3.「もし、またここで会えたら」
「そういえば、家族はいないの?」
ふと思いついたという風情でパックがナギを顧みた。
「私の?」
ここにはナギとパックの二人しかいない。
だから、話の流れでいえば多分パックの言っているのはナギのことなのだろう。
「うん。ここに来て暫く経つけど、ここで君以外にあうことは殆どないし。そもそも、魔物の生態系がよくわからないからどうなっているんだろうと、不思議に思ったんだ」
確かに、パックを魔界につれて来てから数日どころでない程の時間が流れていた。
その割りに、ナギが彼について知っていることが少ないと気付く。
彼について知っているのはナギの誘いに応えてこちらに来てくれたこと。
どうやらナギを気に入ってくれているらしいこと。
それから、年は10と少しで、人間の中でも子供といっていい年齢だということ。
ナギを泣かせるのが好きで、でも笑顔も好きらしいこと。ナギに意地悪なこと。
それに加えて、彼に少し風変わりな姉がいることを最近知った。その程度だ。
逆もいえる。ナギについてパックから何か聞かれたことも殆どなかった。
これが殆ど始めてのことといってもいい。
「勿論答えたくなければ答えなくていいよ」
ナギが悩んでいると思ったのか、パックは急いでそう付け加えた。
パックは意地悪だが、ナギを本気で傷つけるようなことはしないように気をつけているようだ。
その心遣いが嬉しいと思う。
でも素直にそういえば、パックはひねた答えを返して認めないだろう。
代わりにナギはパックの「答えたくないなら……」という言葉を否定するように首を振った。
「別に答えたくないわけではないです。何を説明しようか迷っていただけで」
「……そう?」
「ええ。質問の答えですが、私は自然発生タイプの魔族なので、家族はいません」
「自然発生タイプ?」
「ええ、魔族には二種類いるんです」
「へぇ、そうなんだ」
「ええ。自然発生タイプと、血族のいるタイプの魔族の二種類がいるんです。私のような自然発生タイプは係累をもたず、ある日突然どこかに生まれます。親も兄弟ももちません。但し、私が子を生めば、子供は自然発生タイプではなく、血族のいる魔族となります」
そう説明すると、パックは感心したようにため息をついた。
普段、情け無いところばかり見せているから、彼に感心させることが出来ると少し嬉しい。
「君みたいな自然発生タイプはよくいるものなの?」
「割合から言うと、血族のいるタイプよりは当然少ないです。ただ、自然発生タイプの魔族のほうが、力の強いものが多いので、上級魔族の中で言うと、自然発生タイプの割合の方が多いでしょうか」
上級魔族というのは、力の強い魔族の中でも特に認められたものだ。
ナギもその中のひとり。
自然発生タイプの頂点が魔王様だった。そして、その側近であるトリフェ様が血族のいるタイプの魔族の頂点といえる。
「そうなんだね」
パックはナギの説明に満足した体で、ひとしきり頷いた。
「あの、他に何か気になることはありますか?」
彼が知りたいというのならば、できるだけ教えてあげたいという気持ちになった。
こんな風に満足そうな笑顔をしてくれるなら、なんだって。
「気になること?いっぱいあるけど……」
「いっぱいですか?」
「うん、ナギについてね。一杯知りたいよ。でも一杯知るには、一杯時間が必要だね」
そういってパックが悪戯っぽく笑った。
彼の言葉にナギは頬を赤らめた。
嬉しい、それから恥ずかしい。
「例えば、なんで君の顔は今赤いのかなってこととか」
***
「ご家族に会いたいと思うことはあるんですか?」
パックに頭を撫でられながら、ふと思いついたことをナギは彼にたずねてみることにした。
こうしているとどちらが年上で、どちらが年下かわからない態度だが、純粋に生きてきた時間は明らかにナギのほうが長いに決まっているし、外見もナギのほうがお姉さんに見える。
けれども、考えてみれば彼はまだまだ幼いといっていい年齢だ。
幼い彼が、家族と離れているのはとても辛いことではないのだろうか?
家族が生まれた時からいないナギには想像してみることしか出来ない。
もし会いたいといっても、たやすく願いをかなえてあげることはできないけれど、それでも気になった。
ナギが彼を魔界につれてくることなどなければ、彼は今でも家族と共に暮らしていたはずだ。
「寂しく無いといったら嘘にはなるけど。どうせあのままではいられなかったからね」
「どうせ?」
「いったろう?僕の家は貧乏子沢山だったって。食い扶持が増えれば増えるほど、生活は苦しくなるもんだ。きっと、あそこに残っていたとしても、遠からず僕は家を出たよ。仕事を探しにいかなければならなかっただろうね」
だから、ナギが気に病む必要は無いよ。
そう言ってパックは優しく笑った。
「ああ、不安そうな顔して。本当に、君は僕より長く生きてるの? 実は僕の方が大人なんじゃないかと思ってしまうよ」
ナギの身体を包むように、彼は後ろからそっと抱きしめてくれた。
じんわりと背中が温かい。
「僕は幸運なんだよ。君がここにつれてきてくれたから。働きにわざわざ出る必要もなくなった。その上、好きな子が傍にいてくれるんだよ? 不満をいったら罰が当たるね」
「そう、ですか……?」
「うん、そうさ」
パックはためらう様子も見せずに肯定して見せた。
「でも、会いたい?」
「まぁ、会えたら嬉しいけど。僕には今ナギがいるからね」
「では、もしここでまたご家族に会えたら?」
「え?もしここで会えたら?」
彼には思いもよらぬことだったらしい。。
パックが軽く目を瞠った。そしてそれからにやりと笑った。
「決まってるだろ、逃げ出すよ」
どうしてですか、とナギが尋ねる前にパックは笑みを深くしてこういった。
「ナギみたいな美人とどこで知り合ったのかなんて馴れ初めを聞き出そうとするに決まっているから。そんなもったいないことできないさ」
ナギはあっけにとられたように口をぽかんと開けた。
上気する頬を押さえる。
そして、どうしたらこんな子供が出来るのか、彼の家族に一度会ってみたいと思った。