その1:シェリーの来訪
「ひ〜さしぶり〜ね。な〜んにもかわって〜ないみたい〜」
独特の口調でぼやきながらマスカーレイドに近づいてきたのは、荷物を大量に載せてギシギシときしむ幌馬車の御者だった。
栗色の長い髪とこざっぱりした顔を持つ女性で、服装は地味な麻製の服。胸には身分証明書の代わりとなる商人専用のバッチが、キラキラと太陽の光を反射させている。
「みん〜な、こころ〜まちにしてるだ〜ろうな〜」
ほくそえみながら女性は、マスカーレイドの入り口で通行証を自警団員に提示した。
マスカーレイドの自警団員は、白地に黒で染められたカズラに、黄色の十字架がかたどられた制服を着ていた。街を歩いていれば間違いなく目立つ存在になる。
「シェ、シェリー!?まさかあの行商人シェリーさんですか!?」
通行証を確認すると、青年は派手に狼狽していた。シェリーの顔を確認しては、通行証の顔と何度も見比べている。
「そうで〜すが、なに〜か〜問題〜でも?」
「し、しばらくお待ちください」
通行証を持ったまま、事務所らしき建物へと入っていく。
入れ替わりで出てきたのは、先ほどとは違う壮年の自警団員――正確には団長だ――だった。シェリーの姿と身分証を確認し、蓄えた白ひげをなでる。
するどい視線がシェリーをつきさしてくる。だが、シェリーはまったく気がついていないようだ。
「おお〜、ノルンさんじゃ〜ないで〜すか、元気でし〜たか〜」
「また来たのかシェリー。あまり問題を起こすなよ」
「失礼で〜す。アイテ〜ムは遣う〜人の心〜によって〜、幸に〜も不幸に〜も繋がる〜んです〜。問題をおこ〜してるの〜は、ぼ〜くじゃな〜いです」
「間接的にシェリーが起こしてるんだから、悪いのはシェリーだ」
「ひど〜いで〜す。ぼ〜くがな〜にをしたって〜いうんで〜すか!」
「もういい。あまり騒ぎになるものを売るんじゃないぞ」
預かっていた通行証をシェリーに返すと、
「納得いか〜な〜いけど、まあ〜いい〜や」
ぼやきつつ手綱を動かし、鼻歌を歌いながらシェリーはマスカーレイド内へと消えていった。
「おいっ、ハリアー!」
シェリーを見送った後、ノルンは事務所に声をかける。
中から出てきたのは、最初にシェリーから通行証を受け取った青年だった。
二十代後半程度の金髪の青年は、いくつかある自警団の第七部隊長を務めていた。
王都では数年の間、警備員を勤めた経験があった。その実績を買われ最近マスカーレイドへと配属されたのである。
「はっ、どうなさいました団長!」
「お前たちの部隊、今日の仕事はすべてキャンセルだ」
「と、いいますと?」
わざとらしく首をかしげるハリアーの頭を、軽くはたく。
「シェリーを見張っとけ。騒ぎが起こりそうになったらこちらに一人連絡をよこして、残りは鎮圧に全力を注げ」
「ま、まじですか? 勘弁してくださいよ! この間は家が三軒爆発したらしいじゃないですか! そんなのおれ達みたいな結成間もない部隊が鎮圧できるわけないですって!」
「なにごとも経験だ。通行証の確認はおれたちでやっておく」
頷きながら話を完結させようとするノルンを、ハリアーが肘で突っつく。
「もしかして、団長も怖いんじゃないですか?」
「さっさと行け!」
お尻を蹴り上げられ、ハリアーは数人と共にシェリーの後を追っていった。