第六話 死霊術師の一日 中
お話の構成を考えるのって難しいね、ほんと……
こんなしょーもないお話の続きを待っていた方、2週間以上間を開けてすんませんでしたぁ!
俺は二人と共に貧困区の中へと入っていく、しかし此処はいつ来ても酷いもんだ。
見た感じは街並み、というよりゴミ溜めの中に出来た道を歩いていると言った方が正しい。
漂ってくる生ゴミの酷い匂い、不快な音と共に宙を飛び回る虫、地面の石畳は殆ど剥がれて地面がむき出し至る所に瓦礫の山が築かれている。
まともな状態の家は殆ど無く、中途半端に修復されたボロ家が軒を連ね、路地を覗いてみれば暗がりにうずくまる人々が見える。
その中にはもう二度と動かなくなった奴も多く居るんだが……此処ではそんな事を気にする奴なんか居ない、精々何か役立つものを持ってるかぐらいでしか注目を集める事は無いだろう。
ちらほらと貧困区を歩き回る人々の顔には既に諦めや絶望の色は無く、ただ能面のように無機質な表情が張り付いているだけであり、生きていると言うよりは“動いている”という表現がしっくりくる。
此処に居るのは今の状況をどうにかしようともどうにもならない奴等だけ、何もかもを諦めるのも仕方が無い……と言えるのかもしれない。
『一旗揚げようとして来た甘ちゃんの末路』とベルビーさんは言っていたが……一体彼等にどのような不幸が降りかかったのだろうか、知りたいような知りたくないような、彼等を見ているとそんな複雑な気持ちになる。
「ご主人様、気を抜かずに……狙われております」
「ああ、分かってる」
この割のいい依頼を数日受け続けているお蔭で俺の危機感知能力が随分上がったような気がする。
幸いこの二人が俺を守ってくれているお蔭で此処の血気盛んな皆様からは指一本触れられていないが、初日に十数人が武器を手に突然襲い掛かって来た時には悲鳴を上げて逃げそうになった。
此処の住民は本当に両極端だ、片や生きる事を諦めた奴等、片や生きる為ならどんな事でも厭わない奴等
……まあどっちにしても酷い様だって事は変わらないんだが。
街並みと同じく此処に住んでいる奴等の心も酷く荒んでるって事だろう。
彼らの攻撃も日に日に過激になってきており、矢やら魔法やらの遠距離攻撃、落とし穴を始めとするブービートラップ、果てはどっから町に入れたのか分からないが魔物が現れる始末……もうこれ治安が悪いで片付けるのは色々と不味いと思うが、(叩きのめした内の一人に聞いた所)連日蹴散らされてて俺に何とか一泡吹かせようって専用に用意したってんだから困ったもんだ。
俺が見回りして治安が悪くなってるとかシャレにならんぞ全く……
……まあ軽くぶちのめすだけに留めて放逐しちゃう俺も悪いっちゃあ悪いんだろうがね、だけど牢屋にぶち込むとかの公的な措置が行うのが難しい此処でこいつ等を無力化出来る方法はその……うん、路上のゴミの一つになって頂しか無い訳で。
だけど俺は悪人だからって殺したいほど恨んでも無いのに(あいつ等はそう思われても仕方のない事をしているが)平気で叩っ切って進んで平気でいられるほど冷徹な心なんて持ってないんですよ、出来るなら交渉で全て解決したいですハイ……殆ど無理だけど。
ゲームみたいに魔物が居て、魔法があって、色んな種族が居るけどさ、相手がホントに生きてるんだからね。
「とりあえずこちらに危害を加えようとしてきたら撃退してくれ……動けなくなる程度に」
「はっ」
二人にそう指示を出し、誰かに監視されているというちょっと不快な思いをしながらも、この地区にあるもう一つの目的地へと足を運ぶ。
「……やっぱ入るの気が引けるなオイ」
到着したのは貧困区では珍しく治安が良く、そして貧困区では唯一無二の権力者が存在する場所……ガイメーツ商会傘下の闇市通りである。
街道の入り口、ちぐはぐに板を括り付けで出来た粗末なゲートに“ガイメーツ商会闇市通り”と書いてある大きな看板が鎖に繋がれてら下がっている。
何故此処が治安がいいかと言うと、ガイメーツ商会が雇っている私兵の皆様が常時見回りをしているからである。
騒ぎを起こせば即兵士が駆けつけ半殺し、逃げても徹底的に捜索されて制裁されるとあれば誰だって騒ぎを起こす気も無くなるだろう……無法地帯ならではの無茶苦茶な方法だ。
入口に近づいて行くと出入りする人々に対して睨みを利かせていた厳つい顔をしている兵士達だったが、俺の姿を見ると途端に破顔して俺の元へと速足で歩いて来る。
「これはコトブキ様、ようこそいらっしゃいました……今回も依頼で?」
「ああ、お仕事ご苦労さん」
「恐縮であります!」
そう言って気さくに俺に敬礼をする俺より一回りは大きい兵士達の間を抜けて闇市通りへと入っていく。
……なんて言うか、こんなナヨナヨした俺が厳つい兵士さん達にニコニコ顔で歓迎されるってのが不気味でならないんだよなホント。
やかましさだけなら商業区に負けない通りを歩いて行く、暫くすると小汚い露店だらけの通りには似合わない程立派な屋敷が見えてくる。
まるでそこだけ他の区画から切り取ってきたような所が俺のもう一つの目的地であるガイツーメ商会の本拠地である。
「これはコトブキ様、今回も依頼で?」
「うん、依頼だから通してくれ」
「はっ、今すぐに ……開門!」
ゴゴゴゴ……という重厚な音と共にゆっくりと開いた門を潜り抜け屋敷の中に入る。
庭園は隅々まで手入れをされ、景色を切り取って額に納めれば美しい芸術品のようであり、緑で溢れ色とりどりの花が咲きキツイ香水のような香りが立ち込めている、屋敷の中も同様であり、埃一つ無い程清潔に保たれ壁には豪華な絵画や壺、彫刻等の調度品が飾られている。
これで屋敷の壁の外に見える廃墟のような街並みさえ無ければ最高なんだが……本当に何でこんな所に豪邸を建てたのか理解が出来ない。
「ダァホが!そんな事分かってんだ、脅すなり締め上げるなりして聞き出せるだろうが!」
そして聞こえて来たのはこの場には似つかわしくない程のドスの利いた荒々しい声、内容も穏やかなものじゃあ無い。
俺はその声を頼りに目的地の豪華な装飾がなされた扉に向かうと、そこに手を掛けてゆっくりと開ける。
ノックはしないのか、とか言われそうだが此処の家主に『そんな他人行儀な事は無用』との事であるので気にする必要は無い……少なくとも扉の中に居る方々は。
「[ガチャッ]こんにち……」
「全てやりましたよボス、それでも口を割ろうとしないんです!」
「生きて喋れる状態なら何でも構わねぇんだよ!徹底的にいたぶってやりゃあいいんだ!焼く、折る、削ぐ、刺す、抉る、切る、沈める、埋める……何処をどうとは言わねぇがやりようは幾らでもあるだろうが!」
「で、ですがそれではあまりにも……」
「あまり!?……あまりだと!?馬鹿言ってんじゃねぇ、俺は奴等から金をふんだくる為にクソ溜めから引き上げて生かしてやってるんだぞ?俺を欺いた時点で普通なら殺処分の所を痛い目を見て喋る事喋れば許してやるんだ、涙を流して俺の慈悲深さに感謝するのが普通だろ、えぇ!?」
煙草のキツイ臭いが立ち込める部屋の中、奥のデスクに座って葉巻を片手にドスの利いた低い声で怒鳴り散らす厳ついを通り越して凶悪な顔をしたガタイのいい大男とそれをビクビクしながらそれを聞く数人の部下と思われる男達。
俺が来る時は十中八九この手のお話の最中である。
曰く『自分が気付いて話を止めるのはいいが、それ以外で中断されるのが嫌』なので普通に入ってきていいのだそうで……
「言っとくが立場は違うがお前等も同じく俺が引き上げてやったって事を忘れるんじゃねぇぞ、もし成果をあげられなかったら同じ目……っと、旦那来てたんですか!毎度すみませんねぇこんな話を聞かせて……おい、もう出て行っていいぞ!」
「は、はい!………ありがとうございます旦那[ボソッ]」
俺が来た事で説教から解放されて小声で感謝の言葉を伝えて部屋を出ていく男達。
でもやっぱこれって俺のせいで中断されてるよね絶対?
「いやぁやはり旦那は来てくれると信じてましたよ、さあこっちへ」
そして先程の険しい表情とは打って変わって笑みを浮かべて手招きしているこの大男こそ依頼主であるガイメーツ商会の会長、ガイメーツ・ローバル・シュレッケンである。
身長は約2メートル程、種族は亜人のオーガ、一見すると大柄の人間に見えるが肉食である為に口を開けば犬歯が覗き顔立ち、ガタイもがっしりとしていて威圧感が半端じゃあ無い。
因みに左手はガントレットのように出来た義手であり、魔力を使って元の腕と同様に動かす事の出来る最高級品なんだそうだ……何で腕を無くしたのかは大体予想が付くので聞いてないし聞きたくも無いけど。
「で、今回は一体どんな危険な場所で取り立てをするんですかシュレッケンさん?」
「ハッハッハ!さん付けはいいと言ってるでしょう旦那」
「笑って誤魔化さないで下さいよ……」
実はこの依頼、集金は集金なんだが回される店が皆とんでもない所ばっかりなのだ。
初めて依頼を受けた時は集金に行った店の店主が半狂乱になりながら武器を手に取り襲い掛かって来たし、ゴロツキを雇ってる所や犯罪者集団の隠れ家になってたり……兎に角行く所行く所で揉め事が起こるのだ。
何とか全部死霊達の奮闘のお蔭で平和的(?)な解決に至っているがこっちは気が気じゃあ無い。
「貴方の腕を買っているからですよ旦那、こちらでも旦那のサポート体勢はしっかりと……今日は襲撃されなかったでしょう?」
「そう言えば……」
「本来ならば静観するのですが、貴方を狙っているのと、どうやってあの薄汚い小蠅共があんな潤沢な装備を手に入れられたのかを不思議に思いましてね、ちょいとお話をさせて貰ったんですよ」
「成程……で、その提供した奴の所に“集金”に行けと?」
「はっはっは!心配には及びません、そちらは私達でどうにかしている所ですからね、今回は普通に私の傘下の店に集金に行って貰うだけですよ……只ちょっと取り立てついでに頼みたい事があるだけで……ね?」
そう言って如何にも悪だくみを考えていますという風ににやり、と笑みを浮かべるシュレッケンさん。
あ~、今回も何やかんやで面倒事に巻き込まれるんだろうな、と思いつつ報酬金がウマいのと日本人特有の働き蜂宜しくな奴隷精神、そしてお断りできないお人よしが発動している俺は詳しい話を聞くと彼の部屋を後にするのだった。
※※※
「さてと、此処が目的の場所か」
俺は渡された地図に書いてある場所と目の前に建っているボロ家を交互に見る。
闇市通りの外れにある店“雑貨屋・フロウリー”、これが今回の依頼された集金場所だ。
因みに闇市通りの店は殆どが露店である為、一軒家の店を持っているという事はそれなりに稼いでいるという証である……あくまで闇市通りでは、だが。
「(フロウリーの店はこの闇市通りでも古株の店でしてね、このクソ溜めには似合わない程綺麗な娘さんが居るんですよ……っとと、それはいいとしてこれまで一度として集金をちょろまかした事の無い奴がこの頃一目見て分かる程露骨に売り上げの手取りを多く取ったようでしてね、報告では金に目が眩んで手取りをいじくってるって話だったんですがね、奴とは長い付き合いなんで分かるんです、奴は目先の欲に目が眩んだりする輩じゃ無いし手取りをいじくるなんて器用な真似出来っこない……これは何かヤバい事に巻き込まれてる可能性がある気がしましてね……集金ついでにその真相を探ってくれやしませんか?)」
今更ながら集金と言う名目は何処に行ったと言いたい所であるが追加報酬が出るとあっては仕方が無い。
俺は扉に手をかけると店の中へと入っていく。
以外にも外見とは違い店の中はちゃんと掃除されており、商品などは中々充実しており生活用品や薬品、武器等が棚やテーブルに並べられている。
品揃えという点で見れば十分に商業区でもやっていけるレベルだろう、それに若干割安なので此処に来れる奴ならば隠れた名店、レベルと呼ばれてもおかしくは無いだろう。
「……いらっしゃいお客さん」
店の奥、カウンターからしわがれた声が聞こえて来る。
「あんたが店主か?」
「はい、私はヘルト・フロウリーと申します、どうぞお見知りおきを」
声の主……奥のカウンターに立っている白髪交じりの初老の男性はそう言って俺に頭を下げた。
まあ俺の姿はここら辺ではまともな姿ではあるし、金を落としてくれる客だと思ったのだろう。
「ああ、済まないけど今回は買い物で来たんじゃ無いんだ、ちょっと聞きたい事があってね」
「は、はい?」
俺の言葉にビクリ、と肩を跳ね上げ目を見開く店主、動揺しているのが丸分かりだ。
「あ、あんたガイメーツ商会の奴か!?……ち、違う!私はあんた等が思うようなことはやってない!」
「お、落ち着いてくれ店主さん、俺は何もあんたに何かしようとして来た訳じゃ……」
「く、来るなぁ!」
怯えた様な目で俺を見ながら後ずさる店主、慌てて誤解を解こうと彼に近づくがそれが逆に彼が追い詰めるように見えたらしく壁に立てかけてあったダガーを手に取ると俺に向けてそう叫んだ。
刃物を向けられ歩み寄るのを止める俺、護衛の二人はこの人に警戒されないようにと召喚してはいないし、更に怯えさせて凶行に走るとも考えられるので召喚する事も出来ない。
「おおお落ち着いてくれ店主さん!俺はシュレッケンさんにあんたの様子が何だか変だから何か問題があるなら解決してきて欲しいって頼まれただけなんだ!」
「な、何だと……!」
驚いたような様子で手に持ったダガーを降ろす店主。
俺はほっと胸をなでおろす。
「そ、そんな筈は無い……彼はそんな善人な訳が……」
半分放心状態のような状態でそう呟く店主、そこまで珍しいのかシュレッケンさんが穏便な手段に出るのは……まあ毎度扉の前で話を聞いてる限りじゃそう言う話は全く聞かなかったけどさ。
「まあ兎に角俺はあんたをどうこうするつもりで来た訳じゃあ無い、そこだけは分かってくれ、お願いだからさ」
「あ、あぁ……悪かったな取り乱してしまって、色々思い詰めていてどうにかしていたんだ私は……」
そう言ってとぼとぼとカウンターまで歩いて行くとコトリ、とダガーを置く。
俺はカウンターを挟んで俯いている店主と向き合う。
「……脅されているんだ、私は」
暫くの沈黙の後、意を決したように顔を上げて俺にそう言う。
「私の愛娘が突然攫われて身代金を要求されたんだ、どうにか払える代金だったがそれには彼に収める金にも手を付けなきゃならなかったんだ……」
「何でシュレッケンさんに言わないんだよ?庇護下にあるんだから助けを求めれば……」
「それが出来なかったんだ、何故なら誘拐したのは……」
「[ギィッ…]こんにちはフロウリーさん……と旦那?」
不意に店の扉が開き入ってきたのは俺も知っている人物、先程シュレッケンさんに怒鳴られていた部下の一人だった。
薄笑いを浮かべながら入ってきたそいつは俺の姿を確認すると驚いた顔に、そして怪訝そうな顔になる。
ちら、と店主の方に視線を移してみると顔面蒼白でカタカタと小刻みに震えている。
……成程ね、そういう訳か。
「何してるんですこんなトコで?ボスの依頼はどうしたんですかぃ?」
「先程終わらしたとこだよ、今回は予想以上に簡単だったんでね、ハンター仲間が闇市通りに安くて中々の品質のものを揃えてる店があるって言うからついでに寄って買い物してたんだよ」
俺はそう言ってカウンターに置いてあったダガーをとんとん、と叩く。
咄嗟の判断ではあったが中々いい嘘だと思う、後は自然な流れで……
「護身用の武器が安く手に入るっていうなら寄ってみる価値もあるってものだろ?」
「ハハ、違いねぇや」
「て訳で店主、会計をお願いするよ」
「へっ?……は、はい!1200フルティになります!」
「はいよ、っと……財布何処に仕舞ったか……」
俺はそう言って体中を探すふりをしながら自然に背中の杖を引き抜いてカウンターに立て掛ける。
「あったあった、はいよっ、1200フルティ丁度」
「ま、毎度ありがとう御座います」
俺はダガーを受け取ると杖を手に持ち踵を返して扉へ向かう。
「あ、所でお前は何でこの店に?」
「へへっ、旦那の友達と同じくこの店を御贔屓にしてるだけですよ」
「そうか……それじゃあな」
俺は彼が俺から視線を外した事を確認するとそのまま扉に手をかけ……小さな声で彼等を呼びだす呪文を唱えた。
杖から黒い霧が吹き出したのを確認するとおれはそのままその霧を部屋の隅へと移動させる。
このやり方はまだ本格的に試した事は無いが……今こそ実戦で使ってみる時だろう。
「あ、そうそう……」
俺はそう言って振り向く、店主とシュレッケンさんの部下が何だとばかりにこちらを見て居るのを確認し、霧を部下の後ろに回り込ませ、死霊を呼び出す。
「この店の店主の娘、何処にやった?」
「は?何を[シャキッ!]ひぃっ!?」
突然喉元に当てられた刃に驚きと恐怖が混ざった様な顔をして短く悲鳴を上げるシュレッケンさんの部下。
ギギギ、と可動部が壊れたマリオネットの如くその表情のままぎこちなく首を九十度曲げて背後を見た彼の視界に映っているのは眼球があったであろう窪みの奥で赤い光が灯っているだけの無表情な頭がい骨、こんなものを見たらふつうはパニックに。
「……!……!!」
……うん、声にならない悲鳴を上げてるねこいつ。
既にパニックに陥っていたようで口をパクパクさせながらガタガタと体を震わせている姿を見ながら、これは話を聞き出すのに違う意味で時間が掛かりそうだな……と思う俺だった。