その7:マックスの悲劇
マスカーレイドがようやく平穏を取り戻し始め、夜特有の静けさに見舞われる頃、静か
に行動を再開した男がいた。マックスである。
「シェリーの話だと、日が落ちた後に願いが叶うって言ってたからな……」
シェリーと分かれた後、数人の女性にマックスは声をかけていたが、めぼしい結果は得
られていなかった。
だからこそ余計に日がくれるのが楽しみになり、家で仮眠を取ってきたのだ。
マックスの願いはただ一つ――マスカーレイド全ての女性に愛されたい――だった。
本当なら世界中の女性にと言いたいところだったが、一晩だけでは相手にできる女性の
数はたかが知れている。その上、わざわざ一晩のために世界中の女性がマスカーレイドに
集まるとなると一つの事件に発展しかねない。
ゆえに、マックスはマスカーレイド限定で願ったのだ。
「さてさて、マスカーレイドの子猫ちゃん達は、どんな反応を見せるのかな?」
わざと目立つように道の真ん中を歩き、すれ違う女性には笑顔で手を振ってあげる。
だが、マックスに対する反応はいつもと変わらなかった。過剰に反応する女性がいるわ
けでもなく、とつぜん告白されるなんてイベントもない。
「どういうことだ、まさかシェリーに騙された?」
ポロッと口から漏れた愚痴を、大きく首を振って打ち消す。
マックスにとって女性を疑うなど恥ずべき行為なのだ。
「よし、オートエーガンにでも行ってみるか!」
ダッシュでオートエーガンまで走り、閉店まじかのオートエーガンへと元気よく入っていった。
「やっほー、ニオちゃん元気?」
店内には客はだれもおらず、ニオとシェラの二人は店内の清掃と明日の準備に取り掛かっていた。
カウンターの後ろでニオがコップをふき、シェラはモップで床を拭いている。
「なんだ、マックスか。めずらしく来ないと思ってたのに、新手の時間差攻撃?」
「攻撃なんて失礼な。おれはニオに愛を届けに来たのさ」
「はあっ?」
頭の横で指を回転させながら、ニオはシェラを見やる。
シェラはモップを一時中断し、口元に手をやって小さく咳き込んでいた。
「ニオがおれに会いたいんじゃないかなぁって思って、こうして来てあげたのさ」
「はあ、そうなの……」
「会いに行こうとか、考えてたでしょ?」
首をかしげて少し考えた後、ニオはポンと手を打った。
「そうそう、今から会いに行こうと思ってたのよ。ちょうどよかったわ」
「だろ!?そうじゃないかなって思って、こっちから来たってわけさ」
うんうんと首を何度もうなずかせるマックスに、ニオは右手を差し出していた。
「昨日無理やりツケにしたコーヒー代、持ってきたんでしょ?」
頷いていたマックスの頭が、ピクッと一瞬痙攣してから止まった。
「い、いや、そうじゃなくて、あれ?」
「言っとくけどね。ツケのあるうちは注文を受け付けないからね。早いとこ払ってよ」
カウンターから裏のキッチンへと消えようとするニオを、慌ててマックスは止めた。
「そうじゃなくて、おれに対する愛情とか、そういうのない?」
「はっきり言って、ない! あんまりしつこいと嫌われるよ」
へなへなと膝の力が抜け、マックスは床に尻餅をついていた。
「どうしちゃったのかしら……いつもと違うけど」
首をかしげながらも、ニオはそのままキッチンへと消えていってしまった。
「ねえ、大丈夫? なにかあったの?」
呆然としているマックスに、シェラが歩み寄り声をかける。
顔を上げると、心配そうにしながらも、うっすら微笑むシェラの顔。
マックスは突然ガバッと立ち上がると、シェラの両肩をがっしり掴んでいた。
「へっ、な、なに?」
「シェラ、おれのことどう思ってる?」
「え、そ、そ、そ、それは……」
シェラの顔が茹蛸のように真っ赤に燃え上がり、全身がブルブルと震え出す。
「おれのこと好きだよな、好きだと言ってくれ!」
「あ、あの、その、わ、わたし!」
シェラが意を決して肯定しようとしたとき、マックスから漏れてはいけない言葉が出てしまっていた。
「女気のかけらもない女でもいいんだ。おれは女性に騙されたとは思いたくない。どうせ一晩だけなんだ。シェラ一人でも十分さ!」
「一晩、だけ?」
一瞬にしてシェラの顔色が蒼白へと変わっていき、体の震えも緊張というより、怒りで震える重々しさが現れて出した。
「わたしが……」
放心状態で開かれていた右手へと、次第に力が込められていく。
「わたしがアンタを好きになるわけないでしょ!」
「ぎゃあう!」
不意を突かれたマックスは、パンチの衝撃でふらふらとよろめきながら、椅子のひ
とつへと突っ込んでいった。激しい衝撃音とバラバラに散らばる椅子。
「ううっ、シェリーめ。まんまとだまされちまった……」
薄れゆく意識の混濁にあらがうこともできず、マックスは店の中で伸びてしまった。
「な、なによ今の音!」
キッチンから出てきたニオに、シェリーが事情を説明する。
ニオは何度か相槌を打ちつつ最後まで聞くと、シェラのポケットを指差した。
「シェリーからもらったお守り、持ってるんでしょ?」
「持ってるけど……」
「マックスの方から求愛してくるなんて、さっそくご利益があったんじゃないの?」
「そっか、しまった! 告白されるなんて初めてだったから、つい……」
「ついでパンチを放ってるようじゃ、二人の恋愛は前途多難ね」
頭を抱えるシェリーに、ニオがくすくすと微笑む。
「でも、一晩だけって言うんだよ? そんなのひどくない?」
シェラが思い出したように訴えると、首をかしげながら、
「うーん、それはひどいかなぁ」
「でしょ!」
あっさりと肯定するニオ。だが、 涙目のシェラを前にすぐさま意見を付き足していた。
「でも、あまり期待しないほうがいいと思うよ。わたしにもさっきまで声かけてたし、な
んせシェリーが来た後だからね」
「どういうこと?」
「モテる薬とか、相思相愛になれるお守りなんかが売ってたんじゃないの? 珍しい物は
多いけど商品にあたりはずれが激しいからね。香水と一緒だよ」
ポケットから今日もらった香水『フェアリーテイル』を取り出して、ゆっくりと顔の前
で回す。
「やっぱり今回は当たりね。今までで最高級の香水だよ」
満足げに香りを堪能すると、ニオは再び香水をポケットにしまった。
「じゃあ、このお守りも偽物だってこと?」
「そうじゃなくてさ、過度の期待は禁物だって言ってるのよ。それに恋愛なんてお守りな
んかに頼るもんじゃないでしょ? 自分で道を切り開く努力のほうが大切のはずよ」
ほぉーと感嘆し、シェラが何度もうなずく。
「なんだかわたしよりも、ニオのほうが大人みたい。尊敬しちゃうなぁ」
「なにいってんだか。じゃあ早速だけど、これどうにかしてよね?」
「これ?」
聞き返してくるシェラに対し、ニオはおもむろに床を指差す。
そこにはいまだ意識を取り戻していない、マックスの姿があった。
マスカーレイドを後にしたシェリーは、また新たな商品を探すために旅に出ていた。
「ハイヨ〜、シルバ〜」
浮かれつつ馬を走らせて、街道沿いを進んでいく。
商品を積んでいない馬車はスピードも速く、シェリーはご機嫌だった。
やがて日が暮れると、風は次第に冷たさを増していった。暗黒の世界に包まれる夜に馬
車で走るのはあまり利口な選択ではない。
「さ〜て、今日は〜この辺で野宿〜ですかね〜」
目立たない森の中へと入ってから馬車を降りると、薪を利用し火をつける。
普段はあまり野宿をしないシェリーではあったが、どうしても宿が見当たらないときと
馬車にほとんど商品を積んでいないときは別だ。
「ふぁ〜あ、今日も〜疲れまし〜た」
まぶたをこすりながら馬車へと戻り、寝袋や枕といった寝具を取り出す。
一緒に持ってきたのは、睡眠とはほど遠い意味不明の陶器の壺だ。
「あ〜れ?」
持ってきた陶器の壺を見て、シェリーは首をかしげた。いつもは白いだけで光もしない
壺が、いまはピンクがかった赤色に光り輝いている。
「ああ、そうで〜した。マック〜スさんに一晩貸し〜たんでした〜。今日は〜普通に寝ま
しょ〜」
馬車から持って降りた壺を元に戻し、シェリーは寝袋の中に身を入れる。
「マック〜スさん、きっと〜いまごろ〜良い夢見てます〜ね」
夢見心地で微笑んでいるマックスを想像し、含み笑いを漏らす。
お客さんの喜びが自分の喜びであるシェリーにとって、今日はとても満足な一日だった。
その頃、シェラの背中に背負われて家まで連行されるマックスは、マスカーレイド中の
女性に愛され、街一番の美男子としてパーティに招待される夢を見ていた。
もちろん、シェリーの壺の効果だとは知る由もない。
〜END〜
こんにちわ。水鏡樹です♪
『マスカーレイドに異常なし!? 第二話 行商人シェリー』いかがだってでしょうか?
今回はシェリーという行商人を主人公に、マスカーレイドの人々の魅力を出したつもりです。
うまくつたわったでしょうか?
今後ともマスカーレイドに異常なし!?はシリーズとして続けていくつもりです。
よろしければ、また覗いてください。マスカーレイドの人々の活躍が、また増えているかもしれません。
それでは、最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。暇があれば、評価もぜひお願いしますm(_ _)m