気づくのが、遅い
※第3話です。
うまくいっているはずなのに。
ほんの少しの違和感が、
少しずつ形になり始めます。
「トモヤ、今日の帰り――」
「ごめん」
言葉が重なった。
美咲が少しだけ目を丸くする。
「あ……」
「いや、その……ちょっと体調悪くて」
自分でも驚くほど、すんなり言葉が出た。
「……そう。無理しないで」
優しい声だった。
責める気配も、探るような色もない。
ただ、静かに引く。
それが、逆に胸に刺さる。
「また今度にしましょう」
「……はい」
頷くしかなかった。
(何やってんだ、俺)
美咲との時間は、順調だったはずだ。
誰もが羨むような関係に、少しずつ近づいている。
それなのに。
どうして、こんなことを言ってしまったのか。
理由は――分かっている。
分かっているのに、認めたくないだけだ。
講義棟を出て、人気の少ない通路を歩く。
頭の中が、うるさい。
さっきから、同じ光景ばかりが浮かんでくる。
――ユウナと、ソラ。
並んで歩いていた。
楽しそうに笑っていた。
あんな風に。
自然に。
(……なんだよ、それ)
胸の奥が、ざわつく。
(別に、関係ないだろ)
俺が望んだことだ。
ユウナは、ソラと一緒にいる方がいい。
そう思った。
そう決めた。
それで全部、うまくいくはずだった。
(なのに――)
足が、止まる。
視線の先。
中庭のベンチに、二人がいた。
ユウナと、ソラ。
距離が、近い。
何かを話して、笑っている。
ソラが軽く肩に触れる。
ユウナは、少し驚いた顔をして――
すぐに、笑った。
拒まない。
自然に受け入れている。
(……は?)
胸の奥が、強く軋んだ。
思わず、近くの木の陰に身を隠す。
(なんで隠れてるんだよ、俺)
自分でも分からない。
ただ、目が離せない。
「ユウナって、面白いよな」
ソラの声が、かすかに聞こえる。
「そう?」
「うん。なんか、ちゃんと人見てる感じする」
「……そうかもね」
ユウナが、笑う。
柔らかく。
穏やかに。
(……そんな顔)
見たこと、なかったか?
いや――
あった。
何度も。
ただ、その時の俺は。
まともに見ていなかっただけだ。
(……俺)
喉の奥が、詰まる。
胸が、痛い。
どうしようもなく。
(……俺、何してたんだ)
その瞬間。
頭の中に、記憶が流れ込んでくる。
――夜中に来た長文のメッセージ。
――体調崩した時、ずっとそばにいたこと。
――くだらない話でも、楽しそうに笑ってくれたこと。
――何度も名前を呼ばれたこと。
全部。
全部、知っていたはずなのに。
(……俺)
手放した。
自分で。
「トモヤ?」
はっとして振り返る。
いつの間にか、美咲が立っていた。
「……何してるんですか?」
「え、いや……」
言葉が出ない。
うまく笑えない。
美咲は、少しだけ視線をずらして――
その先を見た。
中庭のベンチ。
ユウナと、ソラ。
「……ああ」
小さく、何かを理解したように呟く。
そして。
もう一度、俺を見る。
「気づくの、遅いんですね」
その一言が。
まっすぐ、突き刺さった。
何も言い返せない。
何も、否定できない。
ただ。
立ち尽くすしかなかった。
(……遅い)
分かっている。
もう。
遅いのに。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
気づくのが遅かったのか、
それとも気づかないふりをしていただけなのか。
少しずつ、答えに近づいていきます




