第22話「大森林の試練」
大森林に入って、すぐに空気が変わった。
鬱蒼とした木々が頭上を覆い、陽光が木漏れ日となって地面にまだら模様を描く。街道は一応整備されているが、荷馬車がすれ違える程度の幅しかなく、両側から枝や蔓がはみ出している。
「視界が悪いわね。十メートル先が見えない」
「鑑定で索敵するから、俺を中心に固まって動こう。フィーネちゃんは前方五十メートルまでの偵察を頼む」
「了解です!」
フィーネが音もなく前方に消えていく。森の中での身のこなしは、四人の中で彼女が圧倒的に一番だ。
陣形はフィーネが先行偵察、カイルが右前方、俺が中央、セレナが左後方。ルナは俺の真後ろにぴったりとくっついて歩く。
「リーナおねえちゃん、この森、なんか変な感じがします」
「変な感じ?」
「うまく言えないんですけど……空気が、ぴりぴりするっていうか」
ルナの古代魔法の感覚が、何かを察知しているのかもしれない。
「鑑定」
広域スキャンをかける。半径五百メートル以内の反応を調べた。
「……魔獣の反応が多い。普通の森よりかなり密度が高いな。ゴブリンの小集団がいくつか、ウルフ系が群れで二つ、あとは単体の中型魔獣がちらほら」
「避けて通れそう?」
「密度が高い場所を避けながらルートを選べば、戦闘は最小限にできるはずだ」
鑑定スキルをナビゲーション代わりに、最適ルートを探りながら進む。前世のカーナビみたいなものだ。ただしこちらは命がかかっている。
一時間ほど順調に進んだ頃、フィーネが戻ってきた。
「リーナさん、前方に問題があります」
「何があった?」
「街道が崩落してます。斜面の土砂が道を塞いでて、馬車は完全にアウト。徒歩でも、乗り越えるのに相当苦労しそうです」
「昨日の雨のせいかもしれないわね。大森林は地盤が緩いから」
「迂回路は?」
「街道の北側に獣道がありました。そこを通れば崩落の先に出られそうですけど……獣道の先に、大きな魔力反応があります」
「大きい? どのくらい?」
「わたしにはわかりませんけど、リーナさんなら鑑定できるかと」
フィーネの案内で崩落現場まで移動し、北側の獣道の方角に鑑定をかけた。
「…………ああ、これは」
「何?」
「グリフォン。一体。Bランク上位」
全員の顔が引き締まった。
「グリフォンって、鷲の頭に獅子の体の?」
「そう。空を飛び、鉤爪と嘴で攻撃する。Bランク上位だけど、森の中なら空中機動が制限されるから、やり合える相手だ」
「迂回の迂回は?」
「南側は谷で行き止まり。北の獣道しかルートがない。グリフォンを避けるか、倒すかの二択だ」
「避けられる?」
「獣道がグリフォンの縄張りのど真ん中を通ってる。気づかれずに通過するのは難しい」
「じゃあ、倒すしかないわね」
セレナが杖を構え直した。
「テンペスタの実力なら、Bランクのグリフォンくらい……って言いたいところだけど、ルナちゃんがいるのが難しいわね。戦闘中の安全確保を考えないと」
「わたし、隠れてます。邪魔しません」
ルナが健気に言った。
「隠れてるだけじゃ不安だ。……カイルさん、ルナの護衛をお願いできる?」
「え、俺が子守?」
「護衛だ。グリフォンの注意が逸れた時にルナが襲われないように。もし他の魔獣が来ても対処できる人じゃないと」
「……まあ、Aランクに子守を頼むあたり、贅沢な話だな」
「頼む」
「しょうがねえ。ルナ、俺の後ろにいろ」
「はい、カイルおにいちゃん」
カイルの強面がわずかに緩んだ。おにいちゃん呼びが効いたらしい。
「じゃあ、三人でグリフォンを倒す。フィーネちゃんが地上で引きつけ、セレナが翼を凍らせて飛行を封じ、俺が風魔法でトドメ。いつものパターンだ」
「了解です!」
「了解」
「行こう」
◇ ◇ ◇
獣道を進むこと十五分。
開けた場所に出た。大きな木が一本倒れて空間ができており、その上にグリフォンが陣取っていた。
でかい。
体長三メートル超。鷲の頭部は白い羽毛に覆われ、鋭い嘴が金色に光っている。獅子の体は筋肉質で、前脚の鉤爪は人間の頭ほどの大きさがある。背中の翼を折り畳んで、倒木の上で獲物を食っている最中だった。
「食事中か。奇襲のチャンスだな」
「フィーネちゃん、回り込んで」
「はい」
フィーネが音を殺して木々の間を移動する。グリフォンの背後に回り込む。
セレナが杖を構えた。詠唱を小声で始める。
俺は風魔法を両手に集中させ、鑑定でグリフォンの弱点を割り出した。鷲頭の後頭部と、翼の付け根。ここを潰せば戦闘力を大幅に削げる。
「今!」
合図と同時に、三方向から攻撃を仕掛けた。
フィーネが背後から飛び出し、グリフォンの後ろ足を二刀で斬りつけた。
「ギャアアアア!」
グリフォンが絶叫して振り返る。その瞬間、セレナの氷魔法が翼に直撃。右翼が根元から凍りついた。
「片翼封じた!」
「風刃・連撃!」
俺の風の刃が左翼の付け根に殺到する。羽毛が散り、肉が裂ける。グリフォンの翼が両方とも機能を失った。
飛べなくなったグリフォンは、地上戦を強いられる。森の中で飛べない鷲獅子は、脅威度が格段に下がる。
「ギャアアア!」
だが、追い詰められた獣は凶暴化する。グリフォンが鉤爪を振り上げてフィーネに襲いかかった。
「フィーネちゃん!」
「大丈夫です!」
フィーネが横に跳んで回避。鉤爪が地面を抉り、土と石が飛び散った。一撃の威力は凄まじいが、動きは読みやすい。
「セレナ、足!」
「氷結!」
前脚が凍った。グリフォンの動きが止まる。
「トドメ!」
風魔法を圧縮して、グリフォンの後頭部に叩き込んだ。鈍い衝撃音。鷲の頭が揺れ、金色の目から光が消えた。
グリフォンの巨体が、どさりと倒れた。
開始から四十秒。
「……あっさりいったな」
「Aランクパーティーの奇襲なんだもの。Bランクの魔獣なら、こんなものよ」
「でも油断しちゃダメですよね。次はもっと強いのが来るかもしれないですし」
フィーネが短剣の血を拭きながら言った。この子は本当に成長した。初日の天真爛漫な少女から、一人前の戦士になりつつある。
「カイルさん、ルナちゃん、大丈夫?」
「問題ない。こっちにはゴブリンが二匹来たが、片手で処理した」
「カイルおにいちゃん、すっごく強かったです」
「だろ? リーナもこれくらい頼ってくれよ」
「十分頼ってるよ」
グリフォンの素材を回収し、獣道を先に進む。崩落の向こう側に出ると、再び街道に合流できた。
「よし。第一の難所は突破だ」
◇ ◇ ◇
大森林二日目。
この日は魔獣との遭遇が多かった。ウルフの群れ、大型のトレント、毒蛇の巣。鑑定スキルで事前に察知して迂回を繰り返したが、それでも三度の戦闘が発生した。
ルナは文句ひとつ言わずについてきた。体力の限界が近いのは見ていてわかったが、「大丈夫です」と笑って歩き続けた。
フィーネが何度もルナの手を引いてやっていた。二人の間に、姉妹のような絆が育っている。
夜の野営。焚き火を囲んで、俺はルナに聞いた。
「ルナ。古代魔法のことで、聞きたいことがあるんだけど」
「はい。わたしに答えられることなら」
「おじいちゃんに教わった魔法は、治癒と浄化だけ?」
「えっと……あと、少しだけ結界を張れます。おじいちゃんが『身を守るための最低限』って教えてくれた範囲です」
「結界」
「小さいのしかできないけど……やってみますか?」
ルナが両手を合わせ、目を閉じた。
金色の光が手のひらから広がり、ルナを中心に半径二メートルほどの薄い光の膜が形成された。
「鑑定……」
光の膜を分析する。
「これは……すごいな。魔力を通さない障壁だ。闇属性も含めて、あらゆる魔法攻撃を遮断する」
「でも、物理攻撃は防げないんです。石を投げたら普通に通っちゃいます」
「物理は通す代わりに、魔法は完全遮断。……使いようによっては、ジルヴァの闇域展開を無効化できるかもしれない」
全員の目が光った。
「それ、すごいんじゃない?」
「ジルヴァの闇は魔法属性だ。ルナの結界がそれを遮断できるなら、俺の属性魔法が通る空間を確保できる。闇の中でも戦える」
「でも、ルナちゃんを戦場に連れ出すのは……」
「直接戦わせるわけじゃない。後方で結界を維持してもらうだけだ。でも、本人が嫌なら強制はしない」
ルナを見た。十三歳の少女が、真剣な目でこちらを見つめ返してきた。
「わたし、やります」
「無理はしなくていいよ」
「無理じゃないです。リーナおねえちゃんたちは、わたしを守ってくれました。今度は、わたしがおねえちゃんたちの役に立ちたいです」
「ルナ……」
「おじいちゃんが言ってました。『力は、守るために使え』って。わたしの力で、おねえちゃんたちを守れるなら。使いたいです」
その目に、嘘はなかった。一週間前に村を失い、一人で逃げ続けた少女が、もう前を向いている。
「……わかった。ありがとう、ルナ。その気持ちは、すごく嬉しい」
「はいっ」
ルナが笑った。焚き火の光に照らされた笑顔は、金色の古代魔法みたいに温かかった。
「じゃあ、ルナちゃんも含めて作戦を組み直しましょう」
「ルナちゃんの結界の範囲と持続時間を把握して、最適な配置を考えないとな」
「わたし、頑張って練習します!」
「練習は明日からね。今日はもう寝なさい」
「はーい……」
ルナが素直にテントに入っていった。
焚き火の前に残った四人が、顔を見合わせた。
「いい子だな」
「ええ。強い子よ」
「ルナちゃん、わたしの妹弟子みたいで嬉しいです」
「弟子じゃなくて妹分だろ」
「似たようなものです!」
フィーネとカイルがテントに引き上げた後、俺とセレナが焚き火の番をした。
「ねえ、リーナちゃん」
「ん」
「どんどん家族が増えていくわね」
「家族?」
「テンペスタは、もう家族みたいなものよ。フィーネちゃんが妹で、ルナちゃんが末っ子で、カイルが……何だろう。面倒なお兄ちゃん?」
「面倒な叔父さんくらいじゃない?」
「あはは。本人に聞かせたら怒るわよ」
「で、セレナは?」
「わたし? わたしは……」
セレナが焚き火を見つめながら、ふわりと微笑んだ。
「あなたのパートナー。恋人で、相棒で、一番近くにいる人」
「……いい位置だな」
「でしょ。最高のポジションよ」
焚き火がぱちぱちと爆ぜる。
森の夜は深い。でも、火があって、仲間がいれば、暗闘は怖くない。
「明日で大森林を抜けられる。そうしたら関所の町アルテナまで一日、そこから王都まで二日だ」
「もうすぐね」
「うん。もうすぐだ」
王都で何が待っているのか。武闘会。黒蛇の結社。大陸の脅威。そして、転生者の魂の秘密。
不安がないと言えば嘘になる。
でも。
右手にセレナの手。背後のテントに仲間たち。
この手を離さなければ、俺はどこまでも行ける。
◇ ◇ ◇
大森林三日目。
最終日は、意外なほど穏やかだった。
魔獣の遭遇は二回だけで、いずれも鑑定で事前に察知して迂回できた。ルナの体力も回復してきて、自分の足でしっかり歩けるようになっていた。
午後になって、森が薄くなり始めた。木々の間隔が広がり、陽光の量が増えていく。
「あ! 出口が見えます!」
先行していたフィーネの声が飛んできた。
駆け足で追いつくと、森の切れ目の向こうに広い平原が広がっていた。
そしてその先に。
「あれが……関所の町アルテナ?」
「違うわ。もっと先よ。あれは――」
セレナが息を呑んだ。
平原の遥か向こう、地平線の手前に、巨大な城壁が見えた。白い石造りの城壁が、山脈を背にしてそびえ立っている。城壁の内側には、尖塔がいくつも天を突いて、陽光を受けて輝いていた。
「王都……」
予想より遥かに大きかった。俺たちの街の十倍はあるだろう。城壁だけで高さ三十メートルはある。その内側に、無数の建物と塔が密集している。
「すごい……」
ルナが呆然と呟いた。
「あれが、この国の首都。王都アスガルド」
カイルが腕を組んで、感慨深そうに言った。
「俺も来るのは三年ぶりだ。相変わらずでかいな」
「あそこで、武闘会が開かれるのね」
「あそこに、黒蛇の結社の手がかりがあるかもしれない」
「あそこに、わたしを守ってくれる人たちがいるかもしれない」
五人が、それぞれの思いを胸に、王都を見つめていた。
「……行こう」
俺は一歩を踏み出した。
「テンペスタ、王都に乗り込むぞ」
「はいっ!」
「了解」
「おう」
「はい、おねえちゃん!」
五つの影が、王都に向かって歩き出した。
大森林を抜けた風が、銀色の髪を揺らした。
新しい舞台が、もうすぐそこに待っている。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます。
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