第2章:厳しい現実
魔性の森。
この広大で呪われた土地を、最初にそう呼んだのが誰だったのか――今では誰も覚えていない。だが、名付けた者は間違っていなかった。この場所は本当に容赦がない。かつて入植者たちが定住を試みたが、拠点を築く前に全滅した。
魔物が跋扈し、
清水はほとんど無く、
作物は瘴気に侵されて育たない。
正直、呼吸すらまともにできない。
だが、俺はただの追放者ではない。俺は元・宮廷魔導師……いや、少なくともついさっきまではそうだった。積み上げてきた技術があれば、生き延びられる。――死ななければだが。
俺は古びた木製の杖を掲げ、魔力を流し込む。
「《浄化・小》」
柔らかな銀光が周囲へ波紋のように広がり、一定範囲の瘴気が薄れていく。肺がようやく自由に動き始めた。
まずは呼吸の問題、解決。
次は水、食料、そして寝床だ。
この森の生物は何十年も瘴気に浸かっている。植物など食べれば、飢えるより先に死ぬ可能性が高い。だから優先すべきは、洞窟か川――どちらかの確保。
そんなことを考えていた時――
「グルゥアアアアッ!」
黒ずんだ大熊が茂みを突き破り、こちらへ突進してきた。
体が本能で動く。杖を構え、反射的に詠唱。
「《バリア》!」
透明な防御壁が展開され――
ドガァンッ!!
大熊が真正面から激突。地面が揺れるほどの衝撃。熊はよろめきながらも咆哮を上げ、巨大な前脚を振り下ろした。
次の瞬間、防御壁は粉砕された。
「クソっ……これ、《ダイアベア》か?」
全身の毛は瘴気でまだらに黒く、目は濁った赤で妖しく輝いている。完全に汚染されていた。
そして再び突進してくる。
「ちくしょう! 《ファイアボール》!」
杖の先が赤く灼熱を帯び、至近距離で放つ――直撃。
炎が大熊を包み、黒煙を撒きながら逃げるように駆け去った。
思わず息を吐き出す。
危機回避――
……と思った、その時。
焼け焦げたはずの熊が再び姿を現す。被毛は焦げ、しかし瘴気はさらに濃く、赤い光が憎悪のように脈動していた。
「まだ立ってるのか!? このままじゃ魔力切れで死ぬ……!」
俺は走り出す。地面を蹴り、木々の間をすり抜けながら魔力を溜める。これが俺の得意分野――移動しながら詠唱を続けられるのが、元・上級魔導師である俺の強みだ。これが理由で宮廷の連中には嫌われたが。
背後ではダイアベアが地響きを立てて迫ってくる。だが詠唱陣が完成した。
「《ウィンドスラッシュ・大》!」
杖に緑光が宿り、空気を裂くように刃が放たれる――
シュパァッ!
風の刃が熊を真っ二つに断ち切った。
巨体が地面に倒れ伏す。
肩で息をしながら慎重に近づき、再度浄化魔法をかける。瘴気の大部分が焼け落ちていれば、肉はなんとか食える。ギリギリだが。
血と恐怖で手に入れた、今日の夕食だ。
ふう、と気持ちを整えたその時――目に留まる光があった。
淡い光。
柔らかく、不自然な輝き。
木々の向こうで揺らめいている。
嫌な予感と好奇心のせめぎ合いの末、俺は光へ向かった。
そして――森とは到底思えない光景が姿を現す。
ひび割れた古代の石造りの台座。
中央には澄んだ泉が湧き、その上に――
空間が裂けたような、浮遊する光の門があった。
俺は思わず杖を握り直す。
……あれが何であれ、
それは救いか――
それとも、新たな死か。
――第2章 了
後書き
皆さん、こんにちは。作者です。
本日もお読みいただき、心より感謝申し上げます。
皆さまにとって良い一日となりますように。
それでは、また次の章でお会いしましょう。




