08-初めての体験
いつの間にか昼休みが終わり、俺たちはクラスに戻った。
授業が進むにつれ、ポケットの中で携帯が振動するのを感じた。こっそり取って確認すると、冬花からのメッセージだった。
『冬花くん、もしみんな迷惑をしたら、遠慮なく声かけてね』
『私に連絡できないときは、いつでも遥たちに話しかけてもいいから』
本当に、この子は優しい。この前のこともあって、気を遣ってくれているのかもしれない。
確かに、あの時は予想外のことだったし、周りからのアプローチも好ましくないものがあったから、本当に居心地が悪かった。
『みんなが前より騒ぎ立てるとは思えないけど……まあ、そのときはお世話になります』
『ふふふ、よろしい』
『じゃあ、それが俺へのお返しということで。ごちそうする必要はもない』
『ダメ。ちゃんとお礼をしたい』
『えぇ……』
『冬花くん、さっき昼休み聞いていたようね?』
『ん? 何に? あの大げさの作り話に?』
『作り話だったかもしれないけど、大げさじゃないよ』
『私にとって、昨日冬花くんがしてくれたことは、私が話したこととイコールなの』
俺は彼女のメッセージを見ながら、不思議そうに首をかしげた。
何を言っているんだ? 彼女の凝った話のほうがずっと深刻だった。
彼女が尾行者の話をしているとき、俺は緊張を感じたくらいだ。
『私今ね、公開される映画の撮影中なんだ』
『放課後、いくつかのシーンを演じるの』
『撮影するのは簡単じゃない。技術的な面はもちろんある。』
『でもそれ以上に、有名な人たちがたくさん関わっているから、撮影はお互いのスケジュールを合わせる必要がある』
『特に私の場合……いろいろな仕事があるから、スケジュールにはそんなに余裕がないの』
『だから、私が登場するシーンについては、すでに十分迷惑をかけているんだ』
さすがは国外にまで名を馳せるアイドル……他の有名人でも、彼女のスケジュールには合わせなければならないとは。
『これ以上調整すると、金銭的な問題だけでなく、他の人の仕事にも迷惑がかかるから……』
『スタッフや一緒に仕事をしているみんなにこれ以上迷惑をかけたくないの』
『冬花くんが私の面倒を見てくれたおかげで、 迷惑かからなくてすむ』
なるほど、だから病気のことを誰にも知られたくなかったのか。それにしても……
『……すでに息が苦しく、倒れそうになっていたのに、お前は自分のことよりも他の苦労を考えるなんて』
『バカじゃないの?』と、俺は本気で思った。
彼女の言うことは理解できるが、だからといって同意しているわけではない。
『ふふふ、冬花くんにだって同じことが言えるけど』
『私と関わりたくなかったんでしょ?』
やべ、気づかれてたか……
『それでも、冬花くんは私をおいておけず、率先して助けてくれた』
『同じじゃない……スケールだけじゃなく、俺がやったことは当たり前のこと』
『冬花さんのには比べられない』
『冬花くん』
『そんな風に比べちゃダメだよ』
『どんな親切な行為であっても、誰かを助けたという事実は減らない』
「……」
『それに……』
『それが大したことであろうとなかろうとは、それを決めるのは私』
『そして私にとっては……冬花くんは私をたくさん助けてくれた。その気持ちは否定させないよ』
俺は彼女の言葉に喉が詰まったような気がした。
優しさでも、頑固な信念でもない。
ただ、素直に感謝しているのだと感じた。
何と言えばいいのかわからず、俺は彼女の方を見た。
俺の視線を感じたのか、彼女はこちらを向き、優しい笑顔を見せた。
そんな彼女言葉と笑顔に、俺は......温かく、軽い気持ちになった。
『だから、時間ができたら、食事をごちそうさせてね』
『……好きにしろ』
『ふふふ』
こいつはほんとう…………
『……いいね、これ』
『……何がだよ』
『授業中にこっそりメールし合う……思ったより楽しい』
あ。そういえば……やってるな俺たち。
どういうわけか、そのことを忘れていた。
『……初めてみたいなこと言って』
『初めてだよ』
『……え?』
『マジで?』
『マジで』
『嘘だな。みんな、できるだけお前と話したいと思うに違いない。少なくとも友達とならこんなことをやったはずだ。』
『うーん、しないよ。私は簡単に連絡先を教えない』
『それを知っているみんなは、直接話しかけてくる。メールする必要はないの』
ああ……確かに。相手と直接話せるなら、メッセージで話す理由はない。それに、冬花たちのような真面目な生徒は、授業中にメッセージのやり取りなんて普通しないだろう。なにせ、彼らはちゃんと授業を聞いているから。
『そうなんだ……』
『これも冬花くんの連絡先が欲しかった理由のひとつ』
『やってみたかったの』
『私の色々な初めてが、冬花くんと体験できてよかった』
「ブー!」
彼女のそのメッセージに、思わず声を上げそうになったが、手で口を覆ってなんとか防いだ。
『変な言い方やめろ!』
『ふふふ、本当のこと言っているだけだよ』
『男子の部屋で寝ること、率先して連絡先を教えること、そして授業を無視してメールし合う』
『全部が初めて』
『そして、私は嬉しい』
『私の初めてが冬花くんと一緒に楽しく過ごせたと』
だから、その言い方やめろぉぉ!
もう一度冬花の方を見ると、そこには――
顔を赤らめながら、笑顔でこちらを見ている彼女の姿があった。
すぐさま、俺は振り向いて、顔を押さえた。
ほんとうにこいつ.……マジで反則だろう……




