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いつか離れるその日まで

作者: こめもり

 朝早く起きていつもやること。それはケータイのメールチェック。


「うーん今日もなんか来てる……」

 クリック、本文見る、クリック、クリック、デリート。

 いけないことをしているのは重々承知。罪悪感もちょっぴりある。でもやめられそうにない。


 わたしが必死にメールと格闘していると、階段を降りる音が廊下から聞こえてきた。慌ててケータイをテーブルに戻す。


 リビングのドアを開けて入ってきたのは、わたしの大好きな人。


「おはよう。今日も早いな」

「おはよう。うん。早く学校行って勉強しようと思って」

「えらいな」

「宿題終わってないからね」

「まじかよ」

 そう笑ってお兄ちゃんはきびすを返す。顔を洗いに行くのだ。


 多分今日も、ケータイを勝手に見たことには気付かれてないはず。メガネ掛けてなかったから確実性アップ。


 さてと、お兄ちゃんのコーヒー入れたらわたしはそろそろ行かなくちゃ。わたしの朝の仕事はまだ終わっていないのだから。

 コーヒー、それとトーストとハムエッグをテーブルに準備。ご飯はお兄ちゃんが起きてくる時間を見計らって作ったから、猫舌さんにはちょうどいい温かさのはず。


「じゃあいってくるねお兄ちゃん。テーブルに朝ごはん置いてあるから食べてね」

 置いてあったかばんを肩にかけて玄関から洗面所のお兄ちゃんに一声掛ける。

「了解。いつもありがとな。いってらっしゃい」

 お兄ちゃんがタオルを持ったままひょっこり出てきて手を振ってきたから、すかさずわたしも振り返して、玄関のドアを開けた。


 こんなささいなことでも、わたしには幸せ。






 朝早いからわたし以外には誰もいないけれど、やっぱりちょっとやましいから周辺をよく見回す。よし。誰もいない。


 昇降口。下駄箱を開ける。もちろんわたしのじゃない。

 お兄ちゃんの下駄箱。そこには今朝も手紙が入っていた。宛先は言うまでもなく、いつもながら封筒に差出人の名前はない。


 もう一度あたりを見回して誰もいないのを確認。ピンクのハートのシールをはがして中の便せんを一読。初めて見る筆跡。差出人の名前は書いてなかった。これは呼び出してその時に名乗るパターンかな。そしてつまらないくらい予想通りの内容。

 つくづく思うけど、よくもまぁこんな古典的なこと皆さんやるよねぇ。それにハートのシールって、かわいさアピール? 下らない。


 手紙をわたしのかばんに押し込む。ホントはこんなものその場で破り捨てたい。だけどデータのためには取っておいた方がいいのだ。どんなやつにどんな口上で迫られてるのかってね。


 さてと……ゆっくりしてる暇はない。そろそろ教室行かなきゃ。もちろん私の教室ではない。机やロッカーにも何か仕込まれてるかもしれないからね。

 人気者って大変。本人は知らないけれど。






 わたし以外誰もいない家は静か。時折ガガガ、とシュレッダーの無機質な機械音がこのリビングに響く。

 今日回収した手紙をこうやって原型なく裁断して、中身の見えない袋に入れてゴミ箱に入れれば今日はひとまずおしまい。


 掛け時計を見る。そろそろお兄ちゃんが帰ってくる時間だ。告白とかで足止めされてない限り。


 モテる兄を持った妹はつらいよ。本当に、ね。


 お兄ちゃんはまさに才色兼備で、少女漫画のヒーローなんじゃないのって思うほど昔からモテる。妹目線だから評価が甘め、なんてことはなく、誰から見ても申し分ないハイスペックだと思う。そんなお兄ちゃんだからかスカウトされて去年からモデルも始めていたりして……思えば周囲が過熱したのはそのころからだ。


 だけど彼女が出来たことは一回だけで、高校生になってからは一度も付き合ってない。

 わたしが阻止しているから。


 今まで数えきれないくらいのラブレターを回収してきた。誰それがお兄ちゃんのことを好きだと知ったら、さりげなくも徹底的に恋心を打ち砕いてきた。高校受験もお兄ちゃんと同じ学校に入るために必死だった。だって、別々の高校になっちゃったらわたしの目が届かなくなるから。

 お兄ちゃんが誰かの手に落ちるのは、死んでもイヤ。うっかり彼女が出来てしまった時は、来る日も来る日も泣いて泣いて泣きはらした。早く別れてくれてホントに良かったと思う。


 わたしはお兄ちゃんのことを愛している。とっても愛している。とっても、とても。


 だけど、わたしの想いは叶わない。『兄妹』という血縁の壁に阻まれて。

 前は妹であることがたまらなく悔しかった。兄妹じゃなければいいのに。実の兄じゃないならいいのに。そう何度も願った。でも奇跡は起こらなくて。神様は意地悪だと、何度も何度も恨んだ。


 でも……今は違う。わたしと彼が兄妹であって良かったと思う。

 一番近くで一緒に成長できるのって、兄妹の特権のはず。それに……それに……。


 ひらり。シュレッダーの横に置いた今日の回収物が不意に足元に落ちてきた。拾おうと手を伸ばして……。


 『去年からずっと好きでした』

 『一目惚れです』

 『お友達からでも始めてください』


 不意に目に飛び込んできた丸文字の数々。


「……なによ! なによっ!」

 ひっつかんで感情に任せ手で引き裂いた。

 やっぱりダメ! 兄妹なんてイヤ! どうしてこんな苦しい思いをしなきゃならないの……?

 まだ裁断していない山もびりびりにしてごみ袋に突っ込んで。そうして我に返った自分は足の力を失いその場にへたり込む。嗚咽は止まりそうにない。


 分かってる。いつかは離れなきゃいけないって。お兄ちゃんの隣にはそのうちわたし以外の女が立つんだって。

 自分が怖い。行き過ぎだって知ってる。こんなことしちゃいけないって分かってるの。

 離れなきゃ。そのうち、わたしの想いが自分の首を、そしてお兄ちゃんの首を絞めてしまう。

 分かってる、けど……!






「おい! 大丈夫か!」

「……おっ、おかえりっ!」

 わたしとしたことが、お兄ちゃんが帰ってきたのに気付かなかった。というか、わたし寝てた?


「顔色。顔色悪いけど、大丈夫か? 目も腫れてる」

 隣に来たお兄ちゃんが私の顔をのぞき込む。ホントに心配そうな顔で。

「大丈夫。ちょっと疲れただけ。あ、ちゃんとご飯は作っておいたよ。お兄ちゃんのリクエスト通り、今日はハヤシライスだよ」

 赤くなった目をこれ以上見られたくなくてお兄ちゃんから目をそらす。そんな風に見つめられたら、わたしの心が揺らいじゃう。


「ありがとな」

「なっ、ちょ、ちょっとぉ」

 お兄ちゃんの大きな手が私の頭を撫でた。こんなことやめてほしいのに。自分がなにをしでかすか分からないのに。でも気持ちは正直で、自然と顔がにやけてしまう。


 ちらっと時計を見ると二十時前。今日のお兄ちゃんの帰宅予定時刻ぴったりで、足止めされたりはしてなかったんだとちょっぴり安心。……あれっ。


「ええっもうこんな時間? お兄ちゃんちょっと待ってて盛り付けするから」

「いやいや、いい。いいから。オレがやるから。お前は座って待ってろ。いいな?」

「でも」

「いいから。任せろ」

「……うん」

「よしいい子いい子」

 お兄ちゃんはもう一度、温かいその手でわたしの頭を撫でた。

 わたしは嬉しくて、ちょっぴり泣きそうになった。抱きつきそうになった。けど抱きついてしまえば自分の何かが崩れてしまいそうで、お兄ちゃんの服をつかんで静かに泣いた。


 お兄ちゃんを誰にも渡したくない。絶対に。

 せめて今は、そう思ってもいいですか……?


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