第2話 極夜の少女
この世界には二種類の異能が存在する。覚醒した当人の想いを結晶化したと言われている鉱石をバングルのようなアクセサリーとして身につけ、それを媒介として異能を行使する者を【念晶者】と呼ぶ。
彼らはそれぞれ火、水、土、風のうちの一つの属性を持つ。ごく稀に光や闇の属性持ちも存在する。個人により使い方はまちまちで、自ら呼び名を付ける者もいる。
一方で、古より世界中に伝わる理を血と研鑽をもって継承し続け、それを顕現させる者が存在する。そのような者達を【顕現者】と呼ぶ。この呼称は八十年前の災厄時に彼らが表舞台に現れた時に、先述の【念晶者】と区別する為に付けられたものである。しかしその歴史は【念晶者】よりも古く、世界各地に秘密結社をはじめとした組織が存在する。
日本における組織の名は【特異能力研究所】。通称【異能研】。その名の通り【顕現者】のみならず【念晶者】の研究を行っている国の特務機関である。前身はかつて国の吉兆を占っていた【陰陽寮】。しかし異能の研究だけではなく、能力者や人外が関わる事件の解決も請け負う部署がある。水薙浅陽はそこの所属だ。
【顕現者】には元々の呼び名があり、その多くはそれを自称する。そしてそれは物語や伝承の中に散見される、多くの人が一度は耳にしたことがあるであろうものである。
───陰陽師、呪術師、祈禱師、道士、そして魔術師。
山中を黒い影が駆け抜ける。生い茂る木々を避ける様子もないその姿は、黒く色のついた風を思わせる。
そして、それを追いかける銀色の風。それは杖に跨る一人の少女。薄明の陽の光のような白銀の髪、雪のように白い肌、淡いブルーの瞳。久遠舘学院の濃いグリーンの制服の上に羽織った、極夜を思わせる青紫のローブがはためく。そして小さな背中の腰の辺りに短剣を携えている。
「逃すものかっ!」
少女にとって、この禍々しい気配は一瞬たりとも忘れられるものではない。この為だけに彼女は日本に来たと言っても過言ではない。長年追い続けてきたこの手がかりをようやく掴んだのだ。逃すわけにはいかなかった。
ブォッ、ブォッと少女の顔の横を次々に木々が通り過ぎていく。彼女は木々の間を縫うように飛んでいるから思うように速度が出せない。最低限の最高速度で飛んでいるが、一向に追いつけない。かと言って木々の上に出てしまうと見失ってしまうかもしれない。簡単に捕まえてしまっても拍子抜けしてしまうかもしれないけれど、逃してしまうのなら拍子抜けする方が万倍マシだと彼女なら言うだろう。
少女は、跨っている杖を右手の人差し指の先でコンコンと叩く。杖の先端の宝玉が光を放つ。すると、彼女が突いた辺りから、植物の成長を早送り再生したように氷が生えてきた。それは少しずつ成長していき、やがて一羽の鷹の彫刻になった。
「氷鷹───」
少女が呟く。すると、氷の鷹は杖の柄から飛び立ち空へ舞い上がる。
「行きなさい」
その言葉に従い翼を羽撃かせると、今度は急降下して加速する。鷹は木々の間を縫うように飛ぶことが出来、日本でも昔から狩猟の供として重宝されてきた。それが所謂、鷹狩りと呼ばれるものだ。元々四千年程前に中央アジアで始められ、ヨーロッパでも王侯貴族の嗜みとして盛んになり、やがて日本へと伝わった。
獲物を狙い定めた氷の鷹は、黒い風を徐々に距離を縮め追い詰めていく。そしてその鋭い爪が獲物に突き立てられようとしたその瞬間、何かに阻まれ物の見事に粉々に砕け散った。
「今のは───!」
少女の目には、その何かがハッキリと見えていた。
「───風の障壁」
やはり只モノではないと確信する。少女は再び氷の鷹を飛び立たせる。今度は三羽。すぐさま飛び上がった三羽は、即座に標的を見定めて急降下に入る。
「逃がさないっ」
先程阻まれた風の防壁。一羽目がそれに当たって砕け、同じ場所に二羽目が突入して一羽目同様に砕け散った。そして三羽目の襲撃。これも前の二羽同様に砕け散った。だがそこに亀裂が生じて小さな隙間ができた。その隙間は三羽分の冷気で凍りつき、三羽に乗せられていた少女の魔力で障壁の再生を妨害して穴として固定された。
直後、小さな四羽目が現れて障壁に穿った穴へと吸い込まれていった。少女は三羽を放った後、密かに四羽目にあたる〝氷の燕〟を放っていたのだ。勝利を確信した笑みを浮かべる少女。しかしその笑みはすぐに消えた。
四羽目はたしかに命中はした。ただし頭でも胸の真ん中でもなく、少女から見て右の二の腕のあたりを掠めた。
「はず……れた……? ───いえ、躱された」
影との距離が開く。
「ここから更に加速? 風の〝力〟?」
少女は三度氷の鷹を顕現させる。仕留める為ではない。追跡を続ける為に。
そして少女は止む無く森の上へと飛び出し、最高速度で追撃する。既に氷の鷹は目標を捕捉している。
「この『ミシェル・J・リンクス』から逃れられると思わないでほしいわね」
ミシェル・J・リンクスと名乗った銀髪の少女はこの先で森が終わるのを知っている。彼女は再び銀色の風となった。
つづく