第18話「王都への旅路、波乱の幕開け」
出発の朝。
街の南門に、見送りの人だかりができていた。
「リーナちゃん、体に気をつけるのよ! サポーターの替えは持った!?」
ミルダさんが手を振っている。出発前に、予備のバストサポーターをもう一着作ってくれた。「王都で壊したら直しに来れないでしょ」とのことだ。さすがの職人魂である。
「リーナさん、お気をつけて。王都のギルドへの紹介状はお渡ししてありますので」
マリナさんが眼鏡を直しながら微笑んだ。涙ぐんでいるのを隠そうとしているが、バレバレだ。
「行ってきます。必ず帰ってきますから」
「当然です。帰ってこなかったら、依頼の未報告で違約金を請求しますからね」
「最後にそれ言う?」
冒険者たちも何人か見送りに来ていた。ゴルド――フィーネの登録初日に絡んできた男も、柵の後ろから腕組みして立っていた。
「おい、テンペスタ」
「ゴルドさん?」
「……王都で恥かくなよ。この街の名前を背負っていくんだからな」
素直じゃないが、あれは激励だ。たぶん。
「ありがとう。恥はかかないよ」
「ふん」
ゴルドが背を向けた。その耳が赤かったのは見なかったことにしておく。
ヴォルフが城門の上から見下ろしていた。
「リーナ」
「はい」
「行ってこい」
たった一言。でも、それで十分だった。
「行ってきます、ギルドマスター」
南門を出る。
振り返ると、街の城壁が朝日に照らされて光っていた。二ヶ月以上暮らした街。俺の、帰る場所。
「寂しい?」
セレナが隣に並んだ。
「……少しだけ。でも、帰ってくる場所があるって思えるだけで、前に進める」
「ふふ。前世では味わえなかった感覚?」
「うん。最高の感覚だ」
四人で街道を歩き始めた。
テンペスタの三人に加えて、カイル。四人パーティーでの王都への旅路。
「十日間の旅かぁ。長いですね!」
「フィーネちゃんは初めての長旅?」
「故郷からこの街まで五日かかりましたけど、一人旅だったので寂しかったです。今回は四人だから楽しみ!」
「野営もあるわよね。テントの手配は大丈夫?」
「今回は三つ持ってきた。俺とセレナで一つ、フィーネちゃんが一つ、カイルさんが一つ」
「当然のように俺は一人テントか」
「嫌なら森で寝てください」
「リーナちゃん、恋人できてから辛辣になってない?」
カイルがぼやいた。
街道は南に向かって真っ直ぐ伸びていた。両側には麦畑が広がり、穏やかな風が穂を揺らしている。遠くの山脈が空の青さに溶け込んで、どこまでも開放的な景色だ。
「王都までのルートだけど」
俺は歩きながら地図を広げた。
「街道沿いにまっすぐ南下して、四日目にレイモンドという宿場町に到着。そこで一泊して補給。五日目から西に折れて、大森林の街道を三日間。八日目に関所の町アルテナ。そこから王都までは二日の行程だ」
「大森林を三日間か。そこが一番の難所ね」
「魔獣が出る可能性がある。油断しないでいこう」
「了解です! リーナさん、私が先行偵察しますね!」
「頼むよ、フィーネちゃん。ただし単独行動は禁止。必ず視界の範囲内で」
「はいっ!」
フィーネが元気よく先を歩いていく。
カイルがその後を追い、俺とセレナが並んで歩く形になった。
「ねえ、リーナちゃん」
「ん?」
「王都って、前世で言うとどんな感じの街なの?」
「行ったことないからわからないけど、話を聞く限りでは……東京みたいなものかな。人口が多くて、政治の中心で、何でも揃う大都市」
「東京。リーナちゃんが前世で住んでた街ね」
「うん。ただ、東京には魔法も魔獣もいなかったけどね」
「その代わりに満員電車と過労死があったんでしょ。どっちが怖いか微妙ね」
「……否定できない」
手を繋いで歩く。恋人同士の旅。前世では想像もしなかった光景だ。
「そういえば、王都では宿をどうする?」
「ギルドの紹介状があるから、冒険者用の宿舎が使えるはずだけど」
「二人部屋、取れるかしら」
「え?」
「だって恋人なんだし。同じ部屋でしょ、当然」
「……まあ、そうだけど」
「あら。照れてる?」
「照れてない」
「嘘。耳が赤い」
セレナがにやにやしている。この人は恋人になってから遠慮がなくなった。もともと少なかった遠慮がゼロになった。
「リーナさーん! 前方に川がありますー! 橋が架かってますけど、なんか怪しい人がいます!」
フィーネの声が前方から飛んできた。
「怪しい人?」
足を速めて合流すると、石造りの橋の手前に一人の人物が座り込んでいた。
フードを深く被った、小柄な人物。ローブの裾が泥で汚れていて、橋の欄干にもたれかかるように座っている。
鑑定。
「……人間。魔力保有者。ただし、かなり衰弱してる」
「行き倒れか?」
カイルが警戒しながら近づいた。
「おい、大丈夫か」
反応がない。カイルがフードをめくった。
現れたのは、少女の顔だった。
年齢は十二、三歳くらいだろうか。赤みがかった茶色のショートヘア。顔は土埃で汚れているが、整った顔立ちをしている。そしてその顔は、蒼白で、明らかに体調が悪い。
「子供じゃねえか……」
「発熱してる。相当高い」
額に手を当てると、燃えるように熱かった。
「回復ポーション、持ってる?」
「はい!」
フィーネがポーションを差し出した。少女の口元に瓶を当て、少しずつ流し込む。
少女の喉が動いた。ポーションを飲んでいる。
数秒後、少女の目がうっすらと開いた。
「…………だ、れ……」
かすれた声。焦点の合わない琥珀色の瞳が、俺の顔を捉えた。
「大丈夫。俺たちは冒険者だ。怪我してるの?」
「逃げ……て、きた。追って、くる……」
「追ってくる? 誰が?」
少女の目が恐怖で見開かれた。
「黒い、人たち。村を……村が、焼かれて……」
少女の意識が、そこで途切れた。再び気を失い、ぐったりと脱力する。
四人で顔を見合わせた。
「村が焼かれた……?」
「黒い人たちって、盗賊か?」
「盗賊にしては、この子の怯え方が尋常じゃない」
俺は鑑定スキルの範囲を最大まで広げた。橋の周囲、半径五百メートルをスキャン。
反応があった。
「……来る。北東の森の中に、七つの反応。武装している。速い。こっちに向かってる」
「追手か」
「たぶん。到達まで約五分」
カイルが剣に手をかけた。セレナが杖を構えた。フィーネが短剣を抜いた。
「リーナちゃん。この子、どうする?」
「決まってる。守る」
即答だった。
「助けを求められたら助ける。それがテンペスタだ」
「了解。じゃあ、この子は私が預かるわ。三人で迎撃して」
セレナが少女を抱き上げ、橋の反対側に移動した。
「フィーネちゃん、カイルさん。迎撃態勢」
「はいっ!」
「おう。旅の初日から退屈しねえな」
橋の手前に三人で立つ。
北東の森が、がさがさと揺れた。
黒いフードのローブを纏った人影が、七つ。森の中から現れた。
全員が黒装束で顔を隠し、腰に剣を帯びている。ただの盗賊にしては、動きが統率されすぎている。軍人のような規律正しい隊列だ。
先頭の一人が立ち止まり、俺たちを見た。
「そこの冒険者ども。道を開けろ。その後ろの小娘を引き渡せ」
低い声。冷たい声。命令することに慣れた口調。
「理由を聞かせてもらえます?」
「答える義務はない。邪魔をするなら排除する」
「排除、ね」
鑑定結果を確認する。七人全員が魔力保有者。戦闘力はCからBランク相当。先頭の一人だけがBランク上位。そして全員の装備に、同じ紋章が刻まれている。
黒い、蛇が剣に絡みついた紋章。
見たことのない紋章だ。だが、組織的な装備と統率された動き。どこかの国の裏組織、あるいは――
「その紋章、何の紋章です?」
「……最後の警告だ。道を開けろ」
「お断りします」
俺は一歩前に出た。
「この子は俺たちが保護した。理由も言わずに引き渡せと言われて、はいそうですかとはいかない」
「愚かな」
先頭の男が剣を抜いた。残りの六人も一斉に武器を構える。
「いいのか? 七対三だぞ」
「数が多けりゃ勝てると思うのは素人の考えだ」
カイルが長剣を抜き放った。闘気が溢れる。Aランクの威圧感。
「Aランク冒険者が二人と、Cランクが一人。しかもそのうち一人は、魔将を倒した魔法使いだ。七人じゃ足りないぞ」
黒装束の男たちの足が、一瞬止まった。
魔将を倒した魔法使い。その情報が、彼らにも届いているのか。
「…………」
先頭の男が、数秒の沈黙の後、小さく手を振った。
六人が、剣を納めた。
「……今日のところは引く。だが覚えておけ。その小娘に関わると、ろくなことにならんぞ」
黒装束の七人が、来た時と同じように整然と森の中に消えていった。
姿が完全に見えなくなってから、フィーネが大きく息を吐いた。
「こわかった……。でも、戦わずに済んでよかったです」
「ああ。でも、あいつら只者じゃなかった。訓練された集団だ」
「紋章が気になるわね。蛇と剣……聞いたことないわ」
セレナが少女を抱いたまま、橋を渡ってきた。
「この子、まだ意識が戻らないわ。熱も高いまま。ちゃんとした場所で看病しないと」
「次の宿場町まで歩くと丸一日かかる。今日はこの辺りで野営して、この子を休ませよう」
「了解」
橋のたもとの平地にテントを設営した。少女を寝袋に寝かせ、額に冷やした布を当てる。セレナの回復魔法も施したが、普通の怪我とは違う衰弱のようで、すぐには回復しなかった。
「この子、何者なんだろう」
焚き火を囲みながら、俺は呟いた。
「村が焼かれた。黒い人たちに追われている。あの組織的な追手……ただの孤児じゃない」
「鑑定で何かわかる?」
「名前と年齢くらいは……ルナ、十三歳。種族は人間。特記事項として――」
鑑定結果の最後の一行に、目を見開いた。
「特記事項……『古代魔法の血統保有者』」
「古代魔法?」
「この世界の現代魔法とは系統が違う、失われた魔法体系。それの血統を持ってるってことは……」
「狙われる理由としては十分ね」
セレナが腕を組んだ。
「古代魔法の力を欲しがる組織が、この子の村を襲い、この子を捕まえようとしている」
「エルヴィーラさんが言ってた、大陸規模の脅威と関係あるかもしれない」
「考えすぎか?」
「どうだろう。でも、偶然にしてはタイミングが良すぎる」
テントの中から、小さな声が聞こえた。
「…………おなか、すいた」
四人が一斉にテントを見た。
寝袋から顔だけ出した少女――ルナが、ぼんやりした目でこちらを見ていた。
「起きた? お腹空いてるなら、スープがあるよ」
「…………あなたたち、だれ?」
「冒険者だよ。パーティー・テンペスタ。俺はリーナ」
「リーナ……おねえ、ちゃん?」
お姉ちゃん。
三十二歳元おっさんがお姉ちゃんと呼ばれる日が来るとは。
「うん。お姉ちゃんでいいよ」
ルナの目に、ほんの少しだけ安堵の色が浮かんだ。
「おねえちゃん……たすけて、くれたの?」
「うん。もう大丈夫だから。ゆっくり休みな」
「…………ありがとう」
ルナの目が再び閉じた。今度は穏やかな寝息が聞こえてきた。
焚き火がぱちぱちと爆ぜる音だけが、夜の森に響く。
「……また、守る人が増えたわね」
セレナが苦笑した。
「リーナちゃんは、放っておけない性格だから」
「前世からそうだよ。会社でも、他人の仕事ばっかり拾って自分が潰れるタイプだった」
「今度は潰れないでよ。私がいるんだから」
「……うん。潰れない。約束する」
星空の下で、焚き火を囲む四人と一人。
王都への旅路は、初日から波乱含みだった。
黒い追手。古代魔法の少女。大陸に広がる脅威の影。
でも、不思議と不安はなかった。
隣にセレナがいて、フィーネがいて、カイルがいる。
そして今は、守るべき小さな命がもうひとつ。
「さてと。見張りの順番、決めようか」
「俺が最初でいいぞ」
「じゃあ二番手は私」
「三番目、やります!」
「最後は俺だな。朝方は鑑定でスキャンしやすいから」
旅の夜が、静かに更けていく。
王都まで、あと九日。
テンペスタの新しい冒険が、始まった。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます。
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