巫女と護衛後日談~その先は~
「それで、これから先の見通しはついたのかい」
「推測ですが、間違いはないかと」
そうか、と呟いた兄の顔は、庭で遊ぶ子どもたちに向けられていた。
自分の実家は地方に幾つかの領地を持っている。
直接治めるには遠方であるため難しく、信頼できる者を領主代行として派遣して、治めさせていた。
各地の領主代行は年に数度、報告を兼ねて都に上がる。また彼らの主である自分の実家の当主は、数年に一度各地を視察していた。
実家は兄が継いだ。父に似て物腰が柔らかく、また穏やかに微笑む兄は自分と違い、周りから恐れ怯えられてはいない。
しかし、と兄弟ゆえに本性を知る自分は思う。
自分なら、誰を敵に回しても兄を敵に回すのはご免であると。
何故なら、目に見える障害なら避ける術もある。もしくは立ち向かう術もあるだろう。
しかし目に見えず気配も感じさせず……静かに忍びよるものを、どう退ければよいのだろうか。
気付いた時は既に手遅れだ。
そんな兄の、視察。
さぞ各地の領主たちを恐れさせてきたのだろうと、何となしにため息をつきたくなった。
「なんだい、その顔は」
「別に、いつもと変わりませんよ。兄上はさぞ、各地でお楽しみだったのだろうと思っただけです」
「お楽しみってねえ……私の視察はれっきとした仕事だよ。ま、誰が来てもちゃんと仕事をしていれば、怖がることなぞ、ないんだけどねえ」
やれやれと肩を竦めた兄を見て、まあそうですがと答えた。兄はもちろん、この地も視察していた。
自分とかつての領主代行もとい現在の非常に頼りになる部下を並べて、ここはいつも流石だねと満足そうに笑っていた。
部下ともども、非常に安堵したのは言うまでもない。
仕事むきの話は終わったことだし、つもる話でもしようじゃないかと兄は言う。
あまりいい予感はしなかったが、居間で兄と向き合っていた。
居間からは庭が見える。長男、次男、そして末っ子の長女が、歓声を上げながら遊んでいた。
「大きくなったもんだ。それにしても、一番上の子は可愛い義妹似だけど、下の二人はどうみてもうちの系統だねえ」
甥姪は勿論可愛いけどねえ。義妹に似てくれたら、ちっちゃい子が三人……いや、義妹入れて四人で、もっと楽しかったのに。まあ父親がお前だから、これも予想出来た事だけどと、半ば本気で残念そうだった。
自分としてはどちらに似ていてもいなくても構わなかったが、長男が育っていくにつれ、なるほどと少し感慨深かった。
彼女が幼い頃はこんな感じだったのかと、しみじみ思う事もあった。
もちろん、次男や長女が可愛くないという事ではない。自分の系統の方に似ている下の子どもたちは、目鼻立ちは自分の父に似ていたり、また長女などは自分の母に似た、人目をひく顔立ちだったりする。
三人の子どもがいる生活は、想像以上に賑やかであわただしいものだったが、予想以上に温かなものを自分にくれた。
自分の……彼女の血筋であっても、後の事には興味がないと言った、その前言を撤回したくなるほどに。
そうであるからこそ。
「それで、これから先の見通しはついたのかい」
兄が、淡々とした口調で尋ねた言葉に……答えるのに時間を要した。
「……やはり“徴”を持つのは、長男だけです。時間がたてば次男や長女にも現れるかと思っていましたが、その気配はありません。たとえ、もう一人子どもが出来ても、“徴”を持つのはあの子だけでしょう」
「と、言う事は……」
ええ、と頷きながら、言葉を続けた。
光溢れる庭で、子どもたちが無邪気に遊んでいる。甲高い歓声が聞こえる。その……子どもに、背負わせてしまう、もの。
「推測ですが、間違いはないかと。……“徴”を受け継ぐのは、一人のみ。彼女から長男が“徴”を継いだ。おそらく今度は、あの子の子どもが“徴”を継ぐのでしょう」
彼女が初めに“約束”したようには、ならない。
ただ一人だけが“徴”を継いでゆく。
まるで一筋の流れのように。
「どういうことなのかな。“徴”を継ぐのがただ一人であれば……嫌な言い方をするようだけど、どこかで血が途切れないとも限らないよ」
さあ、と自分は首を振った。
「俺にはわかりません。“神様”の考える事などは。ただ俺に出来る事は、どんな選択も出来るように環境を整えておくことくらいですよ。それすら罪滅ぼしになるとは思いませんがね」
「そうか……」
兄の視線は、庭で遊ぶ子どもたちに向けられていた。
今はまだ何も知らない子どもたち。
いつ、どんな形で告げればよいか、迷っている自分がいた。




