第25話「限界突破の二ヶ月」
修行の日々が始まった。
【一週目】
媒介融合型の複合魔法を徹底的に鍛えた。
風の圧縮球を触媒にすることで、二属性複合の魔力効率が三倍に改善された。同じ威力の攻撃を、三分の一の消費で放てる。
三属性複合も試した。風の圧縮球の中に火を注入し、土の魔力で方向性を与える。従来の崩穿螺旋と同等の威力を、消費魔力六割で実現できた。
「これなら三発は撃てる。全魔力を注げば四発目も」
「四発の必殺技って、もはや必殺じゃなくて主力兵器よね」
「量産型の必殺技だ」
名前をつけた。量産型なので技名も簡略化。
「星弾」。それだけ。シンプルが一番だ。
【二週目】
フィーネの壁にぶつかった。
「リーナさん、わたし……速さだけじゃ、Aランクに通用しないです」
フィーネの二刀流は速度と手数に優れるが、Aランク以上の敵には一撃の重さが足りない。かといって重い武器に持ち替えると、彼女の最大の長所である機動力が死ぬ。
「フィーネちゃん。お父さんの道場では、二刀流の奥義みたいなものはなかった?」
「奥義……。一つだけ。父が一度だけ見せてくれた技があります。『裏疾風』って」
「どんな技?」
「二本の短剣で同じ場所を、違う角度から同時に斬りつけるんです。一撃目で防御を崩して、二撃目が本命。父は『見切られたら終わりだから、絶対に一度しか使うな』って言ってました」
「それだ。その技を、一度じゃなく何度でも使えるように磨こう」
「え……でも父が一度しかって」
「一度しか使えないから切り札なんだ。何度でも使えるようになれば、それは切り札じゃなく常備技になる。フィーネちゃんの速度なら、できるはずだ」
フィーネの目に火がついた。
そこから毎日、朝から晩まで的を斬り続けた。俺が風魔法で高速移動する的を作り、フィーネがそれを「裏疾風」で両断する訓練。
一週間後。
フィーネの短剣が、鉄板を両面から同時に斬り裂いた。
「……できた」
「できたな」
「リーナさん! できました!」
フィーネが涙目で飛びついてきた。
【三週目】
セレナが新しい氷魔法を完成させた。
「氷獄陣」。地面ではなく空間そのものを凍らせる技術。大気中の水分を瞬時に結晶化させ、敵の周囲に氷の檻を形成する。
「従来の足元凍結と違って、全方位から拘束できるの。しかも檻の厚さを自由に調節できるから、魔力消費もコントロールしやすい」
「ジルヴァの闇でも、空間凍結なら完全には打ち消せないかもしれないな。闇属性は魔法を侵食するけど、すでに物理的に凍った氷は物質だから」
「そういうこと。闇対策にもなるわ」
セレナの新技と俺の星弾を組み合わせた連携パターンを二十通り作り上げた。
【四週目】
カイルが剣の覚醒を果たした。
きっかけは、騎士団の訓練教官との手合わせだった。教官はAランク上位の実力者で、カイルと互角以上に打ち合った。
その戦いの最中、カイルの長剣が蒼い光を纏った。
「闘気覚醒だ」
ヴォルフから聞いたことがある。武器に魂を通す技術。Sランクに至るための必須条件のひとつ。
「まだ不安定だけどな。意識して出せるようになるまで練習が要る」
「でも、闘気を纏った斬撃なら、魔法防壁すら切り裂ける。対ゼノヴィア戦で切り札になるかもしれない」
「おう。本番までに仕上げてやるよ」
【五週目】
ルナの結界訓練。
古代魔法の結界は、ルナの集中力に依存する。持続時間は最初一分が限界だったが、訓練を重ねて三分まで延びた。範囲も二メートルから五メートルに拡張できた。
「リーナおねえちゃん、見てて!」
ルナが両手を広げると、金色の光の膜が周囲を包んだ。その中でセレナが氷魔法を放つと、完全に通常通りの威力で機能した。
「結界の中では、外部の魔法干渉を受けない。つまりジルヴァの闇域展開の中でも、ルナの結界内なら俺たちの魔法が使える」
「対黒蛇の結社の最終兵器ね」
「ルナちゃん、すごいです!」
「えへへ。頑張りました」
ルナが照れくさそうに笑った。この二ヶ月で、ルナの表情は見違えるほど明るくなった。
【六週目】
俺に転機が訪れた。
深夜、一人で訓練場に残って魔法の実験をしていた時。三属性複合の限界を探るために、全魔力を注ぎ込む実験。
風、火、土の三つの魔力が右手に集約されていく。いつもの構築プロセス。だがこの夜は、何かが違った。
三つの魔力が融合する瞬間、体の奥底から別の力が湧き上がってきた。
金色の光。
ルナの古代魔法と同じ色の、金色の力。
「なっ……!?」
右手の光点が金色に輝いた。白い光と金色の光が混ざり合い、見たことのない色になる。
体が震えた。魔力量が、一瞬で倍増した感覚。
ジルヴァの言葉が蘇る。
――お前自身も、古代の力に連なる存在かもしれんぞ。
エルヴィーラの言葉。
――転生者の魂は、古代魔法と同じ系統の力に共鳴する性質を持っています。
俺の中にあった、転生者としての力が目覚めかけている。
「……これは」
金色の光はすぐに消えた。体に残ったのは、かすかな温もりだけ。
だが、確かに感じた。自分の中に、まだ開いていない扉がある。
それを開く方法は、まだわからない。
でも、扉がそこにあるということ自体が、希望だった。
【七週目】
アイゼンと二度目の手合わせ。
「もう一度、お願いします」
「いいだろう」
前回は七秒で終わった。
今回。
アイゼンの初手――氷の地面展開。前回はこれで足を取られた。
だが今回は、最初から空中に跳んでいた。前回の轍は踏まない。
風魔法の三次元機動で空中を縦横無尽に動きながら、星弾を放つ。一発、二発。媒介融合型の複合魔法が、アイゼンに向かって飛ぶ。
アイゼンが魔剣で弾いた。だが二発目は弾ききれず、氷の防壁で受けた。防壁にヒビが入る。
「……前回より、遥かに良い」
アイゼンの目が細くなった。初めて、この男の表情に変化が見えた。
三発目の星弾を構築しながら、フェイントで風の刃を放つ。アイゼンが刃を回避した隙に、空中から急降下。風拳を叩き込む。
アイゼンの腕がブロックした。衝撃で地面が凹んだ。
「っ……力もついたな」
反撃の斬撃。後方に跳んで回避。だが追尾する氷の斬撃波が追ってくる。
前回はこれに対処できなかった。だが今は違う。
星弾の三発目を、追尾する斬撃波にぶつけた。二つの力がぶつかり合い、相殺して爆散する。
「相殺!? 俺の斬撃を!?」
アイゼンの声に、驚きの色が混じった。
着地。今度は足を取られない。風魔法で足裏に空気の層を作り、氷の上でも滑らない。
四発目の星弾を構築。これが最後の弾だ。
アイゼンと正面から向き合う。
「……いい目だ」
「ありがとう」
「だが、まだ足りない」
アイゼンの魔力が膨れ上がった。大気が凍りつく。温度が一気に零下まで下がる。
「氷王剣・極光」
アイゼンの魔剣が、白い閃光を放った。
何も見えない。何も感じない。ただ、冷たい。
気がついた時、俺はアリーナの壁に叩きつけられていた。全身が薄く凍りついている。
「…………っ」
「一分十三秒。前回の十倍以上持ったな」
アイゼンが近づいてきて、手を差し出した。
「成長速度が異常だ。一ヶ月半前の実力とは別人だぞ」
「……まだ、負けたけど」
「ああ。まだ負けた。だが、あと一ヶ月あれば――面白くなるかもしれんな」
アイゼンの口元に、わずかな笑みが浮かんだ。この男が笑うのを初めて見た。
その手を掴んで、立ち上がった。
【八週目・最終週】
二ヶ月の修行の総仕上げ。
五人全員での連携訓練。ルナの結界を含めた、対闇属性の戦術。フィーネの裏疾風、カイルの闘気剣、セレナの氷獄陣、俺の星弾。五人の技を組み合わせた、テンペスタの最終形態。
「連携パターン十七番! フィーネちゃんが前衛で敵を崩す、カイルさんが闘気剣で防御を割る、セレナが氷獄陣で拘束、俺が星弾でトドメ。ルナは後方で結界維持!」
「了解!」
「了解」
「おう!」
「了解よ」
「がんばります!」
五人の動きが、ひとつの生き物のように噛み合う。
二ヶ月前とは、全員が別人だった。
フィーネの速度は倍になった。カイルの剣は青く光るようになった。セレナの氷は空間ごと凍らせる。ルナの結界は安定して三分間維持できる。
そして俺。
星弾は四連射可能。媒介融合で効率化された複合魔法。金色の力はまだ完全には制御できないが、戦闘中に無意識に発動する瞬間がある。その時だけ、魔力が一時的に跳ね上がる。
「明日が本番か」
訓練を終えて、五人で夕日を見ていた。
王都の城壁の上。オレンジ色の光が街並みを染めている。
「二ヶ月、あっという間だったわね」
「長かったような、短かったような」
「わたし、すごく楽しかったです。毎日がきつかったけど、毎日強くなってる感じがして」
「俺も楽しかったぜ。こんなに本気で鍛えたのは久しぶりだ」
「わたしも、結界がどんどん大きくなって嬉しかったです」
全員が笑っていた。
「明日、勝てるかな」
俺がぽつりと呟いた。
「勝てるかどうかはわからない」
セレナが言った。
「でも、やれることは全部やった。出し切れる準備はできてる。だから、あとは全力でぶつかるだけよ」
「リーナさん。わたしたちは、リーナさんについていきます。どんな相手でも」
「おう。テンペスタの底力、見せてやろうぜ」
「おねえちゃん。わたしも、力になります」
俺は四人の顔を見回して、深く息を吸った。
「……みんな。ありがとう。最高の仲間だ」
「何を今さら」
「照れますよ」
「お前が言うとクサいな」
「おねえちゃん、泣いてる?」
「泣いてない。夕日が目に染みただけだ」
「また同じこと言ってる」
笑い合った。
夕日が沈んでいく。明日、新しい朝が来る。
大陸魔導武闘会。
テンペスタの、最大の戦いが始まる。
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