちは何故残っていたのだ? ついていけば良かったのではないか?」

「それは、そうなんですが……」


 クロエが男たちを引きずって何処かへ向かった後。マアトは唐突に父親に問い掛ける。多分元から気になっていたのだろう。あれだけ騒いでも誰も出てこなかったのだ。ある意味当然とも言えるかもしれない。そうして父親の答えはやはり、というもので。とはいえ些か気になる答えであったのも確か。

 他意のない純粋な疑問をぶつけるマアトに、父親は少し戸惑っているようであった。失礼だろう、と思っても結局は八重も気になることであったから、あえて止めることはしない。八重自身が声を上げることはなかったが、耳は済ましている。


「……此処は、妻の故郷ですから。思い出もあり、捨てるに捨てられなかったのです」


 逡巡の後。父親は重たいその口を開く。娘の方は少し悲しげな表情をしていた。如何やら少女の母であり男の妻であるその女性は、もう亡くなってしまったらしい。理由までは分からなかったが、けれど愛しい存在をなくすというのは、耐え難い苦痛である。

 八重は一瞬妹を失ってしまったことを想像してしまい、思わず舌打ちした。悲しいとか、寂しいより不快でしかない。そんな万一あってはならないのだから。人の手によってあればその人物を、自然災害や病気であれば神すらも八重は殺せる気がした。同時に早く帰らなくては、と思う。きっとそのうち妹成分が足りなくなってしまい、気でも狂ってしまう気がしたのだ。


「そうか。それはすまなかった。……しかし、いつまでも此処にいることは出来まいよ。彼奴らを逃したとなれば、それは分かっているな」

「勿論です。名残惜しいですが……時期だったのでしょうな。私もこの子と一緒に、ルスルトの方に向かうつもりです」

「ふむ、ならば道中共にさせて貰おう。私たちの方もルスルトに用があるのでな」

「……は? 何それ初耳なんだけど」


 遠い地に一人でいる妹が寂しがっていないかと、心配していた八重の耳に飛び込んできたマアトの言葉。一瞬で現実に引き戻されれば、怪訝そうに眉間に皺を寄せながら言う。別に行き先どうこういうつもりはなかったが――そもそも八重はこの世界のことを未だに殆ど知らないから言えないだけである――然し勝手に決められるのもなんだか釈というもの。つい先程これから先如何するかを一任されたから、というのもあるかもしれない。

 そうだっけか、と惚けるマアトに食ってかかりたかった。然し耳許で「ヤエがどんな選択肢を取るにしても行って損はないぞ」と呟かれればぐっと黙る。基本的にマアトは八重の邪魔はしていない。行動理念は自分の為、であるが全てを終えれば元の世界に帰ることだって反対派されていなかった。此処にきたのだってそう。八重の意見を聞いて。

 であったが故に、結局八重はルスルトに行くことを認めた。クロエについてはマアトが言えば何の問題もないだろう。許可を取る必要さえない。こういうときはすごく便利だなと思う。八重は言わなかったが、マアトが代わりに口に出していて、八重は少しだけクロエが哀れに思えてならなかった。

 それからクロエが男たちを解放して帰ってこれば、出立の準備を進める。マアトの事もあったが、獣人である彼らが人間の街には降りる事が出来ないということもあって、食料の問題が浮上した。クロエが住み着いていた家にある分はそれなりにあったが――どうやら定期的に人の街で掻っ払ってきているらしかった――しかし五人の人がルスルトまで行くには足りない。

 かといって、獣人の親子の家には食料らしきものは殆ど見当たらなかった。今まで生きてこれたことが不思議なくらいに。結局クロエが適当にまた掻っ払ってくることで話が落ち着いた。八重は気が進まなかったが、かといってこの世界に通じる通貨を持っているわけではない。であれば、結局のところ何を言っても生きる為にはそれは仕方がないことだと割り切ることにしたのだ。

 準備はあっという間に終わり、昼前にはその町を出る。帝国にあるルスルトに向かう為には、人の街にある港からでる船に乗るか、或いは八重が最初に放り出された魔の森を抜けるしかない。前者は食料問題と同じく、難しいものがある。よって魔の森を横断することになったのだけれど。


「……正直あそこはトラウマすぎて行きたくないんだけど」

「仕方がないだろう。海を渡れんのだからな。それに私がいる。魔物も魔族も襲ってこんだろうよ」

「でもそれは確定じゃないんだろ? ほんっとうに行きたくない。頼むからもうちょっと別の道探そうぜ」


――八重が渋っていた。それもそうだろう。何せ化け物に襲われて命からがら、逃げ出した森だ。そこにまた入れと言われて、はいそうですかと入れる人の方が如何かしている。どう足掻いてもその道を通るしかないと頭では分かっていても、気持ちが付いていかないのだ。クロエが鼻で笑って、情けないだとかなんだと言っていたが今ばかりは何も言い返さない。言い返せなかった。それが事実でしかなかったからである。

 それでも八重は魔の森に行きたくなかった。既に向かう道中であるというにも関わらず。なんとかしようと必死にマアトを説得中である。後ろで親子――父親がルード、娘はリリィというらしかった――が苦笑いを浮かべていた。あえて見ないことにして無視することを八重は選択。


「マアト様のお手を煩わせないでくださいこの下等生物。何度も言ってるでしょう。あそこを通り抜けるしか道はないと。まああなたが嫌なら一人で残ってくれていてもいいんですよ? そのうち餓死するだけなので」


 一言発するたびにクロエの八重へ対する態度は冷酷化している。もうこれはきっと通常仕様だろう。八重も八重で気にしていなかった。けれどマアトはそうではなかったらしい。クロエの言葉を聞いて、眉間に皺を寄せて少し不機嫌そうに表情を曇らせる。


「……クロエ。ヤエは私同様なのだぞ。其奴がおらねばこの世界は正されないし、私のこれだって解けない。分かっているか?」

「勿論ですマアト様! ですからこれが残るといえば縄でふん縛ってでも連れていく所存でした!」


 空気が読めないのか。マアトに話し掛けられたことで上機嫌になり、頭に手を持って行き敬礼までしてみせながら嬉しそうにいう。物騒な話が聞こえた八重は、結局行くしかないのかとげんなりとした。もうマアトの言葉が真実であることを祈るしかなさそうである。神頼みのようで気が進まなかったが仕方がないのだろう。

 小さく息を吐き出す。そしてマアトとクロエから離れて、少し後ろを歩いていた獣人親子と並んだ。


「怖くないんですか。あそこに何が住んでるのか、知らないわけじゃないんでしょ」


 クロエとマアトがあそこを怖がらない理由はわかる。他でもない神とそのお付きだ。襲われる心配は万に一つもないだろう。それは八重にも当てはまるかもしれない。なんていったって、マアトの代理人である。けれどそうではないことは初っ端で知れていた。であれば、獣人親子だって同じ事。

 だというのに、怖がる素振りを見せない二人を八重は疑問に思ったのだろう。問い掛けるか少し迷ったが、好奇心の方が勝ったらしい。


「知ってます。けれど彼らは私たちを襲っては来ないでしょう。言わば同志のようなものですからね。だから怯える必要なんてないんです」


 予想外の答えに目を瞬かせる。マアトの代理人であるという八重でさえ襲われたのだ。それなのにルードたちは襲われないという。一体どういう事か理解出来ず、八重は僅かに首を傾げる。そんな八重を見てルードは苦笑いを零した。


「ヤエ様は見たところ人間のようですから。人間以外の種族から見れば、敵に等しいのでしょう。……我らは、人間に迫害されているのです。元々なかったわけではないですが、先の攻勢によって一気に人間優位の世界になってしまったんですよ」

「結局私の代理人といっても、姿形や纏うものは何一つとして変わらんからな。仕方がない。まあ……今はそれがあるが故、一見するだけで分かるようにはなってはいるが」


 突然話に割り込んできたマアトに八重は驚く。先程まで前を歩いていたのに、八重の隣にいたのも驚いた要因だろう。一体何時の間に、と思ったが然しそれ以上になんというか。結局召喚された、代理人だとなんだといったところで何一つ変わらないのだと言われたそれには、頭を抱える。

 与えられたのは神の力が何万分の一しか宿らない、ピアス一つ。そして力の使えない神と、八重とは絶対に相容れない存在である神の狂信者。だというのに世界を正せという。やる前から無理だと投げ捨てる性格ではなかったが、そんな八重でもあっさりと無理だろと切り捨ててしまうくらいに無理だった。

 けれど無理だといったところで八重の望みは叶わない。元の世界に帰る事を諦めれるというのであれば話は別だが。それこそ諦めろというのが無理な話。であるから結局、世界を正す事を考えなければならないのだ。どれほど無理だと思っていても。無理な事が多すぎてゲシュタルト崩壊を起こしそうである。


「……なんで俺を召喚なんかしたんだよお前は」


 じっとりと睨め付けながら、恨み言を漏らす。今更言ったところでどうにもならない事は分かっていたが。それでも漏らさずにはいられなかった、といったところか。何度考えても、無理のスパイラルに落とされたのはマアトのせいなのだから。


「知らん。お前が私の召喚術に引っかかったのが悪いんだろう。……まあ、案ずるな。召喚されたということは、確実にお前はこの世を正せるということだ。無理だと思っていられるのも今のうちさ。ぐじぐじ悩むより、もっと生産性のあることでも考えておけ」

「全部人任せだからそういうこといえんだろーが! くそう……本当に腹立つ」


 何処吹く風といった風なマアトに苛立ちは増す、が。確かにマアトの言っていることは最もである。だがらこそぐうの音も出ず反論することすらままならず、愚痴を零すことしか出来ない。傍若無人でありながら、正論を振りかざすマアトが恨めしくて仕方がなかった。


「まあそんな八重には私の特別講義を行ってやろう」

「……なんだよ、その特別講義って」

「なあに簡単な世界情勢の話さ。……というより、最初に簡素だが、話しただろう? 覚えているか? あれの強化版のようなものさ」

「なんだっけ、大戦間近ーって奴だろ。確かお前が魔族復活云々っていって、拘束されたとか」

「そうそう。流石ヤエだな。聞いていないようでしっかり聞いていたとは」

「……なあそれ褒めてんの貶してんの? 貶してるよなそれ吹っ飛ばすぞ」


 あっはっは、と豪快に笑いながら八重の言葉は軽くスルーされる。本気にされたところで実際に殴る気などないので、スルーされても問題ないのだが。かくしてマアトの――時折ルードやクロエが混じりながら――八重への世界講義が始まる。

 元々この世界は、魔族がそれなりに幅を利かせていた。とはいえ人間を襲ったりすることはなく、どちらかといえば人間が魔族に襲いかかっては反撃されて、という繰り返しだったらしい。獣人やエルフなどは、独自の国家を持ち、魔族寄りで生活していたそうだ。人間寄りではなかったのは、時折攫って奴隷として扱われることがあったからだという。

 けれど世界は拮抗した状態を保ち、常に平穏であった。人間にとって魔族、という目に見える強大な敵があったが故に、人間同士で争うこともなく。それが崩れたのは少し前の事。人間が急に力を付け、あっという間に魔族を滅ぼしたのだとか。そうして世界は混沌の時代へと落ちた。現在はその真っ只中である。――というところまで聞いて、八重は一つの疑問を抱く。


「なんで人間は急にそんな力を付けたんだ? 話じゃ、数十年、数百年の間にって訳じゃなかっただろ。むしろ数年……いや、此処一〜二年の間っぽかったが。そんな急には発展しないぞ、普通」

「……普通はな。残念な事に普通じゃなかった、というべきか。神が介入したんだ。面白半分に」

「は? ……は?」

「だから、神が介入したんだ。人間側に。何処の世界の神かは分からんが、その名は知っている。――モンチュ。戦争の神だ。私を巻きつける鎖と拘束衣をつ繰り出した張本人でもある」

「えっなにそれ待って。俺神と敵対しなきゃだめなの? しかも戦争の神とかなにそれ。初耳なんだけどなんでそれもっと早く言わねえんだよふっざけんな! 無理ゲーオブザ無理ゲーじゃねえか! クソゲーが泣いて土下座して消滅するくらいクソゲーだよ!」

「落ち着けヤエ。別に神と敵対する必要はない。彼奴はこの世界の神ではないからな、とうにこの世界からは姿を消しておる。ただ……彼奴が残したものが少々厄介なのだよ」


 正直落ち着ける気などしなかったが、しかし暴れたところでだ。事実が変わるわけではない。それどころか、この話は八重が世界を正すためには避けて通れぬ道なのだから。無理矢理にでも自分を抑えようと、何度も深呼吸して頭を空っぽにしていく作業に勤しむ。

 とはいえ、マアトの言葉に僅かではあるが救われた気がした。神と対峙しろと言われた日には、清水の舞台から飛び降りる気持ち程度では如何にもならない。なんの力も持たぬ、ただの人間と神だ。その差は火を見るより明らかというもの。そうでなかっただけ、まだマシだろう。

 けれどマアトの言葉は引っ掛かる。怪訝そうに眉を顰めて、マアトに話の続きを促す。


「地雷だよ。地雷。他にも、爆弾や大砲、戦車なんかもあったな。核がなかっただけまだマシというものではあるが、この世界にはなかったものだ。唯一この世界で魔法を持つ魔族ですら対抗する間もなく壊滅に追い込まれた。仕組みが分からんからな、仕方ないといえばそうなのだが……結局、そうして人間は勢力を広げて、モンチュに与えられたもので人間同士で争おうとしておる」

「……生身で如何やって、重火器類と渡り合えって? 正直五感や身体能力がちょっと上がったくらいじゃ、すぐ死ぬぞ」


 溜息が漏れる。八重がサバゲー好きであったり、そういった開発に携わる、あるいはそこまで行かずともマニアと呼ばれる部類の人間であれば対抗手段があったかもしれない。けれど、八重は普通の一般人でしかなかった。ある程度それの悲惨さは知っているが、それも教科書の中での話でしか知らないのである。

 如何足掻いたところで、やっぱりなんとかなる気なんて少しも起きなかった。

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