第216話 足りない駒
『それから私と、あと三人は存命組だ。凛とまつり姉とそれから宗十郎』
「まつり姉さんは何度か会ったことがあるな。ほとんど当時のままだった気がするけど、それも思い出せれば分かるのかな」
『…………』
咲夜が何か知っていそうな雰囲気だったが、浅陽はあえて訊かずにいた。
「それに宗十郎って清九郎の弟のあの宗十郎だよね?」
『ああ。まつり姉とは違ってきちんと歳を重ねた老人だがな』
「でも未だに現役ですよ。【異能研】の代表は退きましたけど」
「現役って、九十近いよね?」
「ええ。仙人みたいに髭を蓄えていますけど、背筋はピンとしててとても九十間近には見えませんよ」
「仙人みたいな髭の、背筋の伸びた老人……?」
何処かで見たような気がした慧太郎だがすぐには思い出せそうになかった。
「星明さんは希望の光が八人って仰ってて……」
『だが確認されている当時の関係者は九人。もしかしたら九人目は敵側の人間かもしれん』
「一人は敵側、か……」
『希望の光が八人。生まれ変わりを含めて現代に揃った当時の人間が九人。つまり……』
「それはちょっとマズいかもしれないね」
『叢丞?』
「星明が視たのは希望の光の八人。それは正確なんだと思う。〝八澄の力〟にもピッタリだし」
『やはりそこから来た〝八〟という数字なんだな』
「ああ、やっぱり咲夜は知ってたんだ」
『まあな』
「八澄の名前に何か関係あるんですか?」
一人事情を知らない浅陽が訊ねた。
「八澄と言う名は、八つの澄んだ〝力〟から来ているんです」
答えたのは風花だった。
「八つの澄んだ〝力〟?」
こくんと風花が頷く。
「仁・義・礼・智・信・忠・孝・悌の八つの心です」
「儒教の徳目ってヤツね」
『それで叢丞。マズいと言うからには何か気になることでもあるのか?』
「うん。九人目が、まあ恐らくは清九郎なんだろうけど、彼が〝応龍〟をどうにかして君の言う最終決戦を挑んできたとはどうしても思えなくてね」
『ほう?』
「たしかに清九郎は才能も実力もあったと思う。でも自尊心は強い上に機転が利くような人間ではなかったから、もう一枚足りない気がしたんだ」
「───ッ」
その勘の鋭さに浅陽はわずかに戦慄した。
人間の文明はこの八十年で飛躍的な成長、いや進化を遂げた。
其処彼処にあった闇は居場所を奪われていった。
その闇は今人の心に───とはよく言うけれど、居心地は悪くないのか人間社会に害を及ぼすことも少なくない。
まだ其処彼処に闇があった時代。その時期を生きた人間の凄味のようなものを、浅陽は垣間見た気がした。
「浅陽ちゃん?」
風花が浅陽の顔を覗き込む。
「え?」
「どうかしたの?」
「う、ううん。なんでも……」
『気後れする必要はない、浅陽』
「咲夜?」
『お前は私達と同様か、それ以上の修羅場を潜り抜けてきたではないか』
「そう、なのかな……?」
浅陽は悠陽の件を思い浮かべつつそう応える。
『だがそれはまだ終わりではないだろう。むしろこれからが本番。久遠舘の人間や霧ヶ浜の人間を巻き込んだ、いや、未だ見ぬ者達をも巻き込んだ大きな戦いになるやもしれん』
「何か知ってるの?」
『いや、ただそんな気がしてならないんだ。まあ、ただの勘だな』
「一体二人が何の話をしているのかは知らないけれど、咲夜の勘が外れた覚えはないね。良いのも悪いのも」
割り込むようにして慧太郎がフォローする。
「……うん。わかる気がする。なんとなくだけど」
「その時は僕も協力するから」
『その前に、叢丞には勘やら記憶やらいろいろと思い出してもらわないとな』
「そうだね」
『話は少し逸れたが、お前の言っていることは間違いではない。あの坊ちゃんには〝応龍〟を起こすことなんざ出来やしなかった』
「……妖気、かな」
『ほう?』
「昨晩、とてつもない妖気で凛の中の〝応龍〟が目覚めかけた。つまり強大な妖気があれば〝応龍〟を無理矢理起こすことが出来る」
「昨夜のこと覚えてるんですか?」
「正直妖気は分からなかったけど、嫌な感じはあったんだ。そして今ならあれが妖気だって分かるよ」
『その通りだ。だが我々人間は妖気を持たない。いや、持てない。……妖気を操る何モノかに踊らされたりしない限りは』
「その何モノかが九人以外に居て、恐らくは既に動き出している。そしてかつての清九郎のように誰かを操る算段が整っているかもしれない」
『つまりは我々は後手に回っていると考えた方が良さそうだな』
「うん。だから一刻も早く誰が誰の生まれ変わりなのかを把握しなくちゃ……」
とそこへ板張りの廊下を歩いてくる音がした。
「風花ちゃん、慧太郎の様子どう?」
そう言いながら龍宮恭香が障子をスッと開けた。神社の仕事をしていたのか巫女装束を着ている。
「なんだ慧太郎、起き、た……の」
徐々に言葉をなくす恭香。
「どうしたの、恭香?」
そのおかしな様子に気づいた慧太郎が訊ねる。
「な、な……」
そしてわなわなと震えながら、何かを言おうとしている。
『(あちゃぁ)』
その理由に気づいた咲夜が溜め息混じりに言うのが聞こえた。
「(あはは……)」
同様に浅陽も苦笑する。
「なんで抱き合ってんのよっ!!」
寝ていた布団の上で上半身を起こしている慧太郎に寄り添うように座る風花の姿は、見ようによっては抱き合っているように見えなくもない。
「別に抱き合っているわけじゃないよ、恭香。この子は昔から甘えん坊だから」
「昔からってなに? やっぱり知り合いだったの?」
「まあ、そんなところかな」
「親戚?」
「ちがっ……っ!?」
否定しようとした風花の口を慧太郎が手で塞いだ。
「ちが?」
「血が繋がってるかわからないくらい遠い親戚なんだよ。昔一度だけ会ったことがあってね。その時に仲良くなったんだよ」
「ふ〜ん、そう」
疑いの眼差しは継続している。
「でも、だからってちょっとくっつき過ぎじゃない?」
そう言う恭香の後ろに、気配を消して近づく影があった。
『…………っ』
無論、咲夜はそれに気づいていた。
「ふぅん。二人がくっついてると何か不都合でもあるのかしら?」
ほんのわずかに怒気を含んだ声がした。
勿論、咲夜はそれにも気づいていた。
「え、それは、だって、若い男女が布団のそばでくっついてるなんて……」
「恭香ちゃんは古風よねぇ。一体誰に似たのかしら」
「そんなの茉莉様に決まって…………あ」
そこでようやく後ろの人物に気がついて恭香は振り返った。
「ま、茉莉様」
恭香は茉莉の血縁ではあるが直系ではない。
正確には茉莉の兄の血統になり、茉莉は恭香の曾祖叔母にあたる。
その茉莉は俗に言うところの不老不死というやつで、八十年前から姿が変わっていない。
どうしてそうなったのかは知る者はいない。
さすがに龍宮茉莉本人はその理由を知っているらしいのだが、頑なに語ろうとしない。
見た目には恭香といくつも歳の違わない姉のように見えるが、あと数年で齢が百に届くのは紛れも無い事実。
曾祖父なら「ひい爺ちゃん」で済みそうだが、その妹なので呼び方がイマイチ分からない。
かと言って曾祖叔母など続柄みたいな呼び方だと家族内では堅苦しいし、見た目的にも似つかわしくない。
そこで、小さい頃から母の希莉香が「茉莉様」と呼んでいたのを真似し始めたのを切っ掛けとして、成長した現在でも「茉莉様」と呼んでいる。
「うふふ」
その茉莉の顔は笑っているのだが、その身に纏う空気が表情と反していた。
「稽古の休憩が終わっても戻ってこないから探しに来てみれば、案の定ここだったのね」
「えっと、あの……」
恭香は見るからに肩を落としてシュンとしている。
「まあまあ」
そう取りなすように口を開いたのは、そもそもの原因である慧太郎その人だった。
「恭香も心配して見に来てくれたんだし、そんなに怒んないであげてよ」
そう言って茉莉に向けてパチンとウインクした。
「…………」
そんな慧太郎を恭香はジッと見ている。
「何か僕に用があった、恭香?」
「そういうわけじゃないけど、なんかいつもと雰囲気が違う気がしたから」
「そうかな? 僕はいつも通りのつもりなんだけど。それよりいいの、舞の稽古?」
「ああ、うん。行ってくるね」
「行ってらっしゃい」
慧太郎が手を振ると、恭香は少し気を良くしたのか明るい顔で部屋を出ていった。
そしてその後を、慧太郎に手を振り返した茉莉がついていった。
『……罪つくりな奴だな、相変わらず』
咲夜の呆れた声がした。
「まったくです。ただでさえ幼馴染という近しい関係なのに」
「二人とも何を怒っているんだい?」
「あはは……」
そんな鈍感なセリフを聞いて、乾いた笑いしか出ない浅陽だった。
つづく




