Lesson6「サボりの美学、イベント編」
Lesson6「サボりの美学、イベント編」
雪杉さんが入社してから一ヶ月が経った金曜日。僕の花粉症は鼻針の効果で大幅に改善され、ようやく平穏な日々が戻ってきた…と思っていた。
「上村君、来月の社内交流会の件だけど」本山課長が資料を持ってやってきた。
「はい」
「今年は営業三課が企画担当なのよ」
「企画担当……ですか?」
「そう。テーマは『チームワーク向上』で、各部署から参加者を募って、懇親会を開催する予定」
僕は内心でため息をついた。社内イベントは、準備が大変な割に、盛り上がりに欠けることが多い。
「どのような内容にしますか?」
「それを考えてもらいたいの。あ、雪杉さんも一緒に企画お願いします」
雪杉さんが煮干しだしマグカップを持ったまま振り返る。
「私もですか?」
「ええ。女性の視点も大切だし、雪杉さんは発想が豊かだから」
(発想が豊か……確かにそうだけど、方向性が心配だな……)
「分かりました」雪杉さんが嬉しそうに答える。「頑張ります」
お昼休み、僕と雪杉さんは会議室で企画会議を開いていた。
「社内交流会かあ……」僕がホワイトボードを見つめる。「どんな企画がいいでしょうね」
「そうですね……」雪杉さんがだしを飲みながら考え込む。「普通の懇親会だと、つまらないですよね」
「確かに。毎年、立食パーティーで終わってしまって……」
「もっとリラックスできる雰囲気がいいですね」
雪杉さんの目が輝き始めた。これは何かアイデアを思いついた時の表情だ。
「ヨガの要素を取り入れてはどうでしょう?」
「ヨガ?」
「はい。軽いストレッチから始めて、みんなでリラックス」
(ヨガかあ……確かに斬新だけど、スーツでヨガは厳しいような……)
「でも、会場で着替えとかは……」
「大丈夫です。簡単なポーズだけなので」
雪杉さんがホワイトボードに「ヨガ交流会」と書く。
「あと、音楽も大切ですね」
「音楽?」
「ヒーリングミュージックを流して、癒やしの空間を作るんです」
「なるほど……」
「それから」雪杉さんがさらに書き足す。「アロマキャンドルで雰囲気作り」
アロマキャンドル……前回の新商品発表会で火事騒ぎになったことを思い出した。
「雪杉さん、キャンドルは危険じゃないですか?」
「あ、そうですね」雪杉さんが考え込む。「では、LEDキャンドルはどうでしょう?」
「LEDキャンドル?」
「はい。火を使わないので安全です。最近は本物そっくりのがあるんですよ」
確かに、LEDなら安全だ。
「いいアイデアですね」
「でしょう?」雪杉さんが嬉しそうに微笑む。「ヨガの先生もLEDキャンドルを使ってるんです」
またヨガの先生だ。でも、今回は常識的な提案のような気がする。
「他に何かありますか?」
「そうですね……」雪杉さんが真剣に考える。「チャクラを意識した色彩にしましょう」
「チャクラ?」
「はい。7つのチャクラに対応した7色のライトを使うんです」
(また専門的な話になってきた……)
「赤、オレンジ、黄色、緑、青、藍、紫の7色です」
雪杉さんがホワイトボードにカラフルな丸を描いていく。
「なんだか、すごく華やかになりそうですね」
「はい! きっとみなさん喜びますよ」
午後、僕たちは本山課長に企画を報告した。
「ヨガ交流会……面白いわね」
「はい。リラックスした雰囲気で、普段話さない人同士も交流できると思います」
「LEDキャンドルとチャクラライトも興味深いわ」
課長が企画書を読み上げる。
「会場の装飾も華やかになりそうね。いいじゃない、やってみましょう」
「ありがとうございます!」雪杉さんが嬉しそうに答える。
「予算はどのくらい必要?」
僕が概算を説明すると、課長が頷いた。
「分かったわ。準備、よろしくお願いします」
翌週、僕と雪杉さんは準備に追われていた。
「上村さん、LEDキャンドル、届きました」
雪杉さんが大きな段ボール箱を抱えている。
「結構な数ですね」
箱を開けると、中には様々な大きさのLEDキャンドルが入っていた。
「これ、全部使うんですか?」
「はい。会場全体を幻想的な雰囲気にします」
「幻想的……」
「あ、そうそう」雪杉さんが別の箱を指差す。「チャクラライトも届いてます」
チャクラライトの箱を開けると、中には7色のLEDライトが入っていた。
「これ、どうやって設置するんですか?」
「会場の天井に吊るすんです」
「天井に?」
「はい。7つのチャクラポイントに対応させて配置します」
(チャクラポイントって……会場のどこにあるんだ?)
当日、13階の多目的ホールで設営作業が始まった。
「蓮見さん、チャクラライトの配線お願いします」
「チャクラライトって何よ……」蓮見さんが苦笑いしながらライトを設置している。
「7色のライトです。それぞれにエネルギーの意味があるんです」
雪杉さんが説明しながら、LEDキャンドルを会場各所に配置している。
「こんなにたくさん必要なの?」
確かに、雪杉さんが持参したLEDキャンドルの数は尋常じゃなかった。大小合わせて100個以上ある。
「はい。『光の海』を作るんです」
「光の海……」
碓氷係長もヨガマットの準備を手伝ってくれている。
「雪杉さん、ヨガの内容はどんな感じ?」
「簡単なストレッチ中心です。あ、呼吸法も教えます」
「呼吸法?」
「はい。『宇宙のリズムに合わせた呼吸』です」
(また宇宙が出てきた……)
準備に2時間かかって、ようやく会場が完成した。
「うわあ……」
LEDキャンドルの光で、会場が幻想的な雰囲気に包まれている。確かに綺麗だ。
「きれいね」蓮見さんが感心している。
「まだです」雪杉さんがリモコンを取り出す。「チャクラライトもつけてみましょう」
雪杉さんがリモコンを操作すると、天井の7色のライトが点灯した。
赤、オレンジ、黄色、緑、青、藍、紫……
「うわあああ!」
会場が突然、ディスコのような雰囲気になった。
「明るい!」
「まぶしい!」
7色のライトが会場全体を照らし、LEDキャンドルの光と相まって、とんでもない光量になっている。
「雪杉さん、これちょっと明るすぎませんか?」
「あれ?」雪杉さんがリモコンを確認する。「設定を間違えたかな……」
リモコンを操作すると、今度はライトが点滅し始めた。
「わあ!」
赤、オレンジ、黄色、緑、青、藍、紫が順番に点滅している。
「完全にディスコですね……」蓮見さんが呆れている。
「すみません、どこか間違えたみたいで……」
雪杉さんが慌ててリモコンを操作するが、ライトは止まらない。
そこに、参加者が到着し始めた。
「うわ、なんだこれ?」
「すごい光……」
「クラブ?」
各部署から集まった社員たちが、会場の光景に驚いている。
「あ、皆さん、いらっしゃいませ」僕が慌てて挨拶する。
「上村君、これ何のイベント?」営業一課の先輩が聞いてくる。
「ヨガ交流会です……」
「ヨガ? この光でヨガ?」
確かに、この光の中でヨガは厳しい。
「雪杉さん、ライト止められませんか?」
「頑張ってます!」
雪杉さんが必死にリモコンを操作している。
そんな中、丸山部長が現れた。
「おお、派手だな」
「部長、すみません、ちょっとトラブルで……」
「いいじゃないか。若者らしくて」
部長が意外にも好意的だ。
「でも、これでヨガは……」
「ヨガ? この雰囲気でヨガか? 面白いな」
(面白がってる場合じゃないんですけど……)
参加者が30人ほど集まったところで、とりあえずイベントを開始することになった。
「皆さん、本日はお忙しい中、お集まりいただきありがとうございます」
僕がマイクで挨拶する。後ろで、チャクラライトが相変わらず点滅している。
「今日は、ヨガ交流会ということで……」
「ヨガ? この光で?」
参加者から疑問の声が上がる。
「あの、ライトの調整をしますので、少々お待ちください」
雪杉さんがまだリモコンと格闘している。
「だめです……止まりません……」
「じゃあ、このままやりましょう」
僕が決断する。
「皆さん、まずは軽いストレッチから始めます」
雪杉さんが前に出て、ヨガマットの上に立つ。
「では、深呼吸から始めましょう」
点滅するライトの中で、雪杉さんがヨガのポーズを取る。
「手を上にあげて……」
参加者たちも、困惑しながらも真似をし始める。
「息を吸って……吐いて……」
点滅する光の中でのヨガは、シュールな光景だった。
「次は、太陽礼拝のポーズです」
雪杉さんが流れるような動きでポーズを取る。点滅する光が、まるでスポットライトのように彼女を照らしている。
「おお……」
参加者から感嘆の声が上がった。
「雪杉さん、すごいですね」
確かに、点滅する光の中での雪杉さんのヨガは、なぜか神秘的に見える。
「皆さんも一緒に」
参加者たちも、だんだんノリ始めた。
「これ、意外と楽しいかも」
「光の効果で、なんか盛り上がりますね」
15分ほどヨガを続けた後、懇親会に移った。
「お疲れ様でした」
みんなでドリンクを片手に歓談する。相変わらず、チャクラライトは点滅し続けている。
「上村君、面白い企画だったわよ」
経理部の女性が話しかけてくる。
「ありがとうございます。でも、ライトのトラブルで……」
「でも、あの光の中でのヨガ、幻想的でよかったわ」
「そうですか?」
「ええ。普通のヨガよりも、なんか特別感があった」
他の参加者からも、好評の声が聞こえてくる。
「あの点滅、意図的だったんですか?」
「音楽とのタイミングも絶妙でしたね」
(偶然だったんですけど……)
「雪杉さん、やりますね」営業一課の佐々木が話しかけてくる。
「佐々木さん、楽しんでもらえましたか?」
「はい。あの光の演出、プロみたいでした」
雪杉さんが嬉しそうに微笑む。
「実は、トラブルだったんです」
「え?」
「チャクラライトの設定を間違えて、止まらなくなって……」
「そうだったんですか? でも、結果的にすごく盛り上がりましたよ」
懇親会が進むにつれて、参加者たちの評判はどんどん良くなっていった。
「今年の交流会、一番印象的だった」
「あの光の演出、どこで習ったんですか?」
「来年もやってください」
結局、チャクラライトの点滅は最後まで止まらなかった。でも、それが逆に良い効果を生んだようだ。
イベント終了後、片付けをしながら雪杉さんが言った。
「上村さん、結果オーライでしたね」
「そうですね。まさか、トラブルが好評につながるとは」
「ヨガの先生がいつも言ってます。『宇宙は完璧なタイミングで物事を起こす』って」
(宇宙のタイミング……確かに、あのトラブルがなかったら、ここまで盛り上がらなかったかも)
本山課長も満足そうだった。
「雪杉さん、上村君、お疲れ様。とても好評だったわよ」
「ありがとうございます」
「あの光の演出、どうやって考えたの?」
「実は……」
僕が事情を説明すると、課長が笑った。
「偶然だったのね。でも、結果が全てよ」
丸山部長も声をかけてくれた。
「お疲れ様。派手で良かったぞ」
「ありがとうございます」
「雪杉、お前のアイデアか?」
「はい。でも、本当はトラブルで……」
「トラブルでも結果が良ければいいんだ。派手にやったもん勝ちだな」
(派手にやったもん勝ち……部長らしい感想だ)
その夜、雪杉さんと一緒に帰りながら、僕は今日のことを振り返っていた。
「雪杉さん、今日はお疲れ様でした」
「こちらこそ。楽しかったです」
「でも、また予想外の展開でしたね」
「はい。でも、光らせておけば何とかなるということを学びました」
「光らせておけば何とかなる……」
「はい。困った時は、とりあえず光らせる。それが私の新しい哲学です」
(それ、哲学なのか……?)
でも、確かに今日の結果を見ると、雪杉さんの言葉にも一理ある。
明日からまた、平穏な日々が戻ってくる…はずだ。
サボりの美学は雪杉さんに学べ。
――光らせときゃ何とかなる。
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※この話は全てフィクションであり、実在の人物や団体などとは一切、関係ありません。
※AI補助執筆(作者校正済)