弐話
一刻と半刻程歩いて着いたのは、立派お社だった。
「着いたぞ」
「え、ここって…?」
「私の家だ。」
「い、家…!?」
驚いた。このやたら大きなお社が彼の家だなんて。確かに彼がこのお社に住んでいるのは簡単に想像できるし、とっても似合っているけど、驚きが隠せない。わたしの知っている妖怪と言えば、山や森に野宿する者や神出鬼没で元々住むところを決めずにいる者だったから……。普通に森などを出てみればしっかりとした家を建てて住んでいる者がほとんどだろうし、店を開いて商売をしている妖怪もたくさんいるんだろう。けど、お社に住んでいるなんて初めて聞いた。
そんなことを考えていたら、彼はなんの迷いもなくずかずかと戸の方へ歩いていってしまった。
その様子をみていて、本当に彼はこのお社に住んでいるのだということを実感した。
「さぁ、入れ」
「う、うん。お邪魔します…」
中はなんだか薄暗かったが、廊下や壁もなにもかもが綺麗に磨かれていて、砂や泥で汚れたわたしが入るのは申し訳ないと思ったし、なにより恥ずかしかった。
「蘭!鈴!今帰ったぞ」
彼が家の奥の方へ声を投げると、廊下から女の妖怪二人が少し慌てながら出てきた。
「「お帰りよしませ」」
「あぁ。夕餉の支度が遅くなっても構わん。この娘を湯に入れ、着物を着替えさせたら私の処へ連れて寄越せ」
「「よろしおす。此方へ」」
彼はわたしを二人に預けて何処かに行ってしまった。わたしは浴室に案内されて、湯を浴びた。湯浴みなんて思い出せないくらい久し振りだ。久し振り過ぎて何をどうしたら良いか悩んでいたが、二人が手伝ってくれたので身体は綺麗になった。
「うーん…。鈴ちゃん。こん子には何が似合うやろうか」
「黄色なんて可愛らしいんでおまへん?」
「黄色ねぇ…。なんやピンと来んわぁ」
「お嬢ちゃん何色が好きなん?」
彼の前は物静かな雰囲気だった二人だが、彼が何処かへ行った後からずっとお喋りは絶えなかった。
「あの…わたしは着られれば何色でも構いません。」
「そないな事いわんと、折角なんやから好きな色ん着物を選んでや」
「そやよ。遠慮せんでええんどすえ」
わたしは本当に何色でも良いと思った。どの色の着物も今までわたしが来ていた茶色く汚れて何色かも分からなくなってしまった着物より綺麗で魅力的だったからだ。なにより自分は着物を選び慣れていないし、二人に選んで貰うのが一番良いと思うんだけど…。
「じゃあ…桃色が良いです……。」
「ええねぇ桃色!桃色なら左の引き出しに丁度ええんが入っとったはず!」
「ほな、うちはそん着物に合うモンを一通り出しとくから、蘭ちゃん着付けしといて」
こんな具合で二人は仕事を分けてしている。片方が蘭。片方が鈴という名前らしく、二人とも賑やかで良く喋る。仕事をする様子は息がぴったりと合っていてなんだか姉妹みたいだ。
「よし、こんでしまいや!」
「ぐっ…!うぅ」
いきなり帯が締められて少し息苦しさを感じた。
あまりにもいきなりだったから、驚いて情けない声を出してしまって少し恥ずかしい。
「なんやお嬢ちゃん苦しそうやけど締めすぎてへん!?」
「え?そないに締めてへんよ!お嬢ちゃん大丈夫!?」
「だ、大丈夫!ちょと驚いただけ……です」
「そやの?心配やから少し緩めとくね」
多分…蘭さん?の気遣いで少しだけ帯が緩くなって、お腹がいくらか楽になった。わたしには、これくらいが丁度良いかもしれない。お腹が空いているから、胃に負担が掛かるというのもあるけど、今まで着てた物は、もはや着物というよりは、布に近いものだったから、着物の締め付けには慣れていない。
「鏡を見ておくれやす!えらい可愛らしいわぁ」
「ほんまやねぇ。お嬢ちゃんえらい似合っとるよ」
「ありがとうございます」
わたしに似合ってるかは良くわからなかったけれど、桃色に白い花の散りばめられた可愛い着物に、優しい黄緑色の帯はとっても可愛いと思った。
こんなに綺麗で可愛い着物をわたしなんかが着て良いんだろうか?と少し考えてしまったけど、今更脱いだりしたら……多分すごく怒られると思う。
「ほな、銀さんの所に案内しはるね」
「あ、はい…。お願いします」
「お腹空いてるやろ?終わったらすぐ夕餉にしはるから」
「はい……。」
お腹が空いているのが、ばれてたのかな…?
恥ずかしい…。そんなにご飯が食べたそうな顔をしてたのかなぁ…。うぅ今度から気を付けよう…。