第13章:王国の不穏
アラリックは斥候を発見したものの、すぐに接触することはしなかった。代わりに、慎重に、そして忍耐強く尾行することを選んだ。この男が本当に何の目的でここに来たのかを知りたかったのだ。
斥候は手慣れた動きで周囲を警戒しながら進んでいく。デーモンフォレストに立ち込める濃い瘴気も、彼にとっては単なる不便程度にしか感じられていないようだった。
「……ふむ。腕は確かだな」 アラリックは小さく呟いた。 「相当な使い手だ」
しばらくして、斥候は森の奥深くにある、異様に広く開けた空き地へと向かった。アラリックも気配を極限まで抑え、空気やマナを乱さぬよう細心の注意を払いながら後を追う。
斥候は空き地の中央で立ち止まった。
「そこにいるのは分かっている」 男は落ち着いた声で言った。 「姿を現せ、宮廷上級魔術師アラリック」
アラリックは一瞬、身体を強張らせた。
反射的に隠蔽魔法を強化したが、無意味だった。すでに見抜かれている。
「出てこい」斥候は続けた。 「知らせを持ってきた」
アラリックは静かに息を吐き、魔法を解除して姿を現した。
「もう隠れる意味はないな」 鋭い視線を向けながら言う。 「とっくに気づいていたんだろう」
彼は警戒を解かなかった。ストーンウォルドの斥候は王の目と耳――武装していなくとも危険な存在だ。
「私はパーシヴァル」 男は軽く頭を下げた。 「ストーンウォルド王国・上級斥候だ。以前にもお会いしたことがあるはずだが、アラリック殿」
「堅苦しい呼び方はやめろ」 アラリックは冷たく返した。 「俺は追放者だ」
パーシヴァルは一瞬、言葉に詰まった。 「その件についてだが――」
「先に聞かせろ」 アラリックは遮った。 「なぜこんな危険な場所に来た。分かっているだろう、この森がどれほど危険か」
「定期偵察だ」 パーシヴァルは答えた。 「マナの異常、敵対的な魔物、各種の異変調査」
「なるほど」
パーシヴァルはしばらくアラリックを観察してから、再び口を開いた。
「だが、それだけが任務ではない。だからこちらからも一つ聞かせてほしい」
アラリックの目が細くなる。
「王国へ戻る気はないか?」
「……は?」 アラリックは思わず声を荒げた。 「俺を追放したのはお前たちだろう。今さら何を言っている?」
パーシヴァルはゆっくりと息を吐いた。
「ストーンウォルドの民は、あなたの追放に不満を抱いている」 彼は言った。 「“王の慈悲”などと嘲笑され、見せかけだと批判されている」
アラリックは黙って聞いていた。
「今の宮廷は、腐敗した強欲な貴族で満ちている」 パーシヴァルは続ける。 「実力で地位を得た者たちは、次々と追い出されている」
彼は拳を握り締めた。
「要するに――王国は自滅しつつある」
「……ふむ」 アラリックは低く唸った。
「我々の一部は」 パーシヴァルは声を落とした。 「王に現実を見せようとしている」
「反乱か?」 アラリックは鋭く問い返す。
「必要な行動だ」 パーシヴァルは即答した。 「ストーンウォルドが完全に崩壊する前にな」
二人の間に張り詰めた空気が流れた。
「悪いが」 やがてアラリックは言った。 「俺には関係ない。ただの追放者だ」
「アラリック殿――」
「王国は俺を捨てた」 アラリックは言葉を被せた。 「もう未練はない」
パーシヴァルは沈黙した。
「……また連絡する」 そう言い残し、彼は背を向けた。
「待て」
パーシヴァルは足を止めた。
「もう一つの任務と言っていたな」 アラリックは言った。 「それは何だ?」
パーシヴァルは視線を逸らした。
「貴族たちからの命令だ」 「この森であなたを見つけ――」
一拍置いて、
「――殺せ、とな」
アラリックの表情が険しくなる。 「……あの豚ども――」
「あなたの痕跡は見つからなかったと報告する」 パーシヴァルは素早く言った。
短い沈黙。
「せめて、これを」
彼は小さな金袋と補給品の入った袋を投げ渡した。
「賄賂か?」 アラリックは問う。
「違う」 パーシヴァルは首を振った。 「断じて違う」
一歩下がり、彼は言った。
「どうか、考えてほしい」
次の瞬間、パーシヴァルは力強く跳躍し、瘴気の中へと溶け込むように姿を消した。
アラリックは空き地に一人残され、手にした物資を見つめていた。
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―第13章 終―
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皆さま、こんにちは。
拙作をお読みいただき、誠にありがとうございます。
少しでも作品を通して、皆さまと交流できていれば幸いです。
また、更新が遅れてしまい申し訳ありません。この時期は何かと慌ただしく……。
それでは、どうぞ良い一日を。
次の章でまたお会いしましょう。




