第8話「三人パーティーの初Bランク依頼!そして嵐の夜」
フィーネが加入して一週間。
三人パーティーの連携は、驚くほど早く仕上がった。
フィーネが前衛で敵を引きつけ、セレナが中距離から氷魔法で援護し、俺が鑑定と風魔法で全体を統制する。役割分担が明確で、誰かが崩れても残りの二人がカバーできる。
フィーネの戦闘センスは本物だった。二刀流の近接戦闘は手数が多く、素早い身のこなしで敵の攻撃を紙一重で躱す。小柄な体格を活かした回避型の戦闘スタイルは、前衛として理想的だ。
ちなみにフィーネは俺の戦闘スタイルを見て「リーナさん、胸が揺れなくなりましたね!」と感動していた。特注バストサポーターの存在を説明すると「すごい! 科学と魔法の融合ですね!」と目を輝かせていた。科学じゃなくて職人技だ。
そして今日。
「Bランク依頼、受けてみない?」
朝のギルドで、セレナが提案した。
「もういいの? フィーネちゃんまだEランクだけど」
「パーティーの平均ランクがCだから、規約上はBランク依頼も受けられるわ。それに、フィーネちゃんの実力ならCランク相当は余裕でしょ」
「実力は問題ないと思う。フィーネちゃんはどう?」
「行きたいです!」
即答。この子の元気には毎回感心する。
掲示板のBランク帯を見る。
・山岳地帯の盗賊団殲滅(報酬:金貨十枚)
・古代竜の巣の調査(報酬:金貨八枚+素材)
・嵐の渓谷・魔獣掃討(報酬:金貨六枚)
「嵐の渓谷、どうかしら。場所が街から近いし、撤退もしやすい」
「内容は?」
依頼書を確認する。嵐の渓谷は街の北にある深い谷で、最近魔獣の増殖が確認されているらしい。渓谷内の魔獣を掃討し、増殖の原因を調査する依頼だ。
「注意事項……『渓谷内は天候が急変しやすく、暴風雨が発生することがある。野営の準備を推奨』か」
「一泊コースね。テント持っていきましょ」
「了解。じゃあ準備して、昼前に出発しよう」
◇ ◇ ◇
嵐の渓谷までは、徒歩で三時間ほど。
街を出て北の街道を進み、やがて道が険しくなっていく。崖に挟まれた細い渓谷が、蛇のようにうねりながら奥へ続いている。
渓谷の入り口に立つと、ひんやりとした風が吹き上げてきた。空は晴れているが、渓谷の奥には暗い雲が見える。
「なんか、不穏な天気ね」
「天候の急変に注意、だったもんな。先に進むよ。鑑定で索敵する」
渓谷内に入ると、すぐに魔獣の反応があった。岩の影に潜む大型の蜥蜴――ロックリザード。鱗が硬く、物理攻撃が効きにくいタイプだ。
「フィーネちゃん、この敵は鱗が硬い。関節の隙間を狙って」
「了解です!」
フィーネが飛び出し、ロックリザードの前足の付け根を短剣で突く。的確に鱗の隙間を捉え、刃が深く食い込んだ。
「セレナ、足止め!」
「氷結!」
セレナの氷魔法がロックリザードの後ろ足を凍らせる。動きが鈍ったところに、俺が風の刃を頭部に叩き込んだ。
一匹目、討伐完了。
「ナイス連携」
「フィーネちゃん、関節の狙い方、完璧ね」
「えへへ。リーナさんの指示が的確だからです!」
その後も渓谷を奥へ進みながら、ロックリザードを七匹、岩場に棲む大蛇・ストーンパイソンを三匹、計十体の魔獣を討伐した。三人の連携は機械のように精密で、一体たりとも苦戦しなかった。
「この調子なら、日暮れ前に渓谷の最深部まで行けそうね」
セレナが地図を確認する。渓谷の最深部には広い空間があり、そこが魔獣増殖の原因になっている可能性が高い。
「でも、天気が怪しいな」
空を見上げる。渓谷の上空に、さっきよりも厚い雲が広がっていた。風も強くなってきている。
「最深部の調査は明日にして、今日はそろそろ野営の準備をした方がいいかも」
「賛成。あそこの岩陰が風除けになりそうだわ」
渓谷の中腹にある大きな岩のくぼみに、野営地を設営した。テントは二つ。俺とセレナで一つ、フィーネが一つ。
「リーナさんとセレナさん、同じテントなんですね。仲良しですね!」
「パーティーメンバーだからね。フィーネちゃんも一緒でいいんだけど、三人だとテントが狭くなるから」
「大丈夫です! 野宿は慣れてますから!」
頼もしい十五歳だ。
焚き火を囲んで簡単な夕食を取る。携行食の干し肉とパンに、渓谷の湧き水で淹れたお茶。質素だが、冒険の最中に食べると格別に美味い。
「リーナさん、冒険中のご飯って美味しいですよね」
「わかる。前世……前はデスクで食べるコンビニ弁当が日常だったから、余計にそう感じるよ」
「デスク? コンビニ?」
「あ、えっと。故郷の言葉で、簡単な食事って意味」
「へぇ~。リーナさんの故郷って不思議な言葉がいっぱいですね」
ボロが出まくっている。セレナが「もう少し気をつけなさいよ」という目で見ていた。
「ところで」
セレナがお茶を啜りながら言った。
「フィーネちゃん、好きな人とかいるの?」
「えっ!? い、いきなり何ですか!」
「いいじゃない。女子会よ、女子会」
「お、女子会……!」
フィーネの顔が真っ赤になった。
「好きな人は……いません。道場の男子たちは全員私より弱かったし、弱い人には興味がなくて」
「武闘派の恋愛観ね。じゃあ、強い人が好きなの?」
「というより、私が尊敬できる人じゃないとダメっていうか……」
フィーネがちらりと俺を見た。
……気づかないフリをしよう。
「セレナさんは? 好きな人いるんですか?」
「私? んー、今はいないわね。前のパーティーにいた男には片想いしてたけど、結局その人、パーティーリーダーとくっついちゃったし」
「それって、前のパーティーが解散した原因の……」
「そ。色恋沙汰でパーティーが壊れるのは、冒険者あるあるよ。だから次は、そういうのに振り回されないって決めたの」
セレナがちらりと俺を見た。
……気づかないフリをしよう。第二弾。
「リーナさんは?」
「俺? ないよ。恋愛経験ゼロ」
「方言出てますよ」
「ゼロってすごいですよね。この顔で」
「うるさいよ二人とも」
「でもリーナちゃん、カイルからアプローチされてるじゃない。あれはどうなの?」
「どうもこうもない。カイルさんが好きなのは俺じゃなくて俺の胸だし」
「身も蓋もないわねぇ」
「リーナさん、恋愛には興味ないんですか?」
フィーネがまっすぐ聞いてくる。この子は変化球を知らない。
「興味がないっていうか……複雑なんだよ。色々と」
男に恋愛感情を持てるかと言われたら、元男としてはNOだ。かといって、女性に恋愛感情を持ったとして、それは今の体では百合ということになる。
そもそも、この体の感覚と、元の自分の感覚が混在していて、恋愛どころではない。
「複雑って、何が複雑なんですか?」
「フィーネちゃん、それ以上は深入り禁止よ。リーナちゃんの秘密に関わるとこだから」
セレナが止めてくれた。ありがたい。
「あ、そっか。ごめんなさい、リーナさん」
「気にしないで。いつか話すよ」
「はい。楽しみにしてます」
この子の笑顔はいつだって眩しい。
◇ ◇ ◇
食事の後、焚き火を消してテントに入った。
セレナと同じテント。寝袋を並べて横になる。
外の風が強くなっていた。テントの布地がばたばたと鳴る。
「天気、荒れそうね」
「うん。明日の行動に影響が出るかも」
「まあ、明日のことは明日考えましょ。おやすみ、リーナちゃん」
「おやすみ」
目を閉じる。
風の音がだんだん大きくなっていく。
どのくらい経っただろうか。
ざあああああっ!
突然、激しい雨音。それと同時に、風がテントを叩く音が爆発的に大きくなった。
「嵐……!」
目を覚ます。隣でセレナも身を起こしていた。
「これはまずいわね。かなり強い」
テントの支柱が軋む音。風が渓谷を吹き抜け、轟々と唸っている。
その時、外から悲鳴が聞こえた。
「きゃあっ!」
「フィーネちゃん!?」
テントを飛び出す。暴風雨が体を打つ。一瞬で全身がずぶ濡れになった。
フィーネのテントが、強風で吹き飛ばされていた。支柱が折れ、布地が風に煽られて渓谷の闇の中に消えていく。
フィーネが岩にしがみついていた。
「フィーネちゃん! 大丈夫!?」
「リーナさん! テントが……!」
「いいから、こっちに来て!」
風魔法で暴風を弱め、フィーネの手を掴んで引き寄せた。小さな体がずぶ濡れで震えている。
「セレナ、テントは無事!?」
「なんとか持ってるけど、長くはもたないわ!」
「中に入ろう! 三人で!」
三人でテントに転がり込んだ。二人用テントに三人。狭い。圧倒的に狭い。
「ごめんなさい、リーナさん、セレナさん……私のテントが飛んじゃって……」
「フィーネちゃんのせいじゃないわ。この嵐が異常なのよ」
「とにかく、嵐が収まるまでここでしのごう。テントの支柱に風魔法で補強をかける」
テントの骨組みに風の膜を張り、強風に対する防壁にする。これで多少の暴風なら耐えられるはずだ。
「ふぅ……。とりあえず大丈夫」
「リーナちゃん、それより」
セレナが指摘した。
「びしょ濡れよ、私たち全員。このまま寝たら風邪ひくわ」
確かに。全身ずぶ濡れだ。髪から雫が滴り落ち、服が肌に張りついている。
「着替えないと……」
「テントの中で? 三人で?」
沈黙。
「……背中向け合えば、大丈夫、でしょ」
「狭すぎて背中向け合えないわよ、このテント」
二人用テントに三人。身じろぎするだけで体が触れ合う距離感。この中で着替えるのは、ほぼ密着状態での着替えを意味する。
「で、でも、このままじゃ……」
フィーネが震えながら言った。小さな体がガタガタ震えている。十五歳の細い体は、俺やセレナより冷えやすいだろう。
「……わかった。フィーネちゃんを先に着替えさせよう。セレナ、目をつぶって」
「あなたもでしょ」
「う、うん」
目を閉じる。暗いテントの中で、フィーネがごそごそと着替える音がする。
「あ、あの……ボタンが引っかかって……」
「手伝う?」
「お、お願いします……暗くて見えなくて……」
目を閉じたまま手を伸ばす。指先がフィーネの背中に触れた。冷たく濡れた肌。華奢な肩甲骨。
「ここか、引っかかってるの」
「はい……すみません……」
手探りでボタンを外してやる。前世で培ったスキルが、こんなところで役に立つとは。いや、前世でもボタン外しのスキルなんてなかった。器用さはこの体のスペックだ。
「で、できました。ありがとうございます」
「じゃあ次、セレナ」
「はいはい。リーナちゃんとフィーネちゃんは目をつぶっててね」
衣擦れの音。暗闘の中、互いの体温だけが近い。
「よし、私もおしまい。リーナちゃんの番よ」
「……うん」
二人に目をつぶってもらい、着替え始める。
まず、びしょ濡れのブラウスを脱ぐ。次にコルセット。そして特注バストサポーター。濡れた布地が肌から離れる時の感触が、やけに生々しい。
暗いテントの中で、一瞬全裸になる。
冷たい空気が肌を撫でる。鳥肌が立った。
「リーナさん、大丈夫ですか?」
「う、うん。もうちょっと」
収納魔法から乾いた服を取り出し、素早く着替える。バストサポーターを着け、ブラウスを羽織る。
「……終わった」
「お疲れ様」
三人とも着替え完了。だが、問題はここからだった。
「寝袋、二つしかないわよね」
セレナの言う通り。フィーネの寝袋はテントと一緒に飛ばされた。
「私、寝袋なくても大丈夫です! 道場で床寝は慣れてますから」
「ダメよ。この寒さで寝袋なしは危険だわ。体温が奪われる」
セレナの判断は正しい。渓谷の夜は冷え込む。嵐で気温も下がっている。
「じゃあ、こうしよう。俺の寝袋にフィーネちゃんが入って、俺はセレナの寝袋に一緒に――」
言いかけて、固まった。
つまり、セレナと同じ寝袋で寝る、ということだ。
「名案ね」
セレナがあっさり言った。
「え、いいの?」
「体温を分け合った方が暖かいし。私たち女同士だし」
女同士。確かに。今は女同士だ。何も問題ない。
ないはずなのに、心臓がうるさい。
「わ、私も一人で大丈夫……」
「フィーネちゃんは体が小さいんだから、ちゃんと寝袋で寝なさい」
「は、はい……」
フィーネが俺の寝袋に潜り込む。
そして俺は、セレナの寝袋に。
「……お邪魔します」
「いらっしゃい」
寝袋に二人。密着する。
避けようがない。一人用の寝袋に二人だ。体の正面同士が向かい合う形になり、顔と顔の距離が十五センチもない。
セレナの息が、顔にかかる。
「あったかいわね」
「……うん」
体温が混ざり合う。セレナの体の柔らかさが、布越しに伝わってくる。彼女の胸が俺の胸に軽く押しつけられて、柔らかなものがふたり分、寝袋の中で圧縮されている。
「リーナちゃん、心臓すごい音してるわよ」
「う、うるさいな。寒さのせいだよ」
「寒さで心臓ばくばくする人、初めて見たわ」
セレナがくすくす笑う。その振動が、密着した体を通じて伝わってくる。くすぐったいような、甘いような。
「……ねえ、リーナちゃん」
「なに」
「あなたって時々、男の子みたいな反応するわよね」
心臓が跳ね上がった。
「こうやって近づくと照れたり、お風呂で目をそらしたり。女の子同士ならもっと平気なはずなのに」
「そ、それは……」
「別にいいのよ。そういうところ、面白くて好きだから」
好き、という言葉に、意味以上の重さを感じた。
「セレナ……」
「なに?」
「……なんでもない。おやすみ」
「おやすみ、リーナちゃん」
セレナが目を閉じた。
穏やかな寝息が、すぐ近くから聞こえてくる。
俺は目を開けたまま、暗闇の中でセレナの顔を見つめていた。
金色のまつ毛。すっと通った鼻筋。薄く開いた唇。
綺麗だ、と思った。
それが、仲間としての感想なのか、それとも別の何かなのか。
元男としての自分と、リーナとしての自分が、頭の中でぶつかり合う。
男だった頃なら、目の前の美女にドキドキするのは当然のことだ。でも今の自分は女で、セレナも女で。これは友情なのか。それとも。
――考えるのは、やめよう。今は。
外では嵐がまだ続いている。テントを叩く雨音。風の唸り。
でも、この寝袋の中だけは、温かかった。
セレナの体温に包まれながら、ゆっくりと意識が遠のいていく。
明日になれば、嵐は止んでいるだろう。
そして明日の自分は、今日よりも少しだけ、何かに気づいているかもしれない。
◇ ◇ ◇
朝。
目を覚ますと、セレナの腕が俺の腰に回っていた。
そして俺の顔は、セレナの胸に埋まっていた。
「…………」
柔らかい。
めちゃくちゃ柔らかい。
いい匂いがする。
――いやいやいやいや。
そっと身を引こうとしたが、セレナの腕がぎゅっと力を込めた。
「んぅ……もうちょっと……」
寝言だ。寝言で抱き締められている。
心臓が爆発しそうだ。
「あ」
反対側から、フィーネの声。
寝袋から顔だけ出したフィーネが、俺たちを見ていた。
目がまん丸になっている。
「リーナさんとセレナさん、すごく仲良しですね……」
「ち、違うの。これは寝相が……」
「えへへ。素敵です」
「違うって!」
俺の叫び声でセレナが目を覚ました。
「……ん。おはよう、リーナちゃん。あら、近いわね」
「近いどころじゃない! 腕、腕!」
「あ、ごめん。寝相が悪くて」
さらりと言うセレナ。この人の心臓は鉄でできているのか。
嵐は、すっかり止んでいた。
テントの外に出ると、洗い流された渓谷の岩肌が朝日に輝いていた。空気が澄んで、深呼吸が気持ちいい。
「よし。今日は渓谷の最深部を目指そう」
「はいっ!」
「了解」
三人で顔を見合わせて、頷く。
昨夜の嵐を乗り越えて、なんだかチームの絆が一段深くなった気がする。
物理的にも深くなった。主にセレナとの距離が。
顔が熱いのは、朝の冷気のせいだ。そういうことにしておく。
「さ、行くわよ。渓谷の奥に、何が待ってるかしらね」
「何が来ても、三人なら大丈夫だよ」
「リーナさん、かっこいいです!」
歩き出す。三つの影が、朝日に照らされた渓谷に伸びていく。
嵐の後の空は、どこまでも青かった。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます。
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