第6話「特注バストサポーター、爆誕」
Cランクに昇格した翌日。
俺は最優先課題に取り組むべく、街の衣料品店を訪れていた。
「おばちゃん、相談があるんですけど」
「あらリーナちゃん。また服が壊れたの?」
初日に世話になったおばちゃん――ミルダさんは、俺の顔を見るなりため息をついた。この二週間で、ブラウスの買い替えに五回来ている。常連だ。不本意な常連だ。
「今日は壊れたんじゃなくて、特注のお願いです」
「特注?」
「バストサポーターを、戦闘用に作ってほしいんです」
ミルダさんの目が光った。
「詳しく聞かせて」
俺はテーブルに座り、昨日の昇格試験での問題点を説明した。高速移動時の胸の揺れ、重心のブレ、コンマ数秒の反応遅れ。戦闘において胸が致命的な弱点になっていること。
「なるほどねぇ。あんたの胸は確かに規格外だから、既製品じゃ限界があるわ」
「それで、揺れを最小限に抑えつつ、動きやすいサポーターが欲しくて」
「ふむ……」
ミルダさんが腕を組んで考え込む。
「普通のバストサポーターは日常用だからね。戦闘を想定した作りじゃない。だけど――」
ミルダさんの目がぎらりと光った。職人の目だ。
「面白いじゃないの。挑戦しがいがあるわ」
「やってくれますか!?」
「もちろん。私だって、伊達に三十年この商売やってないわよ。ただし、ちゃんと採寸させてもらうからね。前より詳しく」
「は、はい」
奥の試着室に通される。
「じゃあ、上を脱いで」
ブラウスとバストサポーターを外す。ぷるん、と解放された胸が自然な形に落ち着く。
ミルダさんがメジャーを手に、あらゆる角度から採寸を始めた。
「アンダー……六十三。トップ……九十七。差が三十四ってことは、やっぱりGカップ相当ね。初日の推定通りだわ」
「やっぱりGですか……」
「この世界の基準だと『特大』の上。規格外ってやつよ」
規格外。前世では何ひとつ規格外なところのなかった俺が、転生した途端に規格外だ。胸だけ。
「横幅も測るわよ。……うん、左右の間隔が狭いわね。寄せなくても谷間ができるタイプだわ。羨ましいこと」
「羨ましくないです」
「あとは張り具合と……ちょっと持ち上げるわよ」
「ひゃっ」
ミルダさんの手が胸の下に入り、ぐいっと持ち上げられた。
「うん、弾力があるわね。若いっていいわぁ。重さは……片方で体感六百グラムくらいかしら。両方で一・二キロ」
「一・二キロ!?」
「あんたの場合、常時一リットルのペットボトルを胸にぶら下げてるようなものよ。そりゃ揺れるし、重心もブレるわ」
一・二キロ。道理で肩が凝るわけだ。前世でノートPCを持ち歩くのと大差ない重量を、この体は二十四時間支えている。
「で、設計の方針だけど」
ミルダさんがスケッチ帳を取り出した。
「まず素材。普通の布じゃダメ。ワイバーンの革を使うわ。軽くて丈夫で、伸縮性もある。高いけど」
「いくらですか」
「素材費だけで金貨二枚」
「た、高い……」
金貨二枚は銀貨二百枚。今の手持ちでギリギリだ。
「次に構造。胸全体を包み込むフルカップ型で、肩紐はクロスバック。背中で重量を分散させる。さらに、胸の下と横にワイヤーの代わりにミスリル繊維を入れて、揺れを物理的に抑制する」
「ミスリル繊維……」
「軽くて強度が高い金属繊維よ。本来は鎧の内側に使うものだけど、サポーターに応用すれば最強の固定力が得られるわ」
ミルダさんのスケッチが形になっていく。いわゆるスポーツブラのようなデザインだが、素材と構造は完全に武器防具レベルだ。
「仕上げに、軽い風魔法の付与をかけるといいわね。揺れた時に自動で逆方向の風圧がかかる魔法を組み込めば、ほぼ完全に揺れを抑えられるはず」
「魔法付与! それは思いつかなかった」
「あんた自身が風魔法使いなんだから、自分で付与できるでしょ?」
「……確かに」
このおばちゃん、天才ではないだろうか。
「で、完成までどのくらいかかりますか?」
「三日。急ぎで仕上げてあげるわ。ただし――」
ミルダさんが人差し指を立てた。
「途中でフィッティングが必要だから、明後日にもう一度来て。微調整するから」
「わかりました」
「あと、これは私の職人としてのこだわりなんだけど」
ミルダさんがにやりと笑った。
「せっかく作るんだから、デザインも可愛くしていい?」
「機能性最優先で……」
「機能性は完璧にした上で、見た目も良くするの。戦う女の子には、可愛い下着が必要よ」
「……お任せします」
断れる雰囲気ではなかった。
◇ ◇ ◇
ミルダさんの店を出て、ギルドに向かう途中。
セレナと合流した。
「どうだった? 特注」
「三日後に完成するって。ミルダさんが本気出してる」
「楽しみね。戦闘用の胸当てって、聞いたことないけど」
「たぶんこの世界初だと思う」
「この世界初の戦闘用バストサポーターの使い手。なかなかの称号ね」
「いらないよ、そんな称号」
ギルドに入ると、掲示板の前に人だかりができていた。
「なんだろう」
近づいて覗き込むと、大きな赤い紙が貼られていた。緊急依頼だ。
┌──────────────────────┐
【緊急依頼】Bランク以上推奨
東の森の奥地にて、大型魔獣の目撃情報あり。
種別:フォレストベア(変異種)
推定危険度:B+
通常のフォレストベアの三倍の体躯。
魔力を帯びており、通常攻撃が効きにくい。
報酬:金貨五枚
注意:単独での討伐は禁止。
最低二名以上のパーティーで受注のこと。
└──────────────────────┘
「金貨五枚……!」
セレナが目を見開いた。
金貨五枚は、普通のクエスト十回分以上の報酬だ。特注バストサポーターの代金を差し引いてもお釣りが来る。
「Bランク以上推奨、か。私たちはCランクだけど……」
「推奨であって必須じゃないわね。Cランクでも受注はできる」
ふたりで顔を見合わせた。
「……行く?」
「行きましょう」
即決だった。
マリナさんに依頼を申請すると、案の定、心配された。
「お二人の実力は認めていますが、B+ランクの魔獣です。本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫です。二人の連携なら、やれます」
「……わかりました。ただし、無理だと思ったら即撤退を約束してください」
「約束します」
依頼書を受け取り、準備に入る。回復ポーション、魔力回復薬、予備の服(これ重要)、携行食、ロープ、地図。
「リーナちゃん、作戦は?」
「鑑定で先に位置を特定して、セレナの氷魔法で足止め。俺が風魔法で本体を削る。逃げ道は常に確保しておく」
「了解。……あ、また『俺』って言った」
「方言です」
「方言ねぇ」
セレナがにやにやしている。絶対信じていない。
◇ ◇ ◇
東の森の奥地に入って、約二時間。
鑑定スキルが、巨大な反応を捉えた。
「いた。前方三百メートル。……でかい」
「どのくらい?」
「反応の大きさからして、体長五メートルはある」
「五メートルの熊……。想像したくないわね」
足音を殺して接近する。木々の隙間から、それが見えた。
でかい。
通常のフォレストベアの三倍どころか、四倍近いのではないか。体長は推定六メートル。全身が暗い紫色の毛で覆われ、目が赤く光っている。体から禍々しい魔力が立ち昇り、周囲の草木が枯れている。
「変異種……これ、かなりやばくない?」
「やばいですね。でも、やれます」
「根拠は?」
「勘です」
「前世が社長の器ね」
前世は社畜です。
「よし。作戦通りに行くよ。セレナ、合図したら足止めを」
「了解」
セレナが詠唱準備に入る。俺は風魔法を両手に集中させた。
風精の耳飾りが微かに光る。風の魔力が増幅される感覚。
「――今!」
合図と同時に、セレナが杖を振り下ろす。
「氷結陣!」
フォレストベアの足元から、巨大な氷の柱が何本も突き出した。獣の四肢を氷が拘束し、動きを封じる。
「グォオオオオ!!」
フォレストベアが咆哮する。氷を砕こうと暴れるが、セレナの氷魔法はCランクの精度で的確に関節を押さえている。
今だ。
「風刃・連撃!」
両手から無数の風の刃を放つ。体の弱点――首の後ろ、脇腹、後ろ足の腱を狙い撃ちにする。鑑定スキルで弱点の位置は把握済みだ。
風の刃がフォレストベアの体に次々と突き刺さる。紫の毛が切り裂かれ、獣が苦痛の叫びを上げた。
だが。
「――硬い!」
通常のモンスターなら致命傷になるはずの攻撃が、変異種の分厚い魔力防壁に阻まれている。表面は切れるが、深層まで届かない。
「リーナちゃん、氷がもたない!」
セレナの悲鳴。フォレストベアが膂力で氷の拘束を引きちぎり始めていた。
バキバキバキッ!
氷が砕ける。四肢が自由になったフォレストベアが、怒りの形相でこちらを見た。
「まずい。距離を取って!」
セレナを庇うように前に出る。フォレストベアが突進してきた。六メートルの巨体が信じられない速度で迫る。
風魔法で跳躍。巨大な前足の一撃を紙一重で回避する。
――揺れた。
跳躍の衝撃で、胸が大きく揺れる。着地の重心がブレる。
「くっ……!」
この前の試験と同じだ。胸の揺れで体幹が乱れ、次の行動が一瞬遅れる。
その一瞬を、獣は逃さなかった。
振り回された尻尾が、俺の体を横から打った。
「がっ……!」
吹き飛ばされ、木に叩きつけられる。背中に衝撃。息が詰まる。
「リーナちゃん!!」
セレナの悲痛な叫び。
痛い。肋骨にヒビが入ったかもしれない。だが、風の鎧のおかげで致命傷は避けた。
木の幹にもたれながら立ち上がる。口の中に血の味がした。
フォレストベアがこちらに向かってくる。
セレナが必死に氷の矢を放つが、変異種の魔力防壁に弾かれる。
考えろ。普通の攻撃では防壁を破れない。もっと高密度の魔力を一点に集中させて、防壁ごと貫通する攻撃が必要だ。
全属性魔法適性。
風だけじゃない。全部使えるんだ。
「セレナ! 十秒だけ足止めして!」
「十秒!? やってみる!」
セレナが渾身の氷魔法を展開。地面全体を凍らせて、フォレストベアの足を氷に張りつけた。獣が暴れるが、十秒なら持つ。
その十秒で、俺は魔法を組み上げた。
風と火を融合。高温の旋風を圧縮し、極限まで小さく、極限まで密度を上げる。右手の指先に、白熱した光点が生まれた。
風精の耳飾りが強く輝く。
「複合魔法――」
体の中の魔力を、ありったけ注ぎ込む。
「――螺旋炎槍!」
指先から放たれたのは、直径わずか十センチの螺旋状の炎の槍。だがその密度は、先日の火球の数十倍。高速回転する風が炎を加速させ、ドリルのように回転しながらフォレストベアに向かう。
魔力防壁に接触。
一瞬の拮抗。
そして――貫通。
炎の槍が魔力防壁を突き破り、フォレストベアの心臓を射抜いた。
「グ……ォ……」
六メートルの巨体が、ゆっくりと傾き、轟音とともに倒れた。
地面が揺れた。
静寂が戻る。
「…………やった?」
「やった……のかしら?」
セレナが恐る恐る近づいてくる。フォレストベアは完全に動きを止め、やがて体が光の粒子になって消え始めた。後に残ったのは、拳大の巨大な魔石。
「やった……」
「やったわ!!」
セレナが駆け寄ってきて、俺を抱きしめた。
「リーナちゃん! すごい! あの魔法、何!? かっこよすぎ!」
「いたたた……セレナ、肋骨、肋骨にヒビが……」
「あっ、ごめん!」
慌てて離れるセレナ。俺は木にもたれかかりながら、回復ポーションを取り出して飲んだ。温かい液体が体の中を巡り、傷が癒えていくのを感じる。
「はぁ……生きてる」
「生きてるわよ。私が生かすわよ」
セレナが目を潤ませながら言った。
「もう、無茶しないでよ……。吹き飛ばされた時、心臓止まるかと思ったんだから……」
「ごめん。でも、セレナの氷魔法がなかったら、あの十秒は稼げなかった。ありがとう」
「……ずるい。そうやってすぐ感謝するんだから」
セレナが袖で目元を拭った。
俺は空を見上げた。木漏れ日が、戦闘で開けた空間から差し込んでいる。
服はまたボロボロだ。ブラウスは背中から裂けて、バストサポーターの肩紐が片方切れている。辛うじて胸は支えられているが、左側がずり落ちかけてかなり危険な状態だ。
「……予備の服、持ってきてよかった」
「成長したわね」
「この二週間で一番成長したのは、着替えの備蓄管理かもしれない」
「冒険者としてはどうなの、それ」
笑いながら着替える。もう、セレナの前で着替えることに抵抗はなくなっていた。女同士だし。
……女同士、だしな。
巨大な魔石を収納魔法にしまい、森を後にする。
帰り道、セレナが隣を歩きながら言った。
「ねえ、リーナちゃん」
「ん?」
「さっきの複合魔法。風と火を混ぜたやつ。あれ、すごい才能よ。異なる属性の魔法を同時に制御して融合させるなんて、Aランク以上の魔法使いでも簡単にはできないことだわ」
「そうなの?」
「そうよ。リーナちゃん、もしかしたらAランク……ううん、その上もありえるかもしれない」
「気が早いよ。今はまだ胸に振り回されてるCランクだ」
「その胸の問題も、三日後に解決するでしょ?」
「……そうだね」
特注バストサポーターが完成すれば、戦闘における最大の弱点が克服される。そうなれば、もっと自由に動ける。もっと強い相手にも挑める。
「楽しみね」
「うん。楽しみだ」
街の城門が見えてきた。
夕焼けが空を染めている。もう何度目かわからない、この美しい光景。
隣にはセレナがいて、手にした魔石はずっしりと重い。
体のあちこちが痛むけれど、心は軽い。
「帰ったら、まず風呂だな」
「賛成。今日は私がリーナちゃんの背中流してあげる」
「……自分で洗えます」
「遠慮しないの。怪我人なんだから」
「もう治ったよ」
「いいから。背中流させなさい」
セレナには逆らえない。
ため息をつきながら、でも少しだけ嬉しい自分がいた。
誰かに心配されること。誰かに世話を焼かれること。
前世では味わえなかった温かさが、この世界には溢れている。
「……ありがとう、セレナ」
「急にどうしたの」
「いや、なんでも」
「変なリーナちゃん」
セレナが笑った。
俺も笑った。
こんな穏やかな時間が、ずっと続けばいいのにと思った。
◇ ◇ ◇
そして三日後。
ミルダさんの店で、ついにそれは完成した。
「じゃーん! 戦闘用特注バストサポーター、完成よ!」
ミルダさんが誇らしげに掲げたそれは、黒を基調とした精悍なデザインだった。ワイバーンの革は光沢があり、高級感がある。肩紐のクロスバック構造、ミスリル繊維のサイドサポート。そして胸元には、さりげなく銀色の刺繍が施されている。
「この刺繍は?」
「風の紋章よ。あんたの属性に合わせて、魔法付与のアンカーになるように入れたの。ここに風魔法を流し込めば、揺れを自動で抑制する仕組みができるわ」
「すごい……」
「着けてみなさい」
試着室で着用する。
胸を収め、肩紐を通し、背中のクロスバックを固定。
――ぴったりだ。
完璧なフィット感。胸全体が均一に支えられ、圧迫感はない。それでいて、しっかりと固定されている。
小さくジャンプしてみた。
揺れない。
もう少し大きく跳ねてみた。
揺れない。
その場で全力の回転運動をしてみた。
揺れない!
「すっ……すごい!! 全然揺れない!!」
「当然よ。私の最高傑作だもの」
ミルダさんが腕を組んで、ドヤ顔をした。
「さらに風魔法を付与すれば、もっと安定するわ。やってみなさい」
胸元の風の紋章に魔力を流し込む。紋章が淡く光り、サポーター全体に微弱な風の層が形成された。
そしてもう一度、全力で跳躍。
微動だにしない。
「完璧だ……!」
感動で目頭が熱くなった。まさか下着で泣きそうになる日が来るとは。
「お代は金貨二枚と銀貨五十枚。魔石で払ってくれてもいいわよ」
「フォレストベアの魔石で足りますか?」
「足りるどころかお釣りが来るわよ、あんなの」
支払いを済ませ、新しいサポーターを着けたまま店を出る。
歩く。揺れない。走る。揺れない。全力ダッシュ。揺れない!
「最高だ……!」
街中で満面の笑みを浮かべながら走る銀髪美少女の姿は、通行人を困惑させたかもしれない。
ギルドに駆け込むと、セレナがカウンター前で待っていた。
「セレナ! 見て! 走っても揺れない!」
「え、ほんとに? ちょっと跳んでみて」
その場でぴょんぴょん跳ねる。
「……すご。ほんとに揺れてない。あの暴れん坊たちが大人しくなってる」
「ミルダさんの技術、すごいよ。ワイバーンの革にミスリル繊維、さらに風魔法の付与で……」
「ちょ、ちょっと。ギルドの中で下着の話を大声でしないの」
周囲の冒険者たちが、微妙な顔でこちらを見ていた。男性陣は目のやり場に困り、女性陣は興味深そうに耳を傾けている。
「あ……すみません」
顔が熱くなる。興奮しすぎた。
「でも、これで戦闘の弱点が解消されたわけね」
「うん。もう胸に足を引っ張られることはない」
「よかった。じゃあ、早速試してみましょうよ。今日のクエスト、ちょっと激しめのやつ選ぶわよ」
「望むところだ」
セレナとふたり、掲示板に向かう。
その背中は軽い。文字通り、胸の重さから解放されたような気分だった。
Cランク冒険者リーナ。
銀髪碧眼の美少女。規格外の魔力。全属性魔法適性。そして――
この世界初の、戦闘用特注バストサポーターの持ち主。
異世界冒険者ライフ、まだまだ加速する。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます。
もし、この物語を楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価を頂けると嬉しいです。




