第17話「英雄の朝は忙しい」
魔獣大戦から三日後。
俺――Aランク冒険者リーナは、朝っぱらから忙殺されていた。
魔獣との戦闘ではなく、人間との戦いに。
「リーナさん! 商業ギルドから感謝状が届いております!」
「リーナ様、街の評議会から祝賀会への招待状が!」
「テンペスタさん、取材をお願いしたいのですが! 街の広報誌に――」
「リーナちゃん、うちの息子の嫁に――」
「最後のは断ります」
ギルドのカウンター前が、朝から人で溢れかえっていた。
魔将討伐の功績は街中に広まり、テンペスタの名前は一夜にして英雄の代名詞となった。特に「銀髪の魔法使い」こと俺への注目は凄まじく、ギルドに顔を出すだけで人だかりができる有様だ。
「すみません、今日は依頼の確認に来ただけなので……」
「リーナさん、こちらの書類にサインを……」
「マリナさん、助けて」
「リーナさん、私もお伝えしなければいけない案件が七件ほど……」
「マリナさんまで!?」
助けを求めた先が同じ状態だった。
「はいはい、皆さん。リーナちゃんは忙しいの。案件は受付で整理するから、列に並んで」
セレナが颯爽と割って入ってくれた。恋人であり、パートナーであり、今やマネージャーのような存在でもある。
「セレナ、ありがとう……」
「いいのよ。これも恋人の務め」
さらりと「恋人」と言うセレナに、周囲がざわめいた。
「恋人? リーナさんとセレナさんって、そういう……」
「ええ。そういう関係よ。文句ある?」
セレナがにっこり笑った。笑顔なのに目が笑っていない。周囲が一歩引いた。
「セレナ、そんな威圧しなくても」
「だって、朝からリーナちゃんに群がる人が多すぎるんだもの。恋人として牽制は必要よ」
独占欲が強い恋人を持つと大変だ。嬉しいけど。
「リーナさーん! 大変ですー!」
フィーネが息を切らして駆け込んできた。
「どうした?」
「宿屋の前に、リーナさんのファンって名乗る人たちが二十人くらい並んでて、サインを求めてます!」
「ファン!?」
「あと、『リーナ様親衛隊』って旗を持った集団もいました!」
「親衛隊!? 二ヶ月しか住んでないのに!?」
事態が予想以上に大きくなっている。
「リーナ」
低い声。振り向くと、ヴォルフが二階の手すりから見下ろしていた。
「上に来い。話がある」
ヴォルフに呼ばれるのは二度目だ。前回は魔獣大戦の前触れだった。今度は何だろう。
「セレナ、フィーネちゃん、ちょっと行ってくる」
「行ってらっしゃい。案件の整理はしておくわ」
「ファンの人たちには、後でサインしますって伝えておきますね!」
「サインの約束はしないで……」
◇ ◇ ◇
ギルドマスターの執務室。
前回と同じ重厚な木の扉。ノックして入ると、ヴォルフが執務机の前に座っていた。だが今日は、もう一人いた。
机の向かい側に、見知らぬ人物が座っている。
長い黒髪を後ろで束ねた、三十代前半くらいの女性。整った顔立ちに知性的な眼差し。黒いローブを纏い、胸元には紋章のブローチが光っている。
紋章は――王家の紋章だ。
「座れ、リーナ」
「はい」
椅子に腰かける。黒髪の女性が、品定めするような目でこちらを見ていた。
「紹介する。王都から来た使者だ」
「初めまして。王都騎士団・魔導師部隊の副隊長、エルヴィーラ・フォン・シュヴァルツと申します」
エルヴィーラと名乗った女性は、柔和でありながらどこか鋭い笑みを浮かべた。
「噂は聞いております。銀髪の魔法使い、リーナ。二ヶ月でEランクからAランクに駆け上がり、魔将を単身で討ち取った天才」
「単身ではありません。仲間の力があってこそです」
「ご謙遜を。三属性複合魔法の使い手は、この大陸に片手で数えるほどしかおりません。あなたは間違いなく、この世代最高の魔法使いのお一人です」
大げさな。と思ったが、エルヴィーラの目は本気だった。お世辞や社交辞令の色は一切ない。
「用件を言う」
ヴォルフが口を開いた。
「王都で開催される『大陸魔導武闘会』への参加要請だ」
「大陸魔導武闘会……」
「五年に一度、大陸中から腕利きの魔法使いが集まる大会だ。個人戦とパーティー戦がある。優勝者には、王から直接称号と褒賞が授けられる」
「今年の大会は三ヶ月後。開催地は王都です」
エルヴィーラが補足した。
「そして今回、魔将討伐の功績を踏まえ、国王陛下より直々に、リーナ殿とパーティー・テンペスタへの参加招待状が発行されました」
エルヴィーラが、封蝋で閉じられた書簡を差し出した。王家の紋章が押された、正式な招待状だ。
「国王からの……」
「お断りになることも可能です。ですが」
エルヴィーラが目を細めた。
「大会には、大陸各地の強者が集まります。Aランクはもちろん、Sランクの参加者もおります。あなたの実力を試す、最高の舞台になるでしょう」
Sランク。ヴォルフと同じ、冒険者の頂点。
「さらに」
エルヴィーラの声が低くなった。
「大会には、もうひとつの目的があります」
「もうひとつ?」
「魔将の出現は、ここ数年で急増しています。この街の一体だけではありません。大陸各地で魔獣の異常増殖と、魔将級の上位魔獣の出没が報告されている」
「…………」
「何者かが、意図的に魔獣を操っている可能性がある。大会は表向きは武闘会ですが、裏では大陸各国が情報を交換し、この脅威に対処する場でもあるのです」
話のスケールが一気に大きくなった。
街一つの魔獣大戦ではなく、大陸規模の脅威。
「リーナ。お前の力は、もうこの街だけに収まるものじゃない」
ヴォルフが言った。
「大陸が動いている。その渦中に、お前が必要とされている」
重い。責任の重さが、肩にのしかかってくる。
でも。
「……仲間と相談させてください。俺一人では決められない」
「当然だ。返答は一週間後でいい」
「ありがとうございます」
エルヴィーラが微笑んだ。
「お会いできて光栄です、リーナ殿。あなたの選択を、楽しみにしております」
執務室を出た。
廊下を歩きながら、頭の中を整理する。
王都。大陸魔導武闘会。Sランクの強者たち。そして、大陸を脅かす謎の脅威。
この街の冒険者から始まった物語が、大陸規模に広がろうとしている。
ギルドの一階に降りると、セレナとフィーネが待っていた。カイルもいた。
「どうだった?」
セレナが聞いてきた。
「……みんなに相談がある。場所を変えよう」
◇ ◇ ◇
いつもの宿屋の食堂。四人でテーブルを囲む。
俺は、ヴォルフとエルヴィーラから聞いた話をすべて伝えた。大陸魔導武闘会。王都への招待。大陸規模の魔獣の脅威。
話し終えると、沈黙が落ちた。
最初に口を開いたのはフィーネだった。
「行きたいです」
迷いのない声だった。
「王都って、すごく大きな街なんですよね? 見たことないです。それに、大陸中の強い人と戦えるなんて、修行にこれ以上の場所はないです」
「フィーネちゃん……」
「それに、魔獣が大陸中で増えてるなら、放っておけないです。リーナさんが戦うなら、私も戦います」
次にカイルが肩をすくめた。
「俺は元々フリーだからな。面白そうなところに行くのが信条だ。王都の武闘会なんて、最高に面白そうじゃねえか」
「カイルさん……」
「それに、お前らだけ行かせるわけにはいかねえだろ。前衛が足りなくなる」
セレナが俺を見た。
「私の答えは、聞くまでもないでしょ」
「……一応聞かせて」
「あなたの行くところに、私も行く。それだけよ」
セレナがにっこり笑った。
「それに、王都でデートしたいじゃない」
「そこ?」
「大事でしょ」
四人の答えが出揃った。
全員一致。
「……ありがとう。みんな」
「お礼はいいから、さっさと返事出しに行きなさいよ」
「一週間後でいいって言われたんだけど」
「善は急げよ」
カイルに急かされて、ギルドマスターの執務室に戻った。
「ヴォルフさん。テンペスタ、王都の大会に参加します」
ヴォルフの口元に、笑みが浮かんだ。
「即決か。お前らしいな」
「仲間がすぐに答えをくれたので」
「いい仲間を持ったな」
「はい。自慢の仲間です」
エルヴィーラが招待状の受理書にサインを求めてきた。ペンを取り、名前を書く。
リーナ。
この名前も、すっかり自分のものになった。
「では、三ヶ月後に王都でお会いしましょう。道中お気をつけて」
「ありがとうございます」
執務室を出て、階段を降りる。
一階では、セレナとフィーネとカイルが待っていた。
「決まった?」
「決まった。三ヶ月後、王都に行く」
「やったー!」
フィーネが飛び跳ねた。
「三ヶ月あるわね。それまでに準備しないと。装備の見直し、魔法の強化、連携の精度向上……」
「セレナ、さっそくリスト作りそうだな」
「当然よ。Sランクが相手なんだから、今のままじゃ足りないわ」
「お前ら、その前にメシ食おうぜ。腹減った」
カイルの一言で、全員の腹が鳴った。
「……そうだね。まずは腹ごしらえだ」
四人で食堂のテーブルに戻る。
いつもの席。いつもの顔ぶれ。いつもの賑やかさ。
でも、目の前には新しい道が開けている。
王都。大陸魔導武闘会。そして、大陸を脅かす闇。
テンペスタの物語は、この街から飛び出して、もっと大きな舞台へ向かう。
「ねえ、リーナちゃん」
「ん?」
「王都まで、馬車で何日くらいかかるのかしら」
「地図で見た限り、十日くらいかな」
「十日間の旅! 楽しみですね!」
「道中で魔獣に襲われたりしてな」
「カイルさん、縁起でもないこと言わないでください」
「冒険者にとっちゃ日常だろ」
笑い合いながら、朝食を食べる。
窓の外には、朝日が街を照らしていた。
「さて」
パンを頬張りながら、俺は笑った。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます。
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