第77話 聴取
「ここ最近の記憶が曖昧なんです……」
ベッドで上半身を起こしている風崎美由紀がか細い声でそう答えた。
医師立ち会いの下で行われている榊原梨遠による質疑。
梨遠と医師がベッドの傍らで椅子に腰掛け、誠夜は入り口の脇で壁により掛かってソレを見守っている。
ミシェルは風崎の真っ正面に座り、彼女の一挙手一投足を見逃さんとばかりに注視している。
「ここ最近とは、具体的にどれくらいとか分かりますか?」
基本的に梨遠の口調はぶっきらぼうだ。しかし、さすがに対外的な場面では丁寧に話す。
「……三ヶ月くらい前でしょうか。少し不思議な体験をしました」
ゆっくりとした静かな口調で風崎は話す。
「あの日私は高村さんに呼ばれて、あの部屋───執務室に行きました。でもちょうど席を外していたのか、あの人は部屋にはいませんでした」
風崎の手が少し震えているように見える。
「部屋を出ようとした時にふと、机の上に目が留まりました。何かなと思って近づいてみると黒い輝きを放つ腕輪が置いてあったんです」
「黒い腕輪……ですか」
風崎が頷く。
「よくよく見ると、どこかで見たことある気がして、そして気がついたんです」
そうして左腕を胸の高さまで上げて掌を広げる。小指には淡く緑色の光を放つ指輪があった。
「【念晶具】と同じなんだって」
ミシェルの眉が僅かにぴくりと動いた。
「そんな馬鹿な。【念晶具】は外すことが出来ないはずでは───」
梨遠の言う通り【念晶具】は外すことは出来ない。
【念晶者】の身体のどこかにアクセサリーのように装着されていて触ることも出来る。身体の器官の一部としてそこにあるようなものだ。
だが風崎と言う女性はそれがあったし見たと言うのだ。
「はじめは私も目を疑いました、でも肌に感じるエネルギーというか雰囲気がまったく同じだったんです」
「人工的に造られた【念晶具】だとでも言うのか……?」
「わかりません。ですがその時、後ろに誰かいる気がして振り向いたんです。そしたら……」
「そしたら……?」
「鏡に映った私がいたんです」
拍子抜けして、梨遠の肩の力が抜けた。
「ですが、私の覚えている限りあの部屋には姿見は無かったと思うんです。それに、鏡の中の私……笑ってました」
「ホッとして気が緩んだのではないでしょうか?」
「そう……なのかもしれません。ですけど、その笑い方が……とても気味が悪かったので、私はそこで気を失ってしまったようなんです。そしてそこからの記憶がとても曖昧なんです」
「ふむ……」
腕を組んで考え込む梨遠。そこへ、
「そろそろお時間です」
立ち会いの医師から声がかかり、質疑はお開きとなる。
「ありがとうございました。また何か思い出したら教えてください」
梨遠が椅子から立ち上がる。
「……はい。ご迷惑をおかけします」
風崎が頭を下げた。
医師に続いて梨遠が退出し、ミシェルは彼女を一瞥してからそれに続いて、全員出たのを確認してから誠夜が部屋から出て扉を静かに閉めた。
「……どう思う?」
医師が離れていったのを確認して梨遠が二人に訊ねる。
「少なくとも嘘を言っているようには見えませんでしたね」
「私も同感だ」
ミシェルは何も答えずにジッと考え事をしているようだった。
「……ねえ、セイヤ」
「なんだ?」
「アナタ、アサヒと同じ陰陽師なのよね?」
珍しく誠夜がきょとんとした表情を見せる。
「今更だな。まあ兄妹だしな。当主の資格が俺には無いだけで修業した内容はだいたい同じだ。それがどうかしたか?」
「アサヒが〝属性喰い〟と呼ばれる所以はアナタ達の術式の一つなのよね?」
「リンクス、それは今……」
誠夜が梨遠の前に手を差し出してそれ以上を制止した。
「術式といえば術式だが、理論や思想から発生した概念とでも言えばいいか」
「概念……」
「細かい説明はここでは省くが俺達の根底には五行という、魔術で言う四大元素のような属性がある。木・土・水・火・金の五つ。わかりやすく言うと木・土・水・火・鉱石といった感じか。この並びでそれぞれ次に来る属性を打ち消すことが出来るという概念。これが〝相剋〟」
「ソウコク……」
「木は土の中を突き進むように根を張る。土は水を堰き止めることが出来る。水は火を消すことが出来る。火は鉱石を溶かすことが出来る。そして鉱石から造った金属で木を切り加工することが出来る」
「逆の属性で打ち消すのではなく、あくまで世界の流れの中で生じる概念をアナタ達は利用しているに過ぎないと」
「そんなところだ」
「じゃあトモエを鎮めた時に使った紙は水の属性が付与されていたということね。なるほど。魔術でいうところの精霊魔術に近いモノがあるのね。それでアナタ達は精霊───いえ、その属性の気配とでもいうのかしら、そういうモノを感じることが出来る」
「操るからには感じ取れないことには始まらない。自然との対話というか調和というか。人間も自然の一部だしな。循環とか円環とかそういうものの流れに身を浸していれば自ずと感じられる……なんて言われるが、まだ俺もそんな境地には至れていない」
「ふむ」
そうしてミシェルは再び考え込む。
「やはり何か気になることがあるのだな?」
梨遠の問い掛けにミシェルは彼女の方を向いた。
「リオ。確認してほしいことがあるの」
「なんだ?」
「コウムラの【念結晶】は何色なのかしら?」
つづく




