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魔物愛好者の楽しい魔物学  作者: あに
第1章 魔物学の新任教師
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「はぁっはぁっ!」


少年は広い草原をひたすら走っていた。


纏った制服は少し大きめで、両親が「いずれぴったりになる」と言って新調してもらったもの。

皺1つない新品の服に新しい生活が始まると胸を躍らせていた。



つい昨日までは。



「いやだぁああああ!」



そう叫んだ少年の姿はまさしくボロボロ。

白い制服は所々が切られ、上着の片側は既に千切られている。

靴は片っぽがなくなり、頬には引っ掻かれた様な傷がある。

何度転んだか分からない泥の汚れに彼の涙と鼻水が混じる。



「誰かぁああああ!助けてぇえええええ!」



逃げ惑う彼の傍には誰もいない。

ただ、そんな彼に近づこうとしているのは1つの大きな影。


四足歩行で軽やかに大地を蹴り、呼吸をする口からは鋭い牙と赤い舌。

灰色の剛毛な毛並みが風を切る。

その金色の眼は目の前の獲物を追い、爛々と輝いていた。


「ガォオオオン!」


「ぎゃああああ!助けて先生ぇええええええ!」










「と、見て分かる様に、『ハンティングウルフ』は体力が尋常ではなく、獲物をじわじわと弱め、追いかけていく」


『……』


絶叫が響く草原。

少年が巨体の魔物『ハンティングウルフ』に追いかけている光景を指差し説明され、草のカーペットに座り込んでいる少年少女は顔をひくつかせていた。

すでにボロボロな少年の制服とは違い、おろしたての綺麗な制服。

しかし顔は少年と同じく真っ青で、犠牲となった級友を目で追っている。


「おい糞餓鬼共!手が動いてねぇぞ!」


突然上がった怒号に、恐怖で固まっていた彼らは、何故自分たちがここに居るのかを思い出させられハッとし、手に持った事を忘れていた羊皮紙に慌ててメモを取り始めた。

その間も少年は「来るなぁあああ!」と必死に逃げ回っている。


「元々『ハンティング』とは『狩る』という意味を持つ『古代語』の『ハント』から来ている。ハンティングウルフは狼種の中でも狩りにおいて右に出るものは居ないという狩りの達人。その素晴らしい狩りの技術と残虐性を称え、古代の愚かな人間はそう命名した」


—―「止めてぇえええええ!」


「ならば他の狩りをする動物も『ハンティング』と名付けるべきなのでは?と思うものも居るだろう。だがそれは間違いだ。狩りとは本来、生きる為の手段として用いられる言葉。誰もが行なう事だ。しかしハンティングウルフは違う」


—―「先生ぇええええ!先生ぇええええ!」


「彼らは獲物を食すのは当然だが、狩りを『楽しむ』傾向にある!先ほども説明したが、彼らは獲物をじわじわと弱らせ、恐怖し逃げる姿を弄んでいる!追い回し、逃げ切ったか、と安堵させつつ再び恐怖に陥れ、力尽きるのを待つ!」


—―「うわぁああああああん!たすけぶびゃっ?!」


「まさに鬼畜!外道!だがそこに彼らの美学がある!俺は常々この残虐非道な習性に心を震わせている……感動で!」


拳を握り、力説しながら目尻に涙が見えた……が、生徒達の目はその後ろを凝視している。


「流石狩りのプロだろう?」


「先生!リドリー君が転んじゃいましたよ!?」


「そして、獲物が力つき観念すると……」


「先生!!リドリー君が食べられちゃいましたよ?!!」


「そう!一気にパクッとひと思いに…………」


背後で聴こえていた絶叫が途絶え、メモを取っていた生徒の一人が指を指す。

振り返った先には獲物を追いかけていたハンティングウルフが「げふっ」とゲップをしていた。


「何?!」


『ぎゃあああ!リドリー(君)!』


ショッキングな光景に皆が羊皮紙を取り落としサッと顔を青白くさせる。

一様に腰を抜かし、女子生徒は気絶するものもいた。

男子生徒で食われた少年リドリーと友人になったばかりの生徒は慌てて立ち上がる。

その前に走り出したのは彼らに教鞭をふるっていた『先生』。


(やっぱり先生もなんだかんだで心配するんだ!)


生徒達は先生が助けてくれると安堵し、リドリーの友人は自分も救助に向かおうと後をついていこうと走り出す。


「リドリー今助け」


「コラァアア!エリザベスぅうううう!そんな汚いもの食べるんじゃなぁあああい!」


「るからって先生?!」


そっちかよ!と生徒達が地面に伏す間に彼らの先生は、生徒を食べた魔狼に駆け寄った。

「ぺっしなさい!ぺっ!」と言う彼の言葉に魔狼は不満そうに、異物を……リドリー少年を吐き出した。










シルヴェスト魔術学院。

広大な敷地に佇む、魔術及びそれに付随する教育を行なう機関。

名を馳せた魔術師や騎士、学者、冒険者もこの学園の出身者が多いとか。

恵まれた環境での教育による育成の為に、選りすぐりの教師陣が集められているその学院をおさめているのは、知らぬものは居ない大魔術師ジベルリード・ロレンツィオ。

元国軍魔術部隊の総帥であった彼は引退後もその名に恥じぬ貢献を多々行なって来た。


この学院に院長への打診があり、就任してからもそれが変わる事は無い。


教育の場に来てからというものの、若者の育成する姿を微笑ましく見て来たジベルリード。

学院長の席に座る彼は白く立派な髭を優しく撫で上げ、目の前の応酬の間に挟まれていた。


「だーかーらぁ!何故座学である魔物学で実習なんてふざけた事をなさったんですか?!」


「魔物は外で暮らす生き物だ。愚鈍な人間よりもよっぽどアクティブな彼らを学ぶんだから、外に出て当然だろうが」


(まぁ、一理あるのぉ)


「だからってハウンドウルフに生徒を襲わせるなんて!彼がもし食べられたままだったら、どう責任を取られるおつもりだったと?!」


(ううむ……それはいかんのぉ)


「襲わせたんじゃなくて、追いかけさせただけだ。俺のエリザベスはグルメだからちゃんと吐き出したし、最終的には糞で出てこなかったんだから良いだろうが」


(そういう問題ではないと思うんだがのぉ……)


「そういう問題ではありません!」


バンッ!と机が叩かれ、ジベルリードは撫でる手を止めた。

両手を机に置き、涼やかな美貌を一転させ、憤りの表情を見せている女性、アリーシャ。

赤い髪をゆったりとみつ編みで1つにまとめ、教員用の黒い制服を身に纏っている。


きっちりとボタンが留められた胸元は少々平らなのが玉に瑕、と堂々と彼女に言った張本人も今この場に居た。

正しく言えば、「なんだ、雌だったのか。真っ平らだからてっきり雄かと思った」である。

アリーシャはそれからというものの、同じ職場の彼を敵視する様になった。


ジベルリードはもう何度目かになる言い争いを常日頃から見守っており、彼女の叱責をどこ吹く風で聞いている彼の態度も見慣れたものだった。

アリーシャと同じく黒い教員用の制服。

ボタンは適当に嵌められ、上着は着ておらず白いシャツのまま。

ぼさぼさの黒い髪は鳥の巣の様に跳ね返っており、彼を知るものは本当に鳥が出てくるんじゃないかと疑うだろう。

鳥は鳥でも『魔』のつく鳥だが。


その鳥の巣頭の男、フィオはアリーシャの向かいのソファに座り、茶請けの菓子を頬張っていた。


「聞いているのですか?!」


「キイテルキイテル」


感情のこもってない返事にアリーシャは額に青筋を立てる。


「入学して2日目で涎まみれの上に衣服はボロボロ……見ていた生徒達も後の授業に出られない程ショックを受けてました!」


「ったく、たかだか飲み込まれそうになっただけじゃねぇか。酸で溶かされたわけでも腕もぎ取られた訳でもねぇだろ」


「やり方に問題があり過ぎです!」


「魔物だって子供は谷から落として育てる奴もいるんだ。それを理解させるには同じ様な事が必要だろ」


「生徒は魔物じゃありません!」


せっかくの美貌を歪ませ般若になりかけていた彼女にジベルリードは「まぁまぁ」と声をかけた。


「学院長!ですが……」


「アリーシャ先生も落ち着いた、落ち着いた」


学院長の言葉にアリーシャは興奮していた自分を沈めるため、机から手を離し、フィオの向かいに座った。


「涎まみれになった生徒には様子を見て授業に復帰する様に言いなさい」


「……はい」


いつまでも授業を休ませる訳にもいかない。

まだ彼らの学院生活は始まったばかりなのだから。


「それで、フィオ。初回の授業はどうじゃった?」


「学ぶ姿勢がなってない」


さっくり答えられ、ジベルリードはほっほっほ、と苦笑いを浮かべた。

菓子をガリガリと砕きながらフィオは足を組んでソファの背にふんぞり返る。


「せっかく俺が魔物の素晴らしさを身を以て体験させてやろうとしたのに、誰も立候補しねぇし、メモを取るのも遅い。それに、エリザベスにもうちょっとで変なものを食べさせる所だった」


エリザベスはフィオの保有している魔物(彼曰く家族)の1頭でハンティングウルフのこと。

変なものとは……言うまでもあるまい。

ジベルリードに落ち着けと言われた手前、アリーシャは黙っているが、彼女の拳は今にもフィオに向かって放たれそうだ。


「生徒に大きな怪我はなかったのじゃろう?」


「あるわけねぇだろ」


「ふむ、ならば行っても良いぞ」


ほれほれ出て行け、と手で追い出す仕草をするジベルリード。

お咎めも無く釈放しようとしている彼にアリーシャは「ちょっ!」と立ち上がった。


「学院長?!何故何も罰しないのです?!」


「ふむ……たしかに座学である魔物学で校外実習とは例に見ない。が、フィオの言う事にも一理ある」


今まで魔物学は指定した教材を使っての座学。

教科書の通りに授業を進め、試験をして単位を取る。

しかし、本当に魔物に会った時にそれは役に立つのか?


否。


「魔術、剣術、格闘術……他にも多くの事を学ばせておるが、実際に魔物と対峙した時、大抵の生徒はどうなる?」


「う……」


アリーシャは自分の受け持っている剣術の実技授業を思い出し、言葉を詰まらせた。

剣術の授業は構えから始まり、対人線を主に行なうが、最終的には魔物を想定した戦いを学ぶ事になる。

その際に行なう実地授業。

生徒達は初めて魔物と対峙する。

その時の事を思い出すと、浮かぶのは剣を抜いても恐怖で振り回すだけだったり、授業での型を忘れてしまい、怪我をしていた生徒達。


「実際に魔物を知り、触れ、その恐怖を体感しておく。それも1つの教えじゃ。強い恐怖を知っておればこれから先、並大抵の事には動ずる事はないじゃろ。ましてやハンティングウルフは中級の魔物じゃしのぉ」


さぞ怖かったことじゃろうて。

髭を撫でて言うジベルリードの正論に、アリーシャは納得しつつも疑っていた。


ハンティングウルフをけしかけ、生徒を襲わせ、あまつさえ食わせた生徒の心配ではなく食べた犯人を心配するこの男が、本当にそこまで考えて?


「そう、なの……ですか?」


だとするなら、間違っていたのはこちらになる。

アリーシャは戸惑いながらフィオに尋ねた。

本当なら、アリーシャは誤解していたという事になるが。




「いや、全く考えてなかった」




反省しかけていたアリーシャは、菓子を片手にけろっとそう答えたフィオに脱力し、部屋の中にはジベルリードの笑いが響いた。







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