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第二話

「……なあ、ところで今気が付いたんだけど、お前のそれって人間にやられたんだろ? ならそんな姿で街降りて行って良いのかよ。それ以前に、どっかから脱走して今に至る、とかじゃねーよな? もしそうなら俺今すぐお前に道だけ聞いて、一人で行きたいんだけど」

「………………ぎくう!」

「わざとらしく口で言わなくても良いっつうの。つまりそういうことなんだな? 分かった今すぐ道教えろ。さもなくば……」

「さもなくばどうするというのだ? こんないたいけな少女を前に……っは! まさかあんなことやこんなこと!」

「しねえよ。ちょっと首の一つでも捻ってみるかって思っただけだ」

「ベクトルは違うが、あんなことやこんなことだろうが! いたいけな少女によくそんな事ができるな!」

「いや、まだやってねえし。そもそも、拘束衣着てる上から鎖巻きつけらられてる女が、いたいけな少女って無理あんだろ」


 マアトに付き従って街へと向かう道中。八重はふと気になった事を問い掛けた。案の定八重の想定通りだったようで、思わず溜息が溢れる。何故そんな大事な事を黙っていたのか、と問い詰めたいのは山々。然しそんな事をしても、現状は何も変わりはしない。それならば、一先ず己が身だけでも安全を確保しようと八重は動く。

 無論それなりの苦労の上、漸く口説き落とした――というとかなり語弊があるが――八重をマアトがそうやすやすと、逃がしてくれるわけもなく。予想はしていたものの、ほんの一瞬でマアトのペースに持ち込まれてしまえば八重は頭を抱える。話が通じないと言いたげに。


「……一緒に行かんと、ヤエ、お前は逃げるだろう。違うか?」


 ふとマアトは足を止めた。突然の事に驚き、次いで八重も足を止めてマアトに視線を向ける。先程までのおちゃらけた雰囲気を消し去り、至極真面目な顔をしたマアトが少し低い声でそういうのが聞こえれば、嗚呼、成る程と納得した。

 どうやらこの自称神様はやはり八重を逃す気がないらしい。予想はしていたが、然しこうにも真面目に応対されると何と返せばいいか、分からなくなる。


「お前の話が本当なら、俺には逃げるって選択肢はねーよ。……帰らなきゃ、いけないからな」


 少女はその姿は兎も角、見目はいい。多分、普通に美少女と称していい容貌をしている。少し古風な口調も相まって、マニアには受けそうだ。それを差し引いたとしても、年頃の可愛い女の子に求められている――そういう構図は、ごく普通の高校生でしかない八重にとって美味しい場面。嬉しくない訳がない。

 だからだろう。何処か気恥ずかしさを隠せない表情を浮かべながら、然し此方も同じように真剣さを滲ませて言った。

 決してマアトが真剣であったから、同じように返した、という訳ではない。八重には”約束”があったからだ。絶対に破れない――否、破りたくない約束が。それを守る為であれば、間違いなくなんだってする。最後に小さく呟いた”帰らなくてはいけない”というのは、それが所以に違いなかった。ただマアトには前者しか聞こえてなかったのか、またも様子を一変させて、本当か! などと騒いでいる。

 ころころと変わる表情や態度が面白くない、といえば嘘になるだろう。楽しくもある。けれど、どうにもこの代わり身の早さに八重はついていける気がしなかった。


「だからお前の話が本当なら、つってんじゃねーかよ。まずはそれを証明しなきゃならねーんだろーが」


 呆れた表情を浮かべながら、嬉しそうに八重の周りを跳ねているマアトのおでこにデコピンを一発食らわせる。マアトは八重の胸元辺りまでの身長しかなかったが為、非常にやりやすかった。無論手加減をしなかったが故に、痛さのあまり目尻に涙を浮かべているマアトには言わなかったが。


「くそう……覚えておれ……この両手が自由になりさえすれば、貴様なぞあっという間に私の前にひれ伏させてやるんだからなっ!」

「はいはい。それはわかったって。……で、どうすんの? カミサマ。あんまりぐだぐだしてっと日が暮れちまうけど」

「うっ。それもそうなのだが……いや然し……」

「帰ってくるって言ってんでしょーが。お前は一体何を心配してるんだよ」


 一刻でも早く現状を把握して、本当にマアトの言う通りなのであれば、ぱっぱと片をつけて帰りたい。八重にはその気持ちしかなく、決断を促すのだがどうにもマアトの反応は思わしくなかった。唯一の心配である筈の逃げない、を確約したというのに。一体何故渋るのか理解出来ず、眉間に皺を寄せて首を傾げる。

 あーだらうーだら唸るマアトをじっとりとした視線で睨めつけながら、けれど八重は大人しくマアトのが決断を待つ。


「その、だな。私の呼び寄せも今回ばかりは完璧じゃなかったばっかりに、多分……その、お前は人と話すことが、出来ない……と思う」

「………………はあ?」


 予想だにしなかったその言葉に、たっぷりと間をあけて八重は間抜けな声を発した。一体如何言うことだ詳しく説明しろ、と言わんばかりに一層視線を強める。どうやらマアトはそれを感じ取ったらしい。屈辱的、と言わんばかりに顔を薄っすら朱に染めながら、重たい口を持ち上げる。


「だからつまりそのだな。言語的にお前の言葉ではこの世界の住人に通じん、ということだ。……くっなんたる失態! 神たるこの私が! こんな凡庸なミスをするなどとは! くそう人間どもめ覚えておれよ!」


 何処か演技掛かった口調でマアトは力説しだす。拘束衣がなければ、握り拳の一つでも作って天に向けて掲げんばかりの勢いだ。実際その服の下では握り拳くらいなら作っているかもしれない。残念なことに、確認する術はないが。

 なんとも言えない気分になった八重は、わざとらしく重々しい溜息を吐き出す。マアトがこれに気付かないと分かっているが故の行動だ。


「いやお前の言い訳はいいんだよ。じゃあなんで俺、お前と会話出来てんの?」

「それはまあ私が神たる所以だな。力を封じることは出来たとしても、私の素晴らしい灰色の脳細胞までは如何にも出来んかった、ということだな。つまり私の勝利だ!」

「……つまりお前が神だから如何にかなってる、ってことね」


 もういちいち突っ込むのも疲れたのだろう。適当に解釈したそれをぽろりと零せば、違うとか、わかってないな! とか。マアトが散々訂正させようと躍起になっているのが視界の下に見えたが、敢えてスルーする。そうしなければ延々話が終わらないだろうと、分かっていたから。

 さて、と八重は頭を悩ませた。言語が通じないとなると、翻訳が必要だろう。然しこの世界が本当に八重の住む世界ではないのであれば、日本語も英語も、通じない可能性が高い。となれば、翻訳してくれる人物など――この目の前で飛び跳ねている自称神しかいなかった。

 然し此処で問題点が浮かび上がる。マアトは人間によってこんな風にされたといっていた。そうして、何処かから脱走してきたとも。そうなればこんな目立つ出で立ちである。そのまま連れて降りれば、あっという間に捕まってしまうのは明白。最悪、脱走の手引きをしたとか仲間だと思われて、八重も如何にかされてしまうだろう。それだけは、何としても避けたかった。かといって、これといった名案が思い浮かぶでもない。

 どうしたものかといきなり真っ暗になってしまった幸先に、思わず溢れる溜息。


「ヤエは溜息が多いな。そんな溜息ばかりついてると、お前の中の幸せ残量がゼロになるぞ。ほら、吸い込め吸い込め」

「じゃねーよ、そうさせてんのはお前な! お前が俺のこと巻き込まなかったら、今日も今日とて俺は平和で幸せな暮らしを送ってたよ!」

「ふむ。それは悪いことをしたな。すまんかった」

「ぜんっぜん悪びれてねえだろ。お前今の顔鏡で見るか? 満面の笑顔だぞ?」

「なに、分かっている。これは意図的だ。意図的」

「っかー! わけわかんねえ! こっちはてめーのせいで如何したらいいか悩んでるっつーのに!」


 ぐしゃぐしゃと勢い良く自らの頭を掻き毟った。髪がぼさぼさになってしまったとて、気にしない。なにせ八重は男なのだから――それにしては些か長い髪をしていだが――そんな八重を面白そうに、にまにまと笑いながらマアトは眺めている。いっそ一発本当に殴ってやりたかった。とはいえ、流石に女子供に暴力を振るう趣味はない。八重はその気持ちを胸の奥に、ぐっと押し留める。


「なに。悩む必要なんてあるまいさ。私を連れて行けばいい。それだけの話だろう?」


 然し。八重の気持ちや考えなどまるで読めていないマアトは、さらりと何でもない風にそういう。思わずその言葉を聞いて、怒りのボルテージがぐんっと上がったのは言うまでもない。


「だーかーらー! そうすっとお前は目立つんだから、すぐ捕まるだろって話をしてんだよ! そうならねえ為に今俺は悩んでんだ! 分かったかこのすっとこどっこい!」

「……なあ、ヤエはもしかして私のことを心配してくれるの、か?」


 怒りのまま叫んだ八重に、然しマアトは嬉しそうに的外れな言葉を返す。普通に受け取れば確かにそうなるかもしれない。然し、然しだ。マアトと八重である。少し前に冗談とはいえ、首の一つでも捻ってみるかといった男と言われた女だ。如何考えてもそんな甘い考えになる筈がないのに。

 嬉しそうにしているマアトに毒気を抜かれたのか、或いは話が通じないと諦めモードに陥ったのか。正しくはその何方でもあり、結果八重の怒りは行き場を失ってしまった。そのせいか、本日何度目かになる溜息を吐き出す。

 決してマアトの言葉には肯定も否定もしなかった。


「ふふっいや嬉しいな、お前が私の心配をしてくれるなんて。然し安心すればいい。人里に下りなければ良いというだけの話。この世界には人間以外にも獣人やエルフ、妖精だって住んでいる。そちらの国に回れば、私が捕まるということはない。むしろ、歓迎されるだろう」

「なら先にそういうことは言っとけよ……っていうか、むしろ何故そこまで分かってて人里に行こうとしてんだよお前」

「なにを言っておる。私は街に行こうとはいったが、一度として”人里にいく”とは言っておらんだろう」

「……確かに、そうだけど。でもお前が俺の質問にぎくう、としか答えなかったじゃねーか」

「いやあれは。お前が余りにも見てきたかのように、脱走したというのを当てたからだな……思わず動揺したというか、なんというか……」

「はあ……つまり俺の早とちりってやつね。それにしてもすげえむかつく。とりあえずもう一発デコピンな」

「っは! やめろ! ヤエのデコピンは一種の凶器であり軽々しく人にして良いものでは…………ギャー!」


 広い野原にマアトの悲鳴が響く。マアトの必死の説得が功をなさず、八重が思い切り、何のセーブもなく、デコピンした証だった。悲鳴の前には聞くだけで痛そうな音が聞こえたのも、その証拠だろう。

 マアトのおでこは真っ赤に腫れ上がっている。八重はそれを見れば、満足そうにふふん、と鼻を鳴らして笑った。


「それで? このまま行けばさっきカミサマがいった種族の何処かの里に降りれるんだよな?」

「………………」

「か、み、さ、ま?」


 十分満たされた八重は早く先に進みたくて仕方がなかった。だから痛がるマアトなど気にした様子もなく、確認のために問い掛ける。しかしマアトはといえば、答える気はさらさらないです、と言わんばかりに頬を膨らませて八重から顔を背けていた。どうやら余程八重のデコピンがお気に召さなかったらしい。恨み言を零さない代わりに、なにも言わないという徹底抗戦に出たようだ。きっとそちらの方が八重に聞くと思ったからだろう。

 だが、八重である。雪城八重という男は決してそんなものに屈しない。屈するはずがなかった。今やデコピンという武器があるのだから。それに何よりこういう時、どういう対応をすればいいのか、ということを良く心得ていた。

 物凄くいい笑顔をその顔に浮かべながら、片手をデコピンがいつでもできる形にする。そうして、優しい、けれど裏があるような。思わず背筋に感じる何かがありそうな声を出して、マアトを呼ぶ。思わずマアトはちらりと八重を見た。けれどそのまま勢い良く、視線を逸らす。

 一言でマアトの今の心情を表すなら”怖い”だろう。ありありとその表情にそう書かれている。実際膨れていた頬は萎み、心なし顔が青ざめているようにも見えた。どうやら効果はあったらしい。もう一度、猫撫で声で呼ぶ。おまけと言わんばかりに、デコピンの音を響かせて。そうすればマアトは小さく悲鳴をあげ、然し八重に視線を向けないまま首を勢い良く上下に振る。


「オーケー。分かった。んじゃ、案内の続き宜しく頼むな」


 先程まで浮かべていた怖いまでの笑顔と声はなりを潜め、代わりに平素より少し甘めの声色を出す。それと同時に優しい手付きでマアトの髪を数度撫ぜれば、止めていた足を動かし始めた。

 突然変わった八重の様子にマアトは目を瞬かせる。何があったんだと言いたげに僅かに首を傾げたが、然しあのように頼まれたのなれば、不思議とやらねばならない気がしてくる。もしそうでなくとも、案内しなければならないことは代わりない。マアトは慌てたように八重の後を追い掛けた。道が分からない八重に置いていかれる訳がない、と分かっていてもそうしなければいけない気がして。

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