第273話 禁足地
演台側の三人と残るように言われた二人、そして誠夜以外の者が退出するとミシェルは前の方へやってきて美那とは反対側の端に座った。
「なんでそんな離れて座んの? こっちくればいいじゃん」
美那が隣の椅子をぽんぽんと叩く。
「いいじゃない、どこでも」
いつものすまし顔は演台の三人に向けられたまま目だけ美那の方へ動かす。
「……?」
どこか違和感を覚える美那。
数秒見つめ合うとミシェルは視線を前に戻した。
「それで、ワタシ達を呼び止めたのはなぜ?」
「なに大したことじゃない。昨晩のことをもう少し詳しく訊こうと思ってな」
「詳しく?」
「明星美那さん」
めぐりが美那を見る。
「昨晩、異変にいち早く気づいて現場である御山───霧園山へ向かったのでしたね」
「そうだよ。緋織さんが妙な気配を感じ取って、ボクもなんだか胸騒ぎがしたから外に出たんだ。そしたら緊急の出動がかかったんだよ」
美那は現在、緋織とともに【ミラージュ】のオーナー天原羽衣の部屋で暮らしている。
「【ミラージュ】にいた倉地彩乃さんを連れて現場に赴いたんでしたね」
「うん。緋織さんと彩乃っちと一緒に参道から駆け上がってって、境内に着いたらあの黒い影がわんさかいたんだ。そこからは彩乃っちとははぐれちゃったけど」
「そして奮闘しながらあの開けた土地───〝禁足地〟へ足を踏み入れたと」
〝禁足地〟を強調するめぐり。
「黒い影と戦ってたらいつの間にかね。だから不可抗力ってやつだよ」
「そこでミシェルさん達と合流した」
「うん。ひょっとしたら一番乗りかもって思ってたけど、やっぱミシェルはすごいよね。でもなんかちょっとピンチっぽかったから〈アストライヤー〉でズバッとやっちゃったけど」
「そのピンチっぽかったやつを詳しく教えてもらえるか、リンクス」
梨遠がミシェルに話を振った。
「地面の下から引っ張られたというか、大気に押し潰されそうになったというか……。ワタシ達の周囲だけ重力が増したようだったわ」
「それだけか?」
「リリィが言うには神気を吸い取られたと。今思えば、神気を封じられていたのかもしれないわ」
「天使の〝力〟を封じるか……」
閉口する梨遠。
「ボクは何にも感じなかったけど」
「それは恐らく〈星刃〉のおかげだと思うわ。一度ごっそり魔力を持って行かれた感覚があったもの」
「〈星刃〉って無限の〝力〟が与えられるんだっけ」
「そうよ。でもワタシはまだ〈オーロラ・ボレアリス〉を纏っていなかったから重力攻撃には抗えなかった。あの時は助かったわ」
「いえいえ。どういたしまして」
美那がニカッと笑う。
「ところでお二人はその黒い影の核と思しき個体を見たそうですが?」
「見た見た。赤いヤツ」
「ワタシが見たのはパープルだったわね」
「うそっ?! 赤かったよ!」
「間違いなくパープルだったわ」
食い違う二人の証言。
「二体居たということではないでしょうか」
「ボクは紫のなんて見てないよ」
「ワタシだってレッドなのは見ていないわ」
状況から真実を見抜いた奏観だが二人は譲らない。
「ですが二人とも取り逃がしたのですよね?」
「「うっ……」」
めぐりの一言で絶句する二人。
「その後黒い影が消えたからそれ以上はとやかくは言わん。だがその二つの個体が独立して動いている可能性があるので現在捜索チームを編成中だ」
「そう。何か分かったら教えてちょうだい」
立ち上がり出口へ向かうミシェル。
「待て、リンクス。まだ話は終わりじゃない」
「まだ何かあるのかしら?」
梨遠は誠夜に目配せする。
「……明星、〝禁足地〟に着いたら既にミシェルがいたんだったな?」
誠夜は美那の方を向いて確認する。
「さっき言った通りだよ」
「一番乗りだとも言ったよな?」
「かもしれないとは思ってたよ。でもそれがどうかしたの?」
「一番乗りかもしれないくらい早く現着したのに、既に戦闘中だったミシェルは一体いつ〝禁足地〟に着いたんだろうな?」
誠夜が振り返るとミシェルと目が合った。
「う~ん。ボクらと同じくらいに気づいたとして、ミシェルなら飛んで行けるんだからボクらよりも早く着いててもおかしくないんじゃないかな」
「ミナの言う通りよ。あの山に妖しい気配を感じ取り、神社の上空からあの黒いのが見えたから降りて戦った。戦っているうちにあの泉に辿り着いた。ただそれだけよ」
素知らぬ顔でミシェルが答える。
その淡いブルーの瞳を見つめる誠夜。
そこには彼女の毅然とした態度、そしてその奥に秘めた決意以外には見て取ることは出来なかった。
「……そうか」
やがて誠夜は彼女に背を向けた。
「原則、〝禁足地〟は何人たりとも許可無く立ち入ることは許されない。今回のような場合は仕方ないが覚えておいてくれ」
「心に留めておくわ」
「明星も頼む」
「は~い」
「……すまないな、疑ったりして」
俯き気味に誠夜が呟く。
「代理とは言え、今はアナタのお役目なのだからいいのではないかしら。同じ志を持っていても所詮は余所者だもの。それくらいの警戒心はあって当然だわ」
「そう言ってもらえると助かる。だが勘違いしないでほしい。俺はお前に背中を預けてもいいくらいには信用している」
美那はもちろん、残りの三人も彼の言うことに同意して頷いている。
「そう。ありがとう」
ほんのかすかに微笑むと、ミシェルはそのまま会議室から出ていった。
つづく




