第10章:長い夜
「聞け。」
子どもたちの不安げなざわめきを、俺の声が断ち切った。
みんなまだ震えが残り、何をすべきかすら掴めていない。
そのうえ、今度はこれだ。
俺は内心で悪態をついた。
物資は乏しく、まともな寝床もなく、それなのに守るべき人数ばかり増えていく。
ここは一時的な避難場所にすぎないはずだったのに、安全とは程遠い。
そして――アンデッドまで現れた。
最後に奴らと遭遇したのはいつだったか。
ストーンウォルドで上級魔導士として城壁防衛に参加していた頃、魔の森から湧いたアンデッドを何度も討伐した。
あの時以来、ずっと目にしていなかったのに。
つまり今回は、偶然でも迷い込みでもない。
「……師匠。」
アリスの声が、考えの渦に沈みかけていた俺を引き戻した。
まただ。肝心なときに思考に沈む悪い癖。
「悪い。集中する。」
俺は軽く息を整え、子どもたちへ向き直った。
「北側からアンデッドが接近している。アリスが感知した。」
子どもたちの全身が一斉に強張る。
悪夢が終わったと思ったのだろう。
だが、まだ始まったばかりだ。
「《隠密》は通じない。アンデッドは生命力に引き寄せられる。今この森で一番生きた気配が濃いのは、俺たちだ。」
その事実だけで、子どもたちの瞳に再び恐怖が宿る。
「大丈夫です。」
アリスが前に出て、胸を張った。
「師匠と私で片づけます。見た目より強いんですよ、私たち。」
小柄な身体で精いっぱい背伸びするその姿は、可愛らしくも、どこか頼もしい。
子どもたちの緊張も少し和らいだ……が。
「ねぇ、アリスねぇちゃん。なんで“旦那様”って呼んでるの?」
突然の質問に、アリスの顔が一瞬で真っ赤になる。
「ち、違うの! そういう意味じゃなくてっ!」
両手をぶんぶん振って否定するアリスに、俺は思わず苦笑した。
「ほら、誤解されるだろ。もう“師匠”で統一しよう。」
アリスは涙目になりながらも、こくりと深くうなずく。
「……はい、師匠。」
これで少しは落ち着くかと思いきや、子どもたちはなぜかほほえましく見守っていた。
「……まあ、いい。さて――君、責任感がありそうだ。名前は?」
少年は背筋を伸ばして答えた。
「ぼ、僕、ソレンです! アリス姉さま!」
今度は「姉さま」呼びにアリスが固まったが、訂正はしなかった。
「ソレン、君を指揮役に任命する。みんなを見てろ。隠れる位置から動かず、音も立てるな。」
「う、うん!」
俺は大地魔法で浅い土窟を造り、急ごしらえの隠れ穴を作る。
ソレンは迷わず仲間を誘導し、子どもたちは子犬のように身を寄せ合った。
視界から消えただけでも大きい。
俺は立ち上がり、杖を握り直す。
「……長い夜になりそうだ。」
アリスが並び立ち、杖を構える。
「でも、乗り切れます。」
俺は続けた。
「俺たちならできる。」
森の風が変わった。
空気が、ひやりと冷たくなる。
――暗闇の奥で。
アンデッドが、確実にこちらへ近づいていた。
第10章 了




