第二話 死霊術師、頑張って(召喚した奴が)戦う
「……あそこが目的地と?」
「そのようで御座いますな」
骸骨さんに軽く肩を叩かれて起こされ、その顔をみて少々ぎょっとすると共に夢じゃなかったか……という落胆が少々、しかし俺はすぐに意識を切り替えて起き上り前を見る。
その先には明かりが灯っている一隻の帆船、そしてそれを指差す幸薄そうなおっさんがふわふわと浮かんでいる。
このおっさんの浮かばれない理由があの船だとしたらおっさんを殺した奴でもあの船に乗っているのだろうか?
「とりあえず敵が居たらぶっ飛ばせばいいのかね……」
自分で言っといてなんだが荒事にならなきゃあいいけど……起こった時の準備はしておくべきだろう。
「私ノ船……賊ドモカラ……トリ返シテクレ……」
船がおっさんの近くまで寄るとかすれるようなか細い声で俺達にそう言うとスゥッ……と消えて行った。
声まで幸薄そう……ってか喋れたんだな。
「……ええと確か戦える奴も呼び出せるとか言ってたが……どうやるんだっけ骸骨さん?」
うん、こいつは殆どの確率でヤバい事になる、そうに違いない。
船を取り返してくれとかどう考えたって海賊の類じゃないですかやだー!
ええ使わせていただきますよ戦闘用スケルトン、どう考えても一般市民な俺が戦える訳無いじゃないですか、襲いかかってこられたら例えポメラニアンだったとしてもガン逃げする自信があるんだからな!
「呪文を唱えながら戦える者よ来い、と念じれば良いのですご主人様」
「成程……《死者蘇生》[ズゴゴゴゴ……]っとおわぁぁぁ!?」
「呼び過ぎでございますご主人様ぁ!?」
ちょっとばかり動揺していたせいでどうやら加減を誤ったらしい。
杖から噴き出した黒い霧は船一杯に広がり十数体もの剣や槍等の武器を持ち、鎧を着た骸骨が這い出てきてしまったのであっという間に小舟は骸骨達でギュウギュウ詰めになってしまった。
狭い空間でぶつかり合いバランスを崩して倒れ床に散らばる骸骨達、船はすでに骨まみれ。
そのせいで船が不安定に揺れ始める、このままじゃあひっくり返ってしまいかねない状態だ。
「すまん加減間違えた!戻れ戻れ!」
[ズズズズッ……]
「……ふぅ」
俺がそう指示すると武装した骸骨達は黒い霧と化して再び杖に吸い込まれるようにして消えて行った。
さっきと同じ要領でやったはずなんだけど何か間違ったのか?
しかし召喚には言葉が必要なのに戻すのには特に言葉とか必要ないのか、うむ、これは覚えておこう。
「何であんなに出てきたのか分かる?」
「私と同じ要領で最下級の戦闘スケルトンを呼び出したからでしょう、格が私とは段違いですからな」
「え?……待て待て、それじゃ骸骨さんってあの武装した奴等より強いの?」
「強い弱いというよりも性能の差ですな。あ奴等は自我を持ないので喋れず、簡単な命令しか解しません。それに武器はせいぜい振り回すだけといったレベル、対して私は自我を持ち、話し、考え、命じられれば大抵の事は行う事が出来ます……その違いですな」
「じゃあ骸骨さんは武器を持たせたら戦えると?」
「一応心得はありますが私はどちらかというとご主人様の身の回りのお世話に特化していますので期待はされない方が宜しいかと」
俺の質問に懇切丁寧に教えてくれる骸骨さん、これもしかして胸ポケットに入ってる本要らないんじゃないのかね?余計な事言わないし丁寧な言葉遣いだし。
この本には悪いがお役御免って事で海の藻屑に……
「[バチチッ!]痛たたたっ!?」
「? どうしましたかご主人様?」
「い……いや、何でも無い」
ほ、本を入れた所から突然電撃のようなものが……こ、この野郎、そんな事許さないってか。
まあ兎に角俺が呼び出せる奴等にも色々と種類があるって事か。
一度呼び出せる奴の限界を試してみたい気もするが今この状況でするべきではないだろう。
呼び出した時に体から何かが抜き取られた感覚がしたので恐らくこれは魔力とかそういう物なのだろう。
もしもあの船で揉め事が起きた際に魔力が足りなくて呼び出せませんでした、じゃあ悲惨すぎる。
無論そんな事は起きて欲しくないが念には念を入れておかなければいけないな。
「出来るだけゆっくり近づいてくれ骸骨さん」
「承知致しました……」
様子見をするために小舟をゆっくりと近づけて行く、近づいてみて分かったがこの船結構デカい、ガレオン船に似ているが砲台は付いていないようだ。
まだこの世界に大砲は無いのかそれとも商船か何かなのか……まあそんな事はどうでもいいか。
近づいて行くにつれて何やら騒がしそうな声が聞こえて来る、どうやら船の上でどんちゃん騒ぎをやらかしているらしい。
幾ら船の事を知らなくとも真夜中に海のど真ん中でするような事では無いという事は確かだ、ここは一旦船の上を見てみるか。
「……と言ってもどう上るか」
小舟と帆船の高さは結構ある、付き出した部分に足を掛ければ何とか登れそうだが……体力に自信の無い俺だとこの船の揺れで海に落っこちてしまいそうだ。
ならばロープを投げて……ってロープなんぞ此処には無いか、それにそんなことしたら普通にバレるだろうし……う~む……
「ここに梯子が付いておりますご主人様」
「……えっ?」
どうやら俺の思案の時間は無駄だったようである。
「よし、それじゃあ様子見を……」
「お待ちをご主人様」
意気揚々と杖を背中に担ぎ梯子に手を掛けた俺を骸骨さんが呼び止める。
俺は片手を梯子に掛けた体制のまま振り返る……何か忘れ物したっけか?
「ご主人様はもしも船の上の者が敵対してきたらどうするおつもりで?」
「そりゃ間髪入れず《死者蘇生》で抗戦するさ」
そのつもりで杖を背負っているのだ、何時でも握って使えるように心構えているので心配は無い……筈だ。
まあゲームみたいにかっこ良く引き抜いて構えるなんて事無理なんだけどね……ちょっと船の上で練習したら抜いた勢いで足を思いっきり引っ叩きましたよ、ええ。
「いえ、それよりも万が一の事が起きた場合の対処で私にいい考えが」
「……ん?」
※※※
「小船には誰も載ってないです、こいつ一人ですぜ!」
「おいおい餓鬼一匹じゃ楽しめないぜぇ、えぇ!?」
「ひ、ひひ……そんな事言わんで持ちもん引っぺがして牢にぶち込みましょう、ひひひ……」
「おいおい脅かしてやるな、遭難した魔法使いさんよ、まあ運が悪かったな……とだけ言っておくぜ」
……はい、予想通り船の上に居たのはゴロツキ共でした。
生海賊だよ、ってかイメージ通りの海賊だよこいつ等、夢の国でヨーホーやってても違和感が無いレベルの風貌だ。
そして新情報、どうやら言葉は日本語で通じるようである。
いやこの人たち思いっきり日本語で話してるよね、もしかしたら勝手に翻訳されてるのかもしんないけど。
まあそんな事より俺が今どういう状況なのだかというと、ガラの悪い海賊のムサい(あと色々臭い)オッサン達にサーベルや剣を向けられてますハイ。
いやびっくりしたね、梯子を上り終えて少しだけ頭を出しただけかと思ったら目の前にこの人たちが居たんだもん。
そんなんでバレない筈も無く上って来いと言われ只今バンザイポーズで凶器を突きつけられている、といった所なのだ。
てかこいつ等ほんと匂いが酷いな、汗が腐ったような臭い+お酒、後色々な食い物がごっちゃになったような臭いだ、正直こいつらに刺し殺される前に悪臭で窒息死しそうだよ全く。
「あ~、分かりました、持ち物がある小舟は横にありますし杖は此処に置きます、それでいいですよね?」
「へへへ、随分素直じゃねぇか、立場を分かってるな」
俺は背中からゆっくりと杖を抜くと甲板に放る、ゴトン、という少し大きな音をたて海賊たちの方へ転がっていく。
それと胸ポケットから本も取り出すと海賊達の方へ放った。
「それで今持っている物は全部です、後は下の小舟に……」
「おい、取って来い!」
親玉らしき海賊が部下に命じて俺の船の荷物を取りに行かせる、そして部下が梯子を下り体の半分程が隠れた時、
「ギャァッ!?[ドボォン!]」
何かに背中を引っ張られるような体制で視界から消え、暫く後にドボンと海に落ちる音がした。
いきなりの事に騒がしかった場が一瞬で静寂に包まれるが再び笑いに包まれる。
「おいおいあいつ酒の飲み過ぎで足元滑らしたか?……ったく、大丈夫ぉわぁぁっ!?[ドボォン!]」
[カタカタ……ガシャッ]
「「「っ!?」」」
そんな中呆れた様な顔をして海賊の一人が梯子の方へ歩いて行く、そしてそこから半身を乗り出した所で何か細い物がその男を掴みそこから海へと引きずり落とした。
そしてそこから現れた者に海賊達は釘付けになり、そして戦慄する。
鎧を纏い、剣と盾で武装したスケルトンが現れたからだ。
軽装が主である海の上で鈍い光沢を放つ鋼鉄の鎧を身に纏ったその姿を見て驚かない者はまず居ないだろう。
「お、おいてめぇ何かし[ザシュッ!]たぁ……っ!?」
怒りと困惑が織り交ざった様な顔で俺に向き直った海賊の胸から剣が突き出る。
刺された海賊は一瞬何が起こったのか分からなかったようだが、自分の胸から生えた赤くぬらぬらと光る鋼の剣を見ると自分に何が起こったのか理解したのかぶるぶると体を震わせながら口から血を流し、俺の事を恨みがましく見るとそのまま糸が切れた人形のように甲板に崩れ落ちた。
そしてその後ろに立っていたのは梯子から現れたのと同じく武装したスケルトンだった……その後ろに同じく数体のスケルトンが武器を構えて立っている。
「「「う、うわぁぁぁぁ!?」」」
[ガシャガシャッ!]
その光景に狼狽える残りの海賊達、それを合図とばかりにスケルトン達は一斉に海賊達に襲いかかる。
いきなりの事に対応し切れず次々と切り捨てられていく海賊達。
先程まで笑い声で騒がしかった船の上はあっという間に叫び声と鎧の鳴らす音が入り混じる大混乱に陥っていた。
俺はその隙に数体のスケルトンに護衛されながらその場から離れる。
……骸骨さんが言った作戦はこうだ、船に上る前にあらかじめスケルトン達を召喚しておき船底に張り付かせる。
そして俺が船に上り何かがあった場合、俺が杖を捨てたのを合図にする事。後は船の方に誘導して何人かを海に落として貰いそちらに注意を引き、反対側から奇襲して貰うという作戦だったのだ。
うむ、作戦は概ね成功だな……いやはや有能な仲間を持って良かった良かった。
「てめぇら慌てんな!相手は只のスケルトンだ!」
親玉らしき大柄な海賊が大声で一括するとあたふたしていた海賊たちは大勢を立て直しスケルトン達に反撃を開始する。
あの男、中々にカリスマがあるようだ、他の奴等と違って只のゴロツキ、といった感じがしない……まあやっぱり臭いのだが。
「オラオラ相手になんねぇぞ!」
[ガシャアン!グシャァッ!]
「流石です頭ぁ!」
親玉が筆頭となり手に持ったメイスを振り回し次々とスケルトンがバラバラに破壊されて消えていく。
手下の海賊達もそれに鼓舞され勢いを増しスケルトン達を押し始めた……まあここまでは想定の範囲内だ。
「てめぇが召喚したんだな!?ぶっ殺してやる!」
あっという間に自分の周りのスケルトンを片付けた海賊の頭が俺の方に振り向き怒りに満ちた顔で近づいてくる。
「[ザッ!]……」
「邪魔だスケルトン風情が!」
走ってくる頭に対して俺の護衛をしていたスケルトン達が立ち塞がるがメイスの一撃でまとめてプレートメイルごと胴を破壊されバラバラになって消え去る。
護衛の居なくなった俺を見てにやりと笑みを浮かべるとこちらにゆっくりと歩いて来た。
後退を余儀なくされじりじりと船の淵へと追いやられていく。
あ、あれ?これなんかヤバくね?てかこの人のスペック予想GUY過ぎるんですけど。
骨だとしても鎧を纏ってたんだよ?それを鎧ごと吹き飛ばすとか……それも護衛役全員纏めて。
えぇい海賊の頭領はバケモノか!?
「俺はなぁ魔法使いの坊主……これでもギルドじゃ名の知れたハンターだったんだ。武装したスケルトン程度じゃあ話になんねぇんだよ!」
は、HAHAHA……そうですか名の知れたハンターだったんですか、それならその実力も納得だ、恐らくこの人は50分の制限時間の間に肉を貪り回復薬を飲みながらでっかい甲殻類や猛獣、ドラゴン等のモンスターをハントしていたに違いなってそんなアホな事考えてる場合じゃねぇよ待ってメイス振り上げないでぇぇぇぇ!?
「……並の奴では不満か?それでは私が相手になろう」
「なっ?[ヒュッ!]ぬおっ!」
背中に船の縁が当たる、遂に逃げ場所が無くなった俺を見て勝ち誇った顔で武器を振り上げる。
刹那、その体制だった海賊の頭の脇腹に向けて振るわれた剣の一閃、それを頭は体をよじり間一髪で躱す。
無理な体勢で躱した為バランスを崩し甲板を転がるがすぐさま立ち上がり攻撃を放った相手に向き直る。
「てめぇ……何もんだ?」
「只の死霊兵だ」
そう言って頭に向かい合うように立っているのは他のスケルトンとは違う細かな装飾が施された青紫色の鎧とスカート状の腰巻、そして不気味に光る宝石が付いた装飾品を額に付けたスケルトンだった。
バスタードソードと籠手の装甲をそのまま大きくしたような形の幾何学文字が彫り込まれた奇妙な盾を付けている。
確かあのスケルトンは骸骨さんが『一体くらいは私と同格の者を呼んでおいた方がいいかと』という事で呼んだ奴だ。
「……ヘッ、ちょっとばかし高級そうな鎧着てるからっていい気になるんじゃねぇ!不意打ちが成功しても骨は所詮骨なんだよ!」
頭はその姿に少し体を強張らせるも己を奮い立たせるように強気な言葉を吐くと武器を振り上げそのスケルトンに突っ込んでいく。
その大柄な体に似合わず素早い動きで間合いを詰めると頭部に向かってメイスを横なぎに放つ。
ごう!と空気を咲く音と共に凄まじい勢いで放たれたメイスだったがスケルトンは片腕の盾でそれを受け止めると易々と押し返した、海賊は驚愕した顔で目を大きく見開く。
無理も無い、鎧兜で包まれていたとしても繰り出される一撃で抵抗も出来ずに簡単に沈められていた筈のスケルトンに攻撃を押し返されれば少なからず驚きはするだろう。
スケルトンはそのままの勢いで数歩下がった無防備な海賊の頭の喉元めがけて突きを繰り出す。
頭は俺の目では見切れない程の速度で放たれた一閃を首を曲げて躱すとバスタードソードが届かない位置まで飛びのき体制を整える。
「へっ、あぶねぇあぶねぇ……これからだぜ骨野郎が!」
「……今のは様子見だ、賊が」
片や殺意むき出しの、片や感情を全く感じさせない冷たい言葉吐いて互いをけん制しつつ両者は隙を見ては一進一退の攻防が始まった。
※※※
[ガキィン!バキィン!]
「……」
戦いが始まって暫く、混沌とした甲板の中心では他の海賊やスケルトンを寄せ付けない程の壮絶な戦いが続いていた。
幾度ともなく打ち合った剣劇の音が止むと両者は距離をとる。
スケルトンの方は頭が半分無くなり鎧の所々が砕け、盾を持っていた腕は丸ごと吹き飛ばされ無くなった、対する海賊の頭も頭から血を流し、脇腹を貫かれ服が赤く染まり、右腕は腱を着られたのか血まみれの状態でだらんと力無くぶら下がり、更に左足も負傷し引きずっている。
どう見ても満身創痍といった状態であるが未だに闘志を失う事無く互いを見合っている両者。
この間に入り込むには周りを取り巻く海賊やスケルトンでは実力不足だろう。
俺はその二人の戦いの行く末を静かに見つめていた。
「ハァ……中々やり手の……スケルトンだな、ハンター……時代にお目に掛かれなかったのが……残念だぜ」
「まだやるか?」
「いや、止めとくぜ……分が悪すぎらぁ……降参だ畜生!」
一体どちらが先に動くか……そんな空気で暫く見合っていた二人だったが海賊の頭の方が諦めたように手に持っていた武器を放る。
『降参だ!』という船全体に響き渡る大声に騒がしかった船があっという間に静まりかえった。
そして頭が降参したのを理解した海賊たちは持っていた武器を次々と放り捨て両手を上げる。
「主よ、我々の勝利です」
「お、応……」
ちょっと予想外の展開で驚いていた俺は、誇らしそうにこちらに報告するスケルトンに対し情けない声で応答し頷いたのであった。
……こうして海賊との一戦は俺の勝利、という形で終わったのである。
※※※
「へへへ、すまねぇな兄弟、この恩は忘れねぇぜ」
「はいはい分かったからもう行ってくれ」
「応、それじゃーな!行くぞ野郎共!」
「「「うーっす!」」」
あの後、俺は生き残った数人の海賊達を俺が乗っていた小舟に乗せて逃がしてやる事にした。
別段彼等に恨みがある訳でも無し、亡霊のおっさんはどう思うか分からないが殺す殺さないで考えるなら一般人な俺にとっては精神衛生上スケルトンに命令するという手段を使っても出来るだけ殺す、というのは遠慮したい。
さっきの戦いだって謎のテンションで変な事を考えてったのは必死に人が死んだって事実を考えないようにした結果なんだからな。
まあそれ以前に全員で甲板に頭擦り付けて『金輪際貴方様にちょっかいを出しませんからどうか命だけはお助け下さい!』って口々に言われたら色々と……ね。
と言う訳で俺はもうお役御免の乗ってきた小舟にそいつらを乗せると二度とこの海域に来ない事を約束させて逃がしたのだった。
いつの間にか俺の呼び名が兄弟になっているのだがツッコむ気力は俺には残っていなかった。
てかあんな重傷負ってた筈の頭が元気に櫂を漕いでるのには流石に驚きを通り越して呆れざるを得ない。
しかも眼前で仲間が殺されまくったのに助かった途端あのテンションの戻り方は異常だろ。
……異世界の人間は心身共にバケモノレベルなんだろうか?
因みに骸骨さんを筆頭に武装したスケルトン達がお掃除してくれているが甲板の上は血まみれ、切り殺されたり頭を叩き潰されたりしている海賊の死体がそこらに転がっている、それを見ていると俺の目の前で胸を刺し貫かれて死んだ海賊の姿が……思い出しただけで気分が悪くなる。
……人の死、それも殺される姿を間近でみた俺の精神状態はお世辞にも宜しくなくかなりグロッキーな状態に陥っている。
体の方も魔力を使いすぎたからなのか酷い倦怠感に襲われ気を抜いたらぶっ倒れてしまいそうだった。
「主は人の死を見るのは初めてか?」
「ああ、初めてだよ」
遠ざかっていく海賊共を見送った後、立っているのが限界になりマストにもたれかかった俺に先程の青紫色の鎧を着たスケルトンが話しかけてくる。
満身創痍の状態であった筈たがパズル宜しく外れた部分をくっつけたらしく鎧に痛々しい痕跡や頭がい骨にヒビや欠けた部分が残るもののちゃんとと五体満足になっていた。
……こっちもこっちで相当出鱈目だな。
「死体である我等を使役しながら死を見るのが初めてとは滑稽ですね」
「……言ってろ」
「むぅ、予想以上に精神に堪えているようですね……まあ場数を踏んで慣れるしか無いでしょう」
「こんな場数なんて踏みたくないんだがなぁ……」
そう言って片付けられいる死体を見てすぐに気分が悪くなり視線を戻す。
しかしこういうもんに慣れなきゃいけないんだろうな、バケモノ……魔物とか居るっていうし、旅をするなら否が応でも戦い、そして死というのは目の当りにしなきゃいけないという事だから。
でも死を目の当りにしなければいけないと割り切るにしたとしても、殺す事に対して何も感じなくなるという事だけは絶対になりたくない、それは人じゃない、それこそバケモノだ。
「海賊共は結構仲間の死に淡泊だったよな……」
「所詮金目当てで集まっている集団ですからね、損得勘定での仲間意識しか持ち合わせていないのでしょう……あそこまでなる必要はありませんからね?」
「なりたくも無いよ」
「それを聞いて安心しました」
骨なので表情は分からないが、そう言って俺を見るスケルトンは確かに笑顔を向けてくれている気がした。
幾らか気分が和らいだ俺は立ち上がり周りを見回す、どうやらあらかた海賊共の片付けは終わったようである。
幾分か綺麗になった船を見回し心機一転、この船を使って人の居る所まで行こうと思った矢先。
「アリガトウ……アリガトウ……」
「ぎゃあ!?」
何の脈絡も無く突然目の前に現れたあの幸薄そうなおっさんに奇声を上げて飛びのいてしまった。
声色も悲壮感が漂っておらずどことなく嬉しそうな表情のおっさんだが元が幸薄そうな顔なのでそんな顔をされると血色(というより霊体の青白い色)のせいで不気味なだけである。
「海賊共ニ苦楽ヲ共ニシタ船ヲ奪ワレ奴隷船トシテ使ワレテイタノガ無念デ逝クニ逝ケナカッタノデス……本当ニアリガトウゴザイマス……船底ニ捕エラレテイル者達モ助ケテヤッテ下サイ」
幸薄そうなおっさんはそう言うとすぅ……と薄くなっていき魂となって天に昇っていき星空にとけて消えて行った。
そして空から一枚の紙が落ちてくる、それを掴んで内容を見てみるとそれは船の権利書と書かれていた。
恐らくこの船の物だろう。
……知らない文字で書かれているのに何で読めたのかは分からない、文字が勝手に翻訳されて頭に入ってきたって感じだった。
うん、こういう不思議現象にも慣れてきたよ。
「どうやらお礼のようですね」
「だな……それよりも船底に捕まっている人達を助け出そう、とりあえず骸骨さんを筆頭に何体か呼んできてくれ」
「了解しました」
そう言って骸骨さんを探しに行くスケルトンの背を見ながら俺は初めての戦利品である権利書を大切に胸ポケットの中に仕舞ったのだった。