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巫女と護衛 移行版  作者: 水花
巫女と護衛 本編
4/15


 あ~あ、やっぱり早まったかなあ。

 内心でうんざりと呟いた。一応顔には出してませんよ……?

 そういえばこういう方々がいたんでしたっけ。もうここを離れると思って、うっかり都合よく忘れていました。

 忘れたままでいたかったですね。そのほうがお互い幸せだったでしょうに。

 わたしの前にはいささかけばけばしい女性たち。

 同じようなお化粧をしているせいか、誰が誰やら区別がつきません。

 勿論、口には出しませんが。

 それよりも、まずため息をつきたくなることがひとつ。

 

 あの、ここ一応神殿です。清貧がモットーです。

 あなた方、わかって、らっしゃらない、ですよね。



 

 一応無事仕事は済んでいたので、わたしたちは神殿へ戻った。

 道中あれこれ色々ありつつも(ちょっと思い出したくない。思い出してると……うわ、駄目だ勝手に顔が赤く……っ。犯人は主に護衛のあの人)一応無事に。もちろん、お迎えした末神さま(小箱にてお休み中)も。

 真っ先に、わたしにこの仕事を振った神官様に、報告をしに行く。

 神官様は執務室で、いつもどおり穏やかに迎えてくれた。

 背の半ばまで伸びた髪の毛を後ろでゆるく結わえ、細い目をさらに細くするようにして、笑う。

 疲れたでしょう、立ったままもなんですから、お掛けなさいと椅子をすすめられた。

そうして改めて向かい合う。

「無事帰ってきたんですね、お疲れ様でした」

「はい。ここに末神さまが眠っていらっしゃいます」

 小箱を神官様に差し出した。

 ほかの神官様だったら、なんだこのみすぼらしい箱は、仮にも末神さまをお迎えするのだぞと喧しいに違いないだろうけど、この神官様はそんなことを気にする方ではない。

 ほんの小娘にしか見えないわたしが持つのだから、それ相応のものでないと万が一誰かに荷を見られた時に不審に思われるではないか。その用心を汲んでくれる。

 一応これでも気を遣って、細工の綺麗な箱にはしてみたんだから。

「ええ、確かにいらっしゃいますね。間に合ってなによりでした。本当にお疲れ様でしたね、しばらくゆっくり休んで下さいね」 

 神官様は小箱を恭しく受け取ると、そっと机の上に下ろす。末神さまは安定した眠りの中におられるから、急いで安置をする必要はないらしい。

 この神殿で預かるかもしくは他の神殿で預かるか、はたまた新たな神殿を建てるか……今のところそのあたりで上層部では協議をしているのですよと神官様は肩を竦めた。

 それはともかくと神官様はぱちんと手をたたき、いそいそと抽斗の中から紙袋を取り出した。

 思うんですが、神官様。執務室の抽斗に何を入れてらっしゃるんですかね。あの抽斗はお菓子専用ですかね。いえもちろん、いつもありがたく頂いてますが。

「そうそう、美味しそうなお菓子があったんで、買っておいたのですよ」

 どうぞ、と差し出されたそれを、ありがとうございます、と言いながら受け取る。

 何の変哲もない茶色の袋の口を開けて中を見てみた。

 結構な大きさの袋にはさまざまな焼き菓子が詰め込まれていた。

 どうりで重いはずだ。

 美味しそうな菓子に、勝手に頬が緩んでしまう。神官様、いつも思うんですけど、わたしが帰るころ見計らってお菓子用意してくれてませんか?

 もちろん給金はちゃんともらえるしそれはそれで嬉しいんだけど、一番嬉しいのは神官様のねぎらいの言葉と笑顔と、お菓子かもしれない。

「ありがとうございます。ほんとにいつも頂いてばかりで申し訳ないと言うか……」

 何かお返しがしたいなと思うけれど、神官様は“神官”らしく、贅沢品は好まない。

 嗜好品……お菓子やお茶はかなり好まれるけど、わたしより余程詳しいのでこの分野では“お返し”にならないだろう。

 だったら……わたしは神官様の髪を束ねている紐をちらりと見た。

 あれはわたしが以前差し上げたものだ。あまり身形に構わない神官様は、ずっとその髪紐を使い続けている。どうやらかなり草臥れているようだし、ここらで新しいものを差し上げようか、とちらりと考えた。

「気にする事はありませんよ。あなたはいつも美味しそうに食べますからね、ご馳走のし甲斐があるんですよ。ところで、何故彼が一緒にいるんです?」

 神官様はわたしと彼とを交互に見た。神官様が首を傾げるのも当然だろう。この場……神官様の仕事部屋には、いつもは報告には立ちあわない、護衛役の彼も居たのだから。

 この部屋に入った時から神官様が怪訝そうにしているのに気付きながらも、まずは報告を先に済ませたのだ。

 貰ったお菓子を脇に置いて、こくりと息を呑む。

 ある意味ここからが正念場だった。

「神官様、実はご報告には続きがありまして……」

 さて、神官様はどういった反応をされることやら。


 


 報告を聞いた神官様は、深いため息をつき、頭痛をこらえるような仕草をした。

「そんな約束をしたんですか、あなたは……」

「すみません、でもあの場を収めるにはそれしか思いつかなかったんです」

「ああ、怒っているんじゃありませんよ、状況を聞けば、あの場ではそれが最良とまではいきませんが……よい手段ではありましたから、ね。ただ困りましたね。この約束を守るには、あなたは還俗しなければなりませんが……」

 難しい顔で顎に手をやる神官様に、あのうと声をかける。

「あの、わたし結婚して子ども産む気でいるんですけど。だから還俗します」

「……は?」

「だから、子ども産みますよ?なので、ここ辞めたいんですけど」

 どういう手続きになるのか、教えていただけますか。

 その言葉は続けられなかった。いつも穏やかで冷静な神官様が、目を丸くして口をぽかんと開けて、こちらを凝視していたからだ。

 今聞いた言葉が信じられないとでも言いたげな顔だ。

「……辞める?」

「はい、だって、約束は守らないと駄目ですよね?」

「……それはそうですが、その、結婚すると言いますが、お相手はどうするんですか」

 それは当然の疑問だろう。巫女である限り、異性に縁がないものだし、とくに自分は神殿に入って以来仕事で外に出る以外は殆ど神殿の中で過ごしている。結婚相手となるような異性と知りあう機会は、普通、ない。

 ちらりと横に座る彼を見る。彼は相変わらず、初対面の人なら回れ右をして逃げ出したくなるような……迫力のある顔つきで座っていた。

 自分で言うのは、なんだか微妙だなと思いつつも、実はですねと言いかけたとき。

 彼が口を開いた。

「俺が結婚相手になろうと申し出た。それで彼女も了承した。これで約束についてはひとまず問題ないのでは。だから巫女の還俗手続き及び俺の退職手続きをお願いしたいのだが」

「……ちょっと待って下さいね、なんですか、あなた、この子と結婚するですって?還俗?退職?……ちょ~っと待って下さいねえ……」

 神官様はとうとう頭を抱え込み、ぶつぶつと何やら呟いていた。

 表情は相変わらずおだやかそのもの、であるぶん、何やら非常に怖い。

 漏れ聞こえる言葉も、何それ私そんな話聞いてないですよ私の予定丸つぶれですか、折角の計画が……などと言うもので、わたしが怖いもの知らずだったら、いったい何のことですか神官様と問いただしたいかもしれない。

 ほんの少しだけ。

 しばらくして神官様は顔をあげてこちらを交互に見、再び深々とため息をつく。

 すみませんね、無事お仕事済ませて戻ってきたと思ったら、勝手なことを言うわ厄介事を持ち込むわで。

「取りあえず、この話は一旦保留です。私の一存では決められませんのでね。また後日話しあいましょう」

 いいですねと笑っていない目で念を押されれば、頷くしかない。

 やはり“辞めます”“そうですか、お疲れ様です”なんてふうに、そう簡単に行くものではないのだなとこっそりとため息をついた。

「わかりました」

 彼もわかったと低く頷く。

 神官様は彼に視線を向けて、何やら意味のわからない事を言った。

「あなたにとっては渡りに船ですか?」

 彼は……口の端で笑って、答えなかった。はて、一体何の事なのだろう。


 



 それから数日後。わたしたちは神官様に呼ばれた。

 執務室に出向くと、神官様はどこかやさぐれたような様子でわたしたちを迎えいれた。

「仕方ありませんね、私としては非常に残念なのですが、この子の還俗手続きとあなたの退職手続きをすすめています。あと数日でそれも終わるでしょうから、その間仕事の引き継ぎなどをしておいて下さいね」

 非常に、の所を強調して神官様は言った。

 彼は表情も変えず、面倒をかけますと言い、わたしは

「色々お世話になりました、ありがとうございます。最後にご面倒をかけてすみません」

 と頭を下げた。この神官様には本当に色々気にかけてもらって、よくしてもらっていたので、最後がこれでは多少申し訳ない気持ちはある。

 決めた事は変えるつもりはないけれど。神官様は苦笑していた。

「面倒などではありませんが、やはり残念ですね。あなたには此処にいて欲しかったのですが」

 わたしも、厄介な人たちがいなければ、ここにずっと居てもいいと思っていた。他の仕事を知らないし世間知らずだという自覚もあるし。

「すみません」

 もう一度頭を下げると、神官様はいいんですよと柔らかく笑った。

「それでも、あなたが望むように生きるのが一番でしょう。快く送り出すのがせめてものはなむけです。そうそう、結婚式には必ず私も呼んで下さいね。楽しみにしていますから」





「ちょっとお待ちなさい」

 明日には神殿を離れるという日。

 使っていた部屋の片付けや荷物もまとめ終わり、ちょっとその辺でも散歩しようと歩いていた。

 神殿を離れれば二度とここへ来る事もないだろう。長く暮らした場所であるから、お気に入りの庭や図書館などをもう一度見ておこうと思った。

 外に出てする仕事は丁度終わったばかりだったから、何も引き継ぐようなことはない。神殿内部でのわたしの仕事は、下級巫女らしく所謂雑用係的なものだったから、幾らでも代わりはいるだろう。

 

 高い柱が立ち並ぶ回廊を抜けて、庭へ続く小路を歩いている時だった。

 後ろから声を掛けられて振り向くと、そこには上級巫女のお姉さま方数名が居た。

 高飛車な口調と声で、振り向かずともわかってはいたのだけど。

 どうせなら最後まで会いたくなかったのにと内心でため息をついた。

 その中の一人が、細い眉を吊り上げ、吐き捨てるように言った。

「あなた、どうやって彼を誑し込んだのかしら」

「それはどういう意味でしょうか。わたしはだれもたぶらかしてなどいませんが」

「あら、とぼける気?知っているのよ、あなたと彼、還俗して結婚するんでしょう?あなたのような人が彼と結婚できるはずないじゃない。あなたが何かしたに決まっているわ!」

 そうよと彼女を取り巻く女性たち……皆上級巫女だ……は追従する。

 彼って誰のことかと思えば、あの人でしたか。

 誑し込んだと言われてもですね。

 怒りの感情よりも呆れる思いでお姉さまがたに視線を向けていると、こちらが口を開くより先に口々に言いたてはじめた。

 

 その体で誑し込んだんでしょう?

 さすが育ちの違う人はする事も違うわね。

 どんな手管を使ったのかしら。

 本当に擦り寄るのが上手いのね、彼ばかりでなく、あの方にも色目を使っていたでしょう。

 まあ……身の程を知りなさいよ。

 

 などなど、お姉さま方は棘に毒をまぶすような声音で言いたてる。

 わたしが逃げられないように周りを取り囲みながら。

 同年代の子に比べて背も低いわたしは、見下ろされて酷い言葉をぶつけられれば、簡単に怯えるとでも思われているのだろうけど。

 期待に添えなくて申し訳ありませんね、実害のない言葉だけじゃ傷さえつきませんよ。お姉さま方がどんなに凄んだところで、それがわたしを傷つける刃にすらならないのを、わたしは知っている。

 これまでに何度か同じようなことはあった。

 ひとしきり喚けば満足なのか、黙ってうつむいているうちに彼女たちは鼻息も荒く去っていった。今までは事を荒立てたくなくて、あまり言い返しもしてこなかった。

 それに彼女たちのような上級巫女は、実は名ばかりのことが多くて、少しすれば神殿を出てゆく。それまでやり過ごしてしまえばいいと思っていたのだが……彼女たちのような手合いは入れ替わり立ち替わりわたしの前に現れる。人が変わっても言うことはまるで同じだった。

 彼女たちにとっては、どうやらわたしはとても気に食わない人間らしい。

 けれど、流石にそこまで言われたら、我慢も限界だった。

 というかあまりに不愉快だ。

 これが最後で、もう彼女たちに会うこともないだろうし。

 お姉さまがた、わたしはおっしゃる通り育ちが違いますよ。いつまでも黙って俯いたままでいると思わないでくださいね。

 お姉さまがた一人一人の顔をじっくり見まわしながら、にこりと笑みを浮かべてみせた。

「さて、面白い事を言われますね、お姉さまがた。たぶらかすと言いますが、このわたしの体で、たぶらかされてくれる方がいるとお思いで?」

 お姉さま方の目って節穴なんですね。言葉に込められた意味を分かってもらえたかしら。

 わたしは自分で言うのもなんだが、同年代の女の子に比べて背も低いし体つきも細い。そして出る所も出てない。悲しいことだが、それが事実だ。

 わたしの体を頭のてっぺんからつま先まで眺めた末、お姉さまがたは言葉に詰まる。それが答えだったが、自分で言っていて少し空しかった。

「それから。彼はわたしごときに、たぶらかされるような人なんでしょうかね」

「どういう意味よ?」

「言葉どおりですよ?わたしごときにたぶらかされるような人間だと、お姉さまがたは彼を貶しめているんですが?」

 言葉の意味をようやく理解したのか、お姉さま方は悔しそうに口を噤む。

 わたしが気に入らないのは構いませんがね、攻撃するならあまりお粗末なもの仕掛けてこないでくださいよ。

 内心の呆れや八つ当たりなどおくびにも出さず、わたしはにこやかに笑った。

呆れはお姉さまがたに、そして八つ当たりは彼にだ、もちろん。

 彼は泣く子もまたいっそう泣きだすような“強面”で、怯える女性も多いのだが。

 やはり家柄が物を言うのか、彼に近づく女性も居た。

 このお姉さま方もその手合いだろう。わたしの護衛をすることが増えてから、この手合いのお姉さまがたに絡まれる事が何度かあった。

 巫女など結婚する際の箔付けとしか考えてない貴族のお姉さまがたにとって、神殿は結婚相手を物色する場になっているんですね。本当にあきれ果てますよ。神殿この先大丈夫かしらと半ば本気で心配するのはこんな時です。

 そして今この場にいない彼には、八つ当たりと分かっていながら恨み言を。

 わたしは自分からあなたに近寄ったこと、ないんですけどね。

 なんでわたしがちくちく言われなきゃならないんですか。

 まったく理不尽です。

 彼がわるいわけじゃなく、勘違いしているお姉さま方が元凶だとわかっていても、腹立たしいのには変わりがない。

 そして、神殿を出ても……同じような手合いは沢山いるだろうと簡単に予想できた。

 彼は……自分のことを気楽な末っ子だと言い、自分が誰を連れてきても両親は歓迎するだろうなんて言っていたけれど。

 たぶん周りの雑音の方が煩そうに思うのだ。

 神殿を離れれば、わたしはただの平民でしかない。それを攻撃材料に思う人たちは少なからずいるだろう。このお姉さま方のように。

 

 ……なんだか面倒になってきましたね。

 彼にはよろしくお願いしますなんて言いましたが、撤回って出来ますかね。

 ああ、とりあえずは神殿を出たいので、しばらくは黙っていましょうか。 それで時期を見計らってごめんなさいをしましょうか。

 子供の父親は……おいおい考えましょう、そうしましょう。


 「ちょっと、こちらの話を聞いてるのっ!」

 ああ、お姉さま方が居たんでした。つい考え込んじゃってて、忘れてましたよ。

 するとお姉さま方は顔をさらに赤くしてわたしを睨みつけた。

 あれ、今言葉に出しちゃいましたか。

「なによ、その態度バカにしてるの?!」

 甲高い声を上げ、お姉さまが白い手を振りかぶりました。

 いいでしょう、手を出したのはそちらが先ですよ。

 反撃されても文句は言わないでくださいね。

 

 ひそりと、唇の端で笑った。




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