第274話 封じられしモノ
「どうやら何も問われなかったようですね」
校門を出たところでミシェルは声をかけられた。
「リリィ。アナタ聴いていたの?」
「会議だと言っていましたし、貴女と違って私達は部外者ですから」
リリィの背後から黒髪の女性が姿を現した。
「ルージュ様」
「出来れば私もリリィのように砕けて話してもらえると嬉しいのですけど」
「ですが……」
「彼女と違い私は〝追放天使〟ですから、〝御遣い〟として接する必要はないのですよ」
「……努力します」
有無を言わさぬ圧(ミシェルが勝手に感じている)を前に答えを先延ばしにするためにそう濁す。天使の許可があるのだが、ミシェル自身の信仰がそれを躊躇わせていた。
「それで、待ち伏せていたのだから何か用があるのでしょう?」
一方でリリィに砕けた風に接するのは、少なからず彼女と過ごした時間があったからである。
「例の紫色の個体の行方が分かったかもしれません」
そう緋織から告げられた。
「〝禁足地〟って御神体があるから入っちゃいけないんだっけ?」
ミシェルが出ていった後に美那が訊いた。
「本来であればその通りです」
答えたのはめぐり。
「本来なら?」
「あそこにあるのはただの御神体ではないということです」
「めぐりっ!」
止めるように少し声を荒げた誠夜。
「あっ、もしかしてあそこに結界の要ってのがあるの?」
思い出したかのように美那が手をぽむっと叩いた。
「なぜそれを?!」
誠夜が驚愕の表情を浮かべる。
「元いた世界でのことなんだけど、たしか優希人が山頂に〝かなめいし〟っていうのがあるって」
「……こことよく似た並行世界ですか。なるほど。知っていても無理はないということですか」
「ボクはよくわかんないけど、優希人は詳しく知ってるんじゃないかな」
めぐりと梨遠が顔を見合わせて頷くと、梨遠は誠夜の方を向いた。そして視線で会話を交わすように数秒見つめ合うと、誠夜は何やら決意を込めた表情で頷いた。
「正確には〝禁足地〟にある〝御神体〟は、〝御神体〟であるのと同時に〝要石〟でもある」
梨遠が美那に向き直って言った。
「〝御神体〟で〝要石〟?」
「約一万年前、この島で神々の戦いがあったと言われている。邪神とそれを討つために高天原から降臨した神々との戦いだ」
誠夜は正面を向いたまま美那の方を見ずに話しはじめた。
「両者の戦いは熾烈を極めた。海神からの援軍が加わってもなお邪神は引き下がらなかった。そこで神々は邪神を封印することにした。まもなく邪神に気づかれることなく、東、西、南に封印の要を設置することが出来た。しかし北に設置が終わる前に勘づかれてしまった。島から脱出しようとした邪神をどうにか逃がすまいとしたのが海神に連なる若者だった。彼は自らの命と引き替えにして邪神を足留めし、おかげで北の要石───つまり霧園山の要石の設置が完了してようやく邪神を封印することに成功した」
「美那さん達が立ち入った〝禁足地〟には泉があり、その泉の中央に細長い巨石があります。それが海神につらなる若者の爪と言われています」
めぐりが引き継ぐように語る。
「つめ?」
「海神は龍の姿をしているといいます。だからその爪です」
「龍の爪かぁ。あ、それで〝要石〟にして〝御神体〟ってことか」
梨遠の言ったことに美那はようやく納得がいった。
「ちなみに〝鎮守の滝〟のあの円筒形にくり抜いたような地形もその時に出来たと言われています」
「そうなの? 一六〇年くらい前にあった大きな戦で出来たみたいなこと聞いたことあるよ?」
「その時の戦で地形が変わってしまったのは別の場所ですね。龍神祭の元となった三〇〇年ほど前の戦という説もありますが、一万年前という説が濃厚です。なにより奏観さんが視た結果相当古いことが分かっていますので」
「え、キミそんなことまで視れんの!? すっごいね!」
奏観は頬を赤くして俯いてしまった。
「邪神がどんなモノかは語り継がれていないが、神々が苦戦したというほどのモノだ。だから封印が解かれないように俺達水薙の者が守護・監視している」
「他の三カ所も水薙家が守護してるの?」
「いや、南は【龍宮神社】が守護している。東と西に関しては場所も守護者も極秘とされているから話すわけにはいかない」
「ああ、うん。そこまで興味は無いから」
そうあっけらかんと言う。
「ともかく、そういったこともあって何人たりとも〝禁足地〟への立入は禁じられている。それだけは分かってもらいたい。昨晩のような場合はやむを得ないがな」
「りょーかい。……あ、そうだ。ねえねえ」
美那は立ち上がって奏観に駆け寄った。
「キミの眼でさ、あの赤いヤツの痕跡とか追えたりしないかな?」
「どうでしょう。視てみないことにはわかりませんが、何分まだこの状態なので」
そう言って奏観は車椅子を少し動かしてみせた。
「あ、そっか。そうだよね。それで山の中はキッツいよね。ごめんね」
「いえ。ミシェルさんが仰ってた紫色の個体も含めて、何か痕跡が残ってないか調査班にもう一度調べてもらいます」
「ありがと。それで梨遠姉。まだ何かある?」
「とりあえず今のところは無い。それと【異能研】や学内では先生と呼んでもらいたいんだが」
「りょーかいです、梨遠せんせー」
びしっと右手で敬礼をして美那は走って会議室から出ていった。
つづく




