第19章:魔物の迎撃
ポータルの光が、鈍く、怒りを帯びた赤へと深まった。
見つめている暇はない。
「配置につけ。今すぐだ」
俺の号令に、アリスが真っ先に動いた。すでに内側の結界を強化している。
子どもたちも一拍遅れて反応した――だが、それで十分だった。訓練が身についている証拠だ。
彼らは確保された区域へと集まり、顔色は青いものの、視線はぶれていない。
いい。
悲鳴もない。
躊躇もない。
俺は一歩前に出て、感覚を広げた。
最初に飛び出してきたのはゴブリンが六体。
速く、無謀で、甲高い叫び声を上げながら突進してくる。
その背後で地面が震え、二つの巨大な影が瘴気を押し分けて現れた。
――トロルだ。
「嫌な予感は当たりましたね……」
アリスが低く呟く。
「計画通りだ」
俺は短く返した。
突っ込まない。
代わりに、ゴブリンを境界線へと誘導する。
浄化された地面の抵抗を、あえて感じさせるためだ。
境界を越えた瞬間、奴らの動きが鈍る。連携が崩れ、甲高い叫びが混乱した声に変わった。
――好機。
正確な風刃が一体目を仕留める。
二体目も、立て直す前に集中攻撃で倒れた。
その時――感じた。
背中に視線。
敵じゃない。
子どもたちだ。
彼らは見ていた。
畏怖ではなく――不安の目で。
「左です!」
声が飛ぶ。
間一髪だった。
地形の浅い窪みを使い、ゴブリンが回り込もうとしていた。完全には想定しきれていなかった位置だ。
数瞬後には仕留めたが、その警告がなければ危なかった。
一瞬だけ振り返る。
結界近くに立つソレンが、戦場を見据えていた。
拳を握りしめ、目を逸らさない。
――震えていない。
考えている余裕はない。
トロルたちが浄化区域の縁へ到達し、動きが明らかに鈍った。
再生能力が弱まっている。それでも、怪力で抵抗を押し切ろうと前進してくる。
ここからが本番だ。
俺は一体の足元の地形を変形させ、踏み場を狭めた。
わずかな隙――だが十分だ。
重い一撃が膝を砕き、トロルは轟音とともに倒れ込む。
浄化マナに再生が阻まれ、身体が痙攣する。
もう一体が、無茶な横薙ぎを放った。
防御が――遅れた。
肩に激痛が走り、数歩後方へと吹き飛ばされる。
衝撃で歯が鳴った。
一瞬、森が静まり返る。
そして――
「師匠!」
アリスの声は抑えられていたが、その奥に張りつめた焦りが滲んでいた。
子どもたちも見ていた。
俺がよろめいた瞬間を。
この戦いが、どれほど紙一重だったかを。
二体目のトロルが後退を試みる。
――逃がさない。
俺とアリスで、慎重に、確実に追い詰める。
派手さはない。
勝利の余韻もない。
ただ、消耗だけが残った。
最後の身体が倒れると、ポータルの赤い光がわずかに弱まった。
ほんの僅かだが、アリスは見逃さなかった。
「……大丈夫ですか?」
彼女が尋ねる。
「生きてる」
俺は一度だけ頷いた。
子どもたちに下がるよう合図し、アリスと共に周囲の安全確認と後始末に取りかかる。
その夜、祝う者はいなかった。
夕食後、ソレンが一歩前に出る。
「アラリック様」
声は落ち着いていた。
「お話ししてもいいですか」
俺は頷いた。
「僕たちは、守ってもらっていることを分かっています」
彼は続けた。
「でも……ずっとそれに頼るわけにはいきません。アラリック様も、アリスねぇちゃんも」
背後で、他の子どもたちが頷く。
「隠れているだけじゃなくて……」
ソレンは言葉を選びながら言った。
「自分たちも、守れるようになりたいんです。次に同じことが起きた時、役に立ちたい」
沈黙が落ちる。
俺は彼らを見た。
守られるだけの子どもではない。
――必要なことを理解している人間の目だ。
「……その通りだ」
俺は静かに言った。
「いつまでも庇ってはいられない」
彼らの目が見開かれる。
「明日から、訓練を始める」
それで十分だった。
今は、それでいい。
その夜、横になっても、一つの考えが頭から離れなかった。
――気を引き締めろ。
俺は、これらすべての問題に真正面から向き合うと、心に決めた。
第19章 終




