第5章:差し伸べられた手
背後で草むらが揺れる音がして、思わず飛び上がりそうになった。
「……お前、なんでここにいる?」
私の簡易キャンプの端に立っていたのは、泥と疲労にまみれた——
二度と会うことはないと思っていた人物だった。
「アリス……?」
かつての私の弟子である魔導士見習い。
デモン・フォレストになぜ彼女がいるのか、現実味がなかった。
「いろいろあったんです、先生」
彼女は不安げに微笑んだ。「でも……本当に生きていたんですね。信じていました」
私は瞬きを繰り返しながら、状況を飲み込もうとする。
「……どうやって私を見つけた?」
彼女は指先を上げ、微かなマナの火花を揺らめかせた。
「先生が残したマナの痕跡を辿りました」
「レッサー・ピュリフィケーション や戦闘魔法……ここでは空気が淀んでいるせいで、魔力の残滓が他の場所より長く残るんです。すぐに先生の魔力だと分かりました」
確かにその通りだ。
デモン・フォレストの停滞したマナは、魔法の痕跡を散らさずに絡みつかせる。
そしてそれを読み取れるのは、彼女くらいだろう。
「……で」私はゆっくり息を吐いた。「最初から話してくれ。簡潔に」
アリスはこくりとうなずき、言葉をまとめ始めた。
「判決が出たあと、どうしても違和感があって……先生の件を調べようとしたんです。そしたら、多分……誰かがそれを嫌がったんだと思います」
唇を噛む。
「翌日、騎士や宮廷の兵が私を探し回っていました。理由も説明もなく……怖くなって、逃げ出しました」
拳が自然と強く握りしめられる。
私の追放を仕組んだ者は——彼女という“ほつれ”も確実に切り捨てるつもりだった。
「逃げながら、考えました。生き延びている可能性があるとしたら……先生しかいないって」
「だから、魔力の痕跡を辿って……ここまで来ました。どうにか……なんとか」
安堵と罪悪感がないまぜになった長い息が漏れる。
雰囲気を少しでも軽くしようと、私は皮肉めいた笑いをこぼした。
「……多分、間違った相手を追ってきたな。私は今、ギリギリで生きてるだけだ」
彼女は即座に首を振った。
「先生だけが、私の信じられる人でした」
その言葉は、思った以上に胸に刺さった。
「……まあ、なんにせよ」
「生きるためにできることをやるしかない。手伝ってくれるか?」
アリスは迷いなく微笑んだ。
「もちろんです、先生」
誰かに頼られるということは、面倒でもあり——
それでも、この孤独な森をほんの少しだけ温かくするものだった。
第5章 終わり




