第23話「王都アスガルド」
王都アスガルドの正門は、高さ二十メートルの石造りの大門だった。
門の左右に衛兵が十人以上立ち並び、出入りする人々の検問を行っている。商人の荷馬車、旅人の一団、騎士の一隊。人の流れが絶え間なく続いている。
「でかいな……」
「リーナちゃん、口開いてるわよ」
「だって。前世の東京でもこんなスケールの門はなかったぞ」
「東京って何ですか?」
「リーナおねえちゃんの故郷だよ、ルナちゃん」
「へぇ。おっきい街なんですか?」
「ここよりは小さい。……いや、人口は多いか。ビルは高いけど城壁はないし、比較が難しいな」
「ビル?」
「こっちの話」
検問に並ぶ。順番が来ると、衛兵が冒険者証の提示を求めてきた。
「冒険者ですか。ランクは……Aランクが二名、Cランクが一名。それと――この子は?」
衛兵の目がルナに止まった。
「保護した子供です。王都のギルドに身元引受の相談をする予定です」
「証明書は?」
「この紹介状をご確認ください」
マリナさんに書いてもらった紹介状を見せると、衛兵の態度が変わった。
「これは……ヴォルフ・ギルドマスターの署名。失礼しました。どうぞ、お通りください」
ヴォルフの名前は王都でも通用するらしい。元Sランクの威光は伊達じゃない。
大門をくぐった瞬間、別世界が広がった。
「…………すご」
フィーネが固まった。
大通りの幅は三十メートル近い。両側に石造りの建物がびっしりと立ち並び、二階建て、三階建て、場所によっては五階建ての建物もある。屋根の上には色とりどりの旗がはためき、通りには屋台や露店が所狭しと並んでいた。
そして人。とにかく人が多い。俺たちの街の市場の十倍は人がいる。大通りを行き交う人々の服装も多種多様で、冒険者、商人、職人、貴族、騎士、魔法使い。あらゆる職業と階級の人間が混在している。
「これが王都……」
「前世の渋谷のスクランブル交差点を思い出すな」
「何それ」
「人が多い場所の代名詞」
「リーナおねえちゃん、手、握ってていいですか。はぐれそうです」
「いいよ。離れないでね」
ルナが左手にしがみつく。右手はいつの間にかセレナが確保していた。
「まず冒険者ギルドに行こう。受付で宿の手配と、エルヴィーラさんへの連絡をしたい」
「ギルドはどこにあるんだ?」
「大通りをまっすぐ行った先の中央広場にあるって、マリナさんが言ってた」
五人で大通りを歩く。王都の人々は忙しそうに行き交っているが、それでも俺たちの一行は目を引くらしい。
「見て、あの銀髪の子……」
「綺麗……モデルさん?」
「冒険者みたいよ。剣を持ってる子もいる」
「金髪の人も綺麗ね。あの二人、手を繋いでる……」
ひそひそ声が聞こえる。田舎の街でも注目されたが、王都では人の数が多い分、視線の量もすさまじい。
「リーナちゃん、人気者ね」
「この容姿だと、都会でも目立つんだな……」
「おねえちゃん、すっごく見られてます」
「わかってる。気にしないで歩くよ」
「あの、リーナさん」
フィーネがそっと耳打ちしてきた。
「左後方に、ずっとこっちを見てる人がいます。黒い服じゃないですけど、観察してる感じです」
さりげなく鑑定をかける。
左後方、二十メートル。女性。二十代。魔力保有者。戦闘力はBランク相当。所属――王都騎士団。
「……騎士団の人間だ。たぶん、エルヴィーラさんの部下が監視してるんだろう。敵じゃない」
「監視ですか。なんか嫌ですね」
「王都に入った時点で、騎士団の目が光るのは当然だ。Aランクの冒険者が国王の招待で来てるんだから」
中央広場に到着した。
広い。うちの街のギルドがすっぽり入るような広場の中央に、巨大な噴水がある。その向こうに、ひときわ立派な建物がそびえていた。
王都冒険者ギルド。
石造り三階建て。正面には大きな冒険者ギルドの紋章が掲げられ、出入りする冒険者の数も桁違いだ。
「うちのギルドの二十倍はあるな」
「当然よ。王都のギルドは大陸最大規模だもの」
中に入ると、広大なロビーに圧倒された。カウンターが十以上並び、掲示板は壁一面を覆っている。冒険者たちのざわめきが天井に反響して、まるで市場のような喧噪だ。
受付カウンターに紹介状を提出すると、担当の受付嬢が目を見開いた。
「テンペスタ……。銀嵐の魔法使い、リーナ様ですね。エルヴィーラ副隊長からお話を伺っております。宿舎のご手配と、副隊長へのご連絡、すぐに致します」
「ありがとうございます。宿舎は二人部屋をふたつと一人部屋をひとつ、あと――この子の保護についてもご相談したいのですが」
ルナを紹介すると、受付嬢が丁寧に対応してくれた。身元不明の保護児童については騎士団と協力して対処するとのこと。
「ルナ。しばらくは俺たちと一緒にいるけど、安全な場所が見つかったらそこに移るかもしれない。それでもいい?」
「……リーナおねえちゃんたちと離れるのは、いやです」
「離れるんじゃないよ。近くにいるけど、戦いの時に危なくない場所にいてもらうだけだ。毎日会えるから」
「……毎日?」
「毎日。約束する」
ルナが小さく頷いた。不安そうだが、俺の言葉を信じてくれている。
「テンペスタのリーナ様」
カウンターの奥から、聞き覚えのある声がした。
黒髪を束ねた女性。知性的な眼差しに、王家の紋章のブローチ。
「エルヴィーラさん」
「お待ちしておりました。長旅お疲れ様です」
エルヴィーラ・フォン・シュヴァルツ。王都騎士団魔導師部隊の副隊長が、自ら出迎えに来てくれていた。
「早速ですが、お話があります。ギルドマスターの部屋をお借りしていますので、そちらへ」
「……道中で、色々ありました。こちらからも伝えたいことが山ほどあります」
「ほう。それは楽しみですね」
エルヴィーラの目が鋭く光った。
◇ ◇ ◇
王都ギルドのギルドマスターの部屋は、ヴォルフの部屋の三倍はあった。巨大な執務机と、壁一面の本棚。窓からは王都の街並みが一望できる。
ギルドマスター本人は不在で、部屋をエルヴィーラに貸しているようだった。
テーブルを囲んで座る。エルヴィーラが向かい側、俺とセレナが正面、カイルとフィーネが左右、ルナは俺の隣。
「まず、武闘会についてです」
エルヴィーラが書類を広げた。
「大陸魔導武闘会は、二ヶ月後に王都闘技場で開催されます。参加チームは現時点で二十四組。個人戦と団体戦の二部門があり、テンペスタは団体戦にエントリーしています」
「二十四組。どのくらいのレベルですか?」
「最低でもBランク以上。半数がAランク。そして――Sランクの参加者が二名おります」
「Sランク……」
「お一人は、北のヴァルハイム王国から参加する氷剣士、アイゼン。もうお一人は、東のシルヴァナ帝国から参加する魔導師、ゼノヴィア。どちらも大陸屈指の実力者です」
Sランクが二人。ヴォルフと同格の化け物が二体。
「勝てると思いますか」
セレナが率直に聞いた。
「正直に申し上げて、現時点では厳しいでしょう。ですが、二ヶ月の準備期間があります。リーナ殿の成長速度は常識外れですので、可能性はゼロではありません」
「ゼロではない、か。その程度か」
「慰めではなく事実です。Sランクとは、それほどの壁です」
厳しい現実だが、覚悟はしていた。
「次に、もうひとつの議題です」
エルヴィーラの表情が引き締まった。
「道中で何があったか、お聞かせいただけますか」
俺はすべてを話した。ルナの保護。黒装束の追手。ジルヴァとの戦闘。黒蛇の結社。闇属性。古代魔法の血統。そして、転生者の魂が二重構造であるというジルヴァの言葉。
エルヴィーラは一言も口を挟まず、最後まで聞いていた。
話し終えると、エルヴィーラが深くため息をついた。
「黒蛇の結社。やはり動き出しましたか」
「やはり? 知ってたんですか?」
「情報は掴んでいました。大陸各地で暗躍する秘密組織。失われた魔法の力を集め、何らかの大きな目的を遂行しようとしている集団です。ただし、実態はほとんど掴めていません」
「ジルヴァっていう銀髪の使い手が幹部クラスだと思います。闇属性の魔法を使う、Aランク上位の実力者」
「闇属性……。それは初めて聞く情報です。貴重ですね」
エルヴィーラがペンを走らせ、メモを取っていた。
「そしてルナ殿。古代魔法の血統保有者」
エルヴィーラの目がルナに向いた。ルナが俺の袖をぎゅっと握った。
「ルナ殿。あなたの安全は、騎士団が保障します。黒蛇の結社からお守りすることを約束しましょう」
「……ほんとうですか」
「ええ。王都内には結界術式が張り巡らされています。外部からの侵入は極めて困難です。さらに、あなたには専属の護衛をつけます」
「ありがとう、ございます……」
ルナがほっとした顔をした。
「それと、エルヴィーラさん」
「はい」
「ジルヴァが言っていた、転生者の魂の話。あれは何か心当たりがありますか」
エルヴィーラが俺をじっと見つめた。数秒の沈黙。
「……リーナ殿。あなたが転生者であることは、把握しておりました」
「…………え?」
「ヴォルフ殿から報告を受けています。異界からの転生者であり、元は別の世界の人間であると」
ヴォルフが報告していた。考えてみれば当然か。国王の招待状を出すにあたって、身元調査は行われたはずだ。
「転生者について、騎士団は何か知っているんですか」
「断片的にですが。転生者はこの世界に不定期に現れます。歴史上、数十年から数百年に一度の頻度で。そして、転生者の多くは、この世界の理に大きな影響を与える存在です」
「大きな影響って……」
「英雄になった者もいれば、災厄をもたらした者もいます。転生者の魂は、この世界の根源的な力――古代魔法と同じ系統の力に共鳴する性質を持っています」
ジルヴァの言葉と一致する。ルナのおじいちゃんの言葉とも。
「つまり、俺の存在自体が、何かの力に影響を与える可能性があると」
「はい。そしてそれが、黒蛇の結社があなたとルナ殿の両方に興味を持つ理由かもしれません」
背筋が冷たくなった。
ルナだけでなく、俺自身も黒蛇の標的になりうる。
「リーナちゃん」
セレナが俺の手を握った。
「大丈夫。何が来ても、一緒に乗り越えるから」
「……うん」
「わたしもいます、おねえちゃん」
「俺もな」
「わたしも!」
仲間の声が、冷えた背筋を温めてくれた。
エルヴィーラが、それを見て微笑んだ。
「良い仲間をお持ちですね。では、今日のところはここまでにしましょう。宿舎の準備ができていますので、今夜はゆっくりお休みください。明日から、武闘会に向けた訓練が始まります」
「訓練?」
「王都には、騎士団専用の訓練場があります。特別にお使いいただけるよう手配しました。二ヶ月間、存分に鍛えてください」
「ありがとうございます。使わせていただきます」
部屋を出て、案内された宿舎に向かう。
ギルド併設の冒険者用宿舎は、旅の宿屋とは比べ物にならない設備だった。個室は広く、ベッドは清潔で、大浴場まである。
「ここが二ヶ月間の拠点か」
「快適ね。田舎のギルドとは大違い」
「うちのギルドの悪口はやめなさいよ」
「悪口じゃないわ。事実よ」
部屋割りは旅路と同じ。俺とルナ、セレナとフィーネ、カイルが一人部屋。
ルナは部屋に入ると、窓から王都の夜景を見つめていた。
無数の灯りが、星のように瞬いている。巨大な街が、夜の中で輝いていた。
「リーナおねえちゃん」
「ん?」
「王都、すごいです。こんなに大きな街、初めて見ました」
「俺もだよ。前世を含めても、こんなに綺麗な夜景は初めてだ」
「おねえちゃんは、前世でも夜景を見たことがあるんですか?」
「あるよ。でも、ビルの光は冷たかった。ここの灯りは、温かいな」
「わたしもそう思います。……おねえちゃんと一緒に見てるからかもしれません」
「……そうかもね」
二人で窓辺に並んで、王都の夜景を眺めた。
明日から、新しい日常が始まる。
訓練。武闘会への準備。黒蛇の結社との暗闘。転生者の秘密。
やることは山積みだ。でも、不思議と高揚感がある。
前世の自分なら、重圧に潰れていただろう。毎日の残業と同じように、黙って耐えて、消耗して、倒れるまで走って。
でも今は違う。
重圧は一人で背負わない。仲間と分け合える。
辛い時は辛いと言える。泣きたい時は泣ける。
そして隣には、手を握ってくれる人がいる。
「……よし」
窓を閉めて、ルナの頭を撫でた。
「明日から頑張ろう、ルナ」
「はい、おねえちゃん!」
王都の夜が、静かに更けていく。




