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巫女と護衛 移行版  作者: 水花
巫女と護衛 本編
3/15


「ええと、昨日のアレって、冗談ですよ、ね?」

 やだなあ、子どもをからかわないで下さいよ、人が悪いですねえとわざとらしく明るく笑ってみせたのだけど。

 

 返って来たのは沈黙と威圧感たっぷりの視線。

 

 ちょっと、それ人が居るところでしない方がいいですよ、ってわたし前に言った気がするんですけど?

 ただでさえ強面なんですから~ああほら周りの人がひいて行く……皆さん、せっかく楽しく朝ごはん食べている所申し訳ありません。

 別にこのひと、怖い人じゃないんですけど。ちょっと無駄に威圧感があるだけで……って、誰にも言い訳する間もなく、まるで台風の目状態になりました。

 わたしと彼の周りだけ、見事に人がいません。

 ここは宿屋の一階にある食堂。

 泊まり客や地元の人が大勢食事をしていました。

 ご迷惑おかけしております、でもこれわたしのせいじゃありません。

 すこしばかり、話を切り出す場とタイミングを間違えた気はします。が。

「いや~ですから、アレ冗談でしょう?だってそうじゃなきゃ、わたしにあんな事言わないでしょうっ」

 

 一晩眠って。疲れもとれ軽くなった体で大きく背伸びをしたところで……思い出したのが昨日の彼の爆弾発言。

 考えさせて下さいと言ったけれど……考えてもわからない。

 ここは冗談という事にして流してしまえと思ったのだけど。

 その作戦はものの見事に失敗したらしかった。

 あ~……だからその目は口ほどにもの言わすの、やめて下さい。

 わたしの背後の方で、ひいっとかぎゃっとか、押し殺した悲鳴が聞こえるのが居たたまれなさすぎる。

 どんな凶悪な顔してるんですかね。ちらりと上目遣いで彼の顔を見てみるけど、悲しいかな見慣れてしまっているわたしには、“いつもの怖そうに見える顔”でしかなかった。

 ただ、このまま放っておいたら、どこぞへ通報されそう……そうなったら、わたしと彼はどう見えるんでしょうね。

 被害者と凶悪犯?

 笑えない予想が現実となる前に何とかしようと口を開きかけたとき、彼が重苦しいため息をついた。

「俺が冗談でああいう事を言うと思っているのか?」

「いいえ思っていませんが……」

 冗談どころか無駄口は叩かない人と思っていますが。

 だからこそ、冗談にしたかったんです、が。

 それを口にすると尚更まずい気がするのでわたしは口を噤む。

 わたしの戸惑いとか驚きとかは別にしても、自分の言った事の責任をとるのに……彼を巻き込むのは駄目だと思っているから。

 彼はじっとこちらを見て、そしてわたしの左手を取って(右手はわたしがスプーンを持ったままだったからだ。どんなに威圧されても慣れてしまえば普通に食事くらい出来る)きっぱりと言った。

「それならもう一度言うぞ。結婚するなら俺にしろ。家の事をいうのは何だが、それなりに不自由しない程度の生活はさせてやれる」

「ええっと~……あの、たしか結構いいお家のご出身でしたよね?」

「家か?まあ長々と続いてるだけだ。さほどの事はないぞ」

「いえいえいえ、お姉さまが確かどこぞの王妃様でしたよね?王妃様になれるようなお家柄を、さほどとは言わないでしょうっ。それに、わたしみたいなのを嫁にしたら、ご家族とかご親戚の反対にあうに決まってますよ!」

「それはないな。俺は気楽な末っ子だから誰と結婚しようが煩く言う者はいない。それに結婚しないものと思われているから、相手を連れてきただけで両親なぞ大喜びするぞ。だいいちお前は俗世の身分から外れた立場だろうに」

「……それは巫女である間だけでしょう。還俗すれば関係なくなります。もっとも、巫女であるのに俗世の身分を持ちこむ方が多くいらっしゃいましたけどね」

「それはそうだがな。しかし、お前、さっきから聞いていればお前自身はどう思っているんだ?家だの親がどうのと……嫌ならはっきり言え。俺は好きでもない女に結婚だのなんだの口にはしない」

 はた、と思考が止まる。ええとそれはつまり。

 理解した途端、顔から火を噴くかと思った。

 どうしよう、走って逃げたい。

 握られたままの手を引き抜こうとしても、がっちりつかまれていて、ちっとも動かせなかった。

 がちゃんとスプーンを皿に放り出して片手で顔を覆う。

 どうしよう、何これ。顔が勝手に赤くなってるし、わけわからない。

 わたしの動揺にも構わず、彼は答えを急かす。

「どうなんだ」

 ちょっとね、その言葉はどうなんでしょう、冗談じゃないならすぐに返事なんか出来るものかと、流石にイラっとして彼を見て……唖然とした。

 お酒でも飲んだみたいに、顔を真っ赤にしてこっちを見ていたから。睨みつけるようにしているから、凄んでいるみたいに見えるけど。

 つられてこっちも余計顔に血がのぼる。

「どうなんだ、答えろ」

「……嫌い、じゃあないです、が……」

 そこでわたしは気がついた。興味津々で見ている人たちが居る事を。

 ここは宿屋の食堂で。そしてわたしたちは台風の目。

 なに今までの遣り取り全部聞かれた?見られてた?

 そっと横目で窺って見ると、さっきまで彼に恐れおののいていた人たちは、固唾を呑んでわたしたちを見ている。

 別の意味で顔に血がのぼった。

 彼の手をこちらからがしっと掴むと、ぐいぐい引っ張る。

「……話の続きは場所を変えましょうっ。見られてますっ」

 彼もそこで人々の視線に気付いたようだった。

 あれ、護衛役なのに今頃気付いたんです、ね。遅くないですかね。

 仕事中だったらまずいでしょう。彼は無言で荷物を掴み、わたしを荷物のように小脇に抱えると、脱兎のごとく食堂を後にしたのだった。

 ……ほとんど食事が済んでいてなによりでした。



 街を見おろせる小高い丘。

 そこに立つ大きな木の下でまで来て、彼はようやく足を止めた。

 荷物よろしく揺られ続けたわたしは、地面に下ろされた途端ぐったりと木の幹に凭れかかり、肩で大きく息を吐き出した。

 わたしと荷物を抱えて駆けたにも関わらず、彼の方はまるで涼しい顔だ。

 わたしにほど近い場所に腰を下ろし、軽く息をついただけだ。駆けた時に紐が緩んだのだろう、首の後ろで髪を括りなおしている。細身に見えるが、護衛役にふさわしく、よく鍛え上げられていることを知っている。何度も抱きあげられたからだ。

 多少なりとも表情を柔らかくすれば、近寄りがたい雰囲気もなくなるのに。

 どう答えようか。さっき、つい“嫌いじゃありません”って答えちゃったし。

 そこへわたしの心の中を読んだように、彼が言った。

「話の続きだが。俺の事を嫌いじゃないと言ったな。ではこの話、了承とみていいんだな」

「いや、それはちょっとっ……!」

 隙を見せれば畳みかけてくるのは流石ですね、波状攻撃お見事です。

 でも今はほんと勘弁して下さい。

 あわあわと意味無く手を振りまわしたあと、ようやく答えることができた。

「ええとですね、嫌いじゃない、すなわち、好きってことじゃあ、ないと思うんですよ~。それにほら、わたしたちってお仕事の時くらいしかお会いしてませんよね?あまりお互いの事知らないじゃないですか。それじゃどこを気にいって頂いたのかわかりませんし。お気持ちは嬉しいですが、ここはひとつ、お断りをさせていただきたく……」

「……鳥団子のスープと干し葡萄のケーキ、杏のパイだったか?食べ過ぎて腹が重いと呻いてたのは」

「は?」

「どこぞの街では胡桃のケーキだったか?仕事終わった後に腹痛で滞在延長なぞ、俺も護衛役を長く勤めているがそんな巫女は初めてだったな」

「う」

「街の名物は必ず食べ歩いていたな。慣れないものを口にして体を壊したらどうすると言っても聞かんしな」

「それは、街の名物は食べるものでしょうっ。というか何で食べ物のことばっかりなんですかっ。まるでわたしがとんでもない食いしん坊みたいじゃないですか」

 違うとでも言うつもりか。

 彼の眼はそう雄弁に語っている。彼が列挙した事は、悲しい事に事実だ。

 言葉に詰まるわたしに構わず、彼はまた口を開いた。

 今度は何を言われるのかと身構えたわたしに、彼はふと口元を緩めた。

「……初めて会った時から、お前は俺を怖がらなかったな。この通りの顔だ、特に女子供に怯えられるのには慣れている。だがお前は初めから今に至るまで怯えも怖がりもせん。何故だろうと不思議に思ったのが最初だった」

 何を言い出したのかと、きょとんと彼の顔を見つめていると、彼はおもむろに腕を伸ばしわたしの体をひょいと抱き上げて……自分の膝の上に下ろした。

 肩と腰を抱きこまれれば、どんなに抗ってもこの“檻”から抜け出せない。ちょっと離して、おろしてともがいても、彼は低く笑うばかりだ。

 耳元で低い声で囁かれて、とても落ち着かない気分になる。

「それで何となく気になって見ていれば、まあ色々やらかすもんだ。今回のが最大だろうがな……目を離すととんでもない事を仕出かしてそうで気が抜けん。どこがとか何がとは、俺にもはっきり言えんが、嫌じゃないなら傍に居て欲しいし、何か仕出かすなら俺の眼の届く所にしておけ」

「……ひとをまるで危険物みたいに言わないで下さいよ」

「危険物だろうが。あんなとんでもない約束しやがって。気付いているんだろう?あの約束で縛られるのはお前だけじゃない。お前の血筋の先……子孫を縛るものだ」

 わたしは唇を噛んで項垂れた。

 彼は淡々と“事実”を語っているが、わたしにとってはそれは鋭い棘となり、心に突き刺さる。

 “わたし”自身については、いい。約束で縛られても自分の言葉に責任を取るだけの、話。

 けれど“子孫”には、そしてわたしの子どもの父親には……“約束”に縛ってしまうのが心苦しい。

 己の血を分けたものが、いずれ己の責でもない約束に縛られると聞いては、穏やかな気持ちでいられないだろう。

「そうですね、今思えば軽率な約束でしたが……でも駄目ですよ、嫌じゃないなら結婚って、それちょっと飛躍しすぎてますからね」

「そうか?ならお前は一体どんな男を子の父親にするつもりだったんだ?誰を選んだ所で後悔するんだろう?それなら事情を知っている俺にしておけと言ってるんだ。だいいち、こう触れていても嫌だとは言わん。それだけで、半ば了承されたと俺はみなすぞ」

「横暴ですねえ。嫌だと言えば離してくれるんですか」

「いや?」

「うわ、ほんと横暴です。ていうか、今日はよくしゃべりますね。あなたがこれほどしゃべるの、わたし初めて見ましたよ」

「ここが勝負所と思えば慣れないことだってするさ。なりふり構っている場合じゃないだろう」

「その割には結構態度が大きいんですけど……?」

 だからどうにも自分をからかっているとしか思えなかった。そういう冗談をいう人ではないと知っていても。

 ふと目線を下に落とす。わたしの腰に巻きついている太い腕。

 その、服から覗く部分が薄赤く染まっていた。

 目線をあげてみると、肩に回されている腕も同様で。

 咄嗟に後ろを振り返ろうとしたのに、それは阻まれてしまう。ちょっと力の差を考えて下さいっ。

「見るな」

 耳元で低く囁かれると、背筋がぞわぞわして落ち着かない。腕の力は緩んでも更に深く抱き込まれているから後ろも振りむけないし、抜け出る事も出来なかった。

 見なくたってわかる。彼の顔は真っ赤なのだろう。

 抱き込まれているから、背中がとても温かい。

 諦めて体の力を抜いてそっと凭れかかってみる。わたしの体くらいじゃ小揺るぎもしない。こんなふうに、凭れかかっていいものだろうかと、迷う気持ちは消えないけれど。

「わたしだって知っていますよ。いくら巫女は身分に縛られない存在って言っても、実際神殿では俗世の身分が持ち込まれている。わたしはご存知のとおり俗世では平民です。あなた以外の……殆どの護衛の方はその通りにわたしに接してきました」

「何か酷い事でも言われたか」

「そうたいしたことではありませんし、もう忘れました。あとは、そうですね、本当はあなた、甘いお菓子は嫌いでしょう?それなのに、よく買われていますよね。二つ買って、必ずわたしにひとつくれる。わたしの分だけ買えば、わたしが遠慮して受け取らないと思いましたか?」

「……甘すぎなきゃ食べられるんだがな。気付かれてたんなら、二つともお前にやればよかったな」

 苦い声に思わず笑い、それから、と言葉を続けた。

「それから……女子供に怯えられる顔、と言われますが、確かに怖いお顔だとは思いますが、わたしはあなたを怖いと思った事はありませんよ」

 初めて顔を合わせた時、確かに怖そうな人とは思った。

 でもすぐにそれは打ち消した。 

 端的な言葉や落ち着いた話し方からは、荒んだ気配は感じられなかった。 ああこれは顔つきが怖いだけなんだなとすぐに思った。

 その時以来、自分が仕事に行く時の護衛は必ずと言っていいほど彼だった。安心して仕事が出来て、仕事が終わり帰るまでの間も何だかんだと楽しくて。

 このまま、こんな日々が続けばいいと心のどこかで思っていた。

 この手をとれば、それが叶う。でも。

 ためらうわたしを見透かしたように、彼はひくく笑った。

「そう言われて、俺がひくと思うか?もう諦めてこの手を取れ。俺の方が、お前の約束に巻き込まれても構わないと言っているんだ。例の約束についても、後々のことを考えていこう」

 どんなにわたしが答えを渋っても、彼は諦めず粘ってくる。

 ああそうだった、彼は“攻撃”には容赦がなかった。今回、的はわたし。 的を落とすまで粘り強く諦めないのだろう。

 何だかもう、逃げるのがばからしくなってきたかもしれない。

 わたしの気持ちと彼の気持ちには、おそらくまだ差があるだろう。

 わたし自身の気持ちにしても、まだ自分で測りかねている。

 それでも、いいかと思うのだ。ここでこの手をとってみても。

 先に何があるかわからない、どうなるのかもわからない。

 結局わたしの血筋が絶え、約束を守れない結果となるかもしれない。

 何が起こるが誰にもわからない。

 わかりました、と頷きながら、わたしは彼の手に触れた。

「わかりました。ただ、わたしはまだ自分の気持ちも曖昧なままです。それでもいいんですか」

「それは仕方なかろう。今はまだいいさ」

「でしたら……ええと、フツツカ者ですが、よろしくお願いします」

 本当は顔を見て言うべき台詞なんだろうが、背中の方から抱きこまれている状態では、叶わなかった。


 ありがとう、と彼が笑う。

 珍しい彼の笑い声に、胸の奥がとくりと跳ねた気がした。






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