第30話 同調していく感覚
「五芒の扉 五星の交叉───
星が導く四獣五皇───」
黒仮面は声のした頭上を見上げた。その影は両手両足を思い切り伸ばし大の字を描いていた。そしてそれは星の形にも見える。
「暁告げる鐘の声 赤烏となって舞い上がれ───」
導火線の様に火が五芒星を描く。
「羽撃け 火翼剣舞───」
やがて炎は浅陽の右手に集まり、
「───唸れっ! 〈焔結〉!」
桜の花びらを散らして、炎は一振りの日本刀となった。
「はぁぁぁぁぁっ───!!」
空中で〈焔結〉召喚を終え、〈巫羽織〉を纏った浅陽はそのまま落下の力を味方に、上段から焔結を振り下ろした。
黒仮面はそれを〈黒く燃える剣〉で受ける。鋭く甲高い音をさせて刃が交じり合う。
「ぐっ……」
黒仮面は威力を相殺しきれず押され気味のままで鍔迫り合いの状態が続く。そんな中、黒仮面は見た。浅陽の持つ焔結の刀身が、淡くはあるが、白く綺麗に輝いていることに。
(……この短期間で成長しているのか)
仮面の下で思わず笑みを漏らす黒仮面。そこに本人すら気付かない隙が生まれていた。
「───っだぁっ!!」
浅陽は焔結を押し切った。その拍子に黒い仮面に縦一文字に傷がついた。
「くっ……」
仮面を押さえる黒仮面。
「ぐぁぁぁぁっ!!」
そして突然苦しみ悶えだした。
「仮面が弱点だとか……?」
突如その仮面の傷から、黒い霧が噴き出した。
「───っ?!」
そして戸惑う浅陽を余所に、黒仮面を覆うように漂う霧から鎖が現れ黒仮面の四肢を絡め取った。
「何が始まるの……っ?」
その光景に、背筋が凍りつきそうなくらいゾクリとした浅陽は間合いを取るために後ろへ跳んだ。その時、霧の中から鎖が飛び出し、鎖に絡め取られた黒仮面に気を取られていた浅陽の左脚を絡め取った。
「しまっ……!!」
その瞬間、全身が脈動するような感覚が浅陽を襲う。
「ッ?!」
それでバランスを崩した浅陽はそのまま地面に叩きつけられた。
「っつぅ~……」
だがすぐに立ち上がる浅陽。そして一変した周りの景色に目を見開いた。
「なに、これ……?!」
正午を過ぎたばかりなのに、空はまるで真夜中のように真っ暗な上、濃い霧が立ち込めて何も見渡せない。校舎に少なからず人が居るはずなのに、まるで廃墟のように人の気配がまったく感じられなかった。
そして唯一視界の良好な頭の上には、スーパームーンとは比べ物にならないくらい大きく真っ赤な月が浮かんでいた。
「この前の……!」
今浅陽が立っている場所が通常空間ではないことは明らかだった。
「こんな大規模な術式をアイツが……?!」
ズキンと浅陽の胸に、近頃よく彼女を襲う痛みが走る。しかしそれは物理的な痛みではないことに彼女は既に気づいている。かと言って誰かに呪いを掛けられていたりとか精神的な物でもなさそうだった。
ただなんとなく、無いはずの痛みを感じているのではという疑念が強まっていた。
「無いはずの痛み……。切断したはずの手足が痛むっていう幻肢痛みたいよね、ほんと」
無いはずの痛覚、幻肢痛。それはかつて存在していたモノが、今も存在しているかのような幻の痛み。
そして浅陽が失った、かつて存在していたモノと言えば一つしかない。しかしそれは物理的に浅陽と繋がっていたモノではなく、心や絆と言ったモノで結ばれていた。
───〝双子の共感覚〟。
一卵性の双子には稀に、たとえ二人が離れた場所に居ても感覚を共有する不思議な現象があるという。
道場で視たような罪悪感の残骸で無いならば、魂で繋がった半身を失ったゆえの幻肢痛───幻心痛とでも言えばいいだろうか───のようなモノだと浅陽は思っていた。
───…………ひ……
「え……?」
不意に浅陽は何か声のようなモノを聞いた気がした。
───……あ……ひ……
「まただ」
再び聞こえたそれは途切れ途切れで、チューニングの合っていないラジオ番組のようだった。そしてその周波数が少しずつ同調してきているように思えた。
同時に、以前に不意に考えたことがあるあり得ない可能性が浅陽の頭の中で徐々に現実味を増してきていた。
「そんな……、そんなことあり得るはずが……」
───…………あさひ……
やがてその周波数が完全に同調した。浅陽の魂と共感する周波数へと。
「信じられない……。でもこの感覚、忘れるはずがない!」
その時、霧が少しずつ晴れてきた。いや一ヶ所に集約されていく。同時に凄まじいまでの妖気が浅陽を襲う。その正体が徐々に露わになる。それは───、
「…………………………」
知性が微塵も感じられない真っ赤な瞳で浅陽の姿を捉える、真っ黒な霧と禍々しい妖気を身に纏った黒仮面だった。
つづく




