第20話「銀と銀」
夕焼けに染まった街道の上で、銀色の髪が二つ、風に揺れていた。
ジルヴァの紫の瞳が、俺を品定めするように見つめている。三日月型の黒い鎌が、だらりと右手に下がっていた。構えを取っていない。余裕の表れか、あるいは――隙を見せて誘っているのか。
背後で、セレナがルナを庇うように立っている。
「リーナちゃん。この子は私が守る。存分にやって」
「フィーネちゃん、カイルさん。雑魚はお願い」
「了解です!」
「おう。好きにやれ」
ジルヴァの背後に控える十一人の黒装束にカイルとフィーネが突進した。二対十一。数は不利だが、AランクとCランクの組み合わせだ。B〜Cランク相当の黒装束を相手にするには十分すぎる。
残るは、ジルヴァと俺の一対一。
「仲間を信じて、一人で来るか。大した度胸だ」
「信じてるんじゃない。知ってるんだよ。俺たちが勝つってことを」
「ほう」
ジルヴァの口角がわずかに上がった。
そして次の瞬間、消えた。
「っ!」
反射的に後方に跳んだ。銀色の残像が視界を横切り、黒い鎌が俺のいた空間を薙いだ。風圧だけで地面が抉れる。
速い。カイルより速い。魔将グラムヴァルドの一撃よりも速い。
「避けたか。反応速度は及第点だな」
ジルヴァが鎌を肩に担いだ。涼しい顔だ。
「鑑定」
スキルを起動。ジルヴァの情報を読み取る。
名前:ジルヴァ。年齢:不明。種族:人間。戦闘スタイル:鎌術+闇属性魔法。推定ランク:A+。特記事項――
「……『闇属性』?」
この世界の魔法属性は、風・火・水・土・氷・雷の六属性が基本だ。闇属性というのは聞いたことがない。
「気づいたか。闇は、表の世界では忘れられた属性だ。古代魔法とは別系統だが、同じく失われた力のひとつ」
「失われた力を使う、黒い組織。あんたたちは何者だ」
「質問に答える義務はないと言ったはずだ」
ジルヴァが鎌を構え直した。今度はちゃんとした構え。右手で柄の上部を、左手で中央を握り、三日月の刃を背後に引いている。踏み込みからの横薙ぎを想定した構えだ。
「では、続きを」
ジルヴァが踏み込んだ。
二撃目。さっきより速い。じわじわとギアを上げている。
風魔法で加速して回避。鎌の刃が髪を数本切り飛ばした。ぎりぎりだ。
「風魔法の瞬間加速。なるほど、速さの正体はそれか」
三撃目。上段からの振り下ろし。避ける。四撃目。切り返しての横薙ぎ。しゃがんで回避。五撃目。下段からの切り上げ。後方跳躍。
鎌術は独特のリズムがある。長い柄を使った遠心力で攻撃するため、一撃の破壊力が桁違いだが、連撃の間にわずかな隙がある。
その隙を突く。
「風刃!」
回避の合間に放った風の刃が、ジルヴァの右腕を狙う。
ジルヴァは鎌の柄で弾いた。金属同士がぶつかるような甲高い音。風の刃が鎌の柄で切断された。
「柄に魔力を纏わせてるのか……」
「闇の魔力は、あらゆる属性を侵食し無力化する。お前の風魔法も例外ではない」
厄介だ。闇属性は風魔法のカウンターになる。
距離を取って仕切り直す。ジルヴァは追ってこない。余裕の表情で、俺の出方を待っている。
「火はどうだ」
右手に火球を生成して放つ。ジルヴァに向かって飛ぶ炎の弾を、ジルヴァは鎌の一振りで両断した。断面から闇の魔力が這い出して、火を飲み込む。
「闇は火も侵食するのか」
「すべての属性に対して優位。それが闇だ」
「全属性に優位って、反則じゃないか」
「反則ではない。代償がある。闇は使い手の生命力を消費する。多用すれば、自分が滅びる」
生命力を削る魔法。それは、古代魔法の光素操作の対極にある力だ。光が生命を育むなら、闇は生命を蝕む。
「だからルナを狙ってるのか。古代魔法の光素の力で、闇の代償を相殺するために」
ジルヴァの目が、わずかに揺れた。
図星か。
「……お前は鑑定だけでなく、頭も回るようだな」
「元社畜をなめるなよ。情報の分析と仮説の構築は得意なんだ」
「社畜?」
「こっちの話だ」
考えを整理する。闇属性は全属性に優位だが、生命力を削る。古代魔法の光は生命に干渉する力。闇の使い手が光の血統者を欲しがるのは道理が通る。
問題は、どう戦うか。
風も火も侵食される。土魔法も同じだろう。通常の属性魔法では、闇に対抗できない。
ならば。
「属性魔法がダメなら、物理でいく」
風魔法を攻撃ではなく、全て身体強化に回した。両足に風を集中させ、全身を風の膜で覆う。切れ味ではなく、速度と衝撃力で勝負する。
「近接戦を選ぶか。面白い」
ジルヴァが鎌を振りかぶった。
俺は正面から突っ込んだ。
鎌が振り下ろされる。刃の軌道を読み、内側に踏み込む。鎌は長物だ。懐に入れば刃が届かない。
「甘い」
ジルヴァが柄を短く持ち替え、鎌の柄尻で突いてきた。腹に衝撃。呼吸が詰まる。だが風の鎧が衝撃を半減させている。
そのまま、右拳に風を凝縮して叩き込んだ。
「風拳!」
拳がジルヴァの胸に直撃。風の衝撃波が至近距離で爆発した。
ジルヴァの体が後方に吹き飛んだ。三メートルほど滑って、両足で踏みとどまる。
「ぐっ……」
初めて、ジルヴァの表情に苦痛の色が浮かんだ。
「やっぱりな。闇属性は魔法を侵食するけど、純粋な物理衝撃には効果が薄い。風の刃は侵食できても、風圧そのものまでは消せない」
「……なるほど。魔法の属性を乗せた攻撃は闇が食う。だが、物理エネルギーに変換された力は食えない。よく見抜いた」
ジルヴァが姿勢を正した。口元に血が滲んでいる。
「だが、それだけでは俺は倒せんぞ」
ジルヴァの全身から、闇の魔力が爆発的に溢れ出した。
黒い霧が周囲を覆い、夕焼けの光を飲み込んでいく。世界が暗くなる。闇が物理的な形を持って空間を侵食している。
「闇域展開。この空間内では、すべての光と属性魔法が無力化される」
闇の空間。視界が極端に狭まった。セレナたちの姿も見えなくなる。
「リーナちゃん!?」
セレナの声が、遠くから聞こえた。闇に隔てられている。
「大丈夫! ここは俺に任せて!」
声だけが届くことを祈って叫ぶ。
闇の中に、紫の瞳だけが浮かんでいた。
「さて。ここからが本番だ」
ジルヴァの声が、闇の中で反響する。
鑑定スキルも精度が落ちている。闇が情報を遮断しているのだ。
視覚。制限あり。
鑑定。制限あり。
属性魔法。無力化。
使えるのは、身体強化の風魔法と、物理的な格闘だけ。
「……上等だ」
目を閉じた。
見えないなら、見なければいい。
風は、大気の流れだ。ジルヴァが動けば、空気が動く。風魔法を体の表面に薄く展開すれば、空気の流れの変化で相手の位置と動きがわかる。
ソナーのように。
闇の中で、風が俺の目になる。
「――来い」
空気が動いた。右側から。鎌の一撃。
体を左にずらす。鎌が頬をかすめる。
カウンター。右拳を振り抜く。風の衝撃波をゼロ距離で放つ。
手応え。ジルヴァの体に当たった感触。
「っ……!」
ジルヴァが後退する。空気の流れが離れていく。
「目を閉じて戦うか。風で気配を読んでいるのか」
「お前の闇が光を奪うなら、俺は光のない世界で戦うだけだ」
「強いな、お前は」
ジルヴァの声に、初めて感情らしいものが混じった。
「力だけではない。知恵がある。仲間を信じる心がある。そして何より――折れない」
「折れてる暇がないんだよ。守りたい人が多すぎてな」
「…………」
沈黙。
そして空気が変わった。ジルヴァの殺気が消えていく。
「……今日はここまでにしよう」
「は?」
「闇域展開を長く維持すると、俺の生命力が削れる。お前を倒すのに必要な消耗は、割に合わない」
闇が薄れ始めた。黒い霧が溶けるように消えていき、夕焼けの光が戻ってくる。
視界が開けた。
ジルヴァが五メートル先に立っていた。口元の血を拭い、鎌を背中に戻している。
後ろを振り返ると、カイルとフィーネが黒装束を全員倒していた。地面に転がる十一人の黒装束。縄で拘束されている。
「あいつらは大したことなかったぜ」
カイルが剣の血を拭いながら言った。
「リーナちゃん、無事!?」
セレナがルナを連れて駆け寄ってきた。
「無事。ちょっと腹を打たれたけど、大したことない」
「大したことないって、いつもそう言うんだから……」
「リーナおねえちゃん……!」
ルナが泣きそうな顔で俺を見上げていた。
「大丈夫。ちゃんと守ったよ」
「ジルヴァ」
俺は敵に向き直った。
「今日は引くって言ったな。だったら聞かせろ。あんたたちは何者で、何が目的だ」
ジルヴァは数秒の沈黙の後、口を開いた。
「我々は『黒蛇の結社』。目的は、古代の力を集めること。それ以上は言えない」
「ルナを諦めろ」
「それはできない。だが――」
ジルヴァの紫の瞳が、不思議な色を帯びた。敵意でも殺意でもない、別の何か。
「お前は面白い、リーナ。女の体に男の魂。二つの生を持つ者」
心臓が跳ねた。
「……なんで、それを」
「闇は、人の本質を見る。お前の魂には、二重の層がある。この世界の魂と、異界の魂。重なり合い、融合しかけている」
「…………」
「お前自身も、古代の力に連なる存在かもしれんぞ。転生者というのは、この世界にとって――」
「ジルヴァ。それ以上は」
「ああ。今日は喋りすぎた」
ジルヴァが背を向けた。
「また会おう、銀嵐の魔法使い。次は本気で行く。覚悟しておけ」
黒い霧がジルヴァの足元から湧き上がり、体を包んだ。霧が晴れた時、ジルヴァの姿は消えていた。
倒した黒装束たちも、いつの間にか消えていた。闇の転送魔法か。
「……行ったか」
「行ったわね。……でも、気になることを言ってたわ」
セレナが腕を組んだ。
「リーナちゃんの魂が二重だとか、転生者が古代の力に連なるとか。どういう意味?」
「わからない。でも、何かを知ってる感じだった。転生者について」
「黒蛇の結社……。エルヴィーラさんに話した方がいいわね」
「そうだな。王都に着いたら、真っ先に」
ルナが俺のマントの裾を引っ張った。
「リーナおねえちゃん」
「ん?」
「あの人が言ったこと……転生者が、古代の力に連なるって。わたしのおじいちゃんも、似たようなことを言ってました」
「何て?」
「『異界からの魂は、世界の理を揺らす力を持つ。光にもなれば、闇にもなる』って」
異界からの魂。俺のことだ。
光にもなれば、闇にもなる。
その言葉の重さを、噛みしめた。
「……俺は、光でいたいよ」
ルナの頭に手を置いた。
「この手で守れる人を、守りたい。それだけだ」
「……うん。リーナおねえちゃんは、光です。わたし、知ってます」
ルナがにっこりと笑った。
金色の光が、ルナの手のひらから零れ落ちた。小さな光の粒が、夕焼けの中を舞い上がっていく。
光と闇。
古代の力と、転生者の魂。
この旅路の先に何が待っているのか、まだわからない。
でも。
「さ、先を急ごう。王都が待ってる」
「はいっ!」
「了解」
「おう」
「はい、おねえちゃん」
五人の旅は、続いていく。
夕焼けから夜へ。闇の中にも、星の光がある。
俺たちは、その光を目指して歩いていく。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます。
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