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巫女と護衛 移行版  作者: 水花
巫女と護衛~後日談~
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巫女と護衛後日談~内緒話~


 ねえちょっとこの子借りていくわよと、姉は彼女を連れていった。

 母も一緒に行きたそうな顔をしていたが、残念ながらこれからお客様が来るのよと唇を尖らせている。

 普段は大家の夫人として、不用意に感情を読み取らせない母だが、家族でだけで居る時はまことに表情豊かで時としてその言動は子どもっぽくすら、ある。それを一番楽しそうに眺めているのは、父であるのだが。

 ともあれ、母の様子から、あまり歓迎したくない客のようで、一体誰ですと尋ね、藪蛇だったと肩をすくめる羽目になった。……自分に縁談を持ってきた遠縁であるらしい。

「あなたは自分で結婚相手を見つけるだろうし、そうじゃなければ独身でいるでしょうって、私は何度もお断りしてきたんだけど、手を変え品を変え、本当に諦めが悪いったら」

 うちみたいな家と縁が近くなっても、その後が大変なのにねえと母は笑っていない目で呟く。

 父はそっと視線をそらし、自分もまた母から顔を背けた。

 彼女……ミモリには、母ほど“家”にまつわる苦労、もしくは面倒をかけずに済むと思う、が。それでも煩く言う者がいるだろうと思えば彼女に今から詫びるしかない。

 さて、その遠縁には娘が何人も居るらしく、上の娘がダメならその次を、と断っても断っても懲りないらしい。そして自分の娘で駄目ならと、遠縁の縁戚の娘まで紹介してきたという。

 母に、それなら自分が直接断りますと言ったが、母はあなたが顔を出す方が面倒になるわ。だって、お相手のお嬢さんも連れてくるそうだしと忌々しそうにため息をついた。

「お手数をおかけして済みません」

 と、面倒な遠縁の相手をさせた、そしてこれからさせてしまう母には、素直に頭を下げる。自分が出て行けば話は早いのかもしれないが、手加減が出来ない分余計な恨みを買いそうだとも思うから。

 母はいいのよと手をひらひらと振った。

「ふふ、今日はちゃんと、あの子には決まった相手が居ますので、って答えられるもの。ふふふふふ、今からどんな顔をするのか楽しみだわ」

 お手柔らかにねと父は苦笑している。

「わかっているわ、あまりへこませてつまらない恨みを買うのも莫迦らしい話ですからね」

と母は唇を笑みの形に歪めて……自分をひた、と見据えた。

「いいこと、逃げられるんじゃないわよ?ああ、娘たちとは出来なかったことが、ようやく出来るのよ?楽しみだわあ……」

 紛れもなく後半部分が母の本音だろう。

 母は(姉もだが)昔からちんまりとした可愛らしいものが好きだった。

 父から聞いた話によると、娘が生まれた時はそれはそれは喜んでいたらしい。

 しかし姉たちは二人とも、母によく似ていた。

 つまりは、ちんまりともしていないし、愛らしい、というよりも、派手ではっきりした顔立ちの姉たちは“美しい”と言われる事の方が多かったし、加えてすらりと背も高かった。

 均整のとれたプロポーションを、まるで女神のようだと称える画家や彫刻家も居たと記憶しているが、母や姉たちにとっては、それはたいして心に響くものではなかったらしい。ないものねだりだねと父は穏やかに笑っていた。

 もちろん娘に対して愛情は十分あっても、母の好みからはかけ離れていたのでしょうよと姉たちは苦笑していた。その姉たちにしても、実のところ好みまで母によく似ていた。

 彼女をどうにかこの手にしようと画策していた自分も、おそらくは。

 自分たちには、何か……ちんまりした、小動物を好むという呪いでもかかっているのかと思ってしまうのは、好みが似通っている自分たちに気付く時だった。

 彼女を傍に置くことが叶った今は、たとえそれが呪いでも構いはしないが。

 そして宙に視線を漂わせ、これからの事を夢見てうっとりと呟く母に、父は穏やかに声をかける。

 時として暴走しがちな母を絶妙なタイミングで引き戻すのは父の役目だった。

「ああ、そろそろお客様が来る頃じゃないかな」

 母は途端に夢から覚めたような顔になり、わかっているわと答えて……居間を後にした。



 母が居間を出てゆき、扉が閉まった後。

 さて、と父は自分に向き直る。穏やかさはそのままに、瞳に冷徹な色が、のる。

「お前から便りを受け取って事情は粗方知ってはいる。次期殿からも書簡を受け取った。だが……お前の口から詳しい説明を聞きたい」

 わかりましたと答え、自分は彼女との結婚にまつわる……そもそもの発端について話し始めたのだった。



 話を聞き終えて、父がまずこぼした言葉は。

「なんとも、豪気な約束をする娘だな」

「……豪気というより無謀でしょう。そばで見ていたこちらは、気が気じゃありませんでしたよ」

 彼女が末神と交わした約束については……父にも話をしておかなければ、ならない事だった。

 それはこの“家”の成り立ちについても関わることだったから。

「流石に安請け合いだったかと青い顔をしていましたがね……それでも約束を反故にする選択肢はないようです。それなら俺が手助けをしようと持ちかけました」

「手助けというが、これはお前にとっての助けになったのだろう?このような事態でもなければ、おそらく彼女は主神の巫女になっただろうからな。そうなるとお前にももう手が届かなかっただろう」

 渡りに船だったかと父は言う。同じ言葉を聞かされたなと思っていると、父はとある書簡をこちらの手元に滑らせてきた。

 それは次期神官長からの、父にあてた書簡だった。読みなさいと視線で促され、目を落とす。

 そこに書いてある内容に目を走らせ、目を疑った……いや、予想の範囲内だったかと苦い思いで飲み下す。どうあっても彼女を手放す気はないようだとため息しか出てこなかった。

 彼女を浚っていく、自分に対する恨み言は、まあいい。

 一応、立派にお役目をはたしていましたよ、などと自分についての報告めいたものも、同様に。

 彼女が還俗し、自分と結婚するに至る経緯については、自分が今話した事と相違はない。

 しかし。

「なんですかこれは。末神様の神殿を新たに作り、そこで末神様には御休みいただく、それはいいでしょう。ですが、その神殿の管理責任者及び巫女が……俺たちというのは、何の冗談ですか」

「冗談などではないよ。末神さまの神殿が作られるのは、この家の領地だ。お前にはその地を治めてもらうことになる。つまりは神殿の管理責任者もお前ということだ」

「……管理は中央神殿の方から、どなたかが派遣されるんじゃないんですか」

 悪あがきと思いつつも尋ねてみれば、父は首を横に振った。

「これは次期殿からの……つまりは中央神殿からの正式な依頼だ。この家に対する、な。とてもじゃないが断れないよ」

 そうですか、とあからさまにため息をついても、父は咎めなかった。

「それにしても、巡りあわせとは面白いものだ。我が家の先祖が主神のご神体をこの国に運び……神殿を作った。お前は……お前の血に連なるものは、末神様に関わるのだな。面白いものだ」

 それこそが、この家の成り立ちに関わる……特殊な事情だった。

 商人であったという先祖が旅の途中で、打ち捨てられた神殿に迷い込んだ。そこで主神のご神体を見つけ、国へと持ち帰った。

 その頃、この国には祀る神がいなかったという。

 それがこの国における神殿の始まりであり、始まりに関わったこの家は、未だに表でも陰でも神殿とは関わりがあった。自分が神殿で仕事をしていたのは表の部分。そして、次期殿からの依頼は、裏の部分だ。

 とてもじゃないが、父のように面白がる気にはなれなかった。実のところ、彼女を連れて神殿とのかかわりが薄い地へ旅立つつもりであったのだ。 約束がある限り、そして彼女につけられた“徴”がある限り、全く関わりを断つことは出来ないと知ってはいた。

 だからこそ少しの間だけでもと思っていたのに。

 あの約束があったから、彼女を手にすることが出来た。それはわかっている。

 それでも彼女につけられた“徴”を感じるたびに、腹立たしい気分にならずにはいられなかった。

 それなのに、誰が“徴”をつけた本人に仕える彼女を見たいものか。

「そう怖い顔をするものではないよ。末神様はお休みになっておられるのだから、彼女には何も関われまい」

「そうは言っても、何とも腹立たしくて仕方ありません」

「とはいえ、あまり欲張っても碌な結果にならないだろう。ほどほどが肝心だよ。そうそう、末神様の神殿だが、これから造営するにしても、しばらくは時間がかかる。その間はお前の好きにしなさい。彼女を連れて旅に出るのでもいいだろう」

 目を見開いて父を見やると、父は珍しくもにやりと笑って見せた。

「まあ、お前の気持ちもわからないでは、ないよ。結婚式はここで挙げていくこと、生活費は自分たちで稼ぐこと、そして定期的に連絡を入れること、これらが守れるなら好きにしなさい。私からの結婚祝いだ」

 咄嗟に何と答えていいものやら言葉に詰まった。

 その代わりに口をついて出たのは別のこと。

「父上はどう思われているのですか。彼女の……俺の子孫が、約束に縛られてしまうことを」

「お前はどうなんだ?」

「俺は酷いことに、渡りに船としか思いませんでしたからね。勿論後々困らないようにはしていくつもりですが」

 そうだねえと父は首を傾げ、穏やかな目で答えた。

「我が家のように、目に見える約束がなくても勝手に縛られている者もいるしね……私としてはお前の選択に口を挟む気はないよ。何をどう選ぼうとお前の選択だ。悩もうと後悔しようと、好きにしなさい」

 後悔だけはしないと知っている自分は、父の言葉にありがとうございますと色んな想いをこめて頭をさげたのだった。



 それにしても。父が呟いた。

 いずれ末神様が目覚めるとして。

 どのような形でお前の……彼女の子孫と会うのだろうねえ、と。

 さあ、と答えた自分の声は冷淡極まりなかっただろう。

 彼女の子孫……つまりは自分の子孫であっても、それは彼女自身では、ない。

 薄情だと言わば言え。

 この時自分は……いつ訪れるか知れない未来など、欠片も関心がなかったのだ。




                                   


<注*神殿の成り立ちは、ヴェネツィアの聖マルコ大聖堂の起源を参考にしております>



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