その2:クネス来店
マスカーレイド中央にある食堂『オートエーガン』の隣には、木々に囲まれただだっ広
い空き地が広がっている。そこは商人協会主催のフリーマーケットが連日開催されていた。
商人として登録してあれば、だれでも店を開くことができる。主要都市の中継地点であ
るマスカーレイドでは、別の都市に行く途中でここに立ち寄り、小銭を稼いでいく商人も
少なくないのだ。
もちろん、小銭どころか大金を稼いで帰る商人もわずかにいる。シェリーはそのわずか
なメンバーの一人だった。
「こ〜んにちは〜、また〜きたよ〜」
マスカーレイドの人々に声をかけると、半分の人は喚起の声を上げる。残りの半分は軽
い会釈と共に、脱兎のごとくシェリーから離れていった。
「このへ〜んで、いいか〜な〜」
空き地のすみに、初めは小さいビニールシートを敷く。
幌馬車の中から年季の入ったラッパを取り出すと、シェリーは気合を入れて鳴らした。
『パラッパッパ! パラパッパッパ! パラッパッパ』
あまり広くはないマスカーレイドには、これだけで十分に響き渡る。
そしてマスカーレイドの住人は、この音がシェリー来訪の知らせだと分かっている。空
き地に違う店を開こうとしていた商人もだ。
「シェリーが来てるみたいだぜ!」
「本当だ!」
「おれ、会うの初めてだよ!」
商人たちが口々に噂を漏らし、自分達の店を畳んでいく。
なぜなら、シェリーの店の商品は希少価値の高いものが多い。商人たちも客として商品
を購入し、他の街で売った方がはるかに儲かるのだ。
「さ〜て、本格的〜に、店を広げ〜ようかな〜」
全ての店が閉店し広い空き地にシェリーの店だけが残ると、シェリーは幌馬車を中央へ
と持っていった。
網の目のような道を残した状態で、空き地一杯にビニールシートと商品を並べていく。
空き地には商人だけでなく、マスカーレイドの人々もちらほらと姿を見せ始めた。
最後に自分の両脇に大きなつぼを置くと、シェリーはもう一度ラッパを鳴らした。
『パーパラパッパッパ! パーパラパッパッパ!』
二度目のラッパは開店の合図。ラッパの音が収まると共に、お客さんは一斉にシェリー
のお店と化した空き地へと入ってきた。
「さ〜あ、いらっしゃ〜い。他〜では手にはいらな〜いものば〜かりだよ〜」
シェリーの提言どおり、店内には見たことのないようなものばかり――もしくはみたこ
とはあってもまったく使い勝手の違うものだった。
U字型に曲がり両側に花を生けられる花瓶、取っ手が両側についているコップ、塩など
を入れる入れ物も、中には火薬が入っていたりする。
シェリーの売り物には値段は書いてあっても、商品についての説明などない。買った人
が自分で判断し、自分で使いやすいように使う。
それが商品にとってもお客さんにとっても、一番大切だとシェリーは考えていた。
「やあシェリー、元気だった?」
「あ、クネ〜スさん、おひさ〜しぶり〜」
お客さんがまだ商品を吟味している段階で、様子を見に来た小説家クネスがシェリーに
声をかけた。シェリーは手を振りつつクネスを招き入れる。
「前に〜買ったペンは〜どう〜でした〜?」
「ああ、考えたイメージが文章にできるっていうペンだよね。いまいちだったかな?」
「そうで〜したか。しょうせ〜つを〜かいて〜るクネ〜スさんには、ぴ〜ったりだとおも
った〜んですが」
首をかしげるシェリーに、クネスは両手を軽くあげる。
「イメージの隙間に入り込んだ、ちょっとした思考も文章になっちゃうからね。おなかす
いたな……とか」
「そうで〜す、それで〜もいいと〜おもいます〜けど?」
「悪くはないけど、やっぱり自分で推考を繰り返した方がいい文章が出来ると思うからね。
それが小説を書いている自分の楽しみでもあるし」
まだ首をかしげているシェリーの肩を、ポンと叩く。
「シェリーが商人をやってても、他の人には分かってもらえない楽しみとかあるんじゃな
い? いい商品を見つけたときとか、お客さんに喜んでもらったりとか」
「それは〜もちろ〜んです〜」
「小説も同じさ、自分で考えに考えを重ねた文章で作品を作り上げるのが、他の人には分
かってもらえなくてもぼくにとっては楽しいんだ」
「わかる気〜がします〜」
にっこりと微笑みながらシェリーは、今日初めてのお客さんから料金をいただいていた。
受け取ったお金はすべて右手のそばにある壺へと入れていく。
「ところでいつも気になってたんだけど、万引きとか大丈夫なの?」
「まんび〜きですか〜? だいじょ〜ぶで〜す。彼らが〜つかま〜えてくれま〜す」
言いながら左手の壺に手をかける。そこからピョンと出てきたのは、身長二十センチほ
どの小人だった。
「ちょうど〜、だれかが〜まんび〜きした〜みたいです〜」