初夢
俺は当時、十二歳で初夢は現実になると信じていた。
「おはよう、いい夢みれた?」
と母の笑顔に俺は泣き出した。
「おいおい、どうした?」
父がでっかい手で俺の頭をなでながら、理由を聞いてくる。俺は言っていいのか、悪いのかわからなかったが、一人であの初夢を胸にしまっておくことはできなかった。泣きながら両親に話をすると、二人は深いため息をついて言った。
「大丈夫だ。初夢というのはな、その年に起きることのお知らせみたいなものだからな」
「そうそう、外れることもあるのよ。だから、そんなに泣かないで」
ほんとう?と涙を拭きながら、母に聞くと大きくうなずいた。俺はほっとして、でも、どこかに不安は残った。
その日、なぜか双子の姉たちが父に説教されていたが、あれは多分、俺の初夢に関係があったのだなと今更ながらに思う。それこそ、後の祭りだけど。
「白はこっちで決まりよね」
「お色直しはやっぱりワインレッドにしない?」
などと、楽しそうに姉たちはウエディングドレスを選んでいた。
「ねぇ、一応あんたの希望は?」
一応かよ!っと突っ込む気力も、俺にはない。
(これって……いわゆるマリッジブルーってやつか?)
俺はまな板の鯉のごとく、姉たちの好きにされていた。そして、俺の隣で二人の姉を見ながら苦笑している男が一人。
「何笑ってるんだよ」
「いや、いいお姉さんたちだなと思ってさ」
「……あれがいい人間にみえるってことは、お前も十分変態ってことだ」
「今更だろ?それともオレじゃ不満か?」
男はやさしい笑みを浮かべる。俺をなだめるような、その微笑みに……俺はいつも白旗をあげる。
二千三十年の春。戸籍上の同性婚が認められた。その翌年の一月一日に俺は結婚した。結婚式は人前婚で身内のみというシンプルなものだった。
(さすがに疲れたけど……)
あいつと二人で結婚式の前に写真をとって、小さなフォトブックを作った。それをめくりながら、なんとなく口元が緩む。
(結果オーライってことにしとくか)
そう思っていた俺に衝撃のはがきが届いたのは、新婚生活二日目の夕方だった。その葉書には、俺が真っ白なウエディングドレスをきて、黒いタキシードをきた男にお姫様抱っこされている写真と『結婚しました』の文字。
「お前か!!」
俺は、はがきをテーブルにばんとたたきつける。男は小首をかしげて、はがきを見た。そして、そういうことかと納得する。
「お姉さんたちがな。一番お気に入りの写真はどれって聞いたから、これですよって言ったんだが」
「まさか、写真……」
「ああ、家に飾るから一枚ほしいって」
俺はがっくりとうなだれた。男は俺を引き寄せて、抱きしめる。俺の頭をよしよしとなでながら、言った。
「これで悪い虫が近づかなくて助かる。お姉さんたちに感謝しないとな」
「するな!そんなもん」
男はうれしそうに笑った。
そう、俺が十二のときに見た初夢。真っ白なウエディングドレスを着て、男と誓いのキスをする夢だったのだ。