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『サボりの美学は雪杉さんに学べ』  作者: 白隅 みえい
第2章:とことん迷惑、なのに目が離せない
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Lesson7「元エリートの過去」

Lesson7「元エリートの過去」


チャクラライト大暴走事件から一週間後の月曜日。雪杉さんは社内で完全にヒーロー扱いされていた。


「雪杉さん、あの光の演出、本当にすごかったです」


「今度、うちの部署のイベントも企画してもらえませんか?」


「ヨガ、また教えてください」


廊下を歩くだけで、あちこちから声をかけられる雪杉さん。僕は少し複雑な気分だった。


(確かに結果は良かったけど、あれって完全にトラブルだったのに……)


「上村さん、どうしました?」雪杉さんが煮干しだしマグカップを持ちながら聞く。


「いえ、なんでもないです」


「そうですか? なんだか浮かない顔をしてますよ」


確かに、僕は少しモヤモヤしていた。雪杉さんが注目されるのは嬉しいけれど、なんだか取り残された気分になる。


「おはよう、雪杉さん」


佐々木が爽やかな笑顔でやってくる。最近、佐々木の雪杉さんへのアプローチが積極的になっている。


「おはようございます、佐々木さん」


「この前のヨガ交流会、すごく良かったです。今度、個人的にヨガを教えてもらえませんか?」


「個人的に……ですか?」


「はい。あの呼吸法、もっと詳しく知りたくて」


僕は内心でため息をついた。佐々木の本当の目的は明らかだ。


「分かりました。でも、私はヨガの先生ほど上手じゃないので……」


「雪杉さんで十分です」佐々木が嬉しそうに答える。


そんな会話を聞きながら、僕は自分のデスクに向かった。


午前中、僕は営業資料の作成に集中していた。でも、隣のデスクから聞こえてくる雪杉さんと同僚たちの楽しそうな会話が気になって、なかなか集中できない。


「雪杉さん、あのLEDキャンドル、どこで買ったんですか?」


「ネットショップです。『ヒーリング・ワールド』っていうサイトで」


「今度教えてください」


「もちろんです」


みんなが雪杉さんを慕っている。確かに彼女は不思議な魅力がある。でも……


「上村君、大丈夫?」蓮見さんが心配そうに声をかけてくる。


「はい、大丈夫です」


「なんか元気ないわよ」


「そんなことないです」


蓮見さんが僕の様子を見て、何かを察したような表情を見せる。


「雪杉さんのこと?」


「え?」


「最近、雪杉さんばっかり注目されて、寂しいんじゃない?」


図星だった。


「そんなことは……」


「上村君の気持ち、分かるわよ。ずっと雪杉さんの面倒見てたのに、急にみんなが彼女を褒めちぎって」


蓮見さんの言葉に、僕は少しほっとした。


「でも、雪杉さんは悪くないですし」


「そうね。でも、上村君の貢献も大きかったのよ。あのイベント、上村君がフォローしてたから成功したのに」


確かに、雪杉さんのアイデアを実現するために、僕はかなり動き回った。でも、結果的に雪杉さんだけが注目されている。


お昼休み、雪杉さんはいつものように昼寝タイムに入った。でも、今日は少し様子が違う。


「雪杉さん、眠れないんですか?」


デスクに突っ伏しているものの、時々顔を上げて周りを見回している。


「あ、はい……なんだか落ち着かなくて……」


「どうしました?」


「みなさんが、色々話しかけてくださって嬉しいんですが……」雪杉さんが困ったような表情を見せる。「なんだか疲れてしまって……」


「疲れて?」


「はい。こんなに注目されるの、久しぶりで……」


雪杉さんが小さくため息をつく。


「久しぶりって……前にもあったんですか?」


「ええ……」雪杉さんが遠い目をする。「前の会社で……」


前の外資系の会社の話か。雪杉さんはあまり前職のことを詳しく話したことがなかった。


「よろしければ、聞かせてもらえませんか?」


雪杉さんが少し迷うような表情を見せた後、小さく頷いた。


「少し長い話になりますが……」


午後、仕事が一段落した時、雪杉さんが僕に声をかけてきた。


「上村さん、お時間ありますか?」


「はい」


「屋上で、お話ししませんか?」


屋上? 雪杉さんと二人で屋上に行くなんて、初めてだ。


屋上に上がると、夕日が港区のビル群を照らしていた。


「きれいですね」


「はい」雪杉さんが手すりにもたれる。「お昼に話しかけた、前の会社のこと……詳しくお話しします」


「はい」


雪杉さんが深呼吸をしてから話し始めた。


「私、前の会社では『スーパーウーマン』って呼ばれてたんです」


「スーパーウーマン?」


「はい。毎日終電まで働いて、土日も出勤して、売上もトップクラスで……」


雪杉さんの表情が暗くなる。


「みんなから注目されて、褒められて、頼りにされて……最初はすごく嬉しかったんです」


「でも?」


「でも、だんだん苦しくなって……」雪杉さんが小さな声で続ける。「『雪杉さんなら大丈夫』『雪杉さんに任せれば安心』って、どんどん仕事を押し付けられて……」


僕は黙って聞いていた。


「断ると『前はできてたじゃない』って言われるし、休むと『体調管理も仕事の内よ』って言われるし……」


「それは……きつかったでしょうね」


「最初は頑張れたんです。でも、3年目くらいから……」雪杉さんが息を詰まらせる。「体が動かなくなって……」


「動かなくなって?」


「朝起きられなくて、会社に行こうとすると手が震えて……」雪杉さんが自分の手を見つめる。「病院に行ったら『過労とストレスによる適応障害』って言われました」


僕は胸が痛くなった。今のマイペースな雪杉さんからは想像できない過去だった。


「それで転職を?」


「はい。でも、最初は『逃げてるだけ』って自分を責めてました」雪杉さんが苦笑いする。「『もっと頑張れたはず』『私が弱いから』って……」


「そんなことないですよ」


「ありがとうございます」雪杉さんが微笑む。「でも、その時にヨガの先生に出会ったんです」


またヨガの先生だ。でも、今回は違和感がない。


「先生が教えてくれたんです。『頑張りすぎるのは、自分を大切にしていない証拠』って」


「自分を大切にする……」


「はい。『扇風機の弱』みたいに生きなさいって言われました」


「扇風機の弱?」


「はい」雪杉さんがクスッと笑う。「強風だと、すぐに壊れちゃうけど、弱風なら長く使えるでしょ?」


確かに、そうだ。


「人間も同じで、いつも全力で頑張ってたら、いつか壊れちゃう。でも、適度に力を抜いて、自分のペースで生きれば、長く幸せに過ごせるって」


雪杉さんの「扇風機の弱」理論は、なるほどと思えた。


「それで、今のような働き方に?」


「はい。最初は罪悪感がありました。でも、先生が『省エネは生存戦略よ』って言ってくれて……」


「生存戦略……」


「動物の世界でも、無駄にエネルギーを使わない動物の方が、長生きするんです」


雪杉さんが港区の夕景を見つめる。


「だから私は決めたんです。もう『スーパーウーマン』にはならないって」


僕は雪杉さんの過去を聞いて、彼女の行動の全てが理解できた気がした。


「だしタイムも、昼寝も、定時退社も……」


「はい。全部、自分を大切にするためです」


「なるほど……」


「でも」雪杉さんが少し心配そうな表情を見せる。「最近、また注目されて……正直、怖いんです」


「怖い?」


「また『雪杉さんなら』って言われて、期待されて、頑張りすぎちゃうんじゃないかって……」


雪杉さんの不安が理解できた。


「大丈夫ですよ」僕が言う。


「え?」


「雪杉さんには、僕がいますから」


雪杉さんが驚いたような表情を見せる。


「もし、雪杉さんが頑張りすぎそうになったら、僕が止めます」


「上村さん……」


「『扇風機の弱』を忘れそうになったら、思い出させます」


雪杉さんの目に涙が浮かんだ。


「ありがとうございます……」


「こちらこそ、教えてくれてありがとうございました」


僕は雪杉さんの過去を知って、彼女への見方が完全に変わった。


「実は、僕も最近、雪杉さんが注目されて、少し寂しい気持ちになってたんです」


「そうだったんですか?」


「はい。でも、今は分かります。雪杉さんにとって、注目されることは負担なんですね」


「はい……」


「だったら、僕が雪杉さんを守ります」


「守る……ですか?」


「はい。無理な依頼をされそうになったら、僕がフォローします」


雪杉さんが嬉しそうに微笑む。


「上村さんって、優しいですね」


「いえ、そんなことは……」


「本当です。最初からずっと、私のことを見守ってくれてました」


確かに、僕は雪杉さんの奇行に振り回されながらも、いつも彼女のことを気にかけていた。


「これからも、よろしくお願いします」雪杉さんが頭を下げる。


「こちらこそ」


夕日が完全に沈んで、ビルの灯りが美しく輝いている。


「きれいですね」


「はい」


「上村さん」


「はい?」


「今度、だしの作り方、教えますね」


「え?」


「お礼です。上村さんにも『扇風機の弱』生活を体験してもらいたくて」


雪杉さんが嬉しそうに言う。


「ありがとうございます。楽しみにしてます」


翌日、僕は新しい気持ちで雪杉さんと接していた。


「おはようございます」


「おはようございます。今日も煮干しだしですか?」


「はい。でも、今日は少し薄めにしました」


「薄め?」


「昨日、上村さんとお話しして、肩の力が抜けたんです。だから、だしも優しい味にしました」


雪杉さんが穏やかな表情でだしを飲んでいる。


「そういえば、営業一課の田中さんから、また企画の相談があったんですが……」


「どんな相談ですか?」


「来月のプレゼンで、何か印象的な演出をしたいって……」


雪杉さんが少し困ったような表情を見せる。


「断っても大丈夫ですよ」僕が言う。


「でも……」


「雪杉さんは、もう『スーパーウーマン』じゃないんでしょう?」


雪杉さんがハッとした表情になる。


「そうですね……ありがとうございます」


「必要だったら、僕が代わりに断りますよ」


「本当ですか?」


「はい。雪杉さんの『扇風機の弱』ライフを守るのが、僕の使命です」


雪杉さんがクスッと笑う。


「上村さんも、ちゃんと『扇風機の弱』で生きてくださいね」


「はい、気をつけます」


その日から、僕と雪杉さんの関係は少し変わった。


雪杉さんは相変わらずマイペースだったが、僕は彼女の過去を知ることで、その行動の意味を理解できるようになった。


そして、僕も少しずつ「扇風機の弱」の生き方を学び始めた。


サボりの美学は雪杉さんに学べ。

――省エネは生存戦略。


#オフィスラブコメ #社会人 #ラブコメ #現代 #星形にんじん


※この話は全てフィクションであり、実在の人物や団体などとは一切、関係ありません。


※AI補助執筆(作者校正済)

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