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巫女と護衛 移行版  作者: 水花
巫女と護衛 本編
5/15

5 <完>


「いや~目出たいな!お前が結婚かい!」

 まさかお前がここで結婚相手見つけるとは思わなかったよと友人は陽気に笑った。


 明日には神殿を去る日。

 彼女に用事があって神殿内の回廊を歩いている時だった。

 不意打ちのように背後から陽気な声が飛んできたのだ。

 後ろを振り返ると、そこには仕事に出ていたはずの友人がいる。

 

 それはともかく、自分と彼女の結婚については、おおっぴらにはしていないのだが。

 ただ、ことさら隠してもいないため、どこからか聞きつけたのだろうと思った。

 面倒な奴に捕まったと知らず眉間に皺が寄る。

 すると友人はそれを見咎めて肩をひょいと竦めた。

「おいおい、祝ってるんだからなんでそんな苦虫をかみつぶしたような顔するんだい。ただでさえ怖い顔がますます怖くなってるぞ。それでよく巫女殿が結婚に同意してくれたもんだな」

 怖い顔で悪かったなとぼそりと呟いて友人に背を向けて歩き出せば、おいおい待てよと笑い混じりの声をあげながら追いかけてきた。

 ついてくる気かと思い、あからさまにため息をついてやった。

 友人兼同僚の彼に、自分の結婚を知られたのはいささか誤算だった。

 もちろん結婚式には呼ぶつもりだったから、その前には知らせるつもりだったが、今この時点で、この場においてというのは、自分にとってはあまりよろしくない。

 友人は彼女にも直接祝いを言いたいなどと煩い。

 だが。現時点では彼女の気持ちがちゃんと固まっていない状況だ。

 何のはずみでか、やっぱり考え直すと言われたら目も当てられない。

 人が細心の注意を払って彼女を囲い込もうとしているのに、それを無邪気に台無しにされそうだった。

「……随分早く帰ってきたんだな。予定ではもう少しかかるはずだったろう」

 だから予定では友人の居ない間に神殿を去る筈だった。

 友人に対して薄情だと言わば言え。無駄にひっかきまわすであろう男よりも、思い定めた娘の歓心を得る方をとって何が悪い。

 自分の声は恐ろしく不機嫌に響いた筈なのに、長い付き合いの友人は気にも留めなかった。

 ん~と首を傾げてちょっとトラブルがあってねとあっけらかんと笑う。

「巫女殿……ああ、僕が同行した巫女どのがさ、仕事に失敗しちゃったんだよ。彼女、もう茫然としちゃってねえ……しょうがないから、僕が一時凌ぎだけど何とか封だけして、急いで戻ってきたんだよ。今頃第二陣が向かっているんじゃないかな」

「……一体どんな内容の仕事だったんだ?」

「よくある魔封じの仕事だよ。君の巫女殿ならまず失敗なんてしない類のね。僕が同行した巫女どのは上級だったんだけどなあ……」

 その、言葉にならない声は簡単に予想できてしまう。巫女の位を示す“下級”“上級”の意味はすでに無いものになっている、と。

 事実彼女は下級だが、これまで受けてきた仕事の大半は上級巫女がすべきものだった。

 神殿内部に蔓延っている派閥争いの余波で、力がなくとも上級を名乗る巫女が幾人も居る。

 そして力があっても下級のまま留め置かれている巫女も大勢いた。

 彼女などはその筆頭だろう。

 これまでは、それが腹立たしいことこの上なかったが、神殿を離れると決めた今はどうでもよかった。

 しかし、友人の言葉に思わず眉をひそめてしまった。

 曲がりなりにも神殿騎士を勤めてきた身としては、神殿のこの後についていくらかは気にかかる。

 何せ末神さまとの“約束”の件もあるうえ、次期神官長様……次期様からも、少しこちらから“お願い”をすることがあるかもしれません、そんなふうに意味深に言われたからだ。

 神殿と完全に関わりが切れることはないだろう。

 だからこそ、神殿には余計な不安要素がないようにしてもらいたいと言うのが本音だった。

 友人の言葉を聞いてふと思う。

 下らなくも愚かしい派閥争いの末なら、この際はまだマシだ。

 上級に足る力をもつ巫女が居なくなっているのなら……それは由々しき事態だった。

 何故なら。

「あ~あ、なんでお前あの子連れてっちゃうの。力ある子はただでさえ少ないのに~。厄介そうな仕事の時、巫女殿さらっていっちゃおうかな……」

 この友人のように考える輩が出るに違いないのだ。

「やめろ、返り討ちにしてやるぞ」

「あはははは~こわ~い番犬が睨んでるね!まあお前やお前の家を敵に回そうなんてバカはいないだろうけどね?よくも悪くも巫女殿の力は際立っていたからねえ……相手がお前じゃなきゃ、神殿出してもらえなかっただろうねえ」

 残念だけど巫女殿にとってはここを離れた方がいいんだろうねと友人は肩を竦めてみせた。

 友人も何度か彼女の護衛をしたことがある。というか彼女と会ったのは友人の方が先だった。いつだったか、仕事から帰るなり、不気味なほど上機嫌に笑いながら自分に言ったのだ。

 ちんまい小動物が居たんだよ、もうこれが面白いというか可愛いというか。ああもっといじくりまわすんだった……っ。

 友人の言動が時々意味不明なのはいつもの事であるから、ああそうかと気にも留めず流していた。

 仕事先で友人の心の琴線に触れる小動物とやらにでも出会ったのだろうと。気に入られた小動物にとっては不幸な事だったなとちらりと思っただけだった。

 それがまさか。

『あの、こんにちは……?よろしくお願いします』

 おずおずとこちらを見る大きな目と、傾げられた細い首。ちまちました動き。

 小動物だ、小動物が居る。

 初めて彼女に会った時、自分はまずそう思った。

 余所事を考えていたから、彼女への受け答えはいつも以上に無愛想なものになってしまい、怯えさせたかとあわてたものの……彼女はわずかに目を見開いただけで、とくに気にした様子はなく、胸をなでおろしたものだ。

 そうして仕事を終え神殿に戻った時、友人はにやにやと笑いながら言ったのだ。

『小動物可愛かっただろ?今度は僕に護衛の話が来ないかなあ』

 素直にうなずくのは癪だったから、友人の頭を叩いてやった。

 そして内心で呟いていた。護衛の話はこいつには回してやるものか。

 次から全部自分に回すよう神官様に言っておこう、と。

 彼女との始まりを思い出していると、あれれと友人が怪訝そうな声をあげる。

 視線をあげると回廊を抜けた先、庭園へと続く小路の途中に彼女の姿があった。ああやっと見つけたと思い、歩み寄ろうとして眉をひそめた。

 彼女は一人ではなかった。取り囲むように居るのは上級巫女たち。

「なんだか険悪な雰囲気だねえ」

 どう見ても、なごやかな雰囲気などでは、ない。かすかに聞こえる声も甲高くて尖った耳触りなものだった。彼女はいつもと変わらない様子だが……何やら嫌な予感がする。

 気づかれないように静かに近寄っていたが、上級巫女の一人が手を振りかぶった時点で喉の奥で唸らざるを得なかった。

「っ、あの莫迦煽ってどうするっ」

 間延びした声で呟いた友人を置き去りに、瞬間的に走り出していた。




「そこまでにしておけ」

 彼女に当たる寸前で女の腕を掴んだ。

「何をするのっ……あ、あのっ……これは」

 どこかで見たような女は、邪魔が入った事に対する怒りだろう、とがった声と目でこちらを睨んできたが、相手が自分とわかってか途端にうろたえる。それを無言で見下ろしながら、掴んでいた腕を離し、彼女の肩を抱く。

 逃げられないようにするためと、万が一にも傷つけられないようにするためだ。

 彼女はしきりに離れようと足掻いているが、もちろん離す気はさらさらない。

「何をしていた」

 これは彼女に対して尋ねたもの。

 しかし女たちは自分に訊かれたものと思い込んでか、口々に言いたてる。

「ちょっとお話してただけですの、ねえ?」

「そうですわ、ほほほほ……」

「ねえ、神殿の先輩としてお話することがあっただけですのよ」

 女たちの言い分には言葉を返さず、腕の中の彼女に再び問いかけた。

「何をしていた?」

 彼女は足掻くのをあきらめたのか、ため息をついて凭れかかってきた。

 甘えるようなしぐさが嬉しくて思わずさらに抱き込んでしまった……ところで、四方から来る視線を思い出した。

 自分でも浮かれている自覚はあったが、周りを忘れるようではいささか問題か?……まあ些細なことだと考え直す。

 友人はにやにやと笑いながらこちらを眺めている。女たちはぽかんと目を丸くした後……顔を熟れすぎた果物のように赤くしてまくし立ててきた。

「その女をお離し下さい!どこの馬の骨とも知れぬのですのよ!」

「そうですわ!あなた様の家に、下賤の血を入れるおつもりですの?」

「やはり、この女に誑かされておいでですのね!」

 喧しさと見当外れの言葉、そしてなにより、彼女を貶める言葉に怒りがこみ上げる。

 先ほど見た彼女を傷つけようとした光景も忘れてはいない。彼女をどのような形であれ傷つけようとするなら、容赦するつもりはない。

 視線に殺気さえこめて女たちを見据える。

 どんなに力が劣ろうが、これほどあからさまであれば気付くのだろう、途端に顔色を悪くしてがたがたと震えはじめた。

 視線は逸らさない。そして逸らすことも許さなかった。

「煩い。これ以上彼女を侮辱するなら、二度と口をきけなくしてやるぞ」

 女たちが息を呑んだ。恐怖のためだろう、息が荒く浅い。それに追い打ちをかけるように、低い声で嗤った。

「だいいち、俺のことになぜおまえたちが口を出す。お前たちと俺と、一体なんの関わりがある」

 関係なかろうと吐き捨てる。女たちは紙のように顔色を白くした。

 もう少し駄目押ししてやろうと思っていたのだが、それは他ならぬ彼女によって止められた。ぺしぺしと自分の腕をたたいて、ちょっとやり過ぎですよと小声で言ってきたのだ。

「……ならもう一度聞くぞ。ここで何をしていた?」

 彼女の返答次第では女たちに手加減する気はなかったのだが。

 彼女は、あ~……と気が抜けるような声をあげる。

「まあ、たいしたことはないですよ、いつもの事でしたし?流石にねえ、最後なので反撃くらいはしようかなあと思っていましたけど、あなたが全部やってくれちゃいましたから」

 もうどうでもよくなっちゃいましたと彼女は苦笑した。

 だって、どうみてもお姉さまがた、あなたに息の根止められそうじゃないですか。わたし、そこまでする気はありませんよ、もういいですからと自分を宥めるように腕に触れた。

 他ならぬ彼女がそう言うのだ、まだ気は晴れなかったが殺気を引っ込める。その途端女たちは地面に膝をついてげほごほと咳き込んでいた。

 自分を見る目には恐怖が宿っている。これでもう二度と煩い声を聞かずに済むと思えば、多少は胸の内が晴れた。

「……そうか。なら、もうここに用はないな。行くぞ」

「あ、ちょっと待って下さいね」

 歩き出そうとした自分に、彼女が待ったをかけた。

 彼女はお姉さま方、と女たちに声をかけた。

 女たちは青白い顔のまま、うつろな目を彼女に向けた。

「お姉さま方、今まで色々お世話になりました。わたしはここを去りますので、あとの事はよろしくお願いいたしますね?

 お姉さま方は上級でいらっしゃるんですから、わたしのような下級ごときがこなした仕事なんて、簡単にお出来になりますよね?たとえば……」

 彼女はつらつらと言葉を重ねた。

 その言葉を聞くうちに更に女たちの顔色が悪くなる。

 彼女は指折り仕事の内容を話しているが、それは下級ではけしてこなせない内容だから、だ。いや上級であっても難しいかもしれない。

 女たちは、彼女の能力を正しく理解などしていなかったのだろう。今更に能力の違いを知らされて愕然としているのだろうか。

 彼女は何の含みもありませんと言わんばかりに、にこりと笑う。

「このようなお仕事をしてきましたが、なにお姉さま方のような上級巫女でしたら、大丈夫ですよね?わたしが去る分、もしかしたらわたしに回ってきていたお仕事がお姉さま方に行くかもしれませんが、よろしくお願いしますね」

 上級の方を下級の仕事に駆り出すのは申し訳ないですが、なに逆じゃないんですから大丈夫ですよね!

 にこにこと彼女は笑った。女たちは声もなく茫然と立ち尽くしている。

「……行くぞ」

 促せば、今度はおとなしく頷いた。

 人に息の根まで止めるなと言っておいて、お前がダメ押しをしてるじゃないかと……腹の底から笑いだしたくなったのだった。




「いや~面白いもの見せてもらったよ!」

 ありがとうと友人はいい笑顔で言った。

 面白いなど言うなと文句を言っても、友人はまるで聞いていない。

 女たちはあの場に放置し、彼女と回廊を歩いている。

 友人もくっついているが。

 神官様から呼ばれていると話したところ、彼女はなんでしょうねと首を傾げていた。

 自分はその用件を知っているが、どうせすぐに知れるのだから黙っておこうと口をつぐむ。

「面白がっていただけたなら、何よりです」

「あ~やっぱりいいね、このちんまり感が!」

「うえ、ちょっとやめて下さいよ、頭がぐしゃぐしゃですっ」

 友人はおもむろに彼女の頭を撫でまわした。

 友人と言えど彼女に触れるのが不愉快で、彼女の体を再び腕の中に囲い込む。

 それを見て友人はまたにやりと笑った。

「おやまあ、独占欲の強いことで。ねえ、ほんとにこいつでいいのかい?顔だって怖いし、下手に家柄がいい分、面倒事も多いかもよ?」

 そうですよねえと彼女はしみじみと頷いた。

 ちょっと待て何故同意するんだ、いや事実だがと内心慌てていると彼女はでも、と言葉を続けた。

「まあそれでも、このひとでいいですよ。それにお顔は怖いですが、時々可愛らしい事もされますしね」

「え、なにそれ、僕知らないなあ」

 教えてよと友人は彼女に迫るが、彼女は秘密ですと可愛らしく笑った。




 友人とは途中で別れ、彼女と二人、人気のない廊下を歩いている。

「……あれの言ったとおり、煩いことを言う者は居るかもしれん。家に近しいものは何も言わないと思うが、親戚筋……それも遠縁に限って、な」

「それはあるでしょうね。実のところ、ちょっと考えなおそうかと思っていたんですけど」

 彼女の言葉にぎょっと目を剥いた。しかし次の言葉に胸をなでおろす。

「でも、お姉さま方からかばってくれたでしょう?あれはちょっと嬉しかったので……ありがとうございます」

 あんなのは当然だと答えれば、彼女はまた嬉しそうに笑った。

 それが何よりの礼だと思った。


「予定に変更はない、これでいいな」

「はい」


 頷く彼女を見下ろし、そっと溜息をついた。

 とりあえずは彼女の気持ちに変わりはない。

 さて、結婚に至るまで、あとどれくらい関門は残っているだろうかと思った。





                                     



「よりによって、俺のどこが可愛いんだ?」

「え、だってあなた密かに好き嫌いあるでしょう」

「・・・・・・・・」

「よけたりとか、食べててもしかめっ面してたりとか。で、わたしが見てるのに気付いたら、バツが悪そうな顔してたりとか」

「・・・・・・・・・」

「なんだか可愛いなあって思うんですよ。大きな子供みたいで」

「……頼むからその辺りでやめてくれるか……」



                         END



               




お読みいただき、ありがとうございました。

この後、本編より長い後日談があります。

よろしければもう少しお付き合いいただけると嬉しいです。

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