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辺境の貧乏貴族に転生した俺、千年の軍事知識で小国を救う  作者: 空鯨レイ
アーク1

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18/21

冬狼の遠吠えと、雪解けの焦土


真冬の吹雪は、人の視界と感覚を奪い、そして「音」を殺す。


エルムフォードの北に位置するオック村。

領地内で最も多くの「耐寒性麦」を備蓄しているこの村の鐘楼しょうろうが、深夜に三度、不規則に鳴った。

『敵襲。しかも、正面からの軍勢ではない』という意味の合図だ。


「——来たな。帝国の『冬狼ホワイト・ウルフ』どもが」


俺は領主館の作戦室で、リラが運んできたばかりの急報を暖炉の火にかざしながら呟いた。

泣き岩での大敗後、帝国は重装歩兵による正面突破を諦め、少人数の精鋭によるゲリラ戦術へと切り替えてきた。

白装束を纏い、カンジキとスキーで雪原を疾走し、村を焼き、備蓄を奪い、そして雪の中に消える。

正規軍の誇りを捨てた「殺戮者」たちだ。


「カイル兄上。準備は?」


「いつでもいい。……だが、アルデン。本当にあの備蓄庫でいいのか? あそこには村の冬の命である麦が山積みになっているぞ」


カイルは鎧の上に白いマントを羽織り、苛立ちを滲ませた。


「あの備蓄庫の麦は、すでに『腐らせて』あります。表面だけ本物で、中身は水を含ませて発酵させた『毒麦』と、泥を混ぜただけの偽物です。

帝国兵が飢えてそれを食えば、三日は動けなくなる。そして、備蓄庫の周囲の雪の下には——」


「ああ、分かっている。お前の嫌らしい『贈り物』がな」


カイルはニヤリと笑い、吹雪の夜へと駆け出していった。


***


オック村の備蓄庫。

帝国の特殊部隊「冬狼」の二十名は、音もなく村の外壁を乗り越え、備蓄庫の扉を破壊しようとしていた。


「手早くやれ。辺境の愚民どもが目を覚ます前に麦を奪い、火を放って撤退する」


冬狼の隊長が、白い息と共に囁く。

彼らは泣き岩の復讐に燃える精鋭中の精鋭だ。だが、彼らが扉を蹴り破り、中へ飛び込んだ瞬間——


「……なんだ、これは? 麦の匂いがしない!」


隊長が袋を切り裂くと、中からドロドロの黒い泥と、刺鼻しびな腐敗臭が噴き出した。


「罠だ! 撤退しろ!」


隊長が叫んだ時、備蓄庫の周囲の雪原が、突如として「崩落」した。

俺が事前に掘らせておいた「隠しごう」の蓋が外れ、そこから八十名の民兵たちが、石炭と獣脂を塗った「焼夷しょうい矢」を構えて立ち上がったのだ。


「放て!」


カイルの号令と共に、火の矢が吹雪を赤く染めながら、冬狼たちの退路を塞ぐように降り注いだ。

白装束は雪の中では完璧なカモフラージュになるが、火と煙の前ではただの「的」だ。


「くそっ、囲まれたか! だが、我々は帝国の精鋭だ! 農民ごときの包囲、突破するぞ!」


隊長が彎刀を抜き、火の壁に向かって突撃しようとしたその時、足元で「咔嚓(咔嚓)」と嫌な音がした。


「……氷?」


雪の下は、ただの土ではない。

俺が秋のうちに村の周囲に水を撒き、わざと凍らせておいた「リンク(氷の堀)」だ。

カンジキを履いていても、傾斜のついた氷の上ではまともに走れない。冬狼たちは次々と滑り、転倒し、そこに民兵たちの木槍が容赦なく突き刺さる。


「ぐああ!」「隊長、足場が悪すぎる!」


「……貴様ら、騎士の誇りはないのか! 正面からかかってこい!」


隊長が血走った目で、馬に乗って現れたカイルを睨みつけた。


カイルは馬上から、泥と血にまみれた農民たちが、必死に氷の堀を守っている姿を見下ろし、静かに剣を抜いた。


「誇り? 勘違いするな、帝国の犬。

ここにいるのは、お前たちを倒すための『泥の中の杭』だ。

杭に誇りなどない。あるのは、お前たちの足をへし折るための『硬さ』だけだ!」


カイルは馬から飛び降り、氷の上を滑るようにして隊長の懐へ飛び込んだ。

騎士の剣技ではない。森の猟師や、泥濘ぬかるみの中で生きる農民たちの「足払い」と「重心を崩す技術」を取り入れた、辺境の殺法だ。


隊長の彎刀がカイルの頬をかすめるが、カイルは構わず氷ごと隊長の膝を砕き、その喉笛を剣で貫いた。


「……がっ、く……」


「地獄で、泣き岩の仲間たちに詫びるがいい」


冬狼の部隊は、隊長を失い、氷と火と毒麦に囲まれて、一人残らず殲滅された。


***


翌朝。

作戦室には、捕らえた冬狼の副官と、彼らが持っていた「暗号化された進軍計画書」が置かれていた。


「……吐け。春の雪解けと共に、帝国の本隊がどう動くつもりだ」


俺は副官の顎を掴み、冷たく問いかけた。


「ふざけるな……小僧。皇太子殿下は、お前たち如きの罠をすでに見抜かれている。

春になれば、五万の本隊が国境を越える。そして、お前たちの『泥沼』を埋め立てるための『一万の工兵』と、お前の領主館を瓦礫に変える『攻城砲』を連れてくるのだ……! お前たちに勝機などない……!」


副官は血を吐きながら嘲笑し、そして guards(衛兵)に連行されていった。


カイルが、机の上の進軍計画書を見て顔を強張らせた。


「……一万の工兵だと? 奴らは、泣き岩の泥沼を『土嚢どのう』と『丸太』で埋め立てて進むつもりか。

そして攻城砲……あれが領地に撃ち込まれれば、俺たちの『罠』など意味をなさん。正面から押し潰される」


「ええ。敵は学びました。だから、我々も『次のフェーズ』へ移ります」


俺は立ち上がり、地図の「銀の街道」からさらに南、王都へと続く平野部を指差した。


「泥沼が通用しないなら、泥沼での戦いはやめます。

我々が次の戦場とするのは——『焦土』です」


***


その時、モリッツが血相を変えて飛び込んできた。


「アルデン様! 王都から……セラフィナ殿下の『密使』が参りました! 殿下ご自身の手紙です!」


俺は封を切り、そこに書かれた文字を追った。

セラフィナの筆跡は、いつもの冷静さを失い、わずかに震えていた。


『アルデン。王都の貴族たちは、オルヴァーネの商会と結託し、春の侵攻に合わせて南の港から「国外逃亡」する計画を立てている。

彼らは王都の金庫を空にし、民衆を見捨てるつもりだ。

父様(国王)は王都に残り、三千の近衛兵と共に玉砕する覚悟を決めた。だが、それでは国が終わる。

私は、王都の「城門」を貴族たちに対して「閉鎖」する。彼らの財産と食料を武力で没収し、傭兵を雇う。

だが、そのためには「時間」が必要だ。

アルデン、貴方の八百の兵で、五万の帝国軍の足を「一ヶ月」止めなさい。

貴方が時間を稼げば、私はこの国を「貴族のもの」から「民衆のもの」へと作り変える。

——これは命令ではない。共犯者への、最後の賭けだ。S』


俺は手紙を暖炉にくべ、燃え上がる炎を見つめた。


「……王都の貴族たちが逃げ出すだと? ふざけるな!」


カイルが机を殴りつけた。


「俺たちが泥をすすり、血を流している間に、奴らは金を持って逃げると言うのか!

アルデン、王都へ援軍を送れと言うのか? だが、領地を空ければ、ここに残った民が帝国に虐殺されるぞ!」


「王都へは行きません、兄上。そして、領地も『空』にします」


俺はカイルの目を真っ直ぐに見据えた。


「全領民に『南への疎開』を命じます。そして、我々が去った後の村々、畑、そしてこの領主館——すべてに火を放ちます」


「……焦土作戦、か」


「ええ。帝国の五万の軍勢が、一万の工兵で泥沼を埋め立て、やっとの思いで辿り着いた先にあるのは、灰になった村と、毒が撒かれた井戸だけ。

食料も、薪も、隠れる家もない。

雪解けの春嵐しゅんらんの中、五万の兵士は飢えと寒さで次々と倒れていく。

我々は、自分たちの手で、自分たちの家を焼く。これが、大国の軍隊を殺す唯一の方法です」


カイルは言葉を失った。

領民たちにとって、家と畑は命そのものだ。それを「焼け」と命令することは、領主として最も忌避される行為だ。


「……民が、承知すると思うか?」


「承知させます。それが、私の『参謀』としての最後の仕事です」


***


三日後。領地の広場。

雪が降りしきる中、全領民が集められた。

俺はバルコニーに立ち、王家の短剣を抜き、そして自分の頬に、自ら剣の刃を当てて血を流した。


「聴け、辺境の民よ!」


俺の声は、吹雪を切り裂いて響いた。


「春が来れば、帝国の五万の怪物が、お前たちの家を踏み潰し、娘をさらい、息子を奴隷にするためにやってくる!

我々の兵力は八百。正面からぶつかれば、全滅し、お前たちの家族も皆殺しにされる!

だが、奴らに『食うもの』を与えなければ、奴らは必ず飢えて死ぬ!」


民衆がざわめき、恐怖と困惑の目で俺を見上げている。


「私は、非情な命令を下す!

春の雪解けと共に、全領民は南の森の隠し砦へ疎開する。そして——我々の家、畑、そしてこの領主館に、自らの手で火を放て!」


「……ば、馬鹿な……!」

「俺たちの麦を……家を……!」

「アルデン様、それだけは……!」


悲鳴と怒号が広場に渦巻いた。

カイルが、俺を庇うように剣に手をかける。だが、俺はそれを手で制した。


「恨むなら、私を恨め! 私を臆病者、狂人と呼べ!

だが、お前たちの命と、お前たちの子供たちの未来は、私が必ず守る!

家など、私が必ず取り戻してみせる! だから今は、生き延びるために、すべてを灰にしろ!」


俺は叫び、そして深く頭を下げた。

十二歳の少年が、血を流しながら民に「破壊」を懇願している。


広場は、水を打ったように静まり返った。

やがて、一人の老人——オック村の長老が、杖をついて前に出た。


「……アルデン様。あんたが、泥まみれになって俺たちを守ってくれたことは、この目に焼き付いている。

あんたが『焼け』と言うなら、俺は自分で屋根に火を放とう。

だが、約束してくれ。春が過ぎ、雪が溶けたら、必ず俺たちを『家』へ帰してくれると」


「……約束します。私の命に代えても」


長老が頷くと、民衆たちは互いに顔を見合わせ、そして静かに、しかし力強く拳を握りしめた。


春は、もうすぐそこだ。

雪解けの水は、灰となった大地を潤し、そして帝国の五万の兵士を、底なしの「飢餓」という地獄へといざなうだろう。


俺たちの「焦土の戦争」が、今、始まる。

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