あやまち
「あやまち」
「何で人ってさ、同じ過ちを繰り返すんだろうね。これで二人目だよ」
淹れたてのコーヒーをカップに注ぎながら、裕子は大きな溜息をついた。これで四度目となる両手を付いての俺の平謝りは、彼女を相当に呆れさせたらしい。
「裕子、本当に……ホントーにすまん」
また一つ溜息を零し、彼女はテーブルへとついた。
「いいよ、もう。土下座なんてやめなよ、かっこ悪い」
「は、はは。そうだな、かっこ悪いな」
照れた表情で笑いを誘うが、彼女は眉一つ動かさないで、頬杖をつき俺を見ている。一つ咳払いして、俺も彼女の対面に座る。淹れたてのコーヒーの湯気が揺らめき、微かに鼻をくすぐった。
「あ、コーヒー。頂くよ」
テーブルの向こうで、裕子はどうぞと愛想無く言う。仕方が無い、俺が悪いのだから。
「熱いからね……」
そんな何気ない一言でも、今の俺にはありがたい。彼女の言葉の欠片から、怒ってはいないか? 呆れてはいないか? と言う心情が探れるからだ。
だって彼女は……俺の大事な金づるなのだから。
コーヒーを一口飲み、味と香りを楽しむ。
「うん。やっぱ裕子の淹れてくれたコーヒーは、いつ飲んでも美味いな」
「……そう?」
またそっけない返事が返る。だがこれは、コーヒーの味に対する感想を述べた時だけは、
初めて出会った時から同じ仕草、同じ答えなのだ。
裕子と出会ったのは一年前。
俺が前の女に捨てられて、小さなショットバーで自棄酒を飲んでいた時だ。カウンターの少し離れた場所で、これまた同じように自棄酒を飲んでいた彼女。
「隣、いいかな?」
俺の言葉に裕子は一瞬戸惑いを見せたが、どこと無く似た境遇を察したのか、微笑んで頷いてくれた。聞けば最近、男に逃げられたという。それがまた酷い男だったと、彼女は苦笑いで語った。尽くしても尽くしても、金を無心してはふらりと遊びに出かけ、しまいには帰ってこなかったのだとか。
次第に打ち解け、三杯目のジンを注文する頃には、すっかり意気投合していた。いや違うな。俺が一方的に、彼女へと合わせていただけだったか。
そしてラストオーダーの言葉を聞く少し前には、俺たちは身を寄せ合い、ホテル街へと身を滑らせていた。
まったく、何で人と言うのは、同じ過ちを繰り返すのだろう。こうして裕子はまた、俺と言う悪い男に引っかかってしまったのだ。
それからは彼女を抱き満足させてから、小遣いをせびる毎日が続いた。だが流石にショボい金しか渡さない彼女にも飽きて、別の女を求めるようになった。
それからは会う機会も少なくなったが、彼女からの誘いがあれば、いつでも求めに応じた。ただし、俺の求めにも応じてもらったのは、言うまでもない。
十万、二十万とその額は増えていき、そのうち裕子からのお声は掛からなくなった。
こうしていつしか俺は、金銭面(遊ぶ金)で窮すると彼女を頼り、今日の様に家まで出向いて、金だけをせびるようになった訳だ。
そう、裕子が付き合っていたと言う、前の男と同じように。
「コーヒーご馳走様、やっぱ裕子のコーヒーは最高だよ」
早く金を寄越せとばかりに、俺は裕子を見た。コーヒーの味への世辞を言うのもこのためだ。いや、ちょっと違うな。彼女の淹れるコーヒーは……本当に美味いんだ。
初めて彼女に入れてもらったとき、そう感じて思わず言ったんだ。
『君が淹れてくれたコーヒー、美味しいね』と。
『……そう?』
その時も、彼女はそんな風にそっけなかった。
『私、コーヒーの味の感想言われるの、好きじゃないんだ』
『何で?』
『嫌な事思い出すから』
それからは、彼女の前でコーヒーの話はしなくなったことを覚えている。
「ねぇ、男の人ってさ」
裕子は、俺の飲み干したコーヒーカップを見つめながら、ポツリと零した。
「うん?」
「男の人ってさ、何でこんな時は同じことばっかり言うんだろうね」
彼女はカップを見つめたまま、俺に問いかける。
「何が?」
「うん。こんな風な時、決まってコーヒーの味を褒めるの。前の彼氏も全く同じ事言ってたよ」
「……ごめん」
勝手に言葉が出た。俺の本心だ。きっと俺の中の蟻んこほどしかない良心が、そう言わせたのかもしれない。
その言葉を受け入れてくれたのか、彼女は自分のバッグから一つの封筒を取り出し、俺に差し出した。神妙にそれを受け取り、中を改める。そこには幾枚もの一万円札が入っていた。
「三十万ある、持ってって」
「悪いな」
「いいよ、もう。ただ……」
「何?」
そう言おうとしたが、ろれつが回らず「らに」と口走った。
おかしい。そう感じた瞬間、俺は椅子から床へと崩れ落ちた。
けだるさが全身を襲い、異常なほど全ての感覚が揺らいでいる。
薄れ行く意識の中、微かに彼女の声が、耳に届く。
「ただ……何で人ってさ、同じ過ちを繰り返すんだろうね。これで二人目だよ」