第5話:Cランク昇格試験で、まさかのお色気ハプニング!?
異世界に来て、二週間が経った。
その間にこなしたクエストは計二十三件。ゴブリン、オーク、ワイバーンもどきの飛竜、果ては暴走したゴーレムの群れまで。セレナとの二人パーティーは日に日に練度を上げ、Eランクの新人とは思えない速度で依頼をこなしていた。
そして今日、ついにこの時が来た。
「リーナさん。飛び級でのCランク昇格試験の推薦が承認されました」
マリナさんが、眼鏡の奥の目を輝かせて言った。
「通常、EランクからCランクへの飛び級には最低一ヶ月の実績が必要ですが、リーナさんの場合は討伐数、達成率、依頼難度、すべてにおいて基準を大幅に超えています。ギルドマスターの特別推薦です」
「ありがとうございます。で、昇格試験って何をするんですか?」
「二部構成です。第一部が筆記試験。モンスターの知識や冒険者規約に関する問題が出ます。第二部が実技試験。試験官との模擬戦闘です」
「模擬戦闘……」
「今回の試験官は――」
マリナさんが書類をめくった。
「Bランク冒険者、カイル・レヴァンスさんです」
「…………え?」
嫌な予感がする。
横でセレナが「あらまあ」という顔をしていた。
◇ ◇ ◇
昇格試験は翌日。会場はギルド併設の訓練場だ。
筆記試験は午前中。前世の社畜時代に培った事務処理能力をフル活用し、制限時間の半分で全問回答した。鑑定スキルのおかげでモンスター知識は完璧だし、冒険者規約は登録初日に全文読んでいた。
問題は午後の実技だ。
訓練場は屋外の広い砂地で、周囲には観覧用の柵が設置されている。昇格試験は公開制らしく、ギルドの冒険者たちがぞろぞろと集まってきていた。
「リーナちゃん、がんばってー!」
柵の最前列でセレナが声援を送っている。その隣にはマリナさんもいて、クリップボードを持って審査の準備をしていた。
観客の中には、商人風の男、他のパーティーの冒険者、果ては近所の八百屋のおっちゃんまでいる。
「なんでこんなに人が……」
「そりゃあ、噂の銀髪美少女の試験だからな」
訓練場の反対側から、カイルが歩いてきた。
普段の軽装ではなく、胸当てと肩当てのついた本格的な戦闘装備。腰には長剣を提げている。Bランクの風格が漂う。
「よう、リーナちゃん。まさか俺が試験官とはな」
「カイルさんこそ、試験官なんてやるんですね」
「ギルドマスターに頼まれたんだよ。『あの子の実力を正確に測れるのはお前しかいない』ってな」
カイルがニヤリと笑う。
「まあ、お手柔らかに頼むわ。Bランクの本気出されたら負けますよ」
「そこは実力次第だ。――ただし」
カイルが真剣な目になった。
「手は抜かねえぞ。昇格試験ってのは、命がかかる仕事に就けるかどうかの審査だ。甘くしたら、お前がいつか死ぬことになる」
「…………」
この人、ちゃらちゃらしているようで、こういうところはちゃんとしているのだ。見る目を少しだけ改めた。胸ばかり見ているのは相変わらずだが。
マリナさんが訓練場の中央に立ち、ルールを説明する。
「実技試験のルールです。制限時間は十五分。降参、気絶、場外で決着。殺傷力の高い攻撃は禁止。試験官が受験者の実力を十分に確認できたと判断した場合、時間内でも終了となります。――両者、位置について」
俺とカイルが、二十メートルの距離を挟んで向かい合う。
風が吹いた。銀髪が揺れる。
観客がざわめく。
「始め!」
マリナさんの合図と同時に、カイルが動いた。
速い。
Bランク剣士の踏み込みは、ゴブリンやオークとは次元が違った。一瞬で間合いを詰め、長剣が横薙ぎに振るわれる。
「っ!」
風魔法で後方に跳ぶ。剣先が鼻先をかすめた。冷や汗が首筋を伝う。
「反応はいいな。さすがだ」
カイルが追撃してくる。連続した斬撃が次々と放たれ、俺は風魔法による高速移動で回避し続ける。
だが、ここで問題が発生した。
高速移動すると、胸が揺れる。
バストサポーターがあっても、Bランクの攻撃を回避するレベルの急加速・急減速には耐えきれない。左右に跳ぶたびに、ぶるんぶるんと胸が暴れまわる。
「くっ……!」
揺れるたびに体の重心がブレる。着地が一瞬遅れる。
カイルはその一瞬を見逃さなかった。
「もらった!」
踏み込みからの突き。
咄嗟に風の壁を展開して受け止めるが、衝撃で後方に押し飛ばされた。なんとか踏みとどまるが、体勢が崩れた。
「胸が邪魔してるな」
カイルが剣を構え直しながら、冷静に指摘した。
「回避の時に重心がブレてる。お前ほどの魔力と反射神経があれば、本来なら俺の攻撃には余裕で対処できるはずだ。けど、胸の揺れで体幹が乱れて、コンマ数秒のロスが出てる」
「……わかってます」
わかっている。この体の最大の弱点だ。戦闘における胸の重量問題。ゴブリンやオーク相手なら誤差で済むが、Bランク相手だとそのコンマ数秒が致命的になる。
観客席からも声が聞こえる。
「おいおい、あのおっぱいであの動きかよ……」
「むしろあれだけ揺れて戦えてるのがすげえ……」
うるさい。
考えろ。胸の揺れを前提とした戦闘スタイルを構築しなければ、この先もずっと足を引っ張られる。
回避に頼る戦い方がダメなら――回避しなくていい戦い方をすればいい。
「いくぞ」
カイルが再び突進してくる。
今度は逃げなかった。
両足を肩幅に開き、重心を低く落とす。胸の揺れを最小限に抑える姿勢。そして両手を前に突き出し、全力で魔法を放った。
「――風牢!」
カイルの周囲の空気が一瞬で圧縮され、風の檻が形成される。四方八方から暴風が吹き荒れ、カイルの体が空中に浮き上がった。
「なっ……!?」
「動かないでくださいね。風速を上げると、体が切れますよ」
静かに言った。
風牢の中のカイルは、身動きが取れない状態で空中に固定されている。剣を振ろうにも、暴風がそれを許さない。
観客席が静まり返った。
セレナだけが「きゃー! リーナちゃんかっこいいー!」と叫んでいた。
「…………やるじゃねえか」
カイルが、風に煽られながらも不敵に笑った。
「だが、それで終わりか?」
瞬間、カイルの体から膨大な闘気が溢れ出した。Bランク剣士の本気。筋肉が膨張し、暴風の中で強引に剣を振り上げる。
「破ッ!」
闘気を纏った斬撃が、風牢を内側から斬り裂いた。
「嘘……!」
風の檻が崩壊する。カイルが着地し、そのまま突進してくる。速い。さっきまでとは段違いの速度。
回避は間に合わない。
なら。
「風纏!」
全身に風の鎧を纏う。同時に、足元に風を集中させて加速。正面からカイルに突っ込んだ。
剣と風の拳がぶつかる。
衝撃波が訓練場を揺らした。砂埃が舞い上がり、一瞬、視界が遮られる。
砂埃が晴れた時。
カイルの長剣は、俺の首元で止まっていた。
そして俺の右手は、風の刃を纏った状態で、カイルの腹部に突きつけられていた。
相打ち。
「…………」
「…………」
ふたりの間で、沈黙が流れる。
カイルがゆっくりと剣を下ろした。
「参った。これ以上は本気の殺し合いになっちまう」
「こちらこそ、もう魔力がギリギリです」
息が荒い。汗が顔を伝い、首筋から鎖骨へ、鎖骨から谷間へと流れ落ちていく。ブラウスが汗で肌に張りつき、体のラインが浮かび上がっている。
戦闘の熱気で頬が紅潮し、碧い瞳が興奮で潤んでいる。
客観的に見て、相当えっちな状態だと思う。だが今はそれどころではない。
「マリナさん。俺から言わせてもらうが、こいつはCランクどころじゃねえ」
カイルが審査員席のマリナさんに向かって言った。
「魔力、判断力、度胸。全部合格だ。弱点は明確だが、それを補う戦術の切り替えもできてる。Bランクでも通用するぞ」
「……カイルさんの評価を踏まえ、リーナさんのCランク昇格を認定します」
マリナさんがクリップボードにサインする。
その瞬間、観客席から歓声が上がった。
「やったー! リーナちゃーん!」
セレナが柵を乗り越えて突進してきた。そのまま俺に飛びつく。
「すごかったわ! 最後のあれ、かっこよすぎ!」
「セレナ、ちょ、苦しっ……」
セレナに抱きつかれると、お互いの胸が密着して潰れる。柔らかいもの同士がむにゅっと変形する感触が、戦闘の興奮冷めやらぬ体に追い打ちをかける。
「はなして、はなして。人が見てるから!」
「えー、いいじゃない。お祝いよ、お祝い」
セレナがぎゅうぎゅう抱きしめてくる。彼女の体も汗ばんでいて、肌と肌が触れ合う温度を感じる。元男の本能が反応しかけて、慌てて理性で押さえ込んだ。
「あの、セレナさん。リーナさんが苦しそうなので……」
マリナさんが助け舟を出してくれた。女神か。
「あ、ごめんね。つい嬉しくて」
セレナが離れる。ほっとしたのも束の間、今度はカイルが歩いてきた。
「リーナ」
「はい」
「強かったぞ。……正直、お前が来た初日は、見た目だけの嬢ちゃんだと思ってた。悪かったな」
「いえ。カイルさんも本気で来てくれたおかげで、自分の弱点がわかりました」
「胸のことか」
「はい」
「そればっかりは、どうしようもねえけどな」
カイルが、ふっと笑った。
「だが、お前はそれを言い訳にしなかった。弱点があるなら、戦い方を変えればいい。そう判断できるやつは強い」
「……ありがとうございます」
「あとな」
カイルがぽりぽりと頭を掻いた。
「前から思ってたけど、お前、中身はかなりのおっさんだろ」
心臓が止まりかけた。
「……なんのことですか?」
「いや、戦い方がな。若い女の子にしては判断が渋すぎるっつーか。場数踏んだベテランみてえな戦術眼してんだよ」
「た、たまたまですよ」
「そうか? まあいいけどな。なんにせよ、Cランクおめでとう。今度飲みに行こうぜ」
「考えておきます」
カイルが去った後、どっと疲れが押し寄せてきた。
戦闘の疲労もあるが、それ以上に精神的な疲労が大きい。「中身はおっさん」って、それバレたら色々まずいやつだ。
「リーナちゃん、今日はお祝いよ! 美味しいもの食べに行きましょ!」
セレナが腕を引っ張ってくる。
「うん……でもその前に、着替えたい。汗だくだし、ブラウスが張りついてて色々見えてる気がする」
「色々って?」
「……色々です」
汗で濡れたブラウスは、ほぼ透けていた。バストサポーターの形はもちろん、肌の色まで透けて見えている。
「ほんとだ。結構透けてるわね。……っていうか、さっきの試合中もこの状態だったの?」
「たぶん」
「どうりで観客の男たちが盛り上がってたわけだわ……」
セレナが遠い目をした。
思い出したくないので、忘れることにした。
◇ ◇ ◇
着替えを済ませて、セレナに連れられたのは街の繁華街にあるレストランだった。こぢんまりとした、しかし雰囲気の良い店だ。
窓際の席に向かい合って座る。
「かんぱーい!」
セレナがエールのジョッキを掲げた。俺もフルーツジュースで応じる。この体でアルコールを飲む勇気はまだない。酔ったらどうなるか予測がつかない。
「Cランクおめでとう、リーナちゃん。二週間でEからCとか、前代未聞よ?」
「セレナのおかげだよ。一人じゃここまで来れなかった」
「何言ってるの。実力はリーナちゃんのものでしょ」
セレナがエールをぐびぐび飲む。この人、酒が強い。
「でも、今日の試合で思ったわ。リーナちゃんの弱点、なんとかしないとね」
「胸の……」
「そう。回避型の戦闘だと、どうしてもあの子たちが暴れるでしょ」
あの子たち呼ばわりされた。
「対策としては、ひとつはもっとしっかりしたサポーターを特注すること。もうひとつは、今日みたいに回避しない戦い方を磨くこと。両方やるのがベストね」
「さすが、冷静な分析だね」
「伊達に四年も冒険者やってないわよ。それに――」
セレナがジョッキをテーブルに置いて、少し真剣な顔になった。
「私ね、前のパーティーが解散した時、もう冒険者やめようかと思ったの」
「そうだったの?」
「メンバーと揉めちゃって。私の魔法が弱いとか、もっと前衛で役に立てとか。結局、パーティーリーダーの彼女に取り入ったやつが残って、私が出ることになった」
「……ひどい話だね」
「でしょ? でもね、リーナちゃんと組んで思ったの。ああ、こういうパーティーが欲しかったんだって。お互いの得意なことを活かして、苦手なことをカバーして。それが当たり前にできる相手」
セレナの碧い瞳がまっすぐ俺を見つめる。
「リーナちゃんは私の魔法を信頼して背中を預けてくれるでしょ。あれが、すごく嬉しかったの」
「……当然だよ。セレナの魔法は精密で信頼できる。俺が索敵に集中できるのは、後ろにセレナがいるからだ」
あ。
「俺」って言った。
一瞬、空気が凍った。
「……今、自分のこと『俺』って言わなかった?」
「言ってないです」
「言ったわよ」
「気のせいです」
「気のせいじゃないわよ。はっきり聞こえたわよ」
やばい。前世の一人称が出てしまった。普段は意識して「私」を使っているのに、気を抜くと「俺」が出る。
「あー……方言、です。故郷の方言で、女の子でも俺って使うんです」
「そう? 変わった方言ね。どこの出身?」
「遠いところです。すごく遠い」
異世界どころか別世界だ。嘘は言っていない。
「ふぅん。まあいいわ。秘密のひとつやふたつ、あるわよね」
セレナはそれ以上追及しなかった。ありがたい。
「ところでリーナちゃん、お酒飲まないの?」
「この体でお酒は怖くて……」
「一杯だけ? お祝いだし」
「……一杯だけなら」
セレナに押されて、エールを一杯だけ飲んだ。
結論から言うと、この体はめちゃくちゃ酒に弱かった。
一杯で顔が真っ赤になり、視界がぐるぐると回り始めた。
「にゃはは……セレナぁ、せれにゃぁ……」
「えっ、ちょ、リーナちゃん!? 一杯でこんな!?」
「あったかい……せれにゃ、あったかいねぇ……」
気づいたら、セレナの腕に抱きついていた。酔った頭では元男のプライドも何もあったものではなく、ただひたすらに目の前の温もりにすり寄っている。
「リ、リーナちゃん。胸が、あたっ……当たってるから……」
「えへへぇ……」
「えへへじゃないの! 店の中だから! みんな見てるから!」
酔っ払い美少女が金髪美女に甘える光景は、店内の男性客の視線を釘付けにしていたらしい。
「もう、しょうがないわね……」
セレナが、仕方なさそうに――でも少し嬉しそうに、俺の頭を撫でた。
「今日はがんばったもんね。よしよし」
「んぅ……」
頭を撫でられる感触が心地よくて、そのまま意識が溶けていった。
◇ ◇ ◇
翌朝。
宿屋のベッドで目覚めた俺は、昨夜の記憶に頭を抱えた。
「…………死にたい」
セレナに甘えた。抱きついた。「せれにゃ」と呼んだ。
記憶がある分だけ、余計に辛い。
枕に顔を埋めて悶絶していると、ドアがノックされた。
「リーナちゃん、起きた?」
セレナの声だ。
「……はい」
「昨日のこと覚えてる?」
「覚えてます。ごめんなさい」
「ふふ。可愛かったわよ、酔っ払いリーナちゃん」
可愛いとか言うのやめてほしい。中身は三十二歳のおっさんなんだ。
「朝ごはん、下で一緒に食べましょ。今日から私たち、Cランクコンビよ」
「……うん。すぐ行く」
顔を洗い、着替えて、鏡の前に立つ。
昨夜の赤みはすっかり引いて、いつもの銀髪碧眼の美少女がそこにいた。
「……よし」
頬をぱんぱんと叩く。
新しいランク。新しい挑戦。
胸の弱点もなんとかしなければいけないし、魔法ももっと磨く必要がある。カイルに「おっさん」疑惑を持たれたのも気がかりだ。
だが、隣にはセレナがいる。
それだけで、大体のことはなんとかなる気がする。
「さて。Cランク冒険者リーナ、二日目開始」
部屋を出て、階段を降りる。
食堂でセレナが手を振っているのが見えた。
その笑顔に、思わず笑い返す自分がいた。
――高橋健太が死んで、リーナが生まれて、二週間と一日。
この世界は、まだまだ面白くなりそうだ。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます。
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