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巫女と護衛 移行版  作者: 水花
巫女と護衛~後日談~
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巫女と護衛後日談~みないふり~


 見なかった事にしよう。

 そう必死に言い聞かせるのに、悲しいかな自分の目はそれを裏切っていた。



 もうそろそろ昼を回る時間。買い物籠を片手に市場を歩いていた時のこと。買ったものを受け取り、籠に入れて、さあ家に帰って昼の支度をするかと思って何の気なしに顔をあげた先に。

 よく……とてもよく見知った顔を目にして、顔をひきつらせてしまった。

 そうして、ああそういうこと、とため息をつきたくなる。

 察しのいい自分を悲しめばいいのか、それともそろそろ思春期に差し掛かる自分に気をつかえと両親に……この場合は父だろう……文句を言えばいいのか。

 自分の視線の先では、腕に妹を抱えた父が、市場を歩いている。

 妹はご機嫌な様子で父にしがみついているし、父は歩けば人が勝手に道を開けてくれるくらいの、怖い顔つきのままだ。

 これはいつもの事なので驚くことでは、ない。

 妹の長い髪は、母の手により何本ものみつあみにされ、両耳の下あたりで綺麗なリボンで束ねられている。

 そして、父の髪の毛も……妹と同じく母の手により結われていた。何本かの細いみつあみを残し、後ろ頭の高い位置で束ねられている。目を凝らすとご丁寧にも、細いみつあみの一本一本に、細いリボンが巻かれていた。

 妹は父と同じような髪型にご機嫌だが、父を見る通行人は初め父を恐れて道を空けた後、目を疑うように後ろを振り返り、仰天したようにぱくぱくと口を開け閉めしていた。

 気持ちはわかると心の中で同情する。

 言いたいことがあるなら、どうぞ父に直接言って下さい。出来るなら、ねと思いながら、視線を引き剥がしつつ、家へと足を向けた。

 さて、この状況を、母は知っているのだろうか。知っていても、母は笑って……あら、いいじゃない、可愛いんだからとでも言いそうな気がした。


 いつも朝早くからくるくる立ち働いている母が、今朝は朝食の時間になっても起きてこなかった。

 自分の身支度を整えて、それから起きだしてきた妹の身支度を手伝ってやる。

 弟は早くも食卓についていて、お腹が減ったと煩い。

 とりあえずパンを切って昨日のスープを温め、ベーコンと野菜の入ったオムレツを作って、空腹の雛さながらにかしましい弟妹たちの前に並べる。

 先に食べてろと言い置いて、母の様子を見に両親の寝室に向かった。

 どうしたんだろう、寝過ごしているんだろうか、それとも調子が悪いんだろうか。

 母さん、開けるよと、ついノックを忘れて扉を開けて、すぐさま思いきり扉を閉めたくなった。

 母は体を起こしてはいた。それは、いい。ただその姿勢が問題だった。

 父に背後から抱きこまれた状態で、父に背中を預けて、手元を動かしている。どうやら父の髪を細いみつあみにしているようだった。

 こちらに気付いた母は、父に手を放すよう言うけれど、父は聞かなかったようだ。気のせいでなければ、さっきまで幾分か緩んでいた口元が、機嫌の降下を示すように硬く引き結ばれている。

 母は仕方なさそうなため息をついた。

 両親から視線をそらしつつ(仲がよくて結構だけど!)とりあえず母に尋ねた。

「朝ごはん、適当に食べさせてるけど、母さん調子でも悪いの?」

 母は、あ、と口元に手をあてた後、首を横に振った。

「ううん、悪いわけじゃないけど、ちょっとしばらく動けそうにない、かも」

「そう?じゃあ昼も適当に作るけど、いい?掃除とかもしておくよ」

「ありがとう、お願いしていい?」

 任せといてと答えて、扉を閉める。あの調子だと父はしばらく寝室から出てこないだろう。父の分の朝食はどうするかなと考えながら。


 昔は神殿に護衛として勤めていたと言う父は、未だに髪を伸ばしていた。 職業や慣習などで、それはさして珍しいことでは、ない。

 母よりも余程長いそれは、背の半ばを超すほどだった。母は父の髪を結いながら、わたしは伸ばしてもすぐ傷んじゃうのよ、羨ましいわと笑っていた。

 母の指はまるで魔法のように、長い髪の毛を梳き、束ね、編んでゆく。

 編まれた髪の先を飾り紐で縛ったり、落ち着いた色合いのリボンを巻いたり、時には編み込んだりしていた。

 そう、父の髪の毛を結うのは、いつも母の役割だった。

 だからこの時も……その体勢はどうであれ……母のしていることを、疑問には思わなかったのだ。


 

「そういう、ことか……」

 気合の入った父の髪、そこにこめられた母の怒りに、またため息がこぼれる。

 いつも父の髪を編む母だが、時折……ほんの稀に、目を疑うような仕上がりにすることがあった。

 華やかなリボンを巻いてみたり、編みこんでみたり、高い位置で結いあげ、簪を挿してみたりと、いっそ視覚の暴力だと言いたくなるそれに、何故か父はいつも無言だった。

 そんな日は、母は変わらぬ笑顔だけど、「あら、気に入らないんです?」とどこかあどけなく首を傾げながらも、その目は笑っていなかった。

 父さん、母さん怒らせたなと弟は言い、可愛らしいリボンを手に母のところへ近寄る。

 ねえ、このリボンも可愛いんじゃない?

 あらいいわね。ね、どうですか?

 父は無言のまま、母にされるがままだった。

 そして、今回の理由について推測するに最早ため息しかこぼれないのは。

 体調は悪くないけど、起き上がれないと言った母。

 いつもよりも緩んだ表情の父。

「……いい年してんだから、ちょっとは手加減しなよ……」

 この年でまた弟か妹が出来るのかな、そう呟いて家へと急いだのだった。





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