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巫女と護衛 移行版  作者: 水花
巫女と護衛 本編
1/15

以前別アカウントで連載していた話の、移行版です。

 眠りたくないと小さな声が聞こえた。


「駄目です。もうあなたは限界でしょ。眠って力を回復させないと、ほんとにあなた、消えちゃいます」

 わたしが此処まで来たの、無駄になっちゃいます。

 膝の上で丸くなる猫のように。

ちいさな頭がお腹のあたりにぐりぐりと擦りつけられ、腕は腰に回されている。


 さすがに力一杯抱きつかれてると苦しいんだけど。


「こら、苦しいからそんな抱きつかないでって……ああもう」

 はあと大きくため息をついて、ふわふわ巻き毛の金糸の頭を、それこそ猫をなでるようになでる。

「もっと撫でて」

「はあ……いいですけど。それなら眠ってくれます?」

「やだ。もっと起きてる。もっと一緒に遊びたい」

「駄目です。気付いているでしょ?腕が透けてきてます。これ以上我を張ってると、本当に消えちゃいますよ。それでいいんですか」

 頭を撫でながら、我ながら容赦がない言葉だなあと思いながら言った。

 途端に、叱られた犬みたいにしゅんとしょげかえる姿は哀れを誘う。

 相手をしているのが“何”か、忘れてしまいそうになるけれど。

 ここへ来た目的を果たさずに帰る事は出来ないから。

「眠って下さい。そして、起きたら遊びましょう。約束です」

「そんな約束したって。ぼくが起きる頃に、きみはもういないだろ?やだよそんなの」

「そう言われてもですね~わたしは巫女と言っても所詮ただのヒトですから。寿命は人並みですし。あなたをお待ちしたくとも流石に無理です」

「じゃあ、なんでそんな守れもしない約束なんてするのさ」

 恨みがましそうな声だ。これは詰られてるのかなと思う。

 その代わりに、腰に巻きついた腕は緩むことなく、絶対離すもんかと言う意気込みすら感じられてああどうしようかなあと空を仰いだ。

 

 ここは崩れかけた神殿。

 天井は抜け落ち、残った柱ばかりが林立している。

 風雨に晒され、美しい装飾は剥がれ落ち……そして罅割れた石の床は、直に座るにはとても居心地が悪かった。

 ……本当に、こんな所に居るとは思わなかった。


 自分はとある神殿で巫女をしていた。そこへ舞い込んできた“仕事”。

 神官様いわく、託宣があったのだ、と。

 主神の末の神が……長く行方不明だった神が、見つかりそうだ、と。

 主神には迎えに行けない理由があるらしい。巫女としては下っ端の自分に、何故その役割が振られたかはわからないけど、示されたらしい地にゆき、色々ありながら、どうにか末の神に会えた。

 その後も色々ありつつ、こうして今、大きな“猫”に膝を占拠されている。

 ふわふわの髪の毛は撫でていたらとても気持ちがいい。むっすりと引き結んだ唇も眉間の縦皺も、これまた御愛嬌だ。そのくせ撫でる手を止めると、なんで止めるのと目だけで訴えてくる。

 何かに似ているとずっと感じていて……思い出した。

 あれだ、昔家の近くにいた猫。

 構ってもあんまり嬉しそうに鳴かないくせに、こっちが知らん顔をしていると、何故構ってこない、もっと自分を構えとばかりに擦り寄って来ていた。あの猫、まだあそこに居るのかな。もういい年だったから、居なくなってるかな。

「ねえ、なんで。なんでそんな約束、しようとするの」

 束の間逸れていた意識が、その尖った声に引き戻された。

 どう、言おうかと頭の中で必死に考えた。表面的に取り繕った言葉じゃ、届かないんだろう。ごまかされてくれそうにない。でも何を言ったらいいんだろう。

 あれこれ考えた末に、面倒くさくなってあっさり放り投げてしまった。

 何故、経験も少なければ年だって若い自分に、この役割が振られたのか、未だにさっぱりわからない。

 他の人だったら。もっとうまくやれたんだろうな、ちゃんと末の神様も、素直に眠ってくれたんだろうな。

 そう思ったのち、自分の思う所を素直に告げたのだ。

「そりゃ、あなたに消えてほしくないから。遊びたいなら遊んであげます。ただ、わたしはお待ち出来そうにないので、わたしの子孫がお相手します。それで、どうでしょう?」

「きみの、子孫?」

 この言葉が予想外だったのか、どこか茫然と呟く。はい、と言葉を返した。

「何代先の子孫になるか、皆目見当もつきませんけど。どうです、それで手を打ちませんか。なに、どんな遊びでも出来るよう、たくさんこども、産んでおきますから」

「……なにそれ。ぼくはきみがいいって言ってるのに」

「すみませんが、それは無理ですね。ご存知のとおり、人の寿命はそこまで長くないんですよ」

 うう、と獣のようにぐるぐる唸る声が聞こえる。納得できない、いやだとでも言うように、腰に回された腕の力は緩まない。

 さてどうなるかなと膝の上に乗るちいさな金の頭を見おろした。

 ……腕も透け、そして今、足も透け始めていた。体が完全に透けてしまえば、もう手遅れだ。

 誰のどんな力だって間に合わない。生まれる前の純粋な力の塊に戻って、やがて消えてしまう。

 そう、この仕事を引き受けた時に説明されていた。

 そうなる前に、なんとしてでも清浄な場所で、安定した形でお休みいただかなくてはと、神官様は言っていたっけ。

 そう言われましてもですね、神官様。どうしろって言うんですか。自分に振るくらいなんだから、お迎えに行ったら素直に帰って来てくれるものと、思っていましたよ。

 手を小さな頭に下ろし、再び撫で始める。すると、どこか悔しそうな声を上げながら、ちいさな体はもぞもぞと起きあがった。

 若葉色の目が、悔しそうにこちらを睨んでいる。

「わかったよ、その“条件”で眠ってあげる。約束したからね。もし破ったらひどいよ?覚悟してて」

「……何をどう覚悟しろと、ていうか、それ“かみさま”の言い草じゃあ、ないですよねえ……」

「酷い事言ってるのはきみの方だからね。……ああ、でも、ほんと悔しいなあ……なんでこんなに」

 気持ちいいんだろう。

 その、声は寝息に溶けるように小さくなった。

 金糸の頭を撫で、滑らかな頬に触れて囁いた。

 きっと、もう聞こえてはいないのだろうけど。


「……何代先になるかわかりませんが、わたしの子孫と思う存分遊んで下さい」



 


 ざり、と崩れた石を踏みしめる音が後ろから聞こえたけど、気にせず、そして振り向きもせず話しかけた。誰が来たかわかっていたから。

 自分の警護が彼の役目なのだけど、少しくらい手伝ってくれてもいいんじゃないかと思う。さっきだって、困り果ててちらりと視線を向けたのに、綺麗に無視してくれて。

「あ、そこに置いてある小箱とってくれます?」

「これか?」

「はい、ありがとうございます。ええと、安定させて、終了、っと」

 両手で包んでいた、拳大ほどの光る珠を、綺麗な寄木細工の箱に収め、ちいさく言葉を紡ぐ。

 この箱の中で眠りについているのは、金糸の髪の、“猫”。

 もとい、末神さま。

 神殿に帰りつくまでは、仮にも“神さま”の仮宿としては貧相だろうが、我慢してもらおうと思う。

 いくら警護がいても年端もいかない小娘が、きらきらしいモノを持っている方がおかしいので安全のためだ。

「これで終わりか?」

 小箱を手にして頷いた。無事末の神様は眠りについたし、あとは帰るだけ。それで仕事は終了。なのだけど。

「ああ、“仕事”は終わりだけど、終わっていないんだっけ……」

 約束があったなあと小箱をひと撫でする。

「なにが?」

 ひとの、一人ごとにまでいちいち反応しないでほしいと思って、高い位置にある顔をじろりと睨んだ。

 その端的すぎる上短すぎる言葉もいい加減どうにかしてほしい。

 悪気はないと今ではわかっているし(なにせ自分が外での仕事に駆り出されるたび、ここしばらくはずっと警護役は決まって彼だったので、つきあいはそこそこ長くなってしまった)、それこそ、いざ“攻撃”および“口撃”となったら彼は容赦しなかったから。それは見ているこちらの肝が冷えた。

 攻撃対象でなくてよかったと心底思ったものだ。

 それはともかく、答えを促すように見おろされて渋々口を開く。

 なんでこう、威圧感たっぷりに人を見るのかなあと、隠しもせずにため息をこぼした。本人にはそうしているつもりはないと知っているけど。

「……約束しちゃったもので、どうしようかな、と。流石に嘘も方便って奴やると、先々が恐ろしいですよねえ」

 何代先になるかわからないけど、そこで甚大な被害でも出て、自分の名前が悪名高く広まるのは嫌過ぎる。

 そうでなくとも、さっき“神さま”呪を使ってましたっけね。

 まさかねえ、とおそるおそる自分の中を精査してみて目眩がした。

 冗談じゃなく床に手をついてがくりと項垂れてしまった。

 しっかり“徴”、つけられてる。

 外せそうにないし、外したらこのひと、(ひとじゃないけど)起きだしてきそう。今度こそ消えるのも構わずに。

 どんどん青ざめるこちらを見おろしたまま、彼は容赦なくとどめをさしてくれた。

「考えなしに約束なんかするからだ。ソレは主神の子のうちでも一番執念深いぞ。それくらい訊いているだろう」

 何それ知らない、聞いていないしと首を横に振れば、彼は今度こそ呆れた顔も隠さずにため息をついた。

「よくそれで、今まで巫女が務まったもんだな……」

「悪かったですねえ、所詮売られたクチなので、他の方々とはお育ちが違うんですっ」

「いや、そう言う意味じゃあ……」

 珍しく彼の言葉は歯切れが悪い。

それに首を傾げたけど、神殿を思い出してこれはいい機会かもしれないと思い直した。

 自分の身の上は、まあ良くある話の一つだった。

 食うに困った親が、巫女の素質がある娘を神殿に売るのなんて。

 謝礼を受け取ると親は後ろも見ずに神殿を後にした。それから一度だって会いに来なかった。

 捨てもせず育ててくれたことには、感謝すべきなのだろうけど、どうせ神殿に売るなら、もっと小さいうちにしてくれた方がましだったとは思う。

 自分くらい育ってからだと、外の世界を知っているぶん色々面倒くさいらしい。いちいちそれは何故と神官を問い詰めたりしたし、出来あがっているらしい派閥にもうさんくさくて馴染めず、気がついたらはじき出されていた。

 まあ、下っ端巫女でいる分には、気にしなければいいだけの話だった。

 誰も一下っ端には目も留めないし、たとえどこかですれ違っても頭を下げておけばやり過ごせる。

 環境はいまいち、いまにだったけど、ちゃんとご飯は食べられるし働きに見合ったお給料も出るし、寝床だってある。

 気にしなければ問題ないと思っていたのだけど。

 そのはずが。どうもここ数年、風向きがおかしい。というか、風あたりが強い。いわゆる上級の巫女たちに頻繁に絡まれるようになったし、交流の無い神官たちからも向けられる目が厳しくなった……気がする。

 それらに首を傾げ、どうしようかと思っていた矢先に、この仕事が飛び込んできたのだ。

 仕事を持ってきたのは、自分が神殿に来た時からお世話になっている神官様だった。

 穏やかな声で話すひとで、時々、みんなには内緒だよと言いながら甘いお菓子をくれた。

 その日も手招くから、てっきりお菓子でもくれるのかと思っていたら、くれたのはお菓子ではなく、お仕事でした。

 そのあとお菓子もくれたけど。

「ああでも、ほんとこれいいかもしれない。だって“かみさま”との約束だから、大手振って神殿出られるし。うん、あとは結婚相手探すだけだよね。神官様誰かいい人知っていないかな……一応ちゃんとお仕事終わらせたんだから、紹介くらい頼んだっていいよね……よし、決めた、って、うひゃあ、何すんです」

 ぶつぶつ神殿に帰還したあとのことを考えていたら、不意に視界が揺れて素っ頓狂な声をあげてしまった。

 ちょっと、何抱きあげてるんです、落ちるって!

 抗議してもどこ吹く風で彼はすたすたと歩き出す。

足場も悪いのに、自分という荷物を抱えているのに、足取りに影響はみられなかった。

「いつまで座り込んでいる気だ。取りあえず宿に帰るぞ」

「はあい。下ろして下さい、歩きます」

「この方が早い。だいいちお前動けるのか」

「無理です、でもこの格好は居たたまれません」

「それなら寝てろ。どうせそろそろ、寝落ちするだろう」

 口で反論するのを諦めて、大人しく体を預けた。

 彼の言う通り一仕事終えた後では、体が重くて歩けそうにない。

 その上眠気までやってきた。抱きあげられているから、彼の規則正しい鼓動と温かな体温が伝わってきて、それが更に眠気を誘う。

「宿についたらとりあえずベッドに放り込んでおいて下さいね」

 わかっていると彼は答え、それからなんでもなさそうな口調で、ああそうだと付け加えた。

 まるで、今日の夕食を決めるような軽い口調で。

「お前の結婚相手、俺にしておけ」

 瞬間、眠気は何処かに行ってしまった。

今何と言いましたか。はくはくと口を開け閉めしていると、聞こえなかったかと彼は駄目押しをしてきた。

いや、訊き返したくはなかったんですが。

「結婚するなら俺にしておけと言ったんだ。子どもが欲しいんだろう?協力してやる」

 にやりと笑われて、背筋をぞぞっと冷たいものが駆け抜けた気がする。

 あれだ、肉食獣に狙いをつけられた草食動物の気分?

 確かに相手を探さなきゃなとは思っていたけど、想定外の相手過ぎるうえ、何で彼がそんな申し出をするのか見当もつかなくて。

 おまけに仕事疲れも相まって、混乱する頭では何一つロクに考えられない。

「……ちょっと考えさせて下さい……」

 それだけなんとか答えて、あとは起きた時のことだと眠りの波に身を任せたのだ。


 だから、知らない。

 額におとされた口付けも。

 ちいさなちいさなささやきも。

 

「……いまさら横から攫われるのは我慢ならないからな」

 さっさと既成事実でも作っておくかと呟いた声を、知らなくて幸いだったのか、どうか。






「何回ため息ついているんですか、次期神官長様」

「だって、ため息付きたくもなりますよ。私がずっと目をかけてて、先々は主神の巫女にもなれる子だったのに……主神も楽しみにしておられたのに……横から攫われた挙句に、還俗しちゃうんですからね」

「あ~仕方ないでしょう、“約束”ですから~」

「……まあ主神もね、末の神様にはいまだ巫女のひとりも居られませんから?あの子がなってくれて嬉しいとは仰っておられましたけども……返す返すも残念です」

「あれ?あの子、結婚するんですよね?で、巫女っていうのはおかしくないですか?」

「どうやら、あの子の血筋に執着されたそうですよ、末の神様。結婚していようがいまいが、たぶん性別も関係ないんでしょうねえ。あの子の血筋がすなわち、末の神様に仕える“家”になりそうだと、主神が」

「うわ~なんというか、ご愁傷様?お気の毒さま?というか、あの子それ知ってるんですかね」

「知らないでしょうし、知らせる必要はないでしょう。もっとも、あの子の結婚相手には釘をさしておきましたよ、勿論」

「次期様、こわ~い」

「私は親代わりのつもりでしたからね。ただ彼何と言ったと思います?後の事は知らん、ですって」

「あれま」

「子ども作って家の基盤強化して、諸々ちゃんとしていくから、その後の事まで責任持てん、ですって」

「ああ~彼の言いそうな事ですねえ。次期様、付け入る隙がなくて残念でしたね」

「ええ本当に。甘い所があったら抉ってやろうと思っていたのに残念です」

「はあそうですか……それにしても。彼にとっては、渡りに船の出来事でしたねえ」

「それが返す返すも悔しいんですっ。あああの子に、あの仕事振らなきゃよかった……っ」





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