その4:オートエーガンで昼食を
正午を少し回った頃、シェリーの店も一段落ついていた。めぼしい商品を購入した商人
たちはすでに姿を消しており、マスカーレイドの住民が十人前後、ぶらぶらと商品を観察
している程度だ。
「お〜なか、すいた〜な〜。オートエーガンで〜昼食と〜らなきゃ」
苦情の声を上げるおなかを押さえつつ、シェリーは近場にいた男に声をかけた。
「すみ〜ませ〜ん、そこの若い〜おとこ〜のひと」
「フッ、ぼくですか? 美しい女性に声をかけられるとは光栄だ」
シェリーが声をかけた男とは反対の方向から、髪をかきあげながら現れたのはマックス
だった。普段よりも容姿に気合を入れているのか、虹色の派手なジャケットに身を包んで
いる。
「あっ、マック〜スじゃな〜い。ひさし〜ぶり〜」
「やあシェリー。今日も一段と綺麗だね。見違えたよ」
「きどって〜も、まった〜く似合って〜ないで〜すよ」
がっくりうなだれるマックスの反応に、シェリーはケラケラと笑い声を上げた。
「で〜も、ちょうど〜よかったです〜。マック〜スなら〜信用でき〜るし〜」
「へっ、なんか用なの?」
シェリーが声をかけた意図をまったく把握していなかったマックスは、突然のお願いに
面食らっていた。かまわずシェリーは頭を下げる。
「一時間〜ぐらい、店番し〜てもらえ〜ませんか〜? 商品〜には全部〜値札がつ〜いて
ます〜から」
「うーん、どうしようかな? これからデートの約束が三件ほど……」
「見栄はら〜なくても〜いいで〜すから、よろし〜くおねが〜いしますね〜」
「あ、ちょっとシェリー、待てって!」
後ろから聞こえるマックスの声を振り切り、シェリーはオートエーガンへと向かって走
り去った。
「こん〜にちは〜」
「いらっしゃいシェリー、そろそろ来る頃だと思ってたわ」
店内に入ったシェリーを迎えたのは、テーブルに料理を運んでいるニオだった。袖をま
くった両手にポニーテールの髪型。前に来た時とまったく変わっていない。
「あいかわ〜らず、いそが〜しそうだね〜」
「そうでもないよ。最近は腕のいいウエイトレスを雇ったからね!」
言われてシェリーが周りを見渡すと、確かにウエイトレスらしき赤髪の女性が一人、も
う一つのテーブルで注文をとっていた。
ただ、体格などを考慮するとウエイトレスとは程遠かった。むしろモンスターでも相手
に戦かっているほうが似合いそうだ。
それもそのはず、彼女は少し前まで傭兵として仕事をしていた。諸事情により傭兵とし
ての信用を失ったため、いまはオートエーガンのウエイトレスをしているのだ。
「シェラフィールっていうの。みんなはシェラって呼んでるけどね」
「へぇ〜、オートエーガンって〜、ウエイ〜トレスを〜雇うほど〜儲かって〜たんだ〜」
「あのねぇ……」
目頭を押さえているニオのそばを通り、シェリーはシェラの元へと向かった。
ちょうど注文をとり終わったシェラはシェリーの存在に気づき、
「いらっしゃいませ、空いているお席へどうぞ!」
笑顔で応対する。どうやらウエイトレスという職業もまんざらではないらしい。
「こんに〜ちは、シェ〜ラさ〜ん」
「えっ、わたしの名前……」
シェラの疑問はそばまで来ていたニオの笑顔であっさりと解明していた。
「ぼ〜くは〜行商人の〜シェリーで〜す。今後〜ともヨロシク〜」
シェリーが右手を差し出すと、シェラも慌てて右手を出した。
「こちらこそよろしく、シェリー!」
握手をしたシェラの手に、シェリーの肌とは別に軟らかい絹の感触。
手を開くと、中には奇抜な彩色でかたどられたお守りが入っていた。
「これって……」
「お近づき〜のしるし〜に、東方で〜手に入れ〜た、恋愛の〜おま〜もりで〜す。シェラ
さ〜んて、恋してるでしょ〜?」
頬を瞬時に真っ赤に染めたシェラは、ニオをかるくにらみつけた。一方ニオは首を横に
振り、シェリーにそこまでは話していないと身振り手振りでアピールする。
「だいた〜い、わかる〜んです〜よ。いろん〜な人、みてきてます〜から」
ニッコリと微笑んで、シェリーはカウンターの席へと座った。
「いつもの〜お願いしま〜す」
「オッケー、シェリー専用ABランチね!」
ニオはシェリーにウインクすると、裏のキッチンへと消えていった。
シェリー専用ABランチとは、基本的にAランチとBランチ両方を頼んだ時と変わらな
い。ただ、ご飯や漬物だけはランチ一つ分なのだ。
「おまたせ、シェリー専用ABランチよ!」
キッチンに入ったばかりのニオが、すぐさまシェリーに注文された品を持ってきていた。
立ち上る湯気に乗って、具材から存分に引き出された香りが漂ってくる。
「早かった〜ですね〜」
「来る頃だと思ってたって、言ったでしょ? もうほとんど完成してたってわけ。ごゆっ
くりどうぞ!」
普段置くはずの伝票は置かずに、ニオはキッチンへと引っ込んでいった。
「では〜、いただきま〜す!」
シェリーは空腹を満たすため、口調とは正反対の素早さで食事に取り掛かっていた。