第4話:パーティー結成!でも胸がパーティーの足を引っ張る
異世界四日目。
朝、宿屋の部屋で着替えている時に事件は起きた。
ブラウスのボタンが、飛んだ。
ぱちんっ、と小気味良い音を立てて、第三ボタンが壁に跳ね返った。
「…………」
胸元が開き、バストサポーターに包まれた谷間がこんにちはする。
昨日買い足した予備のブラウスなのに、もうボタンが耐えきれなかったらしい。サイズを間違えたのではない。店にあった一番大きいサイズを買ったのだ。それでも、この胸には足りなかった。
「……オーダーメイドしかないのか」
ため息をつきながら、収納魔法から別のブラウスを取り出す。今度は最初からボタンをひとつ開けた状態で着ることにした。谷間は見えるが、ボタンの安全が優先だ。
コルセットを締めて、装備を整える。今日はセレナさんとの初クエスト。気合いを入れなければ。
――と、思っていたのだが。
◇ ◇ ◇
「リーナちゃん、おっはよー!」
ギルドの入り口で手を振るセレナさんは、昨日の温泉で見た時よりも格段に華やかだった。
濃紺のローブに金の刺繍。腰にはベルトで杖を吊るし、長い金髪をサイドテールにまとめている。魔法使いらしい装いで、しかもスタイルがいいから絵になる。
「おはようございます、セレナさん」
「セレナでいいわよ。パーティーメンバーなんだし」
「じゃあ、セレナ」
「ん、よろしくね」
ギルドの中に入ると、掲示板の前で今日のクエストを選ぶ。
「リーナちゃんはまだEランクよね。私がCランクだから、Dランクまでのクエストなら一緒に受けられるわ」
「じゃあ、このあたりですかね」
掲示板のDランク帯を見る。
・オーク討伐×3(報酬:銀貨5枚)
・森の採取クエスト・上級(報酬:銀貨3枚)
・遺跡探索・初級(報酬:銀貨8枚+発見物の取り分)
「遺跡探索、面白そうじゃない?」
セレナが目を輝かせた。
「報酬もいいですし、それにしましょうか」
カウンターでマリナさんに依頼を受理してもらう。
「遺跡探索ですか。お二人なら大丈夫だとは思いますが、気をつけてくださいね。遺跡内にはトラップやモンスターが出ることもありますから」
「了解です」
「あ、リーナさん。今日はボタンが……」
マリナさんの視線が俺の胸元に向く。開けた第一ボタンから、谷間が覗いている。
「戦略的開放です」
「せ、戦略的……」
マリナさんは何か言いたそうだったが、飲み込んだらしい。賢明な判断だ。
ギルドを出ようとした時。
「よお、リーナちゃん。今日もきれいだな」
カイルだった。壁際の定位置から声をかけてくる。
「おはようございます、カイルさん」
「パーティー組んだのか? その人と」
「ええ。セレナです。よろしく」
セレナが愛想よく手を振った。カイルはセレナをちらりと見て、それから俺を見た。
「ふぅん。女二人か。心配だな。何かあったら俺を呼べよ」
「ありがとうございます。でも大丈夫ですよ」
にこやかに断って、ギルドを後にする。
「あの人、リーナちゃんのこと好きなんじゃない?」
街道を歩きながら、セレナがにやにやと言った。
「好きっていうか、胸が好きなんだと思います」
「あはは、身も蓋もないわね」
「元――いえ、なんとなくわかるんです。男の人の目って」
危ない。「元男だから」と言いかけた。
「へぇ、リーナちゃん意外と鋭いのね。恋愛経験豊富?」
「ゼロです」
「ゼロ!? この顔で!?」
前世を含めてゼロだ。三十二年間彼女なしの社畜に恋愛経験があるわけがない。
「意外すぎて逆に心配になるわね……。まあいいわ、私がいろいろ教えてあげるから」
「恋愛の指導は結構です」
「えー、つまんないの」
◇ ◇ ◇
街から東に一時間ほど歩いたところに、目的の遺跡があった。
苔むした石造りの入り口。半分崩れた柱。地下へ続く階段。RPGでよく見るタイプの遺跡だ。
「雰囲気あるわねぇ。テンション上がるわ」
「松明は……魔法でいけますか?」
「任せて」
セレナが杖を振ると、小さな光球がふわりと浮き上がった。暗い遺跡内を、白い光が照らす。
「じゃあ、行きましょうか」
階段を降りて、遺跡の中に入る。
内部は意外と広かった。石造りの通路が奥へと続き、ところどころに部屋がある。壁には見たことのない文字が刻まれている。
「この文字、古代語ね。私少しだけ読めるわ」
「さすがCランク」
「えへへ。伊達に冒険者やってないのよ」
セレナが壁の文字を解読しながら進む。どうやらこの遺跡は、かつて魔法研究施設だったらしい。
三つ目の部屋を調べている時、俺の鑑定スキルが反応した。
「セレナ、止まって」
「え?」
「罠がある。床の、その石――踏むと起動する」
鑑定で見ると、セレナの足元の石板が薄く光っている。圧力式のトラップだ。
「ひぇっ……。ありがとう、助かったわ。鑑定スキル便利ね」
「慎重に避けて。左側が安全です」
トラップを回避しながら奥へ進む。途中、小型のゴーレムが三体出現したが、俺の風魔法とセレナの氷魔法で難なく撃破。セレナの魔法はかなり精密で、的確にゴーレムの核を狙い撃ちにしていた。
「やるね、セレナ」
「リーナちゃんこそ。風魔法、すごいコントロールね。私より魔力量多いんじゃない?」
「鑑定しないでください」
「あはは、バレた?」
連携はスムーズだった。俺が鑑定で索敵とトラップ検知を担当し、セレナが後方から精密射撃。前世の社畜時代に培った報連相のスキルが、意外なところで役に立っている。
遺跡の最深部に辿り着いた時――問題が起きた。
「これ、通れるの……?」
最奥の部屋へ続く通路が、極端に狭かった。大人ひとりがようやく通れるくらいの幅。しかも途中でさらに狭くなっている。
「私は大丈夫そうね」
セレナがすっと体を横にして通り抜ける。細身の体が、するりと狭い通路を通過していった。
「リーナちゃん、おいでー」
奥からセレナの声が聞こえる。
俺も横向きになって通路に入った。
――挟まった。
「……え」
胸が、つかえている。
通路の壁に、左右から胸が押しつぶされる形になっている。正面を向いても横を向いても、この胸が通路の幅を超えている。
「むぐっ……」
無理やり進もうとすると、胸が壁に圧迫されて形が変わる。ぐにゅっと押しつぶされ、壁の冷たい石の感触が布越しに伝わってくる。
「リーナちゃん? どうしたの?」
「…………挟まりました」
「え?」
「胸が……挟まって、動けません」
沈黙。
そして、奥から響く笑い声。
「あっはっはっはっは!」
「笑わないで!」
「ごめ、ごめんなさい……! だって、胸が挟まるとか……あはははは!」
セレナが涙を流しながら笑っている。こっちは笑い事じゃないのだが。
「ちょ、マジで助けて。動けないんだけど」
「わ、わかった。待って、今行くから……ぷふっ」
セレナが通路を戻ってきた。狭い通路の中で俺の手を掴む。
「引っ張るわよ。せーのっ」
「いたっ……! 胸が、胸が潰れ――!」
「がんばって! もうちょっと!」
ずるっ、と。
ぶるんっ!
体が通路を抜けた瞬間、解放された胸が盛大に揺れた。ぶるんぶるんと数秒間揺れ続ける双丘を押さえて、俺は壁にもたれかかった。
「はぁ、はぁ……死ぬかと思った……」
「胸で死にかけるの、リーナちゃんくらいよ」
「自分でもそう思います……」
ブラウスを確認すると、壁との摩擦でボタンがもうひとつ飛んでいた。胸元がはだけて、バストサポーターの上半分が露出している。
「あーあ。また服がダメになった」
「予備は?」
「持ってきてます。が、ここで着替えるのも……」
「誰も見てないわよ。私しかいないし」
「それはそうなんですけど」
元男のプライドが邪魔をする。だが、この格好で街に戻るわけにもいかない。
「……後ろ向いてて」
「はいはい」
セレナが後ろを向いている間に、素早くブラウスを着替える。着替えの最中、バストサポーターだけの姿が遺跡の光球に照らされて、自分の影が壁に映った。豊満な曲線のシルエット。
早く着替えよう。
「終わりました」
「ん。じゃ、この部屋を調べましょうか」
最深部の部屋は、広い円形の空間だった。中央に石の台座があり、その上に小さな箱が置かれている。
「鑑定……罠はなし。箱の中は――」
鑑定結果に目を見張った。
「……魔法のアクセサリー。『風精の耳飾り』。装備すると風魔法の威力が30%上昇する」
「えっ、大当たりじゃない! リーナちゃんにぴったりよ」
箱を開けると、銀色の小さなイヤリングが入っていた。翡翠色の宝石がついた、繊細なデザイン。
「綺麗……」
思わず呟いた。
「つけてみなさいよ」
耳につけると、体の中の風属性の魔力がふわりと活性化するのを感じた。確かに強化されている。
「似合うわ、リーナちゃん。ますます美少女ね」
「……ありがとう」
素直に嬉しかった。
俺は前世で、人に褒められた経験がほとんどない。仕事では当たり前のことを当たり前にやっても評価されず、失敗した時だけ叱られた。
だからセレナの言葉が、こんなにも染みる。
「ねえ、リーナちゃん」
「ん?」
「今日、すっごく楽しかった。やっぱりパーティー組んでよかったわ」
セレナがまっすぐな目で言った。
「あなたの鑑定のおかげで罠も回避できたし、戦闘でもちゃんと連携取れたし。……胸が挟まるハプニングはあったけど」
「それは忘れてほしい」
「一生覚えてるわ」
「やめて」
笑いながら遺跡を後にする。
帰り道、夕暮れの街道を二人で歩いた。
「ねえ、リーナちゃんは、この世界に来る前は何してたの?」
不意の質問だった。
「……普通の、つまらない仕事をしてました」
「つまらなかったの?」
「毎日同じことの繰り返しで、誰にも必要とされてる実感がなくて。気づいたら、自分が何のために生きてるのかわからなくなってた」
言ってから、しまったと思った。重すぎる。明るいラノベ的空気を台無しにしてしまった。
だがセレナは、茶化すことなく静かに聞いてくれた。
「今は?」
「……今は、悪くないです。新しいことだらけで、大変だけど」
胸が重いとか、服のボタンが飛ぶとか、狭い通路に挟まるとか。
でもそれは全部、生きているから起こることだ。
「セレナがパーティーに誘ってくれて、嬉しかったです。本当に」
「……もう、急にそういうこと言うんだから」
セレナが顔を背けた。夕日のせいかもしれないが、耳が赤く見えた。
「私こそ嬉しいわよ。リーナちゃんと組めて。……これからよろしくね、パートナー」
「はい。よろしくお願いします」
街の城門が見えてきた。
夕焼けに染まった空の下、二人の影が長く伸びる。
冒険者としての四日目が終わる。得たものは、銀貨八枚と、魔法のイヤリングと。
それから――信頼できる仲間。
前世では最後まで手に入らなかったものが、この世界では四日目で手に入った。
なんだか泣きそうになって、慌てて空を見上げた。
異世界の星が、ひとつ、ふたつと瞬き始めていた。
◇ ◇ ◇
その夜。
宿屋のベッドに仰向けに寝転がりながら、イヤリングを指で弄ぶ。
翡翠色の宝石がランプの光を受けて、きらりと光る。
「……悪くない」
何度目かわからない、この言葉。
胸の重さにも、高い声にも、長い髪にも。少しずつ慣れてきている。
慣れてきている、というより。
受け入れ始めている、というべきか。
高橋健太として三十二年。リーナとして四日。
まだ圧倒的に健太としての自分が大きい。でも、リーナとしての自分が、確かに芽吹き始めている。
それが怖くもあり、少し楽しくもある。
「まあ、なるようになるか」
枕を抱えて、横向きに。
明日もきっと、胸のせいで何かが起こるだろう。
でも、隣にはセレナがいる。
それだけで、明日が少し楽しみだ。
目を閉じる。
今日も、異世界の夜は静かだった。




