第7話:新たな仲間と、リーナちゃんの秘密
異世界生活、一ヶ月。
Cランクに昇格してから二週間。特注バストサポーターのおかげで戦闘の弱点を克服した俺――リーナは、セレナとの二人パーティーで順調に実績を積み上げていた。
が、ひとつ問題が浮上していた。
「リーナちゃん、そろそろパーティーメンバーを増やした方がいいと思うの」
朝のギルドで、セレナが切り出した。
「増やす? 二人でうまく回ってるのに?」
「今のCランク帯なら二人で十分よ。でも、この先Bランクの依頼を受けるようになったら、最低でも三人は欲しい。前衛がいないのが致命的なのよ。私たち、二人とも後衛の魔法使いでしょ?」
「……確かに」
フォレストベア戦で痛感した。俺が前に出て殴られる役を兼ねるのは限界がある。前衛で壁になってくれる人間がいれば、戦術の幅が格段に広がる。
「心当たりはあるの?」
「それがねぇ……」
セレナが腕を組んで唸った。
「前衛で、ちゃんと実力があって、性格がまともな人って、なかなか見つからないのよ。特にこのギルドだと」
このギルドの前衛系冒険者は、荒っぽいのが多い。腕っぷしは立つが、連携を取るタイプではない。
「カイルさんは?」
「カイルはBランクだし、フリーで活動するのが好きなタイプでしょ。パーティーに縛られたくないんじゃない? それに――」
セレナがにやりとした。
「カイルが入ったら、リーナちゃんの胸ばっかり見てて戦闘に集中できなさそう」
「否定できない」
そんな話をしていた時だった。
ギルドの扉が開いて、ひとりの少年が入ってきた。
いや、少年に見えたが、よく見ると少女だった。
短い栗色の髪。日に焼けた健康的な肌。背は百六十センチくらいで、体つきは細いが引き締まっている。胸は――ない。いや、あるのかもしれないが、革の胸当てに隠れてほぼ見えない。腰には短剣を二本差している。
年齢は十五、六歳くらいだろうか。大きな琥珀色の瞳が、ギルド内をきょろきょろと見回している。
「新人かしら」
セレナが呟いた。
少女はカウンターに向かい、マリナさんに声をかけた。
「あ、あの! 冒険者登録をしたいんですけど!」
元気いっぱいの声。緊張しているのか、声がわずかに震えている。
「はい、ようこそ。お名前は?」
「フィーネです! フィーネ・ライゼル! 剣士です!」
「フィーネさんですね。では登録手続きを――」
その時だった。
ギルドの奥のテーブルから、下卑た笑い声が聞こえた。
「おいおい、またガキが冒険者ごっこか?」
四人組の男たち。見覚えがある。Dランクの冒険者パーティーで、態度が悪いことで有名な連中だ。リーダーは体格のいい斧使いで、名前はゴルド。
「最近はおっぱいのでかい嬢ちゃんに続いて、今度はガキかよ。冒険者ギルドも安くなったもんだ」
仲間たちがげらげらと笑う。
フィーネが振り返った。琥珀色の瞳に、怒りの炎が灯る。
「ガキじゃありません! 十五歳です!」
「十五だろうがガキはガキだ。家に帰ってままごとでもしてな」
「っ……!」
フィーネが短剣の柄に手をかけた。一触即発の空気。
「やめなさい、フィーネさん。ギルド内での暴力行為は禁止です」
マリナさんが冷静に制止する。
「ゴルドさんも、新人への威圧行為はギルド規約違反ですよ」
「へいへい。悪かったよ」
ゴルドは口先だけで謝り、仲間たちと笑いながら店を出ていった。
フィーネは唇を噛んで悔しそうにしていた。
「……大丈夫?」
俺はフィーネに声をかけた。
フィーネが振り返る。俺の姿を見て、目を見開いた。
「あ……あなた、もしかしてリーナさん? 銀髪の!」
「知ってるの?」
「知ってるも何も! 二週間でEからCに飛び級した天才魔法使い! フォレストベアの変異種を二人で倒した! ギルド中で噂になってるじゃないですか!」
目をきらきらと輝かせるフィーネ。なんだか懐いてくれそうな雰囲気だ。
「そんな大したものじゃないよ。それより、あなた剣士なの?」
「はいっ! 二刀流の近接戦闘が得意です! 故郷の道場で十年間修行してきました!」
「十年? 五歳から?」
「はい! 父が道場の師範で、物心つく前から竹刀を握ってました!」
なるほど。筋金入りだ。
セレナが俺の隣に来て、耳元で囁いた。
「リーナちゃん。この子、いいんじゃない?」
「……俺もそう思ってた」
「また俺って言った」
「方言です」
「はいはい」
俺はフィーネに向き直った。
「フィーネちゃん、だっけ」
「は、はい!」
「冒険者登録が済んだら、うちのパーティーに入らない? 前衛を探してるんだ」
フィーネの目が、月みたいに真ん丸になった。
「えっ……えええっ!? リーナさんのパーティーに!? いいんですか!?」
「もちろん。ただし実力は見せてもらうけどね」
「はいっ! 絶対に役に立ちます! よろしくお願いします!!」
フィーネがぺこぺこと何度もお辞儀する。元気が良すぎて、周囲の冒険者たちが微笑ましそうに見ている。
「私はセレナよ。Cランクの魔法使い。よろしくね、フィーネちゃん」
「よろしくお願いします、セレナさん!」
こうして、パーティーに三人目のメンバーが加わることになった。
◇ ◇ ◇
フィーネの冒険者登録を済ませた後、早速三人でクエストに出ることにした。手始めにDランクのオーク討伐。フィーネの実力を見るにはちょうどいい。
東の森に向かう道中、フィーネは終始そわそわしていた。
「あの、リーナさん!」
「ん?」
「やっぱり実物はすごいですね!」
「実物?」
「はい! 噂以上の美人で、噂以上の……その……」
フィーネの視線が、俺の胸のあたりをちらちらと見ている。
「……胸?」
「すすすみませんっ! つい! だって道場には女の人少なかったし、こんなに大きいの初めて見たから……!」
「まあ、気にしなくていいよ。見慣れるから」
「見慣れるものなんですか……?」
「見慣れるわよ」
セレナが苦笑しながら答えた。
「最初は私もびっくりしたけど、一緒に温泉入ったり着替えたりしてるうちに……まあ、完全に慣れることはないわね。毎回ちょっとびっくりする」
「毎回びっくりされても困るんだけど」
「だって見るたびに『おっきいなぁ』って思うんだもの」
何の話をしているんだ、森の中で。
「あ、あの! 私ぺったんこなんですけど、パーティーに入れてもらえますか!?」
フィーネが唐突に不安そうな顔をした。
「胸のサイズとパーティー加入に何の関係もないよ」
「でも、リーナさんもセレナさんも大きいから、その、基準があるのかなって……」
「ないよ!?」
「巨乳パーティーだと思われてたらどうしよう……」
「思わないから!」
セレナが肩を震わせて笑いを堪えている。助けてくれ。
「フィーネちゃん、大事なのは戦闘力だから。胸は関係ない。俺が保証する」
「……リーナさん、今『俺』って」
「方言!」
「方言なんですね! かっこいい!」
純粋すぎて逆に辛い。
鑑定スキルがオークの反応を捉えた。三匹、前方百五十メートル。
「フィーネちゃん、出番だよ。見せてもらおうか」
「はいっ!」
フィーネの目つきが変わった。さっきまでの天真爛漫な少女の面影が消え、研ぎ澄まされた戦士の眼差しになる。
二本の短剣を抜き放つ。逆手と順手、左右で異なる握り。構えは低く、重心は前寄り。
――形がいい。
前世で剣道の試合を見たことがあるが、それとはまた違う。実戦的な、殺すための構えだ。十年の修行は伊達じゃない。
「行きます」
フィーネが地面を蹴った。
速い。
十五歳とは思えない加速。低い姿勢のまま、一瞬でオークとの間合いを詰める。
一匹目のオーク。棍棒を振り上げたところに、右手の短剣が脇腹を裂く。間髪入れず、左手の短剣が首筋を斬り上げる。
二匹目。一匹目の背後から回り込むように跳躍。空中で身体を捻り、二本の短剣を交差させるように振り下ろす。オークの首が飛んだ。
三匹目が逃げようとする。フィーネは追わず、短剣を投擲。回転する刃がオークの後頭部に突き刺さった。
三匹、十秒。
「…………」
「…………」
俺とセレナが、無言で顔を見合わせた。
「えへへ。どうでしたか?」
短剣を回収して戻ってきたフィーネが、無邪気な笑顔で聞いてくる。
「……フィーネちゃん。あなたEランクよね?」
「はい、今日登録したばかりです」
「今の動き、Cランクでも余裕で通用するわよ」
「そうですか? 父には『まだまだ青い』って言われてたんですけど」
お父さん、どんな基準だ。
「合格。文句なしだよ、フィーネちゃん」
「ほんとですか!? やったぁ!」
フィーネが満面の笑みで飛び跳ねた。喜ぶ姿は年相応の少女で、さっきの戦闘の凄味とのギャップがすごい。
「よろしくね、フィーネちゃん。これからうちの前衛、頼んだわ」
「はいっ! セレナさん、リーナさん、全力でお守りします!」
「ありがとう。頼もしいよ」
三人パーティーの誕生だ。
名前はまだ決めていないが、まあそのうち決まるだろう。
◇ ◇ ◇
初クエストを終え、ギルドに戻って報酬を受け取った後。
三人で食事をすることになった。ギルド併設の酒場で、テーブルを囲む。
「フィーネちゃん、どこから来たの?」
セレナが聞いた。
「北のほうの小さな村です。レイゼルの里って言って、代々剣士を輩出してる一族なんです」
「へぇ。なんでこの街に?」
「一族の慣習で、十五歳になったら一年間の武者修行に出るんです。自分の力で世界を見てこい、って」
「立派な一族ね」
「それで、冒険者になって修行しようと思ったんです。まさか初日にリーナさんたちのパーティーに入れるとは思いませんでしたけど!」
フィーネがにこにこしながらシチューを頬張っている。食べ方も元気だ。
「リーナさんは、どこの出身なんですか?」
来た。この質問。
「遠いところ」
「遠いところ……? 大陸の外とか?」
「まあ、そんなようなものかな」
異世界ってことは、確かに大陸の外ではある。
「じゃあ、ご家族は?」
「いない。一人でこの世界に来た」
「そうなんですか……。寂しくないですか?」
「……最初は寂しかったかもしれない。でも今は、セレナがいるし、フィーネちゃんもいるし」
「リーナさん……!」
フィーネが感動した顔になった。純粋すぎて眩しい。
「あ、でもリーナさんって不思議ですよね」
「不思議?」
「見た目は私と同い年くらいなのに、話し方がすごく落ち着いてるっていうか……時々、すっごく年上の人と話してるみたいな感じがするんです」
ぐっ、と言葉に詰まった。
セレナが横で「あー」と意味深な声を出した。
「それはね、フィーネちゃん。リーナちゃんの故郷の方言で――」
「方言じゃ説明つかないからね!?」
「ふふ。冗談よ。リーナちゃんは昔から大人びてたんでしょ。ね?」
「……ま、まあね」
前世が三十二歳だから大人びてるも何もない。中身はおじさんだ。
「それにリーナさん、自分のこと『俺』って言う時ありますよね。それもかっこよくて好きです」
「聞こえてたの……」
「はい! 女の子が『俺』って、ギャップがすてきです!」
ギャップじゃなくて地なんだけど。
「そういえば」
フィーネがスプーンを置いて、少し真剣な顔になった。
「リーナさん、さっきの戦闘で気になったことがあるんですけど」
「なに?」
「魔法を使う時の体の動き方が、最初と後半で全然違うんです」
「……どういうこと?」
「最初は少しぎこちないっていうか、自分の体を探りながら動いてる感じがあるんです。でも戦闘が始まると、急にスムーズになる。まるで――」
フィーネが首を傾げた。
「まるで、体に慣れてないのに、戦闘の感覚だけは染みついてるみたいな。不思議な動き方だなぁって」
背筋が冷たくなった。
この子、戦闘のセンスだけじゃなく、観察力も尋常じゃない。
「……気のせいじゃないかな」
「そうですか? 道場で色んな剣士を見てきたので、体の使い方の癖って結構わかるんですよね」
セレナが黙って俺を見ている。その目には、「そろそろ限界じゃない?」と書いてあった。
「フィーネちゃん」
俺は覚悟を決めた。
「実は俺――私には、秘密があるの」
「秘密?」
「まだ話せないことなんだけど、いつか必ず話すから。それまで、待っていてくれる?」
フィーネは大きな琥珀色の瞳で俺を見つめ、それから、ふわりと笑った。
「はい。リーナさんが話したい時に聞かせてください。私、リーナさんのこと信じてますから」
「……ありがとう」
「でも、ひとつだけ聞いていいですか?」
「なに?」
「リーナさんは、今の自分のこと、好きですか?」
予想外の質問だった。
今の自分。銀髪碧眼の美少女。規格外の巨乳。元は三十二歳の男。
好き、なのか。この体が。この自分が。
「…………」
一ヶ月前なら、即座に「好きなわけない」と答えていただろう。男として生まれ、男として生きてきた三十二年間を否定することになるから。
でも今は。
「……嫌いじゃ、ないかな」
正直に答えた。
「この体になって、戸惑うこともたくさんあった。今でもある。でも、この体だからこそ出会えた人たちがいて、見えた景色がある。セレナにも、フィーネちゃんにも、この姿じゃなかったら出会えなかったかもしれない」
「リーナさん……」
「だから、嫌いじゃない。まだ好きとは言い切れないけど、少しずつ、自分のものになってきてる気がする」
フィーネの目が潤んだ。
「私……リーナさんのそういうところ、すごく好きです。ちゃんと自分と向き合ってるところ」
「大げさだよ」
「大げさじゃないです! 私なんて、道場でつらいことがあると、すぐ逃げちゃってたから。リーナさんみたいに、ちゃんと正面から受け止められる人になりたいです」
逃げてないんだけどな。正面から受け止めるしかない状況なだけで。胸は物理的に受け止めるしかないし。
「リーナちゃん」
セレナが静かに言った。
「私も聞いてた。いつか話してくれる時を、楽しみにしてるわ」
「…………うん」
いつか、話す日が来るのだろうか。
元は男だったこと。三十二歳の社畜だったこと。過労で死んで、この体に転生したこと。
話したら、二人はどんな顔をするだろう。
怖い。
でも、この二人になら――話せるかもしれない、と思えた。
「さてと。しんみりしちゃったわね。もう一杯飲みましょ」
セレナがジョッキを掲げた。
「フィーネちゃんは果汁ね。未成年だから」
「えー、お酒飲んでみたいです!」
「ダメ」
「リーナさんは飲まないんですか?」
「……この体、一杯で前後不覚になるから」
「見たい!」
「見せない!」
賑やかな夜が更けていく。
三人の笑い声が、酒場に響いた。
◇ ◇ ◇
その夜。
宿屋の部屋で、ベッドに横になりながら天井を見つめる。
フィーネに聞かれた言葉が、頭の中でリフレインする。
――今の自分のこと、好きですか?
右手を持ち上げて、眺める。細い指。白い肌。前世では節くれ立っていたはずの手が、今は繊細な少女の手だ。
その手を、胸の上に置く。特注バストサポーターを外した胸は、仰向けだと左右にやわらかく広がる。心臓の鼓動が、手のひらを通して伝わってくる。
生きている。
男でも女でも、人間でも転生者でも。この心臓は、確かに動いている。
「……悪くない、か」
何度目かのこの言葉。
でも今日は、少しだけ意味が違う気がした。
「悪くない」じゃなくて。
「……好きに、なれるかもな」
小さく呟いて、目を閉じた。
明日から三人パーティーだ。やることは山ほどある。フィーネとの連携訓練、新しいクエスト、魔法の研究。
そして、いつか二人に打ち明ける、俺の秘密。
全部、少しずつ。
自分のペースで。
横向きになり、枕を抱える。いつものポジション。
異世界の月明かりが、窓からそっと差し込んでいた。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます。
もし、この物語を楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価を頂けると嬉しいです。




